春のこわいもの (新潮文庫)

  • 新潮社 (2025年3月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784101388656

作品紹介・あらすじ

世界が一変してしまったあの春、私たちは見てはいけないものを覗きこんでしまったーー。持てる者と持たざる者をめぐる残酷なほんとう。死を前にして振り返る誰にも言えない秘密。匿名の悪意が引き起こした取りかえしのつかない悲劇。正当化されてゆく暴力的な衝動。心の奥底にしまい込んだある罪の記憶。ふとしたできごとが、日常を悪夢のように変貌させていく。不穏にして甘美な六つの物語。

みんなの感想まとめ

テーマは、コロナパンデミックを背景にした人間の内面の闇や社会の不安で、六つの短編がそれぞれ異なる視点から描かれています。作品は、持てる者と持たざる者の対立や、死を前にした人々の秘めた思い、そして匿名の...

感想・レビュー・書評

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  • さて、いきなりですが、仕事中のあなたにこんな連絡が入ったとしましょう。

     『来週に約束していた打ちあわせを延期させてほしい』

    どんな『打ちあわせか』はこれだけでは分かりません。ただ、約束していた日を『延期させてほしい』とは余程のことが起こったに違いありません。何があったのだろうと思うあなたに、相手はこんな言葉を続けます。

     『じつはここだけの共有にさせていただきたいのですが』

    『ここだけ』の話と言うからには表に出すことのできない余程の裏事情が伺えます。さて、いったい何が起こったのでしょうか?

     『隣の部署ではあるんですが社内で感染症の陽性患者が出てしまい…』。

    今のあなたなら、はぁ?という言葉も飛び出すかもしれません。しかし、ほんの3、4年前まで時代を遡ると、そんな連絡に、早く電話を切りたい、電話でさえ関わりたくない、そんな感情が湧き上がった時代がありました。そうです。思い出したくもない”コロナ禍”です。もう二度と体験したくないあの時代。鬱屈とした毎日が永遠に続くのではないかと途方に暮れたあの時代。そんな時代を遠く振り返ることができるようになった今の時代のありがたさを改めて思います。

    さてここに、そんな”コロナ禍”を舞台にした6つの短編が収録された作品があります。あの『春』を思い出しもするこの作品。それから続く不穏な時代の空気感が閉じ込められたこの作品。そしてそれは、”世界が一変してしまったあの春”に続く日常を生きた人たちを描く物語です。

