クヌルプ (新潮文庫)

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感想 : 57
  • Amazon.co.jp ・本 (130ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102001059

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  • 「早春」「クヌルプの思い出」「最期」の3編から成る。

     年上の初恋の娘に裏切られた時から、クヌルプの漂泊の人生が始まる。旅人となり放浪する彼は、自然と人生の美しさを見いだす生活の芸術家となり、行く先々で人々の生活に灯りをともす。肺を病んで雪の中で倒れ、人生を後悔する彼に、神は彼らしく生きたと語りかける。

    「早春」「クヌルプの思い出」と読み進めていて、この話の何が名作なんだろうかと、正直疑問に思った。クヌルプは、私には、わがままで厚かましく、自己中心的が過ぎるような気がした。誰もが彼を好いて、きれいな子供が屈託なく生き進んでいるかのように評し、放浪している彼に喜んで手を差し伸べている。それがなぜだか理解できなかった。
     そのもやもやは最後までやはり残るが、「最期」の編を読むと、彼がいかにして絶対的な孤独を好むようになったのか、自然に包まれながらさすらうことを望むようになったのかが描かれていて、私にとってやや愛すべき人に変貌していき、独り死んでいく彼を憐れむ気持ち、慈しむ気持ちが不思議と湧いてきた。

     クヌルプの死の場面は、この上なく美しい。子供の頃、フランダースの犬のネロとパトラッシュが天に召される場面を知った時の、深刻で強烈だった感覚と似ていた。

    ☆神さまとクヌルプは、互いに話し合った。彼の生涯の無意味だったことについて。また、どうしたら彼の生涯が作り変えられ得ただろうか、ということについて。なぜあれやこれやがああなるよりほかなく、なぜ別なようにならなかったかということについて。

    あるがままでいいんだ、何も嘆くことはない…何もかもあるべきとおりなんだ。

    あの時こうしていれば、など、時々立ち止まって深い後悔に打ちひしがれたりは年を重ねれば誰しもあることだけれど、何もかもあるべきとおりなんだ、と大きいものに肯定されたようだった。

  • 二カ月ほど前、我が家に猫がやってきた。母が道端で鳴いていた黒い子猫を拾って来たのだ。その頃は目も開いておらず、当然餌も自力では食べられないため、注射器にミルクを入れて飲ませなければならなかった。時が経ち、日に日に成長した猫だったが、自分たち家族は彼のために様々な気を遣い、世話を焼かなければならなかった。その割に本人は飄々として自由気ままに過ごし、気の向いたままふらついて行く。呆れることもしばしばあったが、しかしそのぶん家族間の空気は和み、癒され、以前に比べて笑顔も増えた。すべて彼のおかげである。

    さて、この話の主人公クヌルプは、まさにこの猫のような人間である。
    自由気ままに放浪し、旅先の知り合いに世話を焼いてもらう。しかし、その憎めない性格ゆえに、訪ねる先々で倦厭されるどころか歓迎される。

    ヘッセと言えば「車輪の下」「デミアン」など重苦しい作品が代表作としてあげられるが、本作はそうではない。作者お得意の自然の描写はやはり美しく、主人公はアウトサイダーの人間ではあるが、優しい童話のような雰囲気さえ感じられる作品だった。ただその核にある物は決して軽々しいものではない。やはりそこには前述したふたつの代表作に通じる真理があるのだ。
    このことは訳者により巻末で詳しく述べられている。

  • 「クヌルプの生涯三つの物語」の副題があるとおり「早春」「クヌルプの思い出」「最期」に分かれている。「クヌルプの思い出」でのクヌルプと友人との哲学的議論が読んでいて面白かった。
    流浪者であるクヌルプは何にも縛られず様々なものを愛し自由に生きる反面、孤独を抱えている。逆に、手に職をつけた友人たちは結婚し家庭を築きあげているが、自由であるクヌルプに憧れも抱いている。最期には、クヌルプ自身が自分の生涯を振り返り、自分の生涯が無意味であったと嘆くが、神との対話ですべてあるべき通りの嘆くことのない人生であったと悟る。
    クヌルプのような人生に憧れるものの、帰るところのない生活は孤独で自分にはできない人生だが、二度目の人生があるのなら経験してみたいものだ。

  • 孤独を愛することは誰かに依存してはいけないんやと、思う。クヌルプはけっこう自分勝手で自分大好き人間やから、孤独とはちょっと違うのかもしれない。人の好意をどう思ってるのかなとはめっちゃ感じたし、そばにいたくないタイプかなーと思ってしまったですよ。

  • 何があっても、決断したのは自分で、それが自分らしさということと受け止めた。
    うーん、今の自分には響かないなあ。

  • 雪降る中での神との対話は、これまでの人生の中でも有数の「あまりに美しい」文章だった。この美しさを求めて何度でもページを捲りたくなる、そんな一冊。

  • 見た目がすっかり変わっていても、話をするとすぐにそれが誰だか思い出せるという主人公の在り方に心惹かれた。そういう風になりたいというわけでは決してないけれども。

  •  構成がトリッキーだと思います。作品が全部で3章ありますが、語り手が、それぞれの章で違うと思います。「3章」で出てきた町の医者が、「2章」のクヌルプの友人である語り手だと思います。時間軸で表すと2章→1章→3章の順に時間が進んでいると思います。
     作品を読んで、クヌルプは神話の人物の様だと思いました。語り手がそれぞれの章で違う理由は、一つはクヌルプの定住や束縛を嫌う人間性を表現するため、もう一つは例えばプロメテウスの様な神話の人物としてクヌルプを表現するためなのではないでしょうか。語り手が違うことによって、クヌルプという人物がいつの時代にも存在する事を、象徴的に表せていると思います。
     文学は個人と社会の間の摩擦や軋轢を取り除くことは出来ませんが、個人と社会の間にクッションの様に入り込んで、摩擦や軋轢を緩和する働きはあると思います。この作品中では、クヌルプが周りの人々に対してクッションの役目を果たしていると思います。この作品も、この作品を読んだ現実の人々にクッションの役割を果たすと思います。

  • 彼は彼らしく生きたのだ。

  • 自分自身を受け入れる、というテーマで読むのなら、『デミアン』の方が好みかな。

    どんな生き方であっても、その生き方にしかない良さがあって、神様が望んだこと。

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