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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784102001011
感想・レビュー・書評
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『車輪の下』より断然こちらの方が好きと思えるのは歳のせいでしょうか。また、いい作品に出会うことができました。
あらすじ:
「それは私の愚かしい青年時代のもっとも愚かしい日だった」……幼い頃、クーンは音楽に惹かれていたこともあり、父の反対をよそに首府の音楽学校に進学します。しかし、学業の壁に阻まれ、喜びのない日々を過ごして三年、似た境遇にあるリディに恋をします。ある日、仲間とソリ遊びに興じていると、そのリディにそそのかされて急斜面をソリで滑り降りますが事故になります。クーンの左足は不具になり、彼女も去っていきました。
この事故をきっかけに故郷に帰って内省を深めたクーンは、音楽の創作に目覚めて復学し、そこで歌手のムオトに出会います。クーンはムオトの女性に対する扱いの悪さを聞くと距離を置こうとしますが、ムオトの方では積極的に交流しようとしてきます。それが功を奏してか、バイオリニストのタイザーやその妹ブリギッテとも友情が結ばれます。
ある日、金持ちの工場主のイムトルから、自邸での音楽会に招かれ、そこでイムトルの娘ゲルトルートにクーンは一目惚れします。彼女の美しい歌声に感化されたクーンは、彼女のためにオペラを書きますが、ソプラノの彼女の相手にムオトを選んだことにより、しだいに歯車が狂い始め……。
幼少期に感化された記憶が、生涯の職業に影響を与えることは多々ありますが、主人公の場合はそれが音楽であり、学生時代に恋と共に失われかけたものの、やはり音楽を友として救われて行く様子が良かったです。ただ、そこには主人公を再び音楽の道に向かい合わせてくれた友が、最後に一緒にいなかったのは残念ですが。
この小説は、主人公はもちろん周りの愛すべき人たちがいいですね。父親との会話、ローエ先生との哲学的な語り、母親と和解して距離を近づけるイベント、親切なタイザー兄妹や親身になってくれるイムトルの旦那など、皆が事故で不自由になった主人公を支えてくれています。その分、ムオトの孤独が徐々に際立っていくのが悲しいところ。なお、ゲルトルートの選択は、あんなに嫌がってたのに、あれ?と思うところはありますが、何となくクーンとムオトの性格の対比を目立たせるために必要だったのかも。同様に女性の対比としてブリギッテの存在がありますが、自分は彼女のような親身になってくれる人に惹かれますね。それにしても、ヘッセに愛を語らせると、なんで苦しく切ないものになるのやら……。
なお、ハッピーエンドではありませんが、読み終わった後に最初の第1章に戻ると、書き出しの主人公の回想から始まる物語が、より重みを持って感じられました。
正誤(93刷)
P84の14行目
人間はいかにして生長し、
↓
人間はいかにして成長し、
※翻訳が昭和25年と古いので、今と違って昔は植物は”生長”で人間や動物は”成長”と区別してましたが、その意味でもこの場合は”成長”ですね。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
不慮の事故で片足が不自由になってしまったクーンという男の話。不運を嘆きながらも、作曲の喜びに目覚め、人生を必死に切り拓いていこうとするクーン。また、彼と親友との間に現れた女性を巡っての複雑な人間関係も描かれている。“最も不幸なことを捨ててしまうことは楽しかったことを捨てることよりもつらい。避けがたい運命を甘受し、よいことも悪いことも味わいつくし、内的な本来の運命を獲得することが人間生活の肝要である”と冒頭で主人公は振り返っている。その言葉がとても重みをもつ、重厚な作品であった。
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春の美しい描写、切ない心を表す文体に惹かれました。
愛は切なく苦しいものだと、改めて思わされました。 -
たまたまトニオグレーゲル、ヴェニスに死すを読んだ後にまた芸術家をテーマにした作品。ストーリーがどうと言ったことはないけれど、たっぷりと情景、心理描写を丁寧に描いてるのはせかせかした現代の作品にはない次元を感じます。こう言った作品を読むと、立ち止まる時間ができて嬉しい。
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学生時代に初めて読んでから、ずっと大好きで大切な一冊です。少年時代の不慮の事故で左足が不自由になったクーン。彼が音楽を通して人生を歩んでいくんですけれど、悲しみが多くなるほど心が澄んでいきます。自分の思いで一杯だったコップが涙で透明な水になったような感じです。出会う人それぞれの人生を紡ぐ糸が彼の人生の糸と交わって不思議な模様を作ります。それは幸せとか不幸とか言えなくて、ものすごく悲しいのに愛おしくて大切な普遍的ななにかです。