    『朝、目をひらくと同時に』『スマートフォンでSNSをひらき、メンションとダイレクトメッセージをチェックして、フォローしているアカウントを巡回する』のは主人公のトヨ。『気合の入っている写真がアップされてい』るのを見て、『天才♡可愛い♡顔面国宝♡』『ベリ可愛!優勝!似合い散らかしすぎだから!』『みたいなことをえんえんリプライしてからライクボタンを押し、うっざ馬鹿じゃねありえないから、と知らない相手からのメンションに悪態をつきながら、布団のなかの時間はいいな、と』感じるトヨは、『温かいし、動かないでいいし、一生ここから出たくないな』と『心からそれを思』います。『それからゆっくり、モエシャンの、みっつのアカウントをチェックする』トヨ。『モエシャンが何歳なのか、どこに住んでいるのか、色々なことは謎』と思うトヨですが、『モエシャンのチームの女の子たちに憧れて、なんとか一員になってみたいその他大勢の女の子たちとおなじように、モエシャンのSNSのアカウントをフォロー』しています。そんなトヨは、『初めてモエシャンとその界隈の存在を知って半年。今日、じっさいに自分がモエシャンに会うのだと思うと』『みぞおちはきゅうっと縮まり、死ぬほどどきどき』します。『服もメイクも迷いに迷ってどれで行くかちゃんと決めたし、今さらびびってもしょうがない』と『自分を勇気づける』トヨ。『関東近郊のしいたけ農家で生まれ育って、都内のなんてことない大学に進学したトヨの日常には、目立った困難も不満もとくに』ありませんでしたが、『昔からどうも何かを謳歌するということが、うまくできないところがあ』りました。『美人というわけでもなかったけれど、べつに醜いわけでもなかった』というトヨは、『圧倒的に人の印象に残らない顔というか、その雰囲気も含めて、人の明るい感情や、また会いたいな、みたいな、そういうポジティブなあれこれをほとんど喚起させない、そういう感じの顔をしてい』ました。とは言え『額の形を気に入っていたし、並行二重ではないけれど、いい感じに垂れた目には、ほんの少しだけ自信があった』というトヨは、『ただ上顎、上の歯茎が少し前に出ており、横から見ると口がもっさり厚くみえるのが嫌い』でした。そんなトヨは『この一年ほどSNSの美容アカウント、整形アカウントに入り浸るようにな』る中に、『自然にモエシャンに辿り着』きます。『わたしに話しかけていいのは美人だけ』、『ブスは貧乏のもと』等『言葉使いが辛辣なことでも有名だった』というモエシャン。そんな彼女の『アカウントのプロフィール欄にただひとこと書かれてあった』『心じゃない。顔と向きあえ』という文句に痺れたトヨは、『モエシャンとその仲間たちに心酔するようになってい』きます。そんなある日、『今から二時間だけDMあけるんで、楽して稼ぎたい美人は写真を送ってくださーい。早いものガチ』とモエシャンが書き込みます。『モエシャンの本拠地は港区で、そこでは毎晩のように選りすぐりの一軍女子だけを集めた羽振りのいいパーティが繰り広げられ』、『モエシャンのチームに属したい女の子たち』が『年がら年じゅう色めきたって』いるという中に『かけられた、まさかの募集』に、『きた、とトヨは胸の中で叫び、心臓がどきどき音を立て』ます。『駄目もとの勢いでダイレクトメッセージを送』ると、『すぐに応募受付専用ラインのアカウントが送られてきて、そっちに写真を送ってこい』という指示がきます。『一瞬ひるんだけれど』『これはわたしがくっきりするための、きれいに一皮むけるためのチャンスなんだと言い聞かせて、数ヶ月前にものすごい時間をかけて自撮りした奇跡の一枚に、さらにアプリの技術のすべてを投入して加工したものを、思い切って送信し』たトヨ。そして、『翌日、ライン審査をパスしたので、二週間後に渋谷に来いという返信』を受け取ったトヨは『モエシャンが面接するという。それが今日というわけだった』という中に『指定された』『渋谷のセルリアンホテル』へと向かいます。そんなトヨが面接に挑む様子が描かれていきます…という二つ目の短編〈あなたの鼻がもう少し高ければ〉。思い切った表現の連続にトヨの内面が垣間見えてもくる好編でした。

    “世界が一変してしまったあの春、私たちは見てはいけないものを覗きこんでしまった ー。持てる者と持たざる者をめぐる残酷なほんとう。死を前にして振り返る誰にも言えない秘密。匿名の悪意が引き起こした取りかえしのつかない悲劇。正当化されてゆく暴力的な衝動。心の奥底にしまい込んだある罪の記憶。ふとしたできごとが、日常を悪夢のように変貌させていく。不穏にして甘美な六つの物語”と幾分抽象的な内容紹介が、不穏な雰囲気を余計に掻き立てるこの作品。分量も内容も全く異なる独立した6つの短編が収録された短編集になっています。

    そんなこの作品に共通するもの、それこそが2022年2月28日刊行という日付と、内容紹介の”世界が一変してしまったあの春”という表現から類推される、あの忌まわしき”コロナ禍”が描写されていくところです。私はブクログの本棚に”「コロナ禍」を描く”というタグを設定しており、そこには、30冊以上の作品が登録されています。忌まわしき”コロナ禍”も2023年春に一区切りを迎え、今やすっかり過去のものとなりました。しかし、3年という月日の長さは伊達ではなく、いくら読んでも読み切れないくらいに”コロナ禍”を描写した作品がこの世に存在することを改めて思います。では、そんな”コロナ禍”の描写を3ヶ所ほど見てみましょう。

     『学校は休校。授業はオンラインになるとかどうとか。田舎の親が学校に行かないぶんの授業料は返ってくるのか、そういう話はないのかと訊いてくる』。

    学校が休校になるという現実には衝撃を受けましたね。東日本大震災のあともそういった状況がありましたが地域限定の話でしたし、世の中の雰囲気感も随分と違ったように思います。閉店、失業という展開も散々にニュースとなる中、授業料の問題も確かにありました。

     『一瞬マスクのことを考える。買っておいたほうがいいのかもしれない。照明に吸い寄せられる蛾のように中に入ってマスク売り場に行くけれど、品切れ、入荷時期未定、と書き殴られた紙が貼られている』。

