殺人犯はそこにいる (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (509ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101492223

作品紹介・あらすじ

5人の少女が姿を消した。群馬と栃木の県境、半径10キロという狭いエリアで。同一犯による連続事件ではないのか? だがそのうちの1件「足利事件」は“解決済み”だった。冤罪の背後に潜む司法の闇。執念の取材は“真犯人”の存在を炙り出すが……。知られざる大事件を明るみに出し、日本中に衝撃を与えた怒りの取材記録。「調査報道のバイブル」と絶賛された傑作、待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • カバーが強烈で思わず…
    (二重になってるんで、キャンペーン用なんかな?)字ばっかりいっぱい書いてある。
    これ、ノンフィクションやん!
    冤罪事件の!
    ええ感じに出来てる!
    「北関東連続幼女誘拐殺人事件」を中心として、著者の清水さんの調査報道などで起こるエピソードなどを語る。
    「足利事件」を無罪へと導いた著者やけど、そんな事より、まだ、どっかにいる犯人に注目してるのが、凄いというか本質を突いているというか…
    警察に至っては、誤魔化し、誤魔化しの連チャンで、何してるの?って感じ。
    それにぶら下がる御用記者も!
    何かズレてるんやな。
    ホンマは、そんな立場とかプライドとかより、「犠牲者を増やさない=犯人探し」でしょ!
    確かに間違いを認めるのは、キツいのかもしれんけど、それを認めて前へ進む事で進化する。
    人は誰でもミスるけど、それを次回に活かせるようする。再犯防止や!
    普通の仕事でも、そうやねんけどな。PDCAとかで、繰り返し改善していく。
    しかし、改善しても、失った生命が返って来ない…
    それがツラい…(T . T)

  • 推理小説と思って購入したらノンフィクションだった。
    冤罪の話しは良く出てくるが、幾つかの事件をここまで独自に掘り下げて解決に結びつけた記者はいないのでは。マスゴミとまで言われる記者達とは一線を画している。解決までの警察や検察、同業とのやり取りや、被害者との関係など驚嘆する。ただ、自分の非を認めない公的機関については、そうなのだろうと言うしかない。自分達に都合の良い事だけで終えようとする態度により、真犯人の通報さえ拒否することに恐怖を覚える。警察の暴力的な態度にやってもいない犯罪を認めたら最後、と思ってしまった。

  • 【感想】
    本書は、1990年に足利市内で発生した、4歳の幼女が誘拐・殺害された「足利事件」を追ったノンフィクションである。捜査線上に上がったのは、幼稚園バスの運転手を勤めていた菅家利和さん。菅家さんのDNA型が幼女の服に付着していたDNA型と一致したため、警察は彼を犯人と断定。菅家さん自身が取り調べで自白したこともあり、裁判所は菅家さんに無期懲役の判決を下した。以来17年間刑務所で服役してきたのだが、筆者の取材がきっかけで再捜査が行われ、判決が覆り完全無罪となった。

    何故冤罪事件が起こったのか。理由は2つある。

    1つ目は、警察が解決を急ぐあまり、菅家さんに自白を強要し、かつ実態と合わない証拠を握りつぶしていたからだ。
    菅谷さんは、H警部とY警部に取り調べを受けていたが、その過酷さに耐えきれず嘘の自供をしてしまった。「自白」というお墨付きを得た警察は、近隣住民の目撃情報の中で、菅家さんと合わない部分(犯人とおぼしき人物の背丈、犯行時に通ったルート等)をもみ消し、証拠として採用しなかった。それだけでなく、現場に残っていた靴型に合うような絵を菅家さんに描かせて自白調書に加えるなど、犯行を補強するための「偽造」を堂々と行っていたという。
    捜査側は、自分が狙った事件の物語、すなわち「筋読み」を否定する証拠を「消極証拠」とすら呼ぶ。否定する証拠が存在するのだから、「筋読み」そのものが間違いだった、とは考えないらしい。もし反する証拠が出てきたとしても、「そんなことはいくらでもある」「意味がない」などとして片付けてしまう。結論ありきの犯人探しが最初から行われていたのだ。

