郷愁 (新潮文庫 ヘ-1-7 新潮文庫)

  • 新潮社 (1956年9月4日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784102001073

みんなの感想まとめ

自然との深い結びつきを描いたこの作品は、主人公ペーターの成長を通じて、人生の試練や失恋、喪失を乗り越えながら、強く、清く、正直に生きる姿を映し出しています。特に、自然に対する美しい情景描写が際立ってお...

感想・レビュー・書評

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  • ヘッセの処女作。自然を愛するペーターの成長を描いた作品。失恋や親・親友の喪失など、人生の壁に何度もぶつかりながら、強く、清く、正直に生きようとする。ヘッセの他の作品と比べると、自然に対する細やかな美しい情景描写が特長のひとつではないだろうか。小説を読みながら、自然に溶け込むような一体感をも感じる、素晴らしい作品である。

  • 再読1/23
    ヘッセ作品で1番好きです。
    ヘッセの全作品に通ずる自然への愛は勿論、近代文化の生活への批判や享楽との葛藤も描かれていて源泉的な地位を占めていると実感しました。
    最初に読んだときは自然描写に慣れておらず、読み辛いと感じていましたが、再読の際は全く苦しくなく、むしろ非常に読みやすい、おもしろい読み物だと思いました。
    ヨーロッパの田舎の描写は実際に目にしたことはほとんどありませんが、眼前にありありと浮かんでくるようで、そうした景色はホッとさせてくれます。
    心が癒される読書体験が得られるのでまた何度でも読み直したいです。

  • この本は、学生時代に友人から薦められたのですが、当時の私には理解できず、積読状態でした。
    あれから数十年、都会で暮らしたことは一度もないけれど、故郷三重県で生きてきてよかったな、と思っている今、殊に松尾芭蕉の生涯について読んだ今、ペーターの思いが心に沁みました。美しい故郷の空、山、何より美しい雲。
    荒井良二さんも、「チロルくんのりんごの木」で言いたかったのではないでしょうか。「ぼくの うまれたところ」が「いちばん かがやいている」ことを。

  • #3199ー22

    • ひだまりトマトさん
      川野隆昭さんこんにちは。
      コメントありがとうございます。
      コメントの返信の仕方が未だにわからないので、大好きなヘッセの本を利用させてもらいま...
      川野隆昭さんこんにちは。
      コメントありがとうございます。
      コメントの返信の仕方が未だにわからないので、大好きなヘッセの本を利用させてもらいました。
      ちひろさんの絵は、子供の頃から好きでしたが、何歳になっても感動と優しさと平和の祈りを感じます。
      川野さんの本棚も興味深い本が登録されています。時間が許せば何冊も読みたいものですね。
      読書の喜びを共有できますように。
      これからもよろしくお願いします。
      2023/01/22
    • 川野隆昭さん
      ひだまりトマトさん、こんにちは。

      ご丁寧な返信をどうもありがとうございます。

      本書は、大学の時の友人が(彼は一時期、小説家を志望していま...
      ひだまりトマトさん、こんにちは。

      ご丁寧な返信をどうもありがとうございます。

      本書は、大学の時の友人が(彼は一時期、小説家を志望していました)、大学時代、僕が入院していた折りにプレゼントしてくれた本で、この度、初めて通読することができました。

      僕の本棚まで、おほめいただき、たいへん恐縮です。

      ひだまりトマトさんのご本棚も、今度、拝見させていただきますね。

      ひだまりトマトさん、心がとても和やかになるような、素敵なハンドルネームですね。

      こちらこそ、これからもよろしくお願いいたしますね。
      2023/01/22
    • ひだまりトマトさん
      川野隆昭さんこんにちは。

      ありがとうございます。

      素敵なコメントに感動と本への愛着を感じさせていただきました。

      私はあと一年で七十才に...
      川野隆昭さんこんにちは。

      ありがとうございます。

      素敵なコメントに感動と本への愛着を感じさせていただきました。

      私はあと一年で七十才になります。
      まだまだ若いつもりですが、心の平穏と、心の温まる本を求める気持ちが高まりました。
      ハンドルネームもそこから選びました。
      ゆっくりと読書をしていますので、週にに三冊くらいがやっとですが、長い読書歴がありますから、ブクログデビュー一年半になりますが様々な本との出会いがありますから、登録以外にも思い出はつきません。