    はい、”コロナ禍”と言えば『マスク』なくしては語れません(笑)。高額転売されたり、不織布マスクなのに洗って繰り返し使わざるをえなかったりという、今から考えると信じられないような現実もありました。一方で、そんな光景を『照明に吸い寄せられる蛾のように』と形容するところがなんとも辛辣です。

     『自殺者も増えはじめていた。経済が縮小して、飲食店が潰れて非正規雇用者が職にあぶれて、この未知の感染症と政府の無策による犠牲者はこれからもっと増えるだろうということだった』。

    『政府の無策』ということも散々言われました。ただ、じゃあ何ができたのか?というのは今振り返っても変わらない気もします。いずれにしてもこの作品は”コロナ禍”という言葉こそ登場しないものの”コロナ禍”ど真ん中の時代を映し出していることに違いはありません。その分、自然と雰囲気感が鬱屈としたものになっていきます。「春のこわいもの」という書名にはさまざまな意味が込められているのだと思いますが、間違いなくその一つには”コロナ禍”の訪れを比喩するところもあるのだろうと思いました。

    そんなこの作品には、上記した通り6つの短編が収録されています。最後の短編〈娘について〉だけで全体の4割を占めるなどその分量もまちまちであり、バランス感が良いとは言えません。また、冒頭の短編〈青かける青〉が、『きみにこうして何かを書くのはずいぶん久しぶりのことで…』とはじまる実質一通の手紙であったり、3編目の〈花瓶〉が『もうすぐ死ぬと思うので、好きなことを言わせてほしい』と始まる独白のような形式になっているなど、その構成もさまざまです。そのような中で私が注目したいと思ったのが4編目の〈淋しくなったら電話をかけて〉です。この短編にはこんな文章が記されています。

     ・『あなたは立ち上がって老婆の席までゆき、その手からスプーンを取り上げて床に叩きつけてやりたくなる』。

     ・『あなたは彼女に注意してみるところを想像する』。

     ・『もしわたしが彼女なら、わたしにそう言い返すだろうとあなたは思う』。

    お分かりいただけるでしょうか?この短編は『あなた』と表現される二人称で描かれていくのです。その登場回数、全部でなんと”121ヶ所”というおびただしい『あなた』で綴られていく物語はインパクト絶大です。そして、このような『あなた』で記された表現で思い出す作品があります。そうです。第168回芥川賞を受賞された井戸川射子さん「この世の喜びよ」です。同作も『あなた』と記される二人称で記された表現が、この作品よりもさらに多い”317ヶ所”に『あなた』が記されていました。二人称の詳細については同作のレビューにたっぷり記させていただいていますのでそちらを是非ご覧いただきたいと思いますが、いずれにしても、一人称でも三人称でもなく、二人称で書かれたこの短編は独特な雰囲気感に包まれています。一見読みづらいとも感じますが、井戸川射子さんの作品同様に、一歩引いて主人公を見守るような”守護霊視点”で見ると読みやすくなります。しかし、井戸川射子さんの作品と違って、主人公に感情移入しづらいところに曲者感を感じる作品だとは思いました。

    では、そんな6つの短編の中から3つをご紹介しておきましょう。

     ・〈淋しくなったら電話をかけて〉: 『カレーを食べている老婆がいる。皿にスプーンがぶつかる音がしている』のを聞いて『立ち上がって老婆の席までゆき、その手からスプーンを取り上げて床に叩きつけてやりたくなる』『あなた』。一方で『左隣の席には携帯電話で小声で話している女の客がい』て、『静かにしてもらえませんか』と『注意してみるところを想像する』『あなた』。そんな『あなた』は、『テーブルにどんとカレーが置かれたときに』『注文していたことを思いだ』し、『八百五十円。いらない。全然いらない』と、『胸の底から溜息をつ』きます。やむなく『カレーをかきこ』み、『レジで金を払い、まるで誰にも見えない人波を泳ぎ切るようにして店を出』た『あなた』は…。