    2つ目は、そうした自白を補強するための物的証拠――「DNA型鑑定」が間違っていたからだ。
    足利事件発生当時は、DNA型鑑定が犯罪捜査に導入されたばかりの時期であった。その当時は「同じ型の人は1000人に1.2人」と言われていた。科学捜査に使うには精度が低すぎないか、と思うかもしれないが、当時の指紋鑑定も同じぐらいの精度であったし、状況証拠と合わせれば十分な特定材料となる。
    しかしその後、DNA型鑑定の結果を判別する「ものさし」に不備があったことが発覚する。再度菅家氏の髪の毛を使って同じ鑑定を行ったところ、犯人とは別のDNA型が出た。しかし、「鑑定は信頼できる」として、最高裁は上告を棄却してしまった。

    これら「自白の強要と状況証拠のねつ造」「状況証拠と合わせて効果を発揮するDNA型鑑定の誤り」が、菅家さんを有罪に導いたのだった。

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――
    私は、この本を読む中で一人の人物に感動を覚えてしまった。
    遺族の松田さんだ。

    遺族にとってみれば、冤罪疑惑を晴らすための取材なんて一つのメリットもない。実際に菅家さんが無罪になっても、真犯人は別にいる。「犯人が捕まった」と信じて平穏に暮らしていたのに、突如ふりだしに戻され、今までの長い年月が無駄だったと知るだけだ。菅家さんが逆転無罪で「救われた人」だとすれば、松田さんは「地獄に再び突き落とされた人」である。

    にもかかわらず、松田さんは真実を知ろうとしたのだ。

    本書では、不正捜査の疑惑がある警察に対して、松田さんが次のように追及している。

    ――「菅家さん。あえて『さん』をつけさせて頂きますが、菅家さんが無罪なら、早く軌道修正をして欲しい。捜査が間違っていたんであれば、ちゃんと謝るべきです。誰が考えたっておかしいでしょう」「ごめんなさいが言えなくてどうするの」

    これが、被害者遺族の言える言葉だろうか?事件によって娘を亡くした人間が、17年間犯人であった人物を思いやる。その強さに思わず胸を打たれてしまった。

    この取材に携わったのが、筆者のような強い使命を持つ人物で、本当によかったと思う。目撃者や被害者遺族は普通、17年も前の事件に今さら協力しようと思わない。無駄な痛みを抱えるだけだ。しかし、筆者の使命に心を動かされ、一人またひとりと捜査の輪に加わっていく。その思いはやがてマスコミや議員を動かし、世間を変えていく。

    事件をただ報道するルポルタージュとは一味違う、警察・検察との「闘い」を克明に描いたノンフィクション。是非おすすめの一冊だ。

    ――謎を追う。事実を求める。現場に通う人がいる。懸命に話を聞く。被害者の場合もあるだろう。遺族の場合もある。そんな人達の魂は傷ついている。その感覚は鋭敏だ。報道被害を受けた人ならなおさらだ。行うべきことは、なんとかその魂に寄り添って、小さな声を聞き、伝えることなのではないか。

    ――私は思う。事件、事故報道の存在意義など一つしかない。被害者を実名で取り上げ、遺族の悲しみを招いてまで報道を行う意義は、これぐらいしかないのではないか。
    再発防止だ。
    少女たちが消えるようなことが二度とあってはならない。だからこそ真相を究明する必要があるのではないか。
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――

    【まとめ】
    1 北関東連続幼女誘拐殺人事件
    17年間に、5件の幼女誘拐・殺人事件が、大田市・足利市を中心とした半径10キロ圏内で起きている。うち3件の誘拐現場はパチンコ店であり、3件の遺体発見現場は河川敷だった。どう考えても同一人物の犯行だ。しかし、事件のうちの1件――「足利事件」は、既に犯人を逮捕済みである。
    「足利事件」について、警察は菅家利和さんという男性を「誘拐殺人犯」として逮捕した。検察は起訴し、最高裁は無期懲役の判決を下した。マスコミも事件の経過を大きく報じた。凶悪事件に怯えていた市民は胸を撫で下ろし、それぞれの日常生活へと戻っていった。
    だが実際には、菅家さんは冤罪だった。不当な捜査と杜撰な証拠、虚偽の自白を根拠として、菅家さんは17年半もの間、刑務所に閉じ込められたのだ。