私は音楽のことはほとんど何もわからないのですが、フジコ・ヘミングさんのピアノが好きです。不思議とすごく心に響くんです。それは彼女が人生の悲しみや苦しみを知っていたからだと思います。心に寄り添うような、優しくて美しい音色。私はクーンの音楽もきっとそのようなものだったと思います。この物語の登場人物たちはみんな本当の愛を求めていました。方法は違ったけれどみんな真面目で不器用でした。この小説の邦題を春の嵐とした高橋健二さんに敬意を表したい。たとえ人生の外側は嵐でも、嵐だからこそ見える景色があることを教えてくれたからです。 -
1/13再読完了✅
以前読んだときより楽しく読めました! -
234P
「 私の一生を外側からながめてみると、格別に幸福なようには見えない。だが、いろいろ迷いはしたけれど、不幸だったとはなおさらいえない。要するに、幸不幸をとやかく言うのは、まったく愚かしいことである。なぜなら、私の一生のうちで、どんなに不幸のどん底にあった日々でも、それを捨ててしまうことは、たのしかった日々のすべてを捨てるよりもつらく思われるのだから。 人間生活の中でだいじなことは、どうにも避けようのない運命を自覚をもって受けいれ、よいことも悪いことも心ゆくまで味わいつくし、外面的な運命とともに、内面的な、もっと固有の、偶然とはいえない運命にうち勝つことだとすれば、私の一生はみじめでもなかったし悪くもなかった。外面的な運命は、どうにも避けようがなく、神のみこころのままに、すべての人とおなじように私をかすめていったが、内面的な運命は私自身の作ったものであり、その甘さやにがさも私にはふさわしいものである。だから、この内面的な運命にたいしては私ひとりで責任を負いたいと思うのだ。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「ああ、どうして生活というものは、こんなに混乱し、調子はずれで、うそ偽りであるのだろうか。どうして人間のあいだには、うそ偽りや悪意やねたみや憎しみばかりがあるのだろうか。どんなちょっとした歌でも、どんなつつましい音楽でも、およそ調子の澄んだ音の純粋さとハーモニーとむつまじい戯れが天国の門をひらくということを、はっきり説いているのに! 私だって胸の奥では、拒みがたい警告者を、つまり純粋な、こころよい、内的に幸福な音と余韻にたいする渇望を感じているのだが、でも私の毎日は偶然と不調和に満ちているのである。どちらを向いても、どこをノックしても、どこからも純粋に澄んだ音は響き返ってこない。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
ヘルマン・ヘッセ好きな人
■ 内面を大切にする人
ヘッセの作品は、登場人物の内面の葛藤や精神的な成長を丁寧に描いています。そうした描写に惹かれる人は、自分自身の内側に目を向けることが多く、内省的な傾向があります。
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■ 人生の意味を探求している人
『シッダールタ』や『デミアン』などに代表されるように、ヘッセの作品は精神的な旅や自己探求のテーマが中心です。そのため、表面的な出来事よりも、「生きる意味」や「本当の自分」といった問いに強く関心を持つ、哲学的な思考をする人が多いです。
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■ 孤独を受け入れられる人
ヘッセの登場人物は、孤独の中で成長していく者が多く登場します。それに共感する読者は、一人で過ごす時間を大切にし、孤独を苦しみではなく、創造や癒しの源として受け止める傾向があります。
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■ 感受性が豊かで繊細な人
ヘッセの文章は詩的で象徴的な表現に満ちています。自然との交流や心の機微を描いた作品が多いため、芸術や詩、音楽などに惹かれる、繊細な感性を持つ人によく好まれます。
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■ 型にはまらない、自由な精神を持つ人
ヘッセ自身が国家や権威に懐疑的で、精神の自由を重んじていたことから、彼の作品に共感する人は、「こうあるべき」といった社会の枠組みに縛られることを嫌い、自分の道を自分で切り開こうとする傾向があります。
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■ 矛盾を抱えながらも生きることを受け入れている人
光と影、善と悪、理性と本能など、相反する要素の共存がヘッセ作品のテーマです。読者もまた、そうした矛盾や葛藤を否定せず、むしろそれらを人生の一部として受け止めようとする柔軟さを持っています。