     ・〈ブルー・インク〉: 『手紙を失くしてしまったことに気がついたのは、電話を切ったあとだった』というのは『僕』。『制服のすべてのポケットを探り、鞄の中身をそっくりあけ…』と、『注意深く調べ』ていくも『手紙はどこにも』見つかりません。『大変なことになったと思』う『僕』は、『怪訝な表情をした彼女の顔』を思い浮かべます。『彼女になんて説明すればいいのだろう』、『よりによって彼女からの手紙を失くしてしまうなんて』と、溜息をつく『僕』は、『一年の夏休みまえに仲良くなった』という彼女のことを思います。『とても慎重な性格をしていた』彼女は、『自発的に何かを書くということを』『慎重に避けて』いました。そんな彼女が書いてくれた『手紙』を失くし…。

     ・〈娘について〉: 『見砂杏奈(みさご あんな)から』久しぶりの電話を受けたのは よしえ。『高校時代の同級生で、親友だった』見砂と、『二十二歳だったかそのあたりの頃に、急にまた仲良くなった』よしえ。『自分は女優になるのだと言』う見砂と、『小説家になれたらいいなと思っていた』よしえは、やがて『上京して都内の下町に小さなアパートを借り』て『ふたりで住むことにな』ります。しかし、『たくさん笑い、一緒に暮らしていて楽しかった思い出のほうが多』かったものの、『結局うまくいかず』『同居を始めて二年』で終了しました。『急にごめんごめん。びっくりしたんじゃない?見砂です』とかかってきた電話に戸惑う よしえ。そんな中、思いもよらぬ話をする見砂は…。

    3つの短編は全く異なるシチュエーションを描いていて、関係性も全くありません。しかし、そこを”コロナ禍”を匂わせる表現が雰囲気感で一つに繋いでいきます。”コロナ禍”の独特な雰囲気感に包まれていたあの鬱屈とした時代をリアルに映し取った6つの短編には、あの時代ならではの危うさと背中合わせな空気をひしひしと感じさせるそれぞれの『こわいもの』が描かれていました。

     『テレビをつけてもネットを見ても、ありとあらゆる専門家とありとあらゆる非専門家が、この感染症とそれが巻き起こしている現象について、アリバイを残すように競うように、来る日も来る日も持論を予測を披露し続けていた』。

    そんな皮肉にも聞こえる表現が”コロナ禍”を過去に見やる今だからこそリアルに響いてもくるこの作品。そこには、”コロナ禍”の空気感をそこかしこに纏った6つの短編が収録されていました。さまざまな表現の工夫に興味深く読んでいけるこの作品。”コロナ禍”が纏っていた空気感を上手く描き出すこの作品。

    “コロナ禍”のそこはかとない怖さを上手く背景に織り込んでいく、そんな作品でした。

  • あの春、コロナパンデミックを経験する春のこわいもの6編

    川上さんは、純文学の方で英語圏でも人気が高く
    しかもお美しい
    こわいものなしではないかと思う
    そして、こんな角川ホラー文庫とは方向性の違う
    「こわいもの」を書いてしまう

    「青かける青」
    お手紙形式
    これをもらったらこわい

    「あなたの鼻がもう少し高ければ」
    私は、これが一番好き
    世のルッキズムの極地
    顔ちゃんとしてから来て欲しいんだけど
    なんでブスのまま来てるの
    お直し可という優しさはある

    「花瓶」
    死が近い老女の 恋に近かった頃

    「淋しくなったら電話をかけて」
    常に苛立つあなた
    これはコロナ禍の社会の苛立ちかな

    「ブルーインク」
    失くした手紙の在り方
    深夜の学校へ忍び込む

    「娘について」
    私は、これが一番こわい
    女友達が少しづつ毒を混ぜる言葉

    著者も文章も無駄な肉がない
    よく言われましたよね、行間を読みなさいと
    そして、知らなかったのですが
    この作品はAmazonオーディオブックのための書き下ろしとのこと
    これからは 行間を聴きなさいという高度な読書が必要になるのかも
    あるいは 声優さん達が行間を演じるのかしら
    いろんな読書が楽しめそうです