      楽しい、素敵な本との出会いは続けていきたいものですね。
      2023/01/22
  • ヘッセ処女作。
    とある村では、右も左も前も後ろもカーメンチント姓だらけ。そんな村から、牧師になるべく村を出た主人公カーメンチントくん。
    初めての世界や体験に、穏やかに身を焦がした彼の行末は…。

    原題、ペーター・カーメンチントの名に恥じぬ、ペーター・カーメンチントっぷりが最高!
    そしてヘッセの表現も好きだと再認識。
    このストーリーもそうだけれど、ヘッセの文体って郷愁というか、牧歌的というか、無垢な心の時を思い出させる懐かしさと自然さがあるなぁ。

    読む年代によって、この作品に抱く感想が変わりそうだけれど、これを書いた時のヘッセ20代なの信じられない。人生何回か経験してないと書けないよ。

    • だちおくんさん
      なんか、メンチカツ食べたくなりました
      なんか、メンチカツ食べたくなりました
      2023/03/13
    • ギガゴさん
      食べな!!!!!!!!
      カーメンチント君が酒場で君の注文を待ってるから頼みな!!!!!!!!
      食べな!!!!!!!!
      カーメンチント君が酒場で君の注文を待ってるから頼みな!!!!!!!!
      2023/03/14
    • だちおくんさん
      わかりました!!!!!!!!!!
      わかりました!!!!!!!!!!
      2023/03/15
  • 実経験にない田舎の生活風景が脳裏に浮かぶ。
    郷愁という邦題は味わい深い。

    年を経てどう感じ方が変わるのかを知りたくもある。

  • あらすじ

    豊かな自然に囲まれて育ったペーターは故郷を離れ、文筆家を目指すため都会生活を始める。彼はそこで多くの人と出会い、多くの事を学ぶが、心の底では常に虚しさを感じていた。文明の腐敗に失望し、故郷に戻った彼を待っていたのは、シンプルな暮らしと新たな出会いだったが。

  • まず「郷愁」というのは意訳であるが、原題は「ペーター・カーメンチント」というひとりの名もなき男の自叙伝である。故郷はカーメンチントの原点でありいつも彼とともにあるが、本人が認めるのは最後の最後である。チューリヒ編、バーゼル編、アンジ編、バーゼル・ボピー編(パリは大胆に割愛されている!)振り返るとそれぞれ甘苦く生々しい記憶が綴られている。チューリヒ時代の若い輝きが懐かしい。それにしても…(誰しも一生を振り返れば思い出したくもない記憶の一つや二つあるにしても)この主人公は、愛は一度も成就せず、親友はみな死に、なかなか気の毒である。

  • 『春の嵐』の後に読んだせいか、やや流れが似ているのと、春の嵐の方がすきなためこの評価に。

    体の不自由なボピーとの交流が1番印象に残っていて好きだな。

  • 自分の人生観を美しく強い自然の描写と主人公の視点から眺めている気分になった

  • 冒頭の描写の美しさ!

  • もう幾冊とも読んだので、ヘッセの作品の傾向がさすがに掴めてきた。
    けして恵まれてはいない環境に生まれた少年が見いだされ学校へ上がり、そこで芸術に目覚め、しかし大抵挫折し、真珠のように美しい友情を手にして、しかし精神的に満たされぬ思いから放浪し、放浪し、そして最後には真理を得る。
    その主人公達は大抵が少し人嫌いで難しく、悩み深い、酒飲み。
    もちろん多少の違いはあるにせよ、こういった傾向が強い。
    これは描きやすいと言うよりもヘッセその人の人生の影響が強いんだろうと思う。
    いわばこの人の作品のほとんどが自画像的な作品なのだ。
    自分のある一面を切り出しそれを描く。作家なんてみんなそうだろう、と言う人もいるかもしれないが、ヘッセの場合そのニュアンスが強いというか、筋と言える様な物があまりないだけに精神、というか思想を支柱に置く作家なので特にそれを感じるんだろうな。


    本作『郷愁』に関しては正直そこまで響く所はなかった。
    どちらかと言えばいつか読んだような感覚を得た。ヘッセお得意の題材なのだ。ボピーのくだりが個人的には美しかったと思うが、ああ言った感動はやはり『知と愛』には及ぶまい。