「その高地での数週間は私の一生の中でも特に楽しい日々だったといえそうである。私は清らかな澄んだ空気を呼吸し、氷のように冷たい小川の水を飲み、けわしい斜面で、髪の黒い夢みるように静かな番人に見まもられて草を食べている山羊の群れを見た。ときには谷間をかける嵐の音を聞き、すぐ目と鼻の先に霧と密雲を見た。岩の割れめでは、可憐な色彩の強い小さな草花類やたくさんのみごとな苔を観察した。晴れた日には一時間も山に登り、さいごに、向こうの山のそのまた向こうに、はるかにくっきりとそびえる高山の頂とその青い影や、幸福そうに輝く銀色の雪原をながめた。かぼそい泉のわき水でいつも湿っている小道があったが、そのある場所には、晴れた日ごとに数百の小さい青いチョウチョウの群れがとまって水を飲んでいた。そのチョウの群れは、私が近づいても避けようとはせず、私におどかされると、かすかな絹のような羽音をたてて私のまわりをひらひら舞った。このチョウを知ってから、日の照る日だけはその道を歩いた。いつでも、そこには青い群れがぎっしりと集まっていて、まるで祭日のようだった。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「働く人たちの生活はおもしろくないのだ。おもしろいのは、のらくら者の行状や運命である。あの時代は私の記憶に豊かに残っているけれど、その時代についてはなにも語れない。なぜなら、私は人間的社交生活の範囲の外に立っていたからだ。ただ一度だけ、私の忘れられないある人に、ちょっとのあいだふたたび近づいたことがある。それはローエ先生だった。 ある日、もう晩秋に入ってから、私は散歩に出た。町の南に目立たぬ別荘地ができていたが、そこには金持ちではなくて、小がねをためた人や年金暮らしの人たちが、簡素な庭のある安普請の小住宅に住んでいるのだった。ある腕ききの若い建築家が、この土地にすっきりした家をたくさん建てていたが、いちど私もそれを見てまわろうと思っていた。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「人間というものは奇妙なものである。私は新しい生活と満たされた希望のただ中にありながら、孤独にたいして、いやそればかりでなく、つれづれと空虚な日々とにたいして、不思議にもしばしば、一時的な、ただかすかにベールの陰で感じられるような郷愁に襲われたのだ。そんなとき私の目のまえに、故郷の町で送った月日が、なにかしら恋しいもののように現れた。その悲しい平穏無事な環境からあんなに感謝しながらのがれてきたのに。だが、とりわけ私は二年まえ山の中で暮らした数週間のことを思いだして、ほんとうの郷愁に襲われた。私は無事で幸福な生活よりも、弱い下積みの生活をするように運命づけられており、この影と犠牲とがなかったら、自分からわき流れる創作の泉はもっと濁ったとぼしいものにちがいない、というふうに感ぜられてならなかった。じっさい静かな時間と創作上の仕事は、さしあたり問題にならなかった。私は順調に豊かな生活を送りながら、心の奥で埋もれた泉がかすかに音をたてて嘆くのが、いつも聞こえるような気がした。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「私は悲しい気持ちで見送った。さっきの光景がいつまでも目にちらついていた。じっさい私は、マリオンやロッテやムオートなどのような人たちとは、まるでちがった人間だったろうか? あれがほんとうに恋というものだったろうか? 私には、これらの情熱の人たちがみんな嵐にかり立てられたようによろめき、おぼつかなく吹きまくられているように見えた。男は、きょうは欲望に、あすは倦怠に苦しめられ、陰気に愛し残忍に絶交しながら、どんな思慕にも確信がなく、どんな恋にも喜びを見いださないのだ。女たちは、さげすまれ打たれながら夢中になって、あげくの果てに突き放されても、なお男に執着し、嫉妬と失恋とで身を落としても、犬のように忠実なのだ。その日私は、ずいぶん久しぶりだが、はじめて泣いた。私はこれらの人たちや、友人のムオートや、その生活と恋のために、腹だたしい不満の涙を流して泣いた。また、それらの人たちにまじって他の天界の住人みたいに暮らし、人生がわからず、恋にこがれあこがれながら、しかも恋を恐れなければならない自分自身のために、ひめやかな静かな涙を流して泣いた。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「ひいているうちに私は快く熱してきた。拍子といっしょにからだをゆすり、音の流れの共鳴のなかにのびのびと浮かび漂った。そのすぺてが、私にはまったく新しく、この瞬間に考え出されでもしたように思われた。音楽にたいする思いとゲルトルート・イムトールにたいする思いとが、純粋に狂いなく融け合って流れた。私はバイオリンの弓を引きながら目で指揮をした。