    • kuma0504さん
      もうね、最後のお母さんの声が、ホトにお母さんの声なのか、判断つかない…。
      もうね、最後のお母さんの声が、ホトにお母さんの声なのか、判断つかない…。
      2025/04/23
    • kuma0504さん
      あ、お母さんじゃなかった。
      娘の声だった。
      あ、お母さんじゃなかった。
      娘の声だった。
      2025/04/23
    • おびのりさん
      kumaさん
      オーディオで読まれたんですね(聴かれたのか)
      岩井さんが全て一人で読まれたのでしょうか
      「娘について」を再読してみました
      一度...
      kumaさん
      オーディオで読まれたんですね(聴かれたのか)
      岩井さんが全て一人で読まれたのでしょうか
      「娘について」を再読してみました
      一度目より怖さが増しました
      息が詰まっていくようなラスト5行は溺れそうでした
      でも、オーディブルで聴くと違う怖さを見つけられるのかもしれません
      やっぱり行間を演じてくれるのかしら
      2025/04/23
  •      『春のこわいもの』


    川上未映子さん はじめまして♪

    六編からなる短編集。
    『六人の男女が体験する
    甘美きわまる地獄めぐり』
    …って帯に書いてあるもんだから
    読みたくなっちゃいました♡


    収録作品は…

    青かける青
    あなたの鼻がもう少し高ければ
    花瓶
    淋しくなったら電話をかけて
    ブルー・インク
    娘について

    …となるのですが
    読んでる途中 それほど響かず
    「ブルー・インク」「娘について」
    で夢中になって読んでいました♪
    ただ、読み終わってから
    ジワジワ〜っと余韻にやられちゃう✨

    "地獄"ってほどではないけどね
    なんか あとから ジワ〜って…


    文章がながれるように…
    スーーーーーッって入ってくるの。
    (語彙力なくてごめんなさいっ♡)


    なんだろう!?
    不思議なんだけど…
    江國香織さんを思い出しちゃう文体
    江國さん 読みたくなっちゃうじゃん♡
    ねぇ✨

    素敵な短編集でした♡

  • 春の終わりかけに読みたかった未映子さま。
    春。暖かく草木花々は爛々と咲き、新しい予感のする季節。
    その逆を行くおぞましさが各短編に散りばめられていて、コロナ禍の鬱屈とした世間の冷たさとSNSやら外見がどうのやらと他人の目にびくびくしながら生きていかなきゃならないこの世界。
    どの短編もたんたんと進むようで、どこか怖さと悲しさと共感がないまぜに語られる。

  • ひとつひとつのお話が、愚痴みたいな、もやもやした感じで。
    コロナ禍に働かなければならなかった私は別の意味での閉塞感があって、少しずつつながりか無くなっていって、しょうがないかあと諦める日々が続いていたからそう感じるのかも。
    別の立場からの愚痴を聴いてるような感じで。コロナという感染症が誰彼にストレスを感じる中で起こる日常の恐怖?のお話たちでした。 娘について、や、あなたの鼻が、とかはわかりやすい恐怖なんだろうけど、花瓶や青かける青のジワリと感じる恐怖が嫌な感じだった。春だから、コロナ期のお話だからと手に取りましたが、この忙しい時期にやさぐれながら読んだのがいけなかった(笑)
    明日は久しぶり休める~(笑)

  • 初の川上 未映子作品。『乳と卵』、『ヘヴン』や『すべて真夜中の恋人たち』と著名な作品がある中で、タイトルと短編集という理由から、手に取った作品。

    コロナ期を背景に描いているので、全体的に凄く閉鎖的で読んでいて、余り明るい気持ちになることはありませんでしたが、想像していたよりも、テンポが良くて時代にマッチしているような文体だなぁと感じました❗️面白いかと聞かれたら決して面白いと言える作品ではありませんが、村上 春樹さんを彷彿とさせるような文体もあって、個人的には好きな作家さんです。また気の所為かも知れませんが、心がゾワゾワする感覚が、今村 夏子さんの文章に似た感じがしました❗️

    好きな話しは、『あなたの鼻がもう少し高ければ』、『ブルー・インク』、『娘について』の3編です❗️

    少しずつ他の作品も読んでいこうかなぁと思っています。

  • 文庫の新刊で薄かったのもあり、小生初の川上未映子さん。芥川賞作家、現選考委員。自己の内面を問いただすような、静かで美しい6つの短編。新型コロナのパンデミックで、実現できなかったことを振り返る。

  • 「あなたの鼻がもう少し高ければ」
    実際、ギャラ飲みするための面接ってあるのかなと思った。ズタボロに言われた面接の後で生まれたトヨとマリリンの関わりが平和で、ずっとこのままの世界でいてくれと思った。