  • よ、読みにくかった。喉の通りにくさはコントレックス並み。
    生まれ持った性質には逆らわないのが賢明よ、って話。

  • なんかよくわからん。抽象的な表現は美しいんだろけど。

  • ■「さすらい」という言葉からは"不安"や"孤独"というよりも、むしろ"憧れ"、"ロマン"といった感情が呼び起こされるのではないだろうか、おおかたの人間にとっては。しかし当の本人、すなわち「さすらうことを余儀なくされた人たち」にとってはどうだろう。それは人並みの生活をおくることをさまたげる"桎梏"、さらに言えば、人生全体を暗く覆う"呪い"と同義であるかもしれない。長くて辛い渡世の末には、抗ったってしかたがない、自分にとってはあたりまえのものとしてすっかり諦めがついているだろうが、彼らにとってそれは。

    ■本書の主人公ペーター・カーメンチントは、若いころ母を目の前で亡くし、父からの不当な暴力に耐えつづけ、一方で「ぼっちキャンプ」や詩作に耽ることで心の安寧を保っているような男、つまりりっぱな"さすらいびと"の予備軍だった。で、こんな男がいったん恋をすれば女には一途になるのは理の当然。決死の崖のぼりで手に入れた希少な高山植物をそれが自分のまごころのつもりで愛するひとに捧げたりもするのだが……女にとってそんなの意味ないよネ? 結果ペーターは失恋を経験する。また同時期たったひとりの親友を事故で失う。つまりこの時ペーターの「さすらい」への号砲が鳴ったわけだ。

    ■文才のあるペーターは新聞に寄稿して収入を得ながらヨーロッパ各地を放浪する。そして異国の人たちとふれあい(♫愛してくれた~ひとも、ひとり~いたよ~)、なじみのない風物、自然を見聞しながら人間的に経験を重ねる。かけがえのない障碍者の友人ボピーを病気で亡くすという悲劇も体験する。清貧を旨とする聖フランチェスコに帰依するようにもなる。……そんなある日、父の健康状態がすぐれないとの一報が。ペーターのまなざしはふたたび遠い空の向こう、長いあいだ忘れてしまっていた故郷へと向けられる。ここでペーターは、自分の「さすらい」がそろそろ終わりに近づいたことに思い当たる。
    こうしてペーターは帰郷する。そして頑迷な父とふたたびいっしょに暮らしはじめる。静かな心持で自分の来し方を振りかえる。今こそペーターは自分の一代記を書くときだと決心し、ゆっくりとペンに手を伸ばす。……おしまい。

    ■というわけでペーターには、同じ苗字の同胞たちがむかえてくれ自分の持ち家まで存在する「ふるさと」があったわけだ、そもそも。そうなるとしかし「さすらうことを余儀なくされたひと」の悲劇性というのがいっぺんに希薄になる……ペーターの外国暮らしは「さすらい」というより単なる長いバケーションだったワケ?って。ここでたとえば『車輪の下』のハンスと比べてみよう。ハンスは進学のためひとり家を出る。学校の教師からのいじめの対象となり放校処分となる。家に帰ってきても、父からも近所のおっさんたちからも白い眼を向けられる。仕事仲間たちとの飲み会でしこたま飲まされ、帰り道で事故死(自殺?)する。……『車輪の下』は一生を通して自分の居場所を探し求めるハンスの「さすらい」の物語だったわけだが、ペーターが書きあげるかもしれない彼の自叙伝については、さぁこれから読んでやろうという気にまったくならないのは果たしてぼくだけではないはずだ。

  • ヘルマン・ヘッセが雲を異様に賛美してたんだけど、芥川龍之介も同じような事言ってたから調べてみたらヘルマン・ヘッセが15歳上ぐらいで、芥川が影響受けているのか、芥川の感性がヘッセと同じなのか藪の中

    ヘルマン・ヘッセ(Hermann Karl Hesse, 1877年7月2日 - 1962年8月9日)
    ドイツ生まれのスイスの作家。主に詩と小説によって知られる20世紀前半のドイツ文学を代表する文学者である。南ドイツの風物のなかで、穏やかな人間の生き方を描いた作品が多い。また、ヘッセは風景や蝶々などの水彩画もよくしたため、自身の絵を添えた詩文集も刊行している。1946年に『ガラス玉演戯』などの作品が評価され、ノーベル文学賞を受賞した。