音楽はよどみなく美しく流れ、もはや見えもしなければ、もはや見ようとも願わなかったゲルトルートを目あてに黄金の道へと私を連れていった。私は自分の音楽と息づかいと心臓の鼓動とを彼女にささげた。ちょうど朝の旅びとが、求められもせず迷いもせずに、早朝のあわい空色と澄んだ草地の輝きに身をまかせるように。快感とあふれみなぎってくる音調と同時に、とつぜん恋の実体を知った、という不思議な幸福感が私をにない高めた。それはなにも新しい感情ではなく、非常に古い予感の実現であり、昔の母国への復帰にほかならなかった。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「よくあるように――手に入れるのが困難なものほど、われわれは深く愛するものなのだ。君だってそうじゃない? ぼくはいつも友だちを大切に思ってきたんだが、友だちのかわりに押しかけてきたのは、女ばかりでね」」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「 私たちはピアノのそばへ行った。ゲルトルートは、美しい女の手できれいに書きかえられた楽譜を私にわたした。私は彼女の声をよく聞きとるために、低く伴奏をはじめた。彼女はその歌をうたい、つづいて二番目の歌をうたった。私は腰かけて耳を傾けていたが、自分の音楽が魅惑的に変わって聞こえた。ゲルトルートは、高い、小鳥のように軽妙な、甘美にふるえる声でうたった。こんなに美しい歌を聞いたのは生まれてはじめてだった。その声は、南の嵐が雪にとざされた谷に吹きよせるように、私の心にしみこんだ。一つ一つの節が私の心から殻をとり去った。私は幸福の空に浮かんでいるように思いながら、負けまいとして気を強くしなければならなかった。私の目には涙がにじみ、楽譜が見えなくなりそうだったからだ。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「しかし私は、ムオートの休暇と旅行好きのことを忘れていた。彼は私のオペラの計画を喜び、あらゆる援助を惜しまないと約束してくれたが、すでに旅行の計画に移っていたので、秋までに彼の役を研究しておくからという約束しかできなかった。私は、すでにできている分だけ彼の役を写してやった。彼はその写しを持って行ったまま、いつもの癖で幾月ものあいだ、なんのたよりもよこさなかった。 そんなわけで、わたしたちだけの期間が得られた。ゲルトルートと私とのあいだには好ましい友愛関係が続いた。彼女はあのピアノのそばでのひと時から、私の心のなかに起きたことを、はっきり知っていたように思われる。だが、彼女は一言半句も口に出したことがなく、私にたいして少しも変わらなかった。ゲルトルートは私の音楽を愛してくれたばかりでなく、私自身をも好いてくれ、私と同じように、ふたりのあいだには自然の調和があること、どちらも相手の人となりを感情を通して理解し是認し合っていることを感じていた。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「子どもがあると、自分自身や自分の願望を考えることが少なくなる。職務や政治や、芸術あるいは学問などのためにエゴイズムをなくす人もある。青年は遊びたがり、老年は働きたがる。子どもをもうけるのが目的で結婚するものはないが、子どもができると、自分というものが変わってきて、しまいには、すべてが子どものためにおこなわれたということを悟るようになるのだ。それと関連があるのだが、青年は好んで死のことを語りたがるのだけれども、けっして死について考えるということはないのだな。老人の場合は、その逆なんだ。若いものたちは永遠に生きるのだと思っている。だから、すべての願望や思想を自己本位にすることができるのだ。老人になると、どこかに終わりがあり、自分だけのために持ったり、おこなったりすることは、けっきょく自滅を招く結果になって、元も子もなくなるということに気づいている。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「したがって、別な永遠と、自分はただ単に虫けらみたいなやつのために働いてるわけじゃないという信仰が必要になってくる。そのために妻子や事業や職務や祖国があるのだ。われわれが、毎日あくせくと苦しい生活をするのはだれのためかということも、それでわかるわけだ。その点でおまえの友人の言ったことは、まったく正しいと思う。要するに、人は自分だけのために生きるより、他人のために生きる場合のほうが、満足が大きいというわけだ。ただ、老人はそれをあまり英雄的な所業のように思わないことだな。そんなものじゃない。特別に熱意のある青年が特別によい老人になるんであって、もう学校時代におじいさんのような振舞をする連中はだめだよ」」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「若い人たち同士の愛と長い結婚生活の愛とは同じものじゃないのだ。