白痴 (上巻) (新潮文庫)

制作 : 木村 浩 
  • 新潮社 (2004年4月発売)
3.70
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  • 本棚登録 :1543
  • レビュー :115
  • Amazon.co.jp ・本 (731ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010037

白痴 (上巻) (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • ドストエフスキーの長編小説です。知名度では『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』という大傑作には及ばないものの、希代の恋愛小説と評される名作です。わたしのなかでは『カラマーゾフの兄弟』よりも魅力的、でも『罪と罰』ほどのインパクトはさすがにない、といった位置づけになっています。

    上巻のハイライトは第一編の締めくくり、P.308~の「夜会」における豪放磊落なヒロイン・ナスターシャの振る舞いでしょうか。10万ルーブルを巡る緊迫した場面、それぞれのキャラクターの内面が表出されていくなかで、ストーリーはいったんの落ち着きを取り戻します。

    それから、ムイシュキン公爵が語る「死刑」と「マリイ」のエピソードが印象的。特に後者において、著者が目論んでいた「無条件に美しい人間」の意味するところが明確に描かれているように思われました。しかしそれはなかなか複雑なものです。ムイシュキン公爵は単なる「聖人」ではありません。"いや、この部屋へ入ってくるときも、考えましたよ。≪みなさんは私を白痴あつかいにしているけれど、自分は何といっても賢い人間なのだ、ただみんなはそれをさとっていないだけなんだ≫とね。……私はしょっちゅうそんなふうに考えるんです"(P.167~)

    "「この顔のなかには……じつに多くの苦悩がありますから……」公爵は相手の問いに答えるのではなく、まるでひとり言でも言うかのように、思わず口をすべらした"(P.181)

    苦悩から生み出されるドロドロした人間ドラマ、しかし、だからこそ輝くなにかが描かれる。圧倒的なドストエフスキーの世界です。

  • 2016.2.18
    スイスの精神療養所で成人したムイシュキン公爵は、ロシアの現実について何の知識も持たずに故郷に帰ってくる。純心で無垢な心を持った公爵は、すべての人から愛され、彼らの魂をゆさぶるが、ロシア的因習のなかにある人々は、そのためたかえって混乱し騒動の渦をまき起す。この騒動は、汚辱のなかにあっても誇りを失わない美貌の女性ナスターシャをめぐってさらに深まっていく。(裏表紙より)

    ドストエフスキーの作品を読むのは、カラマーゾフの兄弟、罪と罰に続き、三作目なのだが、やっぱ濃いね。人間が濃い。これは彼の作風なんだろうな。三作も読むと、作品うんぬんというより、ドストエフスキーという人の書き方みたいなものが見えてくる。登場人物の性格とか、全体的な雰囲気とかも割と共通性があるというか、本作主人公のムイシュキンの善良さはカラマーゾフにおけるアリョーシャを彷彿とさせるし(しかしアリョーシャはすべてを知った上での善な気がするが、ムイシュキンはまだ馬鹿故の善を感じる)、ロゴージンはカラマーゾフのドミートリイ、罪と罰のラスコーリニコフはその知性と未熟さから気が触れた点でカラマーゾフのイワンに似ている。こう考えるとカラマーゾフの兄弟は、それまでの作品で描かれた人間らの集大成なのかもしれない。もうひとつ、何故こんなにも彼の作品が濃いのか、思うにそれは、難しくない言葉で、複雑な心理描写をしている点にある気がする。単語が難しい訳ではないのだが、例えば本著では第2編でのムイシュキンとロゴージンの対面、その後のムイシュキンの内的葛藤から癲癇に至るまでが、非常に複雑にうねっていてわかりにくく、ただならぬことだけがとにかく伝わってきた。これは人間の心の機微、欲望と欲望が葛藤し、葛藤と葛藤が葛藤しているかのようなその内面世界の渦を、強調し、そして正確に記述しているからのように思われる。だから彼の作品の登場人物は、本作は「白痴」だが、正直みんな白痴で気狂いに見えるほど個性が臭う。人間はそもそもよくわからない複雑な内面世界を各々が構成している。それを説明すればするほど、解釈すればするほど、その内面そのものは削ぎ落とされ、簡素化され、単純化されてしまう。しかしそのようなわかりやすさはある意味虚偽である。人間の内面世界を、つまり欲望の数々、感情の数々を強調して描くことで、半ば狂人の集まりのような印象も受けつつ、しかし確かに人間のその内側のうねりを強く表現しきっているというわかりやすさと同時に、その複雑さを複雑さのままに表現しているという点に、わかりにくさもある。人間のわかりにくさを、わかりにくさのまま、わかりやすく描いている、それが彼の小説の濃さを生み出している気がした。私は自らの内心をすぐ分析する癖があるが、それはそれなりの説得力ある筋を備えた虚偽にすぎず、人間の複雑さを複雑さのまま捉える人間理解のチャンスを損なっているとも考えられるわけである。私の心の複雑さを、複雑さのままに捉える内省も必要だと学ばされた。この小説は、ムイシュキンという白痴が当時のロシア世界に放り込まれたらどうなるかを描いたものらしい。白痴とは、知能が劣っているという意味と、世間知らずという意味とがあるらしい。しかし私には少なくともムイシュキンが、知能が劣っているようには見えなかった。世間知らずというより、他の人物のようなせせこましい虚栄心、ずる賢さというか、そういうものを持たない人間、子どものような純粋な人間という気がした。故にロシアの大人から見たら、一方にこいつは白痴だと思いながら、しかし一方にはとんでもない賢者と時折思われる。それだけ他者を信用できず騙し合い優位を示し合うのがこの世界の人々である。ムイシュキンが持っていないのは、この世界の汚さに適応するための能力であり、またムイシュキンが持っているのは、他の人々が生きていく中でなくしたもの、しかし捨てたくて捨てたわけではない、懐かしく尊い何かである。しかし後半になると、その白痴的な信頼と同時に、どす黒い猜疑心を主人公は持ち出す。ナスターシャとの恋愛騒動、ロゴージンとの関係、遺産を巡る騒動など、人間と人間が関わることにおける避けられない問題を通して、世界を学び、世界に適応し、その純白さに黒い染みが徐々に、インクを垂らしたように広がっていくように見られる。しかしそれでもそのような猜疑心を恥じる心がある分彼は救いのある人のように思われる。賢者は自らが賢くないことを知っているからである。寧ろ自己の好奇心や虚栄心から他者を顧みず己も顧みずそれでも彼を白痴と罵る、小説内の人々こそが、白痴ではないか。白痴つまり世間知らずで、故に善良で純真無垢なムイシュキンを描くことで、世間に生きる人々の馬鹿さを浮き彫りにする、白痴なのは彼ではなく、世界だと言わんかのような印象を受けた。この点、ルソーの自然主義的思想にかなり近いものがありそうである。果たして彼はこの世界をどう生きるのか、下巻も楽しみである。