    2 DNA「型」鑑定の曖昧さ
    当時の捜査幹部はこう語る。
    「何がなんでも逮捕しろ、上は簡単に言うさ、こっちだって真剣にやったけどさ。市内に住む、B型で、ロリコンの疑いがある男。過去の犯歴からの調べ、そりゃあ、ありとあらゆることを、やった。全部やり尽くした。容疑者は何人も浮かんでは消えた。B型なんてなんぼでもいるわけだ。細かく捜査するしかないわけ。でも、みんなアリバイがあったりして、怪しいのはどんどん消えて......あの男しか残らなかった、もう最後の一人だったんだ」

    菅谷さんは逮捕後、「真実ちゃん事件」を自分の犯行だと自白した。「万弥ちゃん事件」と「有美ちゃん事件」も自供したものの、この2つの事件は証拠不十分で不起訴となっている。

    物的証拠として、菅家さんの家には大量のアダルトビデオがあった。ただしロリ物は一本もなかった。また、菅谷さんの家庭ゴミから出たDNA型が、現場に残されていた犯人のものと思われるDNA型と一致している。
    注意すべきなのは、証拠となった鑑定がDNA「型」鑑定であったことだ。
    当時の鑑定は血液型と同じで「型」分類であった。個人個人のDNAをグループに分けて識別し、その「型」が犯人のものと同じならば、犯人の「可能性がある」ということだ。だが、同型の別人もいるため、「イコール犯人」とは言えない。DNA型鑑定は捜査の決め手のように思いがちだが、実は違う。確かに血液型とは異なりDNA型は遥かに「型」の種類は多い。だが鑑定が指し示すのはあくまで「型」である。逆に「型」がほんの僅かでも違った場合は、同一グループにさえ属していない別人とみなされ、「無実の決め手」となる。

    そうした余地が残る鑑定方法を、裁判所は、「科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた」として証拠に認め、無期懲役の判決を下した。


    3 怪しい証拠
    そのほか、菅谷さんが犯人であることに疑義の残る証拠がいくつか出ている。
    ・真実ちゃんと出会ってから死体を遺棄するまで、30分程度しか時間がない。
    ・犯行現場の足跡が菅谷さんの靴と合わない。
    ・犯行現場の近くにいた目撃者2人の証言が消されている。
    ・DNA鑑定導入初期であったため、鑑定のためのものさしに欠陥が見られる。
    ・真実ちゃんは自転車に乗せられて誘拐されたと結論付けられたが、4歳当時、カゴがついていない自転車の荷台には乗れない。真実ちゃんのお母さんも疑問視していた。
    ・目撃者の一人である松本さんは、「真実ちゃんと犯人は徒歩で移動していた」と証言している。


    4 手のひら返し
    日本テレビで、足利事件の再審の訴えと連続誘拐事件の報道をし始めてから9ヶ月経ったときだった。検察が突如DNA再鑑定を許可したのだ。
    再鑑定の結果は「不一致」。止まっていた時が動き出した瞬間だった。
    不一致を受けて、警察は関係者への鑑定を今さらながら開始する。
    菅家さんの刑の執行停止を求めていた弁護団は記者会見を開き、「遺族ですらここまで『検察への怒り』を口にしているのに、なぜ菅家さんを釈放しないのか」と検察を非難した。すでに各メディアには大量の「冤罪」「鑑定不一致」の文字が躍っていた。

    被害者鑑定報道から4日後の6月4日、検察は突然菅家さんの釈放を決定する。東京高裁は、菅家さんを犯人と認めるには合理的な疑いがあるとして、再審開始を決定した。


    5 無罪決定
    実は、筆者は過去のファイルから、真犯人の「ルパン」に目星をつけ、菅家さんの冤罪取材と並行して追跡を続けていた。「ルパン」と思われる人物に接触し取材も行っており、その情報を警察に提供している。ルパンが出したごみからDNA型鑑定を2つの機関に依頼し、一方は不一致、一方は完全一致という結果を得ている。

    にもかかわらず、警察は重い腰を上げようとしなかった。05年5月で時効が完成しているからだ。
    しかし、おかしくはないだろうか?「公訴時効」とやらを完成させたのは、他でもない、司法機関なのだ。捜査ミスを犯した警察、誤って起訴した検察、そして9年間誤判を重ねた裁判所。あげくは5年以上も再審請求を放置し、その間に「いつの間にやら事件は時効になりました」はないだろう。「冤罪」なのだ。捜査をやり直すべきだろう、というのが普通の市民感覚ではないか。マスコミはそこを報じない。