若いころは、だれしも自分のことを考え、自分のことで心配するものだが、いったん世帯を持ったとなると、他の心配ごとができてくるのさ。わたしもそうだった。よく心得ておくがよい。わたしはおまえのおかあさんに夢中になってな。ほんとの恋愛結婚だった。だが、それは一年か二年しか続かなくてね、恋の熱がさめると、あとには何も残らなくなった。わたしらは顔を突き合わせながら、どうすればいいのかわからなかった。そのころちょうど、子どもができてな。おまえのふたりの姉で、早くなくなったが、わたしらには世話をするものができたというわけだ。そのためにお互いの注文が小さくなり、よそよそしい気持ちが薄らいで、にわかにまた愛がよみがえってきた。むろん、もとのような愛ではなく、まったく別の愛さ。それがその後、たいしてつくろう必要もなく、三十年以上も続いたというわけさ。もっとも、すべての恋愛結婚がそううまく行くとは限らないがね。それどころか、きわめてまれなくらいだ」」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「「うん、君は、残念ながらインテリのあいだでは毎日のように出くわす流行病にかかっていますね。むろん医者たちは、それについて何も知らない。それはモラル・インセニティ〔敗徳狂〕と似通っていて、個人主義、あるいは妄想的孤独と呼んでもいいかもしれない。モダーンな本にはそれがあふれている。君の心にも、自分は孤立しているんだ、いかなる人間も自分とはかかわりがない、いかなる人間も自分を理解してはくれないんだ、という妄想が忍びこんだのです。そうじゃない?」」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「「それはあり得ることです。でも、それを知ったからって私の役にはたたないのです。私は哲学者じゃありません。私の悩みは、真理を見いだし得ないという点にあるのではありません。私は賢人や思想家になりたいとは思いません。ただもう少し満足して、気楽に生きられたらと思うだけなんです」「じゃあ、やってごらんなさい! 本の勉強や、理論の研究はやめるんですね。だが、病気であるかぎり、医者を信用しなければだめです。そうやってみますか?」」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「 私は不思議な気持ちで先生の目を見た。私はこの人のことを一度だって本気に考えたことはないのに、いまは助言者として、いや、そればかりか医者として認めた。実際、先生はさっき私にすすめたあの愛の幾分かを持っているように思われた。私の悩みを分かち、本気に私のためによかれかしと願っているらしかった。そうでなくても、私の気持ちはすでに、あらためて他の人たちのように呼吸をして生きるためには強制的な治療が必要なのだ、と自分に語っていた。私は長い孤独な山の生活か荒っぽい仕事のことを考えないわけでもなかったが、なにしろ自分の経験や知恵は行きづまっていたので、むしろ助言者のことばに従ったほうがよさそうに思えた。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「すると、いろいろなことがわかった。おもなことは次のとおりだった。母には町に、従妹にあたるただひとりの近い親類の友だちがあった。その人はオールド・ミスで、ほとんど交際したことがなかったが、私の母とは非常に親密な友情を結んでいた。このシュニーベル嬢は早くから私の父をきらっていたが、私にたいしてはほんとうの反感を示し、近ごろはもう家に来なくなっていた。母は以前、父より生きのびるようなことがあったら、彼女を引き取って世話をする、と約束していた。その希望が私の居すわりによってむだになったように思われたのだった。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「このばかげた、目あても楽しみもない旅の途上で、私は自分の不幸から逃れ出すすべのないことを、はっきり悟った。行った先には美しい緑のみずうみがあって、古いきれいな町が映っており、山々は白く青くそびえ、青緑色の氷河が日の光をうけて輝いていた。けれども私たちふたりは、すべてのもののそばを黙って楽しみもしないで素通りし、すべてのものに恥ずかしさを感じ、なにを見ても気が重く疲れさせられるばかりだった。ぶらぶら歩いて、山を見あげ、軽やかな甘い空気を吸い、高地の牧場で牛の鈴が鳴るのを聞いて、「これはすばらしい!」と言ったが、お互いに目を見かわすことはしなかった。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
春の嵐/ヘッセ
またとんでもなく思慮深いヘッセの作品に出会ってしまった。青春を謳歌している読者は自分が直面するだろうことを知ることができるし、すでに青春が過ぎ去った読者はヘッセの人生観と自分の人生観を比べることができるだろう。私はおおむね同意できたが、あなたはどうだろう?