    「 広い世のなかに、わたしよりも雲をよく知っていて、わたし以上雲を愛している男がいたら、その男を見せてもらいたい!  あるいは、世のなかに雲よりも美しい物があったら、それを見せてもらいたい!  雲はたわむれであって目の慰み、祝福であって神の賜物、怒りであって、死の力である。雲はみどりごの魂のようにやさしく、やわらかく、おだやかであり、善い天使のように美しく、豊かで、物惜しみがなく、死神の使いのように暗く、のがれがたく、仮借するところがない。雲は銀色の薄い層になって浮かび、金色の縁をとった白帆のように楽しげに飛び、青、赤、淡青の色にそまりながら、立ちどまってはやすらう。雲は殺人者のように、陰険に、のろのろと忍び足で歩き、驀進する騎手のように、ざわざわと猛烈ないきおいで疾駆し、憂鬱な隠者のように、悲しく夢見るような風情で、色あせた空の高みにかかっている。雲は至福の島のような形になり、祝福する天使のような形になり、脅迫する手に似たり、はためく帆に似たり、空を渡るツルに似たりする。雲は神のいます天と哀れな地とのあいだに浮かんで、天と地との両方に属し、人間のあらゆるあこがれの美しい比喩になり――地の夢にもなるが、そういう夢のなかで地はそのよごれた魂を清らかな天にすり寄せる。雲はいっさいの放浪、探求、熱望、懐郷の永遠の象徴である。そして、雲が天と地とのあいだにおずおずと、あこがれながら、反抗しながらかかっているように、人間の魂も現在と永遠とのあいだにおずおずと、あこがれながら、反抗しながらかかっているのである。  ああ、雲よ、美しい、浮かびただよう、休むことのない雲よ!  わたしは何も知らない子どもで雲を愛し、雲を見つめていたが、自分もまた雲になって――さまよいながら、どこへ行っても異邦人で、現在と永遠とのあいだに浮かびただよいながら、人生を渡ってゆくことになるだろう、ということは知らずにいた。幼いころから雲はわたしの愛する女友だちであり、女のきょうだいだったのである。わたしが通りを歩いてゆくときには、わたしたちはかならず、たがいにうなずき合って、挨拶をかわし、一瞬のあいだ目と目を見合わす。また、わたしは、当時雲から学んだこと、すなわち、雲の形、色、去来、たわむれ、輪舞、踊り、休息を忘れなかったし、また、奇妙に地上的でも天上的でもある雲のいくつもの話を忘れなかった。」



    「徒歩旅行や、舟漕ぎや、山登りも、このたびはあまりやらなかった。家でも畑でもいっしょに仕事をしなければならなかったからである。そして、半日が自分の自由になる日にも何をする気もなく、本を読む気さえ起こらなかった。いやしい日々の生活が大きな口をあいてその権利を要求し、わたしの持ってきていた充溢と自負とをすっかり食い平げてしまうのを見て、わたしは腹が立ったし、うんざりもしたのである。とにかく父は、金の問題を心からおろしてしまうと、持ち前のまま荒けずりでそっけなくはあったものの、わたしに対して不親切ではなかったのだが、しかし、わたしはそれをうれしいとは思わなかった。わたしの学校教育や書物が父にひそかな、半ば軽蔑のまじった尊敬の念を吹きこんだことも、わたしにはわずらわしいことで、残念に思った。それからまたわたしはしばしばレージーのことを思って、自分は百姓だから、「世間」ではいつまでも自信のあるはしこい人間になどなれはしないのだという、頑固な不快感をくり返すのだった。それどころかわたしは、故郷にとどまっていて、ラテン語やいろいろな希望を、みじめな故郷の生活の執拗な陰気な強制のなかで忘れるほうがよくはないだろうかと、何日ものあいだ思案したのだった。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著
    https://a.co/cpOHut4


    ただ自然が綺麗だっていう小説が読みたい: ヘッセの郷愁を読んで思った 自然が綺麗だって小説が読みたい。 こういうのってどうやって探したらいいのか分からない。 書店でちょっと探したら 「自然綺麗!悩み飛んだ!すっきり!自然サイコー!」って感じのクソみたいな内容か

