文人悪食 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 676
感想 : 70
  • Amazon.co.jp ・本 (562ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101419053

作品紹介・あらすじ

「何か喰いたい」臨終の漱石は訴え、葡萄酒一匙を口に、亡くなった。鴎外はご飯に饅頭を乗せ、煎茶をかけて食べるのが好きだった。鏡花は病的な潔癖症で大根おろしも煮て食べたし、谷崎は鰻や天ぷらなど、こってりした食事を愉しんだ。そして、中也は酒を食らって狂暴になり、誰彼構わず絡んでいた。三十七人の文士の食卓それぞれに物語があり、それは作品そのものと深く結びついている。

感想・レビュー・書評

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  •  近代文学者たちの「食」にまつわるおもしろエピソード、といった軽いものを予想して読み始めたが、なかなかの辛辣な表現に、うーん…と考え込むことが何度もあった。特にガス自殺をした川端康成。「マンションの一室でシューシューと鳴るガスをたっぷりと吸い、極限の悲しい喜びの味を満喫しながら死んだ。」とある。
     どの作家の生活ぶりも、身近に接するのは勘弁してほしいものばかりだが、それだからこそ書いたもの、書けたものがあったのだろう。それぞれの作品を読むときに読み返してみると、作品に対する見方が変わってくるかなと思う。

  • 高名な文学者を食の面から捉えた本。
    それぞれの作家の生きた時代背景や育った環境などを窺い知ることができて面白い。

  • 文豪が食べていた食事にスポットをあて、食事の観点から育ってきた環境や性格、起こった出来事を紹介しています。
    好きな食事にメニューについて、何故それが好きになったのか考察してあったり、ただの食事紹介ではなく、掘り下げたエピソードがってあって楽しめました。

  • これは労作である。嵐山光三郎というと、テレビに出ている姿や「~~であーる」式の文体といった印象しかなく、こんなにまともな文章を書く人であるということすら知らなかった。

    本書では明治から昭和の文士37人を取り上げ、その生と死を食から分析うぃようとしている。

    小説や詩などの作品に登場する食べ物の記述はもちろん、日記など本人によるものを調べあげ、友人などのコメントまで集めている。

  • 『作家は何を食べて作品を書いてきたのか?』作家における食と作品をの関係をつづった本の第一弾です。どれもみんな個性的な方が多くて圧倒されます。

    これと続編である『文人暴食』の二つは札幌にいたころ、ずいぶんと読んだものである。この話は思い出すのも正直つらいのだが当時、僕は本当に食うにも事欠いた生活を送っていたので、せめて想像の中ではたらふくめしを食いたいというほんとうにほんとうに切実な日々が背景にあったというのが実情だが、なるほど、「食と文学」という視点で作家を見ると、これほど奥が深いのかと、この記事を書くために今回また読み返してそう思った。

    たとえば、谷崎潤一郎なんかはその見栄えや文体とおりのこってり、ヌラヌラしたものを好んだというし、森鴎外の好物はなんとご飯の上にあんこ入りの饅頭を二つに割って乗せて、その上にお茶をかけて「饅頭茶漬」としてさらさらと食べ、細菌学を専攻した関係から果物にいたるまで「なまもの」は一切口にしなかったそうである。

    そのほかにも、種田山頭火の「食と水と酒」の業に近い話や、坂口安吾の「わが工夫せるオジヤ」にまつわる話なんかが面白かったです。機会があれば、ぜひ読んで頂ければと思います。

  • ふむ

  • 自分では手に取らない本、というのがあります。
    見た目と言うか、雰囲気と言うか、オーラと言うか。
    私は自他共に認める乱読タイプで、広く浅くたくさん読むほうなんだけど、それでも、しらないうちにある一部分、まったく手付かずにすごしてしまったことに気付くことあります。

    例えば、この嵐山光三郎の『文人悪食』はそんな私の手に取らないっぽいにおいのぷんぷんする本です。

    人に紹介してもらわなかったら、手に取らなかった確率99パーセント。
    だけど、うんとよかったです。
    森鴎外や夏目漱石から林芙美子、坂口安吾など、近・現代を代表する作家の食生活、食癖からその素顔を垣間見よう、というような趣旨の本です。

    やっぱり、「食べる」って、本能行動だから、ものすごく人間らしい素顔がのぞけます。
    私の崇拝する三島由紀夫についても書かれていたのですが、綿密な下調べに基づいて三島由紀夫の食を明らかにした上での人間三島由紀夫の考察がすばらしい!
    舌を巻くものでした。

    「三島氏は、「虚飾と純粋」をあわせ持っていた人である。人並みはずれた嘘と、人並みはずれた真実を、魔法使いのように使い分けた。」

    そうそう!そうなんですよ!
    嵐山さん、話がわかるね!