#読了
春の嵐/ヘルマン・ヘッセ
#読了
年末滑り込み。ヘッセは内省的で、人の幸福とは何かを問う作品が多い。本作は若き日の事故で身体障害者となった主人公クーンと、激情の持ち主であるオペラ歌手ムオト、快活で美しいゲルトルードの三者の関係が描かれる。解説の訳者とヘッセ本人の交流も一読の価値あり
#読書中
「春の嵐」の159ページに、たとえば普段の生活の中において想い惑う時など、自分としてはどうあるべきかを立ち還らせてもらえそうな素晴らしい主人公の内面描写がある。
主人公の内面を借りた、ヘッセの天啓のような言葉と私は理解する。
決して話を盛上げるための言葉ではないのが分かる。
春の嵐(ヘッセ)は半分くらい読んでいます。内面描写の多い作品もやっぱり好きだなあと実感している。
嘆息するくらい、人々の性質をよく表していると思う文に何度も出会えて楽しい。
ヨーロッパも春は嵐になりやすいみたいです
小説のタイトルになってるのだとヘッセの春の嵐とか
ヘッセ『車輪の下』は新訳もしくは新装版が出るたびに読みましたので一番親しんだ作品ですが、特に好きな作品は『春の嵐』です。地上の愛と天上の愛のあり方についてなど考えさせられる深い作品です。
この他『幸福論』『デミアン』『青春は美わし』など映像を見たかのように鮮明に心に残っています。
古典なので、取り寄せになるかな、と思います。ゲーテ、ヘッセの名作古典で、若者の絶望を描いています。若い頃、読んで共感しました。ヘッセは、春の嵐も、絶望に寄り添います。
ヘッセ、素敵ですね!初めて(言葉)知りました。教えて頂き、ありがとうございます。家には、本が何冊かありますが、「春の嵐」好きです。美しい小説です。
『春の嵐』 ヘッセ
これぞ文学小説。
孤独者の告白の悲歌。
美しく、感性豊かで、
心が砕けるほど孤独で、
情緒に溢れた文章の数々。
障がいをもつひとりの男が、
音楽と友情と恋と青春の末に、
自分に最も合致した幸福の真の意義を見つける。
一番好きなヘッセの作品は「春の嵐(ゲルトルート)」です。
本当に美しくて、切なくて、長大な抒情詩のような小説。
終盤、クーンの家の庭にみんなが集まって、一夕を過ごす場面。クーンがその光景を「消えるまじき一幅の絵として私の心の中に残った」と言っているが、本当、なんて綺麗なんだろう……
ヘッセの春の嵐、久しぶりに読みたい
ヘッセの高いレベルの精神性でこじらせまくる、あの感じとても好き
良い小説かあ。
基準によって変わってくるよね。私的に今まで読んだ中では三島の『金閣寺』はずば抜けて優れていると思うし、美しさでいったらヘッセの『春の嵐』を挙げるし、純粋に娯楽だったらカクヨムでフォローしているとある作品と言いたいし、良いと感じるセンサーの向き具合で変わる。
新年いきなり読書であたりを引き当てた。ヘッセ「春の嵐」ドストライク!まだ中盤だがすでに満足しとる
ヘッセの春の嵐読了。暫くこの余韻に浸りたい。ドイツ文学を読んだ経験は人並み以下にしかないけれど面白いなあ。外国文学にはしるのが正解なのか、どうなのか。私が好きな文学はなんなのか。好みがないということは今までの読書は消費なのか、どうだろうか。如何なものか。一体何が好きなんだろうか。
ここ数年、天気が秋めいてくると何故か詩とヘルマン・ヘッセを無性に読みたくなる。
淡々と綴られる言葉が静かで悲しくて寂しくなって秋を感じるのよね。
何回も読み返しているのは、ヘッセは「車輪の下」と「春の嵐」
詩は全然詳しくないので萩原朔太郎をぼんやりと。
ヘッセの春の嵐を読了した。
現状から抜け出す方法を模索するための手段でもあったのだが、死ぬかいつか苦しみの過ぎ去るのを待つか、くらいしか、方法はなさそうだ。
明るさはまるでないのに、どこか華やいだやわらかな達観を感じるのはなぜだろう。中村一義『金字塔』に近い雰囲気がある。
ヘッセの『春の嵐』は多分私が最初に好きになった恋愛小説だけど、美しくて才能あって周りを振り回す男女、傍観者であり続ける「私」、分をわきまえた小市民的な幸せを追う兄妹とハッキリ役割振り分けられてて結構ご無体なお話だったような。そして誰も幸せになれなかったような(うろ覚え
ヘッセは何冊か読んでいるけど、「やっぱりこの人の文章好きだな」と何度も気付かせられる。ちょっとした場面や何気ない述懐に、青春という淡い木漏れ日の中で座しているような心地がする。(『春の嵐』を読みながら)
『春の嵐』 ヘルマンヘッセ
朗読会の際に「デミアン」ヘルマンヘッセを読んだ際に、感銘を受けたある方から頂いたもの。
しばらくヘッセを読んでいなかったが、ヘッセらしい文章体で、心情表現も緻密であった。
ヘッセ哲学が存分に書かれていて、今の自分にピタリな本だった。
次はヘッセを読む。『春の嵐』。精神的な世界を志向する詩人が、幸福の意義を求めて描いた孤独者の悲歌。今の私になんてふさわしいのだろう。『ガラス玉演戯』も読みたいんだけどね。そして今なぜかよだれが垂れた(´・_・`)