    「ブルー・インク」
    書いてしまうと残ってしまうから怖いという感覚はすごく共感した。私も日記が苦手で、自分の感情が文字として残って誰かに見られると思うと怖くて書けない。

    「娘について」
    表向きであからさまに攻撃するわけではなくて、悪気はないんだよっていえるくらいの範疇でコソコソ相手を裏切っているところにモヤモヤした。家庭環境が真逆で、ぬるま湯に浸かっているような野心のない友達に苛々するところはわかるけど、主人公がやっていたことは八つ当たりではないかと思った。友達は全部気付いているのに、よしえちゃんは優しいよねと言って罪悪感を覚えさせようとしていたのではないかと思った。

  • 読了後は嫌ぁ〜な感じがします。少しだけゾッとしてしまいました。表題の“こわいもの”とは何だろうな?という軽い気持ちで手に取ったのですが、人間の奥底にある黒い部分、こわい部分を言語化していて、その難しい気持ちの部分が、細やかに描写されていました。
    初めの方は特に怖すぎることはないのですが、それでも人の抱える黒い部分がつらつらと描かれており、特にコロナ禍に生きるマスク生活の辛さや、なんとなく疲弊している世間の雰囲気に生きる人、そのストレスがねっとりとしていて、短編でしたが個人的には結構嫌ぁ〜な感じです☺︎

    春っていう、ポカポカしてきた気持ちのいい陽気と、すこしずつ暖かくなってくることで人間が心身ともに活動的になってくる季節を怖さと繋げているのも、面白い世界観だなあと感じました。

  • 意外にも読んだことがない川上未映子。最初は短編から入りたいと思い手に取った本作。春のゆらめきのような怖いものかなというイメージで読み初めて気づく。春とは、あの年の春のことか。

    すなわち、コロナ発生から間もないあの春、それがどんなもので生活をどのように変えてゆくものなのかまだ誰もわかっていなかったあの2020年の3月-4月。

    海外で沢山の方々がなくなり始めるも、まだ緊急事態宣言が出されていないころ。うっすら不穏な予感が充満しているけれども自分事になってない、あのふわふわした時期。

    その期間を舞台に、6つの短編が収められてる。いずれも感染症が主題ではないが、あのまだ何も知らなかった頃の日常を切り抜いてきているところに思いを馳せて読むと、薄っすら怖い。そんな話。

    病気で長期入院している女子。病院ではいつか死ぬときに見る可能性のあるものすべてを今目にしていると手紙で語る。

    整形して生まれ変わりたい女子。ギャラ飲みの元締め女子に覆せないヒエラルキーを見せつけられ撃沈。

    もうすぐ死ぬ老女。記憶や意識がところどころ飛ぶ中、性交についての夢想がやまない。

    ちょっといいなと思う女の子からもらった大事な手紙をなくしてしまう男子高校生。夜中の教室に2人で忍び込むも手紙は見つからず、夜中の学校に狂わされたテンションでそれぞれの別の面が顔を出す。

    人生の閉塞感にあえぐ女。共感の的であった作家にある日失望し誹謗中傷を繰り返していたら作家が自殺。逃げ場の無さに拍車がかかり誰かに電話をしたい。

    そして6篇目は…よう書けん。夢を追って上京した二人の女子。一方は恵まれた家出身で金に困らず夢への努力も中途半端。そんな相方とその母親にした主人公の意地悪が、数十年の時を経て返ってくる…

    純文学よろしく、ざらっとした質感の、居心地の悪い人間の特性が描かれていて、読みながらじっとり汗をかく。

    いや違う、この本の感想はそこだけじゃない。なんていうか、表現力がすごいね?この方。情景や心情が赤裸々に伝わり、終始動揺する。知っている風景、知っている感情が、思い起こされる。結論らしき結論が示されないままプツッと物語が終わり、ふぅ、脱力。薄い本なのに読み応えがある。

    p.91
    行くところがない。あなたは行くところはどこにもない。体はその事実に気づいているが、あなた自身には決して気づかれることがないように、あなたはあなたを気づかいながら、いくつかのふりを混ぜ合わせながら歩かせる。ひとりで、自由で、責任を負わず、自分以外には心を割かなければならない人は誰もおらず、何かを決めて、自分のためだけに何かを決めることができて、こうして自分を歩かせているのは、私自身であるのだと。


    p.118
    見慣れた校舎の壁や窓ガラスや、ロビーに敷き詰められた煉瓦や、掲示板やウォータークーラーなんかの輪郭が暗い青色に浮かびあがってみえた。校内は外から見るよりも少しだけ明るく感じられて、月が出ているせいかもしれないと思った。それらは濃淡のついた影に濡れてぴくりとも動かず、まるで深い湖の底に水没した校舎の絵でも眺めているようだった。



