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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784101467252
感想・レビュー・書評
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毒を持って毒を制す。自身の凝り固まった考え方をリフレーミングするには手軽だが...。うやむやにしてきたこと、現在進行形で偽っていることなどが浮かんでは消えていく...。うん、もうしばらくは消したままにしておこう。
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自分のことを言われているようで、読んでいて動悸が激しくなる場面が多くあった。
共感ができる部分はかなりある。
でも、カインにはなれない。 -
血が吹き出すような青春時代の苦しみを思い出す一冊。自分では言葉にできない苦痛を的確に表現してくれたように感じます。
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中島先生は生の無意味さと死の避けられなさに怯えと焦りを隠さない。本書でもそれは徹底的に踏襲されており、読む者の共感を呼ぶとともに深い絶望へと誘う。
一方で永井均は対照的に「存在の祝祭」、つまり長い歴史のなかで己が現在の社会に存在することの驚きを表明する。自己という存在の奇跡を高らかにうたいあげる。同じ現象がこれほど正反対に評価されるものなのかとしみじみ思う。
対照をなす二論のうち、中島先生はどうしても険しい方を選ばざるを得なかった。あえて苦しい道に進まざるを得なかった。それは自分には、あえて弱さを選択するという強さのように見える。気のせいだろうか。 -
幼い頃から「いい子」でいた著者が、同じような生き方をしてきた結果、20歳になって自分の生き方に疑問を抱き苦しんでいる「T君」へ向けて書いた、9通のメールという体裁の本です。
著者は、社会と折り合いがつけられない不器用な若者に、そうした自分を圧殺してしまうのではなく、逆にそうした生きづらい自分の人生を考えるために生きる、という道筋を示そうとしています。
おそらく「T君」も、著者の手紙を読んですぐさま悩みから解放されるということにはならないのだろうと思います。そうした自分自身のほとほと嫌気がさすような「どうしようもなさ」に付き合っていくうちに、そうした自分の「どうしようもなさ」を決して投げ捨てることができず、それと付き合っていくしかないという諦めがついたときに、「なぜ生きるのか?」という問いを考えるために生きるという、著者の語っている答えに出会うことになるのではないか、という気がします。 -
この世の中は自分に正直であればある程生き辛い。思っている本当のことを口にすれば、周囲の人間や世間からパージされる恐怖に怯えなければならない。この世にはびこるのは常識、モラル、欺瞞、偽善。それらは本当はウソであるにも拘らず、善良な顔をして私達をがんじがらめに拘束しているのである。誰もが本当は「心の叫び」を上げたいはずだ。「心の叫び」が飽和点に達した時、自らの命を絶つ人が本当にいるのかもしれない。それだけ人間は弱い生き物なのである。では弱い私達はどう生きればよいのか? そのヒントがこの本に記されている。この本は弱い私達を慰めてくれるような優しいものではない。しかし、それでもあえて推薦するのは、この本には「ほんとうのこと」しか書かれていないからだ。人間の「心の叫び」に耳の奥まで傾け、きれいごとを一切排した真摯な言葉が、悩める者達の心の奥まで突き刺さるに違いない。
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人生で一番衝撃的な本でした。けど、この本に共感できる読者はけっこう限定されると思います。子どもの頃から周囲の期待に応えるように生きてきて大人になって行き詰っている人は、これを読むことで心にのしかかった重荷をどけることができるかもしれません。
かもしれませんと書いたのは、本書は重荷のどけ方を教えてくれていますが、あくまでどけるのは本人だからです。けど、これだけ自分のことを分かってくれていると感じられたのは本書が生まれて初めてだったので、そのことだけで私には十二分の価値がありました。
<目次>
はじめに ぼくはいかにして「強く」なったか
1 どんなことがあっても自殺してはならない
2 親を捨てる
3 なるべくひとの期待にそむく
4 怒る技術を体得する
5 ひとに「迷惑をかける」訓練をする
6 自己中心主義を磨きあげる
7 幸福を求めることを断念する
8 自分はいつも「正しくない」ことを自覚する
9 まもなくきみは広大な宇宙のただ中で死ぬ
あとがきに代えて 三〇年前の自分へのメッセージ
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-850.html -
2008/6/29〜30.7/2
ふむふむ
これは友人からかなり前からオススメされていた本であります。
私、中島義道さんのこのなんともいえない強ーい思いの塊みたいなのが大好きでして、
なぜか元気が出ます。
そんな感じでこの本もすごくいい本でした。
なんだか錯覚かもしれないけど
強くなれるような気がしました。 -
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懐かしい
二十歳前後に読めば大いに影響を受けた
今は「そうか」と思うだけ -
著者がどうして「自己愛に基づいた善」を嫌うようになったかが窺える内容.もともと強く出ることも怒ることもできなかった著者がどうやって強くなったかを綴っている.私は著者ほど「いい子」で,懸命に,苦しみながら生きてきたわけではないので,自分に向けられた言葉として読めるところは決して多くはなかったが,「適切に自分(と環境要因)を責める」という辺りは,実践できたらと思う.