ヘッセ「春の嵐」読了。すごく諦念に満ちた枯れた小説なので、作者が老境に入ってからの作品かと思ったら、30代の作品だったのか。
ヘッセ『春の嵐』の中の「若い時に年寄りのようだった若者が、知慧ある年寄りになる訳ではない」という台詞にビクビクしてる。
ヘッセの春の嵐、原題が「ゲルトルート」(主人公が恋する女の子の名前)なのに、邦題が「春の嵐」ってめっちゃセンス良いと思う。
ヘッセ『春の嵐』(ゲルトルート)読んだ。会うべき時に会えた。傑作。本当に今、この今、会えてよかった。でも、世界はそれでもやっぱり悲しい。余韻に浸りたいが世界はおかまいなしにうるさく、遠ざけようとする。それでもその時人の光はまちがいなくあったのだから忘れません。そーゆーこと。
春の嵐。ヘッセを好きだったのは、考えすぎて孤独に陥る人間のドツボがうつくしくも醜く書かれていたからです。ドイツ文学は堅苦しいけど、内容は意外と身近で、その、読み込んで通じ合えた一瞬だけ誰かと仲良くなれた感じが、とても好きだった
ヘッセ『春の嵐』を読んだ。ヘッセにしては大衆小説っぽい所が強い感じ。でも、やっぱり孤独で卑屈で尊大な感じがヘッセらしい。所々に素晴らしい名文句が込められていて非常に考えさせられました。
ヘッセの『春の嵐』には老人の人生に対する見解が述べられていて説得力がある。ヘッセがこれを書いたのは33歳の時で、驚異的な成熟ぶりに驚いてしまうのだが、その時代のそれなりに学問を積んだ33歳は皆あれくらいのことを考えていたのだろうか。50歳頃から老後になってしまう時代。
「「むろんあるさ。賢明な人たちはときどき、すべては空想にすぎないということを証明する。ぼくも以前、そんな本をなんども読んだことがあるよ。ただ正直に言って、そんな本はなんにもならない、絶対になんにもならないね。そういう哲学者の書いていることは、すべて遊戯にすぎないのさ。たぶんそれで自分を慰めるのだろう。ある哲学者は、同時代の人たちをきらって個人主義を考えだし、またある哲学者は、ひとりではやって行けないから社会主義を考えだす。そういえば、われわれの孤独感だって一種の病気かもしれないがね。ただ、病気だからといってどうにもならないんだ。夢遊病も一種の病気だ。だから、夢遊病にかかったやつはほんとに雨樋に立ったりする。だが、そいつを大声で呼べば、そいつは落っこちて首の骨を折るばかりさ」」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「 父のヨハネス・ヘッセはバルト地方のロシア系ドイツ人で、母方の祖父ヘルマン・グンデルトと同じように、青年時代にスイスの伝道団からインドにおもむき、布教に従事したことがあったが、健康をそこねて帰国し、上記のグンデルトの助手になって宗教関係の出版事業などをつづけるうちに、グンデルトの娘で、そのころ未亡人になっていたマリーと結婚したのである。この母のマリーは、フランス系スイス人の血をひいて音楽の才にめぐまれ、なかなかデリケートな感覚の持ち主であった。しかし、父は賢く善良な人柄である反面、どこか求道者のようなところがあって、人に孤独な感じをあたえた。そのような両親の血をゆたかに受けて生まれたヘッセが、幼いときから音楽の魅力にひかれる一方、のちに宗教的思想的遍歴をつづけて、ギリシア、ラテンの思想、インドや中国の知恵、さては日本の禅にまで傾倒するようになったのも、ゆえなしとしないのである。〔他郷〕 四歳のとき彼は、父の仕事の関係でスイスの都市バーゼルに移った。このバーゼルの家は、裏手がすぐに広々とした野原になっていたので、自然に親しみ、動物や植物を友とするかたわら、ゆたかな空想力を養うのに都合がよかった。将来の詩人ヘッセの下地は、早くもそういう環境からつくられていったのだ。日本の同志社大学の創設者でクリスチャンの新島襄が、このヘッセ家(伝道館)を訪れたのは、その三年後のことであるが、それから二年たった一八八六年に、一家はまたドイツのカルヴにもどった。ヘッセは九歳、そして町のラテン語学校に通いはじめた。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
「「学校がうまくいかなかった十五歳のときから、私は意識的にエネルギッシュに自分自身の修養をはじめた。父の家に祖父の大きな蔵書があったのは、私の幸福であり喜びであった。それは古い本でぎっしりつまった広間で、なかでも一八世紀のドイツ文学と哲学が、そっくり含まれていた。私は十六歳から二十歳のあいだに、おびただしい原稿に自分の初期の試作をたくさん書いたばかりでなく、その数年間に世界文学の半分を読み、芸術史や言語や哲学にもねばり強く精を出したのである。それはまともな研究を埋めあわせるのに十分すぎるくらいだったであろう」(『私の略伝』) こうして一八九五年の秋を迎えたヘッセは、それまでの機械工をやめて、大学町チュービンゲンのヘッケンハウアー書店の見習い店員になっていた。ここで孤独と不遇に耐えながら、読書と詩作にはげんだ三年の月日が流れる。そして二十二歳のとき、処女詩集『ロマン的な歌』を自費で出版したが、もちろん反響はなかった。つづいて散文集『真夜中すぎの一時間』を出したが、これも六百部刷ったうちで、一年間に売れたのはわずか五十三冊にすぎなかった。だが、詩人を知るものは詩人で、リルケがこの散文集の若い著者にいち早く目をつけて書評で推賞してくれた。」