    検察は、MCT118法で得られた真犯人の型――「18-24」型を排除しようとしている。「当時の鑑定方法そのものに欠陥があったのではないか」という疑問には踏み込まず、菅家さんは無罪。ルパン候補のDNA鑑定の2つは一致しなかったため、証拠不十分で無罪。それで連続殺人事件全てを終わらせるつもりだ。
    なぜ誤りを認められないのか。ひとつには、これまで幾多の難事件を科学的に解明してきた科警研の信用が失墜するということがあるだろう。科警研は各都道府県警の科捜研に対しても指導育成に当たっている。いわば科学捜査の総本山であり、その証拠能力が疑われるというのはゆゆしきことである。もし鑑定の誤りが証明されれば、同じ方法で行われ下された他の裁判の結果も、すべてやり直す必要が出てくる。

    もうひとつは、福岡県で起きた「飯塚事件」の影響である。飯塚事件も足利事件と同様に、証拠採用されたMCT118法が決め手となって死刑判決が下った。しかし、足利事件と違って、こちらは死刑がすでに執行されているのだ。

    3月26日、法廷に裁判官の声が響いた。主文はもちろん無罪。静かにその理由が言い渡されていく。
    「本件DNA型鑑定が、前記最高裁判所決定にいう『具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた』と認めるにはなお疑いが残るといわざるを得ない。したがって、本件DNA型鑑定の結果を記載した鑑定書は、現段階においては証拠能力を認めることができないから、これを証拠から排除する」

    ついに、絶対と言われたDNA型鑑定を証拠から取り除いたのだ。


    6 殺人犯はまだ、そこにいる
    筆者が真犯人の情報を提供したにも関わらず、検察は北関東連続幼女誘拐事件の再捜査に及び腰だった。
    松田ひとみさん「検察は、シャツを返さない。ならばきちんと再々鑑定をして捜査に使って欲しいと言っても、それもしてくれない。どこで、どうやってこの事件を終わりにすればいいのか。こういった私達の気持ちをいくら言っても、検察は取り合わない。そこに過ちを認めたくない、面倒なことに関わりたくないという、検察の保身を感じるんです」

    筆者は真犯人の正体に迫る報道番組を制作し、疑惑の追及を行っていく。報道を見た参議院議員が国会で質疑を行った結果、当局は5件の事件がいずれも同一犯の犯行の可能性が高いことを認めたが、やはり「時効」を理由に動かないままである。(5件中、横山ゆかりちゃん事件以外は時効を迎えている)

    今思えば、この事件が葬られる当然の理由があったのだ。「ルパン」を逮捕してしまえば、科警研の誤鑑定が確定する。それは、死刑が執行された「飯塚事件」にも重大な影響を与えることになるだろう。そんな「爆弾」を抱えこんでまで「ルパン」を逮捕しようと決断する人間が、霞が関にいなかったのだ。
    かくして、「北関東連続幼女誘拐殺人事件」は「爆弾」と共に葬られようとしている。

    私は問いたい。
    殺人犯がそこにいる。罪を問われず、贖うこともなく、平然と。
    司法機関は、それを放置するのか?
    法治国家にとって、これ以上の問いは存在するのか、と。

  • 『殺人犯はそこにいる』清水潔著

    ●本書の特徴
    半径10キロ。
    パチンコからの誘拐。
    幼女対象。
    数年ごとに発生。
    合計5件。

    うちひとつが足利事件。幼女誘拐殺人事件。
    17年勾留された容疑者は『無罪』。

    冤罪を証明、獲得した裏側を積み上げた報道者の清水潔氏。
    彼が、なぜ、冤罪かもという判断にいたったのか?
    そして、真犯人は、いまどこにいるのか?