  • 6編とも、読了後心にざらりとしたものが残るお話でした。こわっ。

  • フェアのため文庫で再読。

    2020年3月、世界が変質する予感を孕んだ静かな春。
    今までの価値観、アイデンティティ、すぐ先の未来さえ揺らぎ始めたあの頃。
    遠い夢のようなこわさがひたひたと迫ります。

    2022年の早春に読んだとき、コロナ禍の空気を感じながらこんなふうに書いたけど、コロナ禍が過去になった今、読んでももうあの時の世界が一変してしまう不安は取り戻せなかった。

    でもそのことと、この本の良さはまた別。
    地の文の美しさも、台詞の面白さも、短編だからか際立っていて、未映子さんの文章が好きな人にはきっとめちゃくちゃ刺さる!!!!

    『あなたの鼻がもう少し高ければ』がすごく面白い!

    そういえば、この本の装丁を手がけた名久井さんのおしごと展が大阪に巡回にきて、名久井さんが在廊される日に伺った。
    この本は単行本も文庫も同じ装画だけど、文庫化するときに違う人が装丁をしたり、表紙がガラッと変わったりすることがよくあるから、名久井さんに「あれってなんでですか?…お金ですか?」と聞いてしまった。名久井さんによると、お金というより文庫ならこういう装丁の方が手に取られやすいのでは、という出版社の思惑による場合が多いみたい。
    そっか。でもやっぱり単価の安い文庫にそんなにお金をかけられないっていうのはあると思うー!

    • kuma0504さん
      みんなが思ってること、でもなかなか聞けないことをよくぞ聞いてくれました♪

      まぁ装丁者からすればそうなんでしょう。
      実際当たっているんでしょ...
      みんなが思ってること、でもなかなか聞けないことをよくぞ聞いてくれました♪

      まぁ装丁者からすればそうなんでしょう。
      実際当たっているんでしょう。
      でも、なんか思惑があるような気がするんですよね。
      2025/08/25
    • Lillyさん
      kumaさんも思っておられましたか!??
      単行本がイマイチだったから文庫で心機一転、なら分かるんですけど…。
      単行本のレビューや読者層を調べ...
      kumaさんも思っておられましたか!??
      単行本がイマイチだったから文庫で心機一転、なら分かるんですけど…。
      単行本のレビューや読者層を調べて、文庫化の際にターゲットを微調整するとかもあるかも?
      また出版社さんなどにも深掘りしていきます!
      2025/08/25
  • コロナ禍を舞台にして春の不穏な雰囲気をそのままに色んな題材を織り込んだ6つの短編集。タイトルの通り春の怖いもの、短編に登場する主人公がどれも登場する相手役に少し妙な怖さを感じてるのは秀逸かも。

    黄色い家を読んで面白くてこの著者の短編も手にしたけど、面白さは黄色い家の方が面白かった。まあ本ごとに色が違うからこの短編集はコレでいいのかな?どうなんだろう?期待していたこともあり少し普通だった。

    でもちょっと貧乏や影のあるキャラの描き方はとても秀逸でした。

    特に気になったのは◉あなたの鼻がもう少し高ければの整形にまつわる面接のやり取りは面白かった。
    最後の◉娘についての、よしえと見砂の対比線のキャラが良かった。

  • 何が「こわい」のか。どこが「こわい」のか。考えながら 読んでいたら 急に 「怖く」なった。何が「こわい」
    んだろう?どうして「こわい」んだろう?とページをめくりながら じわじわ怖くなってきて。カタチがなく 見えないものは 怖がり度が人それぞれちがうけど「こわい」のだ、きっと。「こわい」は「だるい」と置き換わる地方があって それを踏まえて読み返すと 全く違って、日本語って奥が深い。

  • 思っていたより薄い文庫で、本当はさらっと読めるんだろうけど、どの話も刺さらなくて乗りきれなかった。
    コロナ禍の大変な時に作っていた作品なんだろうな…とは節々に感じた。いま読むと微妙。