    「「焼き捨てましたよ。しかし、まだ持っていたにしても、お見せするわけにはいきません」「きっと非常にモダンなもので、ニーチェを多く取り入れてあったでしょう?」「それはなんのことです?」「ニーチェですか?  おやおや、ニーチェを知らないのですか?」「知りませんね。どうして知るわけがあるでしょう?」  わたしがニーチェを知らないということで、彼は有頂天になった。しかし、わたしは腹立たしくなって、氷河をいくつ越えたことがあるかと彼に尋ねた。彼が一つも越えたことがないと答えると、わたしはそれに対して、さっき彼がわたしにして見せたのと同じように、あざけるような驚きぶりを見せてやった。すると、彼はわたしの腕に片手をかけながら、すっかりまじめな調子でこう言った、「あなたは感じやすいんですね。しかし、あなたは、あなたがうらやましいほどすれていない人間で、そういう人間はじつにすくないということを、ご自分では全然知らずにいらっしゃる。いまに、一年か二年もすると、あなたはニーチェやいろんながらくたのことがわかるようになりますよ。ぼくよりもはるかによくです。あなたのほうがぼくよりも徹底的で、もの分かりがいいですからね。しかし、いまのままのあなたをこそ、ぼくは好きなんです。あなたはニーチェを知らないし、ヴァーグナーも知らない、しかし、あなたは万年雪をいただいた山に何度も登ったことがあるし、高地の人のがっしりとした顔をしていらっしゃる。それにまた、たしかに、あなたは詩人です。あなたの目つきや額を見ればわかりますよ」」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著
    https://a.co/3uQq2S7



    「 ブドウ酒とはそういうものなのだ。しかし、ブドウ酒もいっさいの貴重な賜物や芸術と同じことで、愛され、求められ、理解され、骨を折って獲得されることを欲する。そうすることのできる人間は多くはない、そして、彼は幾千もの人間を殺す。彼は人びとを老いさせたり、殺したり、あるいは人びとの精神の炎を消してしまう。しかし、彼は自分の寵児たちを祝祭へ招待し、寵児たちのために幸福な島々へ渡る虹の橋をかけてくれる。寵児たちが疲れると、その頭の下に彼は枕を当てがってくれるし、悲哀のとりこになると、友だちのように、また、慰める母親のように、そっと慈悲深く抱きかかえてくれる。彼は人生の混乱を偉大な神話に変え、力強い竪琴で創造の歌をかなでる。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著


    「わたしは向上に努める人生行路の端緒に立っているものとばかり思っていた。わたしは、これまでに体験したことはすべて偶然にすぎなくて、わたしの本質的な生き方にはまだ深い独自の基調が欠けていることを知らずにいた。わたしは、自分が愛も名声も限界や充実にはならないあるあこがれに悩んでいることを、まだ知らずにいたのだった。そういうわけでわたしは自分のささやかな、いくらか酸っぱい味のする名声を、青春のあらんかぎりの喜びを感じながら味わっていた。上等のブドウ酒をまえにして賢明な精神的な人びとのあいだにすわり、自分が話しはじめるたびに、彼らが好奇心をもって注意深くわたしのほうへ顔を向けるのを見るのが、わたしにはいい気持ちだったのである。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著


    「わたしのブドウ酒研究は彼にはあまり理解してもらえなかった。彼はときどきいっしょに飲みにいったが、しかし、二杯飲むともうたくさんで、わたしの本質的に量の多い飲みっぷりを無邪気に驚嘆しながらながめていた。しかし、わたしが悩んで、どうしようもなく憂鬱に負けているのを見ると、そのたびに彼は音楽を聞かせてくれたり、何か読んでくれたり、散歩に連れ出してくれたりするのだった。いっしょにちょっとした遠足をするときのわたしたちは、しばしば二人の少年みたいにはめをはずした。あるときわたしたちは暖かい昼どきの休みに、ある森の谷間に横たわり、もみの毯果を投げつけ合ったり、『信心深いへレーネ』の詩句を多感なメロディーに乗せて歌ったりした。流れの急な、澄んだ小川がいつまでも、ひえびえとする誘惑的な水音をわたしたちの耳に響かせるので、わたしたちはとうとう裸になって冷たい水のなかに身を横たえた。すると彼はお芝居をすることを思いついた。彼は苔むした岩にのぼってローレライになり、わたしは船頭になって、その岩の下を小舟に乗って通り過ぎるのである。その際に彼がいかにも処女らしく恥ずかしそうな様子をして顔をしかめたので、はげしい悲嘆のさまを演ずることになっていたわたしは、笑い出さずにはいられないほどになった。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著