—『春の嵐』ヘルマン・ヘッセ著
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何十年ぶりかで再読。実らぬ恋のものがたり、との記憶はとても浅いものだった。
「自分の人生を幸か不幸かと問うのは愚かなことで、「私」には不幸な記憶こそ捨てられない」と言う趣旨の巻頭言に共感するのは老年になったからか。
消えぬ恋情と戦いながら、不幸な結婚に心身を病む女性を節度を保ちながら労る「私」。敬愛する友人に傷つけられ、敵意を抱きながらも、憧れや敬意も蘇ってくる。その才ある友人も奔放な自身の性格に振り回されている。これらが寄せては返す波のように繰り返される。これが人生なんだよ、とばかり。
アリアだけのオペラが無いように、緩徐楽章だけのシンフォニーはないように、幸も不幸も全て必要なことだったのだ、と我が半生を振り返る。静かに。 -
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ヘッセと言えば「車輪の下」をおすすめ本として登場する。
数冊しか読んでいない彼の作品中では、この本が最も素晴らしさを感じる。
高橋健二訳!この方の訳しかないのではと。
原題「ゲルムート」が一番しっくりくると思う。
もっとも人生を四季でなぞらえると当作の思惟の乱流ぶりは真に「春の嵐」
日本語が素晴らしいだけに、原文独語で読めたらと思うけど。
様々な世代、性のレヴュ―を読むのは面白い。
一本の道しか歩かなかった人、歩けなかった人、また、あえて歩くことを拒否った人、人は実に多様であり、「クーン」の在り様を俯瞰すること自体踏み石的に認識できるのもひそかに面白い
音楽というある種独特の世界で繰り広げられた空間、そこにしか住めない人種が要れば、そこに安念を持つ人が多いのはよく見聞きするだけにムラトという生き物の薄さ、痛さもよく描かれているのが趣深い。
クーンの父が亡きあと、母親の処遇を巡り従妹が絡んできて・・の下りはサイドストーリーとしていい味。老嬢の話し方、表情まで浮かび、日本にもあるあるの一コマだった。 -
恋と音楽と青春の話。主人公のクーンは足が不自由な音楽家。クーンは足の障害というコンプレックスから、ゲルトルートに積極的には求愛しなかった。ゲルトルートはクーンの友人でオペラ歌手のムオトに魅かれ、結婚する。
もし足が不自由でなかったら、クーンはゲルトルートに結婚を申し込んだのだろうか。そうかもしれないけど、遅かれ早かれムオトに出会ったらゲルトルートはクーンよりムオトを選んだのではないかという気がする。
ゲルトルートに距離を置かれたとき、クーンは自殺を考えるも結局はせず、一方のムオトは…。ムオトがそれまで付き合っていた女性たちよりも、ゲルトルートをどんなに大切に思っていたか目の当たりにさせられる。でも、ゲルトルートのことはきっかけにはなったが、死を選んだムオトの悩みの根源は結婚する前からずっと感じてきた孤独の苦しみなのだと思った。
クーンが病床のお父さんと話すところや、精神的に距離のある母とやがて和解するところに、生きにくい人生の中で周りと折り合いをつけて生きて行くには、というヘッセからのヒントがある。 -
少年時代の淡い恋が、暴走した橇と共に過ぎ去ったとき、不具になったクーンは音楽に志した。魂の叫びを綴った彼の歌曲は、オペラの名歌手ムオトの眼にとまり、二人の間に不思議な友情が生まれる。やがて彼らの前に出現した永遠の女性ゲルトルートをムオトに奪われるが、彼は静かに諦観する境地に達する・・・。
あとがきで、訳者が筆者のヘッセと出会ったときの様子が描かれており、個人的には本編よりもこちらの文章の方がが印象が強い。ヘッセの、温かな人柄に触れた訳者の感動が綴られている。 -
クラシックを聴きながら読むと雰囲気がある
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配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=01443324 -
「ムオトはタイザーの持たないもの知らないもの、また私と彼を結びつけるものを持っていた。それは尽きせぬ欲求であり、憧れであり、不満であった。」
ヘッセ作品の主人公と彼を導く年長男性の関係大体これ。ヘッセ先生このパターン好きすぎやろ、分かります、ありがとう。 -
2025.4.14
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