    誰かの日常が失われたという話なのかな。

  • わたがしみたいに柔らかいのに、触れた瞬間どろりと溶けてしまうような春の不穏さを味わえる短編集。

    「青かける青」の美しい文章に打ちのめされたあと「あなたの鼻がもう少し高ければ」でスーッと肝が冷えた気分に……。「ブルー・インク」はほのかに村上春樹の風味。

    春のほのぼのした心地良さの中に身の毛がよだつゾクりとしたちぐはぐさがあり、夢中で一気読みしました。

    「あなたの鼻がもう少し高ければ」が一番お気に入り。どこにでもいる若い女の子のどこにでもありえる日常。現代を生きる若い女の子の心情の生々しさは、もはや物語ではなく現実だった。

    SNSの幻惑的な世界に魅了され、小さいスマホ画面から大きな夢を見る女の子たちも、本当は「美しさ」という希望に潜む底知れぬ恐怖に怯えながら心の中で叫んでいるのかもしれない。

    多様な価値観が溢れた現代で、美の価値はその流れに逆行し勢いを増しているように思う。美とは、顔とは何なのか、ルッキズムという言葉の本質を考えさせられる物語だった。

  • コロナ禍で世界中が混沌とした不安と恐怖に埋もれていた頃のお話。6つの短編集。
    それぞれ全く異なるシチュエーションで人間関係も違うのに、それぞれのお話に抱く印象は白い深い靄のような闇。
    病棟から出られない孤独、他人の悪意が自分に向けられた時の嫌な汗と喉の渇き、心臓の鼓動の早さ、生と性、自分の中の悪魔。
    あの頃、世界の時間が歪んだ時、それぞれの出来事が不穏で心に影を落とすような引っ掛かりのあるお話たちでした。

  • まずこの小説は、何か劇的なことが起こったり、何か特殊な人が登場するわけではない。私の、あなたの隣に存在しているかもしれない人々。もしくは私達自身かもしれない。無自覚の悪意や、ちょっとした意地悪。身に覚えがあるからこそ読んでいて背筋がヒヤリとする。

  • 著者のInstagramに掲載されたこの本の1ページの文章があまりにも美しく、魅了され購入。
    コロナ禍の抑圧された、そして春の胸がざわつくような感情が生々しく描かれていて、文章が息づいているよう。晒された胸の内が美しい日本語で表現されていて、感情が揺さぶられる。その正体は掴みどころがなく、また春がきたら読み返してみようかなと思った。

  • 若女将の読書 |春のこわいもの | 川上未映子 | 城崎温泉 泉翠 2022.05.28
    https://kinosaki-sensui.com/15816/

    今週の本棚:三浦雅士・評 『春のこわいもの』=川上未映子・著 | 毎日新聞 2022/3/19有料記事
    https://mainichi.jp/articles/20220319/ddm/015/070/015000c

    「春のこわいもの」書評 制御できない本能が不意を打つ|好書好日(評者: 江南亜美子 / 朝日新聞掲載:2022年04月16日)
    https://book.asahi.com/article/14599417

    【第182回】間室道子の本棚 『春のこわいもの』川上未映子/新潮社 | 特集・記事 | 代官山T-SITE | 蔦屋書店を中核とした生活提案型商業施設
    https://store.tsite.jp/daikanyama/blog/humanities/25339-1705550309.html

    川上未映子が新著「春のこわいもの」刊行、今日はいつだって災厄の前日 : 読売新聞 2022/03/20
    https://www.yomiuri.co.jp/otekomachi/20220317-OKT8T338962/

    川上未映子(@kawakami_mieko) • Instagram写真と動画
    https://www.instagram.com/kawakami_mieko/

    川上未映子
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    Alex Hanna(@hanna9146) • Instagram写真と動画
    https://www.instagram.com/hanna9146/?locale=ja-JP&hl=en

    『春のこわいもの』 川上未映子 | 新潮社
    https://www.shinchosha.co.jp/book/138865/
    (単行本)
    https://www.shinchosha.co.jp/book/325626/
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著者プロフィール

大阪府生まれ。2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。2019年、長編『夏物語』で第73回毎日出版文化賞受賞。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。その作品は世界40カ国以上で刊行されている。

「2021年 『水瓶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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