不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

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  • 新潮社
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レビュー : 173
  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101465210

作品紹介・あらすじ

同時通訳者の頭の中って、一体どうなっているんだろう?異文化の摩擦点である同時通訳の現場は緊張に次ぐ緊張の連続。思わぬ事態が出来する。いかにピンチを切り抜け、とっさの機転をきかせるか。日本のロシア語通訳では史上最強と謳われる著者が、失敗談、珍談・奇談を交えつつ同時通訳の内幕を初公開!「通訳」を徹底的に分析し、言語そのものの本質にも迫る、爆笑の大研究。

感想・レビュー・書評

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  • めちゃくちゃ面白かった。米原女史はすごい。しかも、これが彼女のエッセイの中で処女作にあたるというのだから驚き。

    米原さんは、日露首脳会談や、大きな国際会議にも呼ばれるような、日露同時通訳のスペシャリストだった方。(残念ながら10年以上前に亡くなっています…。)
    タイトルの「不実な美女か貞淑な醜女か」には、女性論か何かかな?と思ってしまうけれど、これは原文に忠実ではない(誤訳がある)けども整っている訳を「不実な美女」と、原文には忠実だけど洗練されていない訳を「貞淑な醜女」と例える通訳界の比喩からきているもの。
    貞淑な美女を目指すけれどなかなかいつもそうではいられず、世の中の通訳は、場合に応じて「不実な美女」だったり、「貞淑な醜女」だったりするとか。そんな米原さんの通訳論が、ユーモラスな筆致で語られている。

    この本が書かれたのはもう25年も前である。この頃既に、自動翻訳機や自動通訳機の開発が進められていたようだし、それから何段階もレベルアップしているのだろうけれど、今なお完全な自動翻訳機や自動通訳機は開発されていない。それだけ、翻訳や通訳の情報処理のプロセスは複雑なものだ。
    語学センスの全くない私には、同時通訳っていうだけで異世界の住人のように見えるのだけど、内実は思っていたよりもずっとすごい。
    緊張を強いられる同時通訳の間、頼りになるのは自分のみ。ぐっと詰まる場面では、数秒の間に走馬灯のごとく適訳を求めて思考が駆け巡るといい、知識経験のみならず記憶力、理解力、論理力、表現力、機転など、自分の全てが試される。時には全く訳語がわからない状況に陥ることも。自分がその状況なら…と考えると恐ろしくもある。

    例えば、中国の固有名詞が出たとき。中国語は、当然のことながら漢字を中国語読みする。毛沢東は「マオ・ツェドゥン」となり、黒竜江は「ヘイルンジャン」となる。そしてロシア語では、基本的に中国語の発音をなぞってロシア語に移し替えて発音するので、馴染みのない中国の固有名詞をロシア語に転換できないという。おそらく反対もしかり。日本と中国だと、漢字を見せて「あー!」と解決できるところだけれど、漢字を解さないロシア人にそれは通用しない。中国は日本にとってもロシアにとっても身近な国家なだけに、同時通訳にとっては鬼門のようだ。

    日本人的な曖昧で婉曲的な物言いや、結論から言わずにダラダラと前置きを長く続ける話し方、日本の文化を背景とした日本独自の表現、慣用表現や言葉遊びなども、通訳を困らせるという。

    例えば(全くやる気のないその場限りの)「善処します」や、(ポーズだけの)「検討します」といった、日本的なお茶の濁した言い方は、そのまま通訳にのせると「やります。キリッ」というニュアンスになり、後に約束を反故にされたと大問題に発展してしまうことも…。

    ちょっとした言い間違いや聞き間違いの小ネタ(下ネタも多く、電車で吹き出しそうになった。)から、世界の要人の緊迫した会談での肝が冷えるような誤訳や失敗談まで、そして言語論や意味論なども古今東西のエピソードを交えて幅広く、米原さんの引き出しの多彩さには驚くばかり。
    通訳になろうという人だけでなく通訳にお世話になることがある人には必読の書といえそう。(ちなみに私も、仕事で通訳に入ってもらった経験があるのだけど、何と配慮のないスピーカーであったかと、振り返って反省しきりだった。)他に、通訳に何となく興味ある人も、通訳なんだから正しい訳ができて当然でしょ~?なんて思う人も,ぜひぜひぜひ!読んでほしい一冊。ものすごくオススメです。