    「わたしは詩人で、放浪者で、酒飲みで、一匹狼なのだ!  と思っていたのである。このときのわたしは、自分の運命が恋愛結婚の可能性という形でわたしと人間の世界とのあいだに橋をかけてくれようとしているのがわかると思った。いっさいが非常に誘惑的で確実に見えた!  エリーザべトがわたしに関心を持っていることも、また、彼女が敏感な高貴な人柄であることも、わたしは感じもしたし見てもいた。わたしは、サン・クレメンテについておしゃべりをしたときや、またセガンティーニの絵のまえで彼女の美しさが生き生きと現われてきたことを考えた。わたしはというと、何年もかかって、芸術や自然から会得したものを心の中に豊かに集めていた。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著



    「ドイツの文学は、他のヨーロッパの国々、とくにフランスの文学が「社会的」であるのに対して、一般に「内面的」であるといわれている。この内面性がどのようにして形成されてきたのか、それはさまざまに説明されているが、いずれにもせよ、この内面的性格はドイツ文学の宿命といえよう。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著

    「〔出生〕ヘルマン・ヘッセは、一八七七年七月二日、西南ドイツの小さな、美しい町カルヴに生まれた。「詩人となったわたしが、森や川、谷間の牧草地、カスタニエンの木蔭やモミの木の香を語るとき、わたしの脳裏にあるのは、カルヴをとりまく森であり、カルヴを流れるナーゴルト川であり、カルヴのモミ、カルヴのカスタニエンである」とへッセが書いているように、シュヴァルツヴァルト(黒森)北辺の、人口一万に足らないカルヴの町をとりまく自然は、詩人の魂の形成に大きな役割を果たしたのだった。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著


    「父親ヨハネス・ヘッセは、バルト海沿岸のエストニア出身で、若いころスイス伝道団に加わってインドに赴き、三年のあいだ布教活動に従事したが、その体質がインドの風土に耐えられなかったので、一八七三年ヨーロッパに戻り、カルヴで研究・出版活動をしていたインド学者へルマン・グンデルト博士の助手となった。グンデルト博士は、きわめて個性的な人柄で、学生時代は汎神論者であったといわれ、シュヴァーべンの詩人へルダーリンを思わせる詩を書くようなこともあったが、「回心」を体験して、インドに赴き、布教をおこなうとともに、インドの言語の研究にも成果をあげた。そしてフランス系スイス人の女性と結婚し、やがてカルヴに戻ってきたのだが、ヨハネス・ヘッセが伝道団の指示でグンデルト博士の助手となったころには、その娘マリーが最初の夫に先立たれ、二児をともない父のもとに暮らしていたのである。ヨハネス・ヘッセは一八七四年秋このマリーと結婚したのだが、孤独な性格で求道者の風格をそなえていたといわれる。そして、妻をふくめてすべてのひとびとがシュヴァーベンの方言をしゃべっていたなかで、標準ドイツ語しかしゃべらなかったこの父親は、幼いへルマン・ヘッセに驚嘆の念を呼びおこしたのであった。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著

    「この一八九九年八月、ヘッセはへッケンハウアー書店を止めてバーゼルのライヒ書店に移る。当時のあたらしい文学生活の中心であったベルリンやミュンヘンではなく、古い歴史、高い文化のバーゼルにへッセが心をひかれたということは、ヘッセの資質を物語るものといえよう。そして古書店員としての実務のかたわら、哲学者ニーチェや歴史家ヤーコプ・ブルクハルトの間接的な、しかし強い影響を受けるとともに、歴史家ヴァッカーナーゲルや美術史家ヴェルフリーン、ニーチェ研究者ヨエルなどの知己をえて、交友範囲をひろめるとともに、美術の世界に対する目が大きく開かれ、とりわけバーゼル生まれのアルノルト・べックリーンの画に耽溺した。この間に現実に対するへッセのあたらしい関係が形成されてゆき、ヘッセはしだいに自身に対して自信をもつようになってくる。それとともに自然に対するあたらしい関係もはじまり、ヘッセは美しいスイスの各地を歩きまわり、湖上にボートを浮かべて一日を過ごすようなこともあった。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著
    https://a.co/bDtNjKJ


