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Amazon.co.jp ・本 (207ページ) / ISBN・EAN: 9784101462110
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みんなの感想まとめ
死を見据えながら生きることをテーマに、西行、良寛、明恵、道元の四人の隠者を通じて深い考察が展開されます。著者はそれぞれの詩や生き方を丁寧に読み解き、特に西行の「透明な浄福感」や、良寛の遊戯的な時間感覚...
感想・レビュー・書評
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著者の『徒然草を読む』(講談社学術文庫)の続編というべき内容の本です。
『徒然草を読む』では、後世をたのむことなく、死の差しせまりつつある今を生きようとする兼好の姿勢についての考察がおこなわれていました。本書では、西行、良寛、明恵、道元の四人の隠者の系譜をたどりつつ、死へ向けてさらに一歩を踏み出すことができるのかという課題に取り組んだものということができます。
西行は、花月への憧れの果てに死を垣間見たと著者はいい、「ゆくへなく月に心のすみすみて果てはいかにかならむとすらむ」という歌は、身体から月へとあこがれ出る透明な浄福感に満ちていると主張しています。
次に著者は、良寛の遊戯の境地の時間的・空間的感覚について考察をおこなっています。とくに「つきて見よひふみよいむなやここのとをとをと納めてまたはじまるを」という歌に着目して、「ひふみよいむな」と毬をつき、「ここのとを」と至って、また一から開始する円環的時間に、毬つきという遊戯における三昧の境地が示されていると論じられています。
明恵と道元については、著者は彼らの信仰の立場にいたることはできないとしながらも、彼らの生き方を裾野から仰ぎ見るという論じ方がなされています。馬に足を上げさせようとする男のことばを聞いた明恵が、「阿字」と勘違いしたエピソードを引きつつ、明恵が生きたのは、「足」がなくて「阿字」のあるような「いま」だったと著者は述べています。また、道元の「有時」の思想に触れつつ、瞬時に生きて瞬時に死ぬ時間のありように、想像力を駆使してせまろうとしています。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
西行、良寛、道元の評論は類書の多い中で、著者のものが腑に落ちやすい。次は著者の作品で未読の『俗と無常』で兼好法師を。
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病と闘いながら、医師として、歌人として、作家として生きた三四二。
控えめで、でもそれを表現していくことは恐れず、しっかりとした感じを受けていた。本書は、そんな彼の西行観、良寛観、明恵観、道元観を知ることができる。おちついて、しっかりとらえようとする著者の思いが伝わる。
そんな良書である。
上田三四二の作品
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