    ●読了して
    仕事とは志をもって為す事と起きかえるという言葉がある。
    今回のこのノンフィクション、清水潔氏の書き下ろしは、彼の真実にたどり着くという筆舌できないほどの執念が溢れてかえっている。

    力強く。
    何度でも何度でも折れず真実へ向かう。

    この本は、報道のみならず、多くの分野において示唆を与えつづけるテキストとして残り続けるものと予感する。

    #読書好きな人とつながりたい。

  • 文庫も持っているがAudibleで再読(14h27m)。
    読了まで5日間。

    群馬県太田市と栃木県足利市という隣接する2市で5人の少女が姿を消した。犯行の手口に共通項が多いことから同一犯による連続事件ではないかと疑われるが、そのうちの1件「足利事件」だけが"解決済み"となっている。テレビ局の報道特番企画をきっかけに、一連の事件に疑問をもった著者が取材・検証を始めた……

    《感想メモ》
    ●「一番小さな声を聞け」
    これが著者の清水潔さんの第一の取材ルールなのだという。
    今回の場合の「一番小さな声」は5人の女の子達の声であり、被害者家族の声だった。彼らの声を掬い上げ、真相を解明するために、清水さんは気が遠くなるような地道な取材を積み重ねた。
    5件の事件を同一犯による連続事件として扱うためには、まず「足利事件」の"犯人"菅谷さんの無罪を証明しなければならない。そのためにはDNA鑑定結果の壁を突き崩さなくてはならない。警察の再捜査を促すために冤罪が疑われる別の事件「飯塚事件」の調査にも手を広げなければならない。素人の私の感覚からすると、小石を富士山の高さまで積み上げるような調査だ。「一番小さな声を聞け」が信条とは言え、一人の記者がどうしてここまで力を尽くせるのか、不思議に思うほどだ。
    徹底的に証拠と一次情報にこだわる清水さんだが、本書ではある不思議なエピソードも紹介している。取材開始初期に、5人の女の子たちが清水さんの夢に出てきたのだという。文庫で読んだ時、私は多分その箇所を何となく読み流していたと思う。しかし、Audibleで再読してみて、このショッキングな夢が清水さんにとっていかに大きな原動力になっていたかがよくわかった。執念の取材の根底にある清水さんの熱い思いが始終伝わってくる。まるでテレビのドキュメンタリー番組を観ているような臨場感と迫力。こういうジャンルを読み慣れていない人でも、あっという間に引き込まれてしまうと思う。


    ●捜査と証拠
    足利事件の犯人とされ実刑判決を受けた菅谷さんは、事件当時、自身の「週末の隠れ家」に多数のロリコン系アダルトビデオを所持していたとされ、それが菅谷さん犯人説の一つの重要な要素になったようだ。しかし、清水さんが再度調べてみると、証拠品として押収されたアダルトビデオの中に「ロリコンもの」は1本もなかった。行きつけのレンタルビデオ店でも、そうしたジャンルは借りていなかったそうだ。清水さんがこのことを当時の捜査関係者に問うた時の返答は噴飯ものだ。
    現場の担当者の思い込みや印象で捜査が進み、伝言ゲームで捜査方針や報道の方向性が決まっていた。おそろしいことだ。

    こうした印象や「刑事のカン」や伝言ゲームで真実を見誤ることのないよう、客観的証拠として重要な役割を果たすのが科学捜査であったはずだ。しかし、清水さんが調査を進めたところ、当時の科捜研のDNA型鑑定に問題点がいくつも見つかった。当時のDNA"型"鑑定というのは、世間で思われているほど精度の高い絶対的証拠というわけではなかったようだ。
    また鑑定の精度が上がった現在においても、たとえ全く同じ鑑定結果でも、それがどのような筋書きの中で、どのような位置付けで用いられるかで、証拠としての重要度は変わってくるだろう。時には、検察/弁護側どちらの有利に転ぶかまで変わってしまうかもしれない。
    あくまで互いに補完し合う証拠の一つのはずなのに、「DNA(型)一致=犯人」という絶対的で短絡的な認識が司法の場にも社会にも浸透していることに危機感を持った。


    ●人を裁くことの難しさ
    現在は裁判員制度で誰しも人を裁く立場になり得るが、警察・検察側が整えた証拠と、弁護側の証拠、日々専門性が高まる科学捜査の結果をもとに、予断を持たずに有罪無罪を見極めることなど、私に本当にできるだろうか。
    そして、万が一誤審で無実の人が有罪になってしまったら?無実の人に死刑が執行されてしまったら?長い年月の後に誤審が発覚したら?
    無実の人間にとっても被害者や家族にとってもあまりにも残酷で取り返しのつかない事態だ。そして真犯人は逃げ得で社会でのうのうと生きている。まさしく「殺人犯はそこにいる」かもしれない。
    せめて関係者には誠意を持って冤罪被害者に謝り、間違いを検証し、真犯人の捜査を行ってほしい。これは当たり前の感覚だと思う。この足利事件においては実際には何が起こったか。冤罪判決前後の関係者の対応はどうであったか。ぜひ多くの人に読んでほしい。一人でも多くの人にこの本を知ってほしい。