    「ガイエンホーフェンの生活は一九一二年まで八年つづくが、この時期の作品中もっとも多数の読者を見出したのは『車輪の下』である。これは、ガイエンホーフェンに移り住むまえ、故郷カルヴに滞在していたときに大半書きためられたのであるが、ここには少年時代の思い出が美しく描きだされている。さらに『この岸』『隣人』『迂路』などの短編集がつづくが、これらの作品よりも重要なものに『春の嵐』(原題『ゲルトルート』)がある。これはへッセがみずから小説と銘打っている唯一の作品であるが、諦念と孤独の世界をえがいたこの小説に対する評価はまちまちであった。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著

    「〔構成〕この作品は、世間との妥協を排しながら、自己自身のうちなる「詩人」を育てあげてゆこうとする主人公ペーター・カーメンツィントが青春時代の終わりに、それまでの生涯をかきつづった自伝形式の小説である。  スイスのある美しい湖のほとりの村ニミコンに生まれた、百姓の息子べーター・カーメンツィントは、百姓らしい身体と体力の持ち主であったが、およそ百姓仕事はきらいな性格で、それよりもむしろ自然と対話しながら時を過ごすのが好きであった。しかしある修道士に、閉鎖的な山村には珍しい知能を発見されたペーターは上級の学校へ通うことにり、ついにはチューリヒの大学の学生になる。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著



    「ペーターは、この数年間の唯一の確実な所有であった友情を奪われ、人生を呪ってチューリヒを去る。パリでの通信員としての生活、放縦な一時期のすえ、バーゼルに腰をすえて、ふたたび新聞、雑誌の寄稿で生活を立てることになる。このころ芽生えた、ひとりの女性エリーザべトヘの愛も、それを告白しようとした矢先、エリーザべトの婚約で実らなかったが、しかしペーターは、その後、故郷へ戻り、さらにまたイタリアヘと旅をして、素朴なひとびとに対する愛を覚えるようになる。  ところが、ふとしたところから指物師の親方とつき合うようになったペーターは、ある日親方の家にひきとられてきたその義弟ボッピを見て、生理的な嫌悪を覚える。ボッピがせむしで醜かったからである。しかしその醜い肉体の奥底に清らかな魂がひそんでいるのに気がついたペーターは、自分を恥じ、ボッピを引きとって献身的な愛情をそそぐ。  ボッピの死後ペーターは、故郷に戻り、ここで生活しながら自分の詩人としての仕事をつづけようと決心する。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著


    「『郷愁』をつらぬくこの基本的姿勢についての議論はさておき、皮相な観察からはとうてい生みだしえないその自然描写の深みは無条件でたのしめるものであろう。たとえば「雲」の描写や「雪の女王」の物語などは、自然への深い参入なしには考えられない文章であろう。これは、カルヴ時代の幼いへッセの心をとらえた印象を土台にしているのであろうか。もちろん主人公の故郷はカルヴではなく、スイスの山村ニミコンと設定されている。おそらくこれは、主人公を精神的伝統とはかかわりなく、自然のなかから生まれた詩人として呈示するのに必要な設定であったのだろう。そしてこのニミコンという山村は仮空の村だと思われるが、しかしけっして作者の空想が生みだしたものではなく、おそらくバーゼル時代のへッセがたびたぴ試みているスイス旅行からの結晶であろう、まことにスイスの山村らしい山村と言える。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著

    「ともあれ、いやおうなく自然から切りはなされてゆく現代の生活のなかで、あらためて自然のもつ意味を教えてくれる作品、おそらくこのようなものとしてとらえるところから『郷愁』の理解は可能なのであろう。(森川俊夫)」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著