  • 何ともショッキングなタイトルですが、これは通訳における「いい訳」がいかに成り立ちにくいかを表したもの。原発言を正確に伝えているかという座標軸を、貞淑度をはかるものとし、訳文がどれほど整っているか、響きがいいかを女性の容貌に喩え、その2つが両立しがたいことを指している。通訳と聞くと、原文を即座に流暢な外国語に訳出すると大雑把にとらえがちだけれど、通訳に携わる人たちが、いかに正確で、自然な訳を作るために心を砕いているかが、ユーモアたっぷりに描かれています。

    翻訳と比較した中でも通訳の宿命といえば、圧倒的な時間の制約。「時の女神は通訳を容赦しない」「手持ちの駒しか使えない」と著者も語っているとおり、瞬時に訳出しなければならない苦労が開陳されています。
    そして米原女史にかかれば、下ネタだってあけすけ。「空想」のつもりが「クソ」となり、「顧問」のはずが「肛門」、「少女」が「処女」に…。

    楽しさ満載の本書ですが、はっとさせられることもしばしば。外国語に通暁する著者が、いかに母国語の習得が重要かを力説している点は注目です。どれだけ外国語を勉強しても、母国語以上には上達しませんからね。

    知られざる通訳の内幕。難しそうな依頼があれば、米原女史でも怖じ気づいてしまうことがあったよう。そこで師匠の徳永晴美氏は「どんな通訳者も発展途上である」といって激励したという。「完璧な通訳者なんて、処女の売春婦みたいな二律背反の骨頂みたいなもんよ」。案ずるより産むが易し。とにかく飛び込め。通訳以外の場でも励みになる言葉ですね。

  • 図書館でお借りしたんだけど、これは買わないとダメな本だ。ハードカバーほしいけど文庫本しかないらしい。600円なんて安すぎて申し訳ない、と思ってしまう…

    実は大学の時、副専攻で翻訳コース(通訳コースが別にあったので、通訳は学ばず翻訳に特化)をとっていたのです。幸い、卒業してから今まで、仕事で日常的に英語を使う機会に恵まれ、自分が通訳することはほぼないけれども通訳者さんに依頼をして、通訳のお仕事を目の当たりにする機会も時折あります。初めて通訳者さんをお願いしたあの日から今日まで、私にとって通訳者さんは超能力者。どういう頭の構造をしていれば、外国語を聞くことと日本語を話すこと、あるいはその逆を同時にこなしてしまうのか、あのブラックボックスでどんな処理プロセスが走っているのか。。。その疑問に応えてくれる、貴重な資料。

    実用書かエッセイかこれまた悩ましいんだけど、本当にすごくためになる、かつときどきふふって笑ってしまう通訳お仕事エッセイ。タイトルの「不実な美女」「貞淑な醜女」は通訳のアウトプットを表現したもので、「原文を裏切っているが美しく整った訳文」と「原文に忠実ではあるが、翻訳的でぎこちない訳文」のことなのだけど、適訳だなぁと感心する。ちなみに米原さんの文章は(本書に限らず)ユーモアを兼ね備えた美女なので、あっという間に読み終わってしまった。

    あまり中身に触れているところがないのですが、読みたい方、必要としている方にぜひ読んでいただきたいので、大まかな章立てをまとめておきます。


    第一章:通訳翻訳は同じ穴の貉か
     通訳と翻訳に共通する3つの特徴を紹介

    第二章:狸と貉以上の違い
     通訳と翻訳の大きな違い
     通訳は同時に「二人の主人」に仕えるお仕事

    第三章:不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か
     訳の正しさと文章の美しさについての考察
     美女の作り方
     めっちゃ悩んだ挨拶文の解決方法がここに!
     