    ただ、清水さんの気迫に満ちた取材の過程を読んでもなお、というより、読んだからこそ、"警察の捜査は全て間違いだった!清水さんの出した結論が正解だ!"とすぐに飛び付くのに躊躇してしまう私もいる。これは清水さんの物語だからだ。警察側の物語である"菅谷さん犯人説"に疑いもなく皆が飛び付いた結果何が起こったかを本書で知ったからこそ、全ての情報に対し少し懐疑的になってしまう。


    ●事件や司法を考えるにあたって
    何か重大事件が起こったり、加害者に対する量刑や処遇に一般的な感覚からすると違和感がある場合、法のしくみや裁判の在り方を見直すべきという議論がしばしば起こる。
    また、本書を読んでいて、被疑者や遺族に対する警察・検察の対応、マスコミ報道の在り方に「おかしいでしょ」と思うところが多々あった。
    警察やマスコミの情報の出し方ひとつで、あるいは世間やネット上の無数の匿名意見が醸成する「空気」によって、異様に思えるほどの被害者叩きや遺族叩き/加害者・家族叩きが頻繁に行われていることにも胸が痛む。

    事件を報道で知る私は第三者だ。明日被害者側になるかもしれないし、加害者側になるかもしれない。無実の罪を着せられて被告席に立つ可能性だってあるし、裁判員として判決に関わることになるかもしれない。適正な捜査とは?適正な裁判とは?適当な量刑とは?少年法の在り方とは?死刑制度の是非は?こうした問題を考えるときに「もし自分が被害者だったら」と被害者の立場に思いを寄せる視点と共に、自分自身があらゆる立場になる可能性を持っている第三者なのだという視点を忘れてはいけないと思う。

  • 「桶川ストーカー殺人事件・遺言」の著者でもある清水潔さんが書いたノンフィクションである。
    清水さんは2007年より「足利事件」の追跡を開始し、確定していた無期懲役囚・菅谷さんは冤罪ではないかとの疑問を持ち、捜査の矛盾点や謎を継続報道。DNA再鑑定をすべきだと提起し続けた。
    2009年、日本初のDNA再鑑定により犯人のDNAとの不一致が判明。
    菅谷さんは釈放された。
    清水さんは文藝春秋において数ヶ月にわたりレポートを掲載。
    菅谷さんの釈放時にも迎えのワゴン車に同乗していた。
    何故こんな冤罪事件が起きたのか。
    清水さんはひとつひとつ丁寧に検証し、自身で取材をしながら真実へと迫っていく。
    「ルパン」と呼ばれる真犯人。
    実は清水さんによってすでに警察には情報が流されている。
    しかし、少しも事件解決に向けた捜査は進展していない。
    これは何を意味するのか?
    警察の威信とは何だろう?
    人間がすることだ。科学捜査における信憑性も時代とともに変化する。それは仕方のないことだろう。
    だが、間違いに気付いたときにどう対応するのか。
    そこにすべてがかかっている。
    腐った組織は隠蔽工作に走り、自浄力のある組織は反省すべき点を反省し二度と同じ過ちを繰り返さないよう努めるだろう。
    はたして警察はどちら側の組織なのだろうか?
    清水さんを突き動かしているのは「怒り」なのだと思う。
    突然奪われた未来、冷酷な犯人によって断ち切られた未来。
    残された家族の慟哭など犯人は理解できない。できないからこそ、こんなにも残酷なことができるのだ。
    「ルパン」もこの本を手に取って読むのだろうか?
    せめてほんの少しでも後悔の念があるのなら、逃げきろうなどということは考えないでほしい。
    罪を犯した者は相応の罰を受けるべきなのだから。

    清水さんの思いは「あとがき」に詰まっていた。
    大抵のことなら取り返しがつく。何とかなる。やり直せる。私はそう信じて生きている。
    だが「命」だけは違う。唯一無二。
    どれほど嘆こうが取り戻すことなどできない。
    一日も早く真犯人が逮捕され、真実が明らかになるよう願っている。
    けっして許してはならない悪もこの世にはあるのだから。