    「私は日本で広く『郷愁』の名で知られているへルマン・ヘッセの小説『ベーター・カーメンツィント』を、今ではもう四十年以上にもなる昔に初めてドイツ語の原書で読んだ。しかし、「読んだ」と言うのははたして正しいだろうか。いや、そうではなく、むしろ「その原書に初めてまみえた」と言ったほうが適切である。しかも貧しい語学力でおずおずと、初恋の若者のような胸のときめきと恥じらいとをもってである。そしてその第一章の最初のページから、たちまち目もくらむような言葉と文体の美に圧倒された。それは三十五歳になるその日まで、いまだかつて日本のどんな小説からも経験したことのないような鮮烈な感銘であった。時は大正年代の終わり、昭和の初めだった。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著

    「「山や湖や嵐や太陽が私の友だちだった。彼らは私に話をしてくれ、私を教育し、私にとっては永い間どんな人間の運命よりももっと好ましく、なじみであった。しかし、きらきら輝く湖よりも、悲しげな銀松よりも、日の当たった岩よりも、ずっと好きなのは雲であった」私は今自分の手もとにあいにく原書を持っていないので石中象治氏の訳を拝借して引用しているが、四十年前『郷愁』を原書で読んでここまで来た時、思わず息を呑んだのだった。なぜならば私は幼い時から自然が好きで、おとなになってからもその観察や研究を怠らなかった。私もまた主人公のペーター同様山や湖や太陽が好きだった。星も好きならば植物も好き、小鳥も魚も虫もすべて愛した。そしてさらにうれしいことには、私もまたペーター同様、何にも増して大空に浮かぶ雲を愛した。その愛が嵩じて、やがては『雲』という写真図版入りの気象学的な著書を出すに至ったほどにも。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著


    「ゆがめられた教養や浅薄な文化から脱却して、純粋な豊かな自然から直接なみなみと詩心の泉を汲もうとしていた私は、それゆえカーメンツィントが文学によって沈黙の自然に表現を与えることを自分の天職だと感じ、「大作によって今日の人間に自然の大規模で無言な生命と親しませ、それを愛するようにさせたい。大地の鼓動に耳をすませ、全体の生命にあずかることを教えたい。自然に対する兄弟のような愛の中に、喜びの泉と生の流れとを見出すことを教えたい。見る術を、さすらう術を、楽しむ術を、目前に在るものに対する喜びを説きたい」と言っているくだりを読んだ時、私はこの世でただ一人真の心の友にめぐり合ったような気がした。  その後私はほとんどすべてのへッセの作品を読んで、彼の他のいろいろな面をも知ってますますこの巨匠への敬慕の念を深めるようになったが、老年の今、たまたま遠い過去に思いをはせてなつかしむのは、やはり昔の空に浮かんで私の魂を引きよせた雲、高めた雲、若き日のペーター・カーメンツィント、実にこの『郷愁』の一巻にほかならない。」

    —『郷愁』ヘルマン・ヘッセ著


  • ヘッセの美しい文章が好き。故郷・自然への愛も。

  • 大阪の古本屋で出会った本。

    雲を眺めるのが何よりも好きだった。
    田舎から都会に出て多くのことを経験し、
    きっとこう言った出会いや葛藤が個人としての等身大の経験な気がして、親近感が湧く。
    田舎の世間の狭さや、都会の寂しさ。
    人生そのものがネタとなる詩人という職業は永遠の憧れ。

  • 地元=故郷に帰りたくなりました。
    私も故郷第一主義なので。

  • ヘッセの生き方が、私にとっての理想。街に生まれた時点ですでに叶わないのだけど、せめて晩年は自然の隣で雲を姉妹に生きてみたいと、狭い空の下で考える。

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著者プロフィール

1877年ドイツの南部カルヴに生まれ、スイス・バーゼルの牧師館で育つ。「詩人になるか、でなければ、何にもなりたくない」と神学校を中退、町工場や書店で働くかたわら、独学で文学の勉強を続ける。1902年、後に『青春詩集』と増補改題された『詩集』を発表。1904年『郷愁』を書きあげ、一躍人気作家となる。同年に結婚、ライン河畔の寒村に移り、長編『車輪の下』(1906)、『春の嵐』(1910)を発表。両大戦に対しては平和主義を表明する。その間、『デミアン』(1919)、『ガラス玉遊戯』(1943)などの小説を書く。1946年、ノーベル文学賞、ゲーテ賞を受賞。1962年、85歳で死去。

「2025年 『ヘッセ詩集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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