    第四章:初めに文脈ありぎ
     正確な通訳に求められる要素とは?
     テクニックやヒント、アドバイスがたくさん

    第五章:コミュニケーションという名の神に仕えて
     ただ正しく伝わるだけの訳文を超えて…
     文化や状況や背景を汲み取ることや、日本語の大切さ

    特に第五章で、母語(日本語)の大切さ、母語を学ぶことが外国語を豊かにするために必須だとおっしゃっていたことが強く記憶に残った。幼少期からの英語教育が大切だと叫ばれる昨今において、たくさんの幼児向け英語教材や講座が用意されているけれども、確かに日本語があやふやな時分に英語を平行して詰め込んでいくのは危険を伴う気もする。米原さんが日本の日本語教育の不十分さを嘆いている点も、とても印象的。

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    同時通訳者の頭の中って、一体どうなっているんだろう?異文化の摩擦点である同時通訳の現場は緊張に次ぐ緊張の連続。思わぬ事態が出来する。いかにピンチを切り抜け、とっさの機転をきかせるか。日本のロシア語通訳では史上最強と謳われる著者が、失敗談、珍談・奇談を交えつつ同時通訳の内幕を初公開!「通訳」を徹底的に分析し、言語そのものの本質にも迫る、爆笑の大研究。

  • 何をどこまでどう訳すか。
    同時通訳中、未知の言葉に出くわしたら、ダジャレを連発されたら、ののしり・シモネタ・差別語には…。
    いやはや、日々の努力である。機転である。そしてきっと度胸も。

    ご本人及び同業者たちの実感のこもった体験談から小咄裏話まで、あふれそうなほどにびっしり!
    どれをとってもそのままコントになりそうだし、実際寸劇仕立てのも。
    時に殺意を覚えるともいうこれらの話に、絡めて語られているのが論理的に解析された彼女の通訳論。
    バサバサときっぷのいい米原節炸裂である。

    まだまだたくさんの引き出しをもっていそうな米原さんの話にもう触れることができないのかと思うと、つくづく残念である。
    通訳さんって、もっと尊敬されてもいいんじゃないかしら。

  • 通訳には絶対になられへんー!と改めて思ったけど、笑った!翻訳にも勉強になることがいっぱい。

  • 英語ができないしもちろん他言語もできないわたしは、外国語を話せる、そして通訳ってだけで尊敬に値する。同時通訳さんなんて惚れ惚れする。そして通訳さんて、言語のコミュニケーションのプロ中のプロだけど、いかに相手に伝えることができるかなんだなと思った。そして雇われるっていう苦労もあり。あとやはり日本語のボキャブラリーが豊富で、そして美しい日本語を知っているからこそ、通訳ができるんだなと感動した。もっと勉強しよう。

  • ことば

  • 「通訳者とは何か」を著者自身の経験を通して、面白おかしく分析し紹介してくれている一冊。
    正直本書を読むまで、”通訳”を真剣に考えたことなどありませんでしたが、読了して、色々なるほどと思いました。
    (話し手の言葉の「意味」を”訳す”は簡単ながら、”正しく伝える”は本当に大変なこと(なんせ話し手の話力にもよってくる)で、通訳者の切磋琢磨と苦労がひしひしと感じれました。)

    あと他国語(英語とか)を覚えなければいけない的なことが一切なく、母国語はとても誇るべきでものあると書いてあったところが印象的で何だかいいなって感じました。

  • 通訳論に関するエッセー。著者の処女作。ふんだんに盛り込まれたエピソードを通じて、通訳業の難しさと魅力を説いている。
    言語とか、コミュニケーションの本質は何か、考えさせられるエッセーでした。

    巻末の編集部注が悲しい。

  • 高校生の頃挫折したのをついに読み切る喜びよ
    中途半端な知識人は…のくだりにはウッとなってしまった。笑

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著者プロフィール

1950年、東京生まれ。翻訳家、エッセイスト、小説家。『不実な美女か貞淑な醜女か』で読売文学賞、『?つきアーニャの真っ赤な真実』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2006年没。

「2016年 『こんがり、パン おいしい文藝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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