    【足利事件とは?】
    1990年5月12日、足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明となる。
    翌朝、近くの渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された。
    犯人として菅谷利和さんが逮捕され、起訴され実刑が確定して服役していた。
    しかし、遺留物のDNA型が再鑑定により判明。
    再審で無罪が確定した。

    【北関東連続幼女誘拐殺人事件とは?】
    ・1979年8月
    足利市の八雲神社境内で遊んでいた近所の5歳女児が行方不明となる。
    6日後、渡良瀬川近くで全裸でリュックサック詰めにされた状態で遺体となって発見される。
    リュックサックは市内業者の特殊仕様によるもので数十個しか販売されていない。

    ・1984年11月
    足利市パチンコ店より5歳女児が行方不明となる。
    1986年3月8日、自宅から1.7km離れた場所で白骨死体として発見される。

    ・1987年9月
    群馬県新田郡尾島町で8歳女児が自宅近くの公園へ遊びに出かけたまま行方不明となる。
    1988年11月27日、利根川河川敷で白骨死体の一部が発見される。

    ・1990年5月(足利事件)
    詳細は上記にて記載

    ・ 1996年7月
    群馬県太田市のパチンコ店で4歳女児が行方不明となる。
    未だに何も発見されておらず失踪事件となっている。

  • 自分の全く知らなかった世界だった。
    殺人事件の冤罪なんて、この世にあるとは思っていなかった。それはきっと警察への信頼や、科学的証拠が絶対的だと思い込んでいたからだ。
    菅谷さんは冤罪で釈放されたが、まだ事件は解決しておらず、何らかの事情があり真犯人もまだ捕まっていないそう。
    しかしこの本を読んで、清水さんの伝えたいこと、訴えたいことは分かった気がする。

    ノンフィクションなので、読後は少し重いが、たくさんの人に読んでほしいと思った。

  • 1979年から起こった5人の少女が誘拐され、殺害された事件(5人目の少女だけ未だに行方不明)のルポルタージュ。
    当時、DNA型鑑定により逮捕され犯人とされた男性は冤罪だった。
    警察の捜査や科警研の鑑定結果にはいくつもの不審点があり、著者の清水さんはその真相に奔走する。
    それにしても、警察や科警研、検察に至るまで、その杜撰さというか、あまりにもひどい内容には愕然とする。
    証言者の証言まで違うものに変えてしまえるものなのか…
    警察の捜査とは一体何のために行われているのか、怒りさえ覚える。
    そして、メディアに対しても。
    もっと真実を報道して欲しい。
    ただ単に聞いたことを流せばいいということはないのでは?
    本当に何を信じていいのかわからなくなる。
    衝撃ばかりの連続だった。

    2024.2.25

  • 途中で怖くなった。
    読み進めると更に怖くなった。
    読み終わったら吐き気がするくらい嫌になった。

    ノンフィクションは手にする事はないのだけど、友達が貸してくれたので読んでみた。
    ミステリーや警察モノ等々が好きでそこそこ読んできたけど、やっぱり楽しかった。だけど現実は小説よりも…冷たくて重くて怖くて救いがないのだと思った。
    この大きな壁に清水さんはこれからも立ち向かっていくのだろうな。陰ながら応援したい。

  • ノンフィクション。
    「刑務所のは、まずいですねえ」 脱帽。
    本来、求められるジャーナリズムの姿が清水記者の活動から見えてくる。形容できない気持ちになった。
    また、怒りを覚える自分に十分納得できる。本書は傑作。
    だからこそ辛い。ご遺族の方の傷は決して癒えない。本当の意味での解決は無理だろう。
    だがしかし、犯人はそこにいる。
    いいか、逃げ切れるなどと思うなよ。

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著者プロフィール

昭和23年生。皇學館大学学事顧問、名誉教授。博士(法律学)。
主な著書に、式内社研究会編纂『式内社調査報告』全25巻(共編著、皇学館大学出版部、昭和51~平成2年)、『類聚符宣抄の研究』(国書刊行会、昭和57年)、『新校 本朝月令』神道資料叢刊八(皇學館大學神道研究所、平成14年)。

「2020年 『神武天皇論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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