  • 「何か喰いたい」臨終の漱石は訴え、葡萄酒一匙を口に、亡くなった。鴎外はご飯に饅頭を乗せ、煎茶をかけて食べるのが好きだった。鏡花は病的な潔癖症で大根おろしも煮て食べたし、谷崎は鰻や天ぷらなど、こってりした食事を愉しんだ。そして、中也は酒を食らって狂暴になり、誰彼構わず絡んでいた。三十七人の文士の食卓それぞれに物語があり、それは作品そのものと深く結びついている。

  • 日本の名だたる文豪たちを”食事”というキーワードから徹底的に掘り下げ、彼らの人間性、そして作品への影響を綴ったエッセイ、というよりも一種の文学批評にすら思えてくる力作。

    取り上げられるのは夏目漱石に始まり、三島由紀夫に至る37人の文人。日本の文学史を彩る超重要人物ばかりであるが、作品だけでは見えてこない人間としてのリアルな生きざまが垣間見れて純粋に楽しく、感嘆させられる箇所が多い。

    一言で”食事”といっても文人たちの嗜好性は本当に千差万別である。谷崎潤一郎のように美食を愛したものもいれば、泉鏡花のように病原菌など生ものへの恐怖から大根おろしですら煮込む(!)もの、森鴎外のように饅頭をご飯の上に乗せてお茶漬けにして食べる独特の食習慣を持つもの、そして石川啄木のように豪華な食事を友人たちに奢らせるのを至極当然に振る舞うもの。そうした”食事”に対するそれぞれの嗜好は、自然と作品へと影響していくと考えても違和感はないだろう。

    これを読んだ上で改めて文士たちの作品を読み返したいと思ったし、未読の作家・作品を読んでみようとも思った。日本文学の豊饒さを改めて実感した次第。

  • 「何か喰いたい」臨終の漱石は訴え、葡萄酒一匙を口に、亡くなった。
    鴎外はご飯に饅頭を乗せ、煎茶をかけて食べるのが好きだった。
    鏡花は病的な潔癖症で大根おろしも煮て食べたし、谷崎は鰻や天ぷらなど、こってりした食事を愉しんだ。
    そして、中也は酒を食らって狂暴になり誰彼構わず絡んでいた。
    37人の文士の食卓それぞれに物語があり、それは作品そのものと深く結びついている。



    とりあえず最初に目を通すのはやっぱり好きな作家さんの章ですよね。
    で、「池波正太郎」のところを読んだのですが……ここで書かれていることはほぼ僕も池波氏の著作で読んでいることばかりでした。
    出典が同じなのだから仕方ないですけれども。
    僕は美味しい食べ物の話を読むのは大好きなのですが、本書は今一つ美味しそう、と感じない話が多いのですよね。

    それもそのはず。
    ここに載っている文人たちの多くは僕が生まれる前の人たち。
    彼らの時代といえば、大正、昭和の初期。
    それなりに工夫があったかもしれませんが、まだ物資も豊かでないし、飽食などという言葉も存在せず、食うや食わずやの暮らしをしていた作家も多いという時代。
    その頃の食べ物の話を読んで、美味しそうだなあ、と感じるのは難しいですよねえ。

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著者プロフィール

1942年、静岡県浜松市生まれ。國學院大學文学部国文科卒業。雑誌「太陽」の編集長を経て、作家活動に入る。『悪党芭蕉』で泉鏡花文学賞と読売文学賞を受賞。著書『ごはん通』『「世間」心得帖』(以上、ちくま文庫)、『芭蕉紀行』『悪党芭蕉』『芭蕉という修羅』『文人悪食』(以上、新潮文庫)、『追悼の達人』(中公文庫)など。

「2022年 『超訳 芭蕉百句』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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