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読後感はあまり良くない。考えさせられる一作。現代社会で暴力的なまでに拡大し、自らの力を及ぼし続けるマジョリティである善良な市民。彼らに対抗するカインと呼ばれるマイノリティー。ニヒリズムの観点から明確な理論で善良な市民を批判しており、現代社会で無条件に善行を崇拝し、他者に強要する善良な市民に読む価値があるだろう。
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二人称。筆者の若き姿と思しき架空の青年への書簡というスタイルは精悍でスマート、クール。自分語りはたいてい鼻に着くものだがそれすらクールに見えるのは、ある種の壮絶な事実が支えているからだろう。自己愛だけではここまで構築できない。気取りや顕示欲と紙一重ながら力量で読ませる。
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私は「カイン」と「善良な市民」の狭間にいる人間のように思います。
だから共感する部分、そうでない部分があり、結果的に評価としては★★★となりました。
共感する部分に関しては、引用にてまとめてあります。 -
メモ
・カインであれ、という定言命法ではない。カインであるならば、という仮言命法で読みたい
・そして自分はカインなのか? 絶対的不幸は知らない、というか絶対的不幸は確信できない。絶対的不幸の中にいる、と認めたくはない。身にしみて認めていないし、そのために悪に走る度胸がない。
・親・教師・反抗についての論点はこの上なくしっくりきたが…。復讐はしたい。してやりたい。そして自分を変えるためにどこかへ身を投げ込みたく、それは留学という形しか思い浮かばない。
・結局ウィーンに行くということをしないと変わることができないのか。手紙はあくまで体であって、それで生き様としては一般化されたかは怪しい。小さな悪からというのも、あまり説得力がないのかもしれないとも思う。
・僕はまだ自己中心主義を極める覚悟がない。(他者を経由することによってのみ得られるところの)幸福があきらめきれていないし、他者を抹殺した果てにある幸福-不幸の彼岸に耐えられない。
感情をまだまだ知りたいと思う。そんな好奇心を持ってしまうくらいには無垢である。
・孤独城について、考える余地あり。
・「食っていかねばならない」にどう抗するか。
・僕は健康への執着がある。病は強いのか? 鈍感な方が強いのではないか? 世間は「世間」としてそんな一緒くたに語れるものなのか? ただし、これらの問いに対してどちらが正しいなどという答えは言うまでもなく立てられない、というのも「正しい」ことが正しいことを保証する審級を立てようがないから。それも自分で立ち上げ自分で守っていく必要があるから。
・頼れる他人がいても良いのではないかというのは思うものの、しかしそれはある程度強くないとすぐ自分を縛り付ける枷にはなってしまうな。 -
「いい子」とは、都合のいい言葉だ。
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著者本人が述べていますように、この本は著者自身へと書かれたものでしょう。したがって当然彼と同じ「カイン」という資質を持った人間以外にはまったく理解不可能な本だと思います。しかし、もしも「カイン」であってなおかつ若く悩み多い人であったならば、その「未来」である中島氏からの言葉はおそろしくためになるものであるはずです。
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良い本だ、とっても。
著者プロフィール
中島義道の作品
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