  • 精神療養所のあるスイスからロシアへと戻ってきたムイシュキン公爵。
    彼は「白痴(ばか)」と呼ばれるほど純粋で無垢な人物であり、知己になった人物はみな彼に好感を持つ。しかし、純粋な心を信じられないロシア的因習にある人びとは彼の登場によってかえって混乱し、騒動を起こしてしまう。
    その騒動は美貌の女性ナスターシャや、公爵が得た莫大な遺産をめぐってさらに深まっていくこととなる―。

    ドストエフスキーの、現代において「無条件に美しい人間」は存在できるかという実験である、と思います。
    この実験はどう帰結していくのでしょうか。私には公爵が既に無条件で善良な人間ではなくなったと感じられます。一編では公爵自らの自問自答はなかったように見えますが、二編では公爵は自らに罪があると悩み、あなたはとても疑い深く、人の心を読むことに長けていると言われる。「無条件で善良」にはもはやあてはまらないと感じます。
    いやこれは無条件で善良な人間が、人間社会という環境において、変化していく過程として当然のものであるかもしれません。この先公爵がどうなっていくのか、またその取り巻きは彼をどう扱っていくのでしょうか。

    644Pの、リザヴェーダ婦人の言葉が印象に残りました。
    「社会が誘惑に負けた娘をいじめると、人はその社会を野蛮で不人情なものに考えるのが普通でしょう。社会を不人情だと思ったら、こんな社会を生きていかねばならぬ娘は、さぞ苦しい辛いことだろうと考えてやるのが当然でしょう。ところが、あんたはそれをわざわざ新聞にかきたてて社会の前に引きだして、苦しいとか辛いとかいってはいけないとむちゃな要求をしているんです」

    「なにか確固たるモラルが崩壊しつつある社会」
    ドストエフスキーのいた当時のロシアはそんな社会だったんじゃないでしょうか。ふと思いました。

  • 意外と読みやすくて面白い。

  • 途中、なんだか同じ事の繰り返しに思えてしまった、キリストがモデルという公爵とエパンチン家の人々の人情劇。
    ナスターシャ・フィリポブナもかなり狂っているが、公爵もよっぽどだし、アグラーヤも何がしたいのかわからないし、ロゴージンあたりが割とまともだったかもしれない。
    まぁ、まともだっただけに、最後罪を犯してしまったのだが、結局あそこまで拗れてしまったら誰か死ぬか殺されるか自殺するかしないと収集がつかないだろうなとは読みながら思っていた。
    ある意味ロゴージンはナスターシャを解放してあげたのかもなぁと思う。それは公爵が絶対出来なかったことだし。

    ふと気がついたのだけど、「白痴」って一発変換できないようになっているのですね。現代では差別用語だからかな。

  • 癲癇の持病を抱え、驚くほど温和で純粋な人柄を備えた公爵が祖国ロシアに戻り、絶世の美女、彼を慕う人々、白痴と嘲る人々と接して周囲を刺激していく物語。

    この癲癇という病気の症状や、それを迎える当の本人の心境の描写についてはドラッグのそれと同じく、紙面から想像することしかできないが、そう言った点からもこの公爵がどこか通常の人間を超越した存在であることを思わせる。

    ドストエフスキーの長編にしてはサクサク読み進められるぞと思ったけれど、やはり途中から登場人物ラッシュとロシア独特の愛称の罠に襲われ、今話してるこいつ誰だよ現象となってしまった…。

  • 厚さに気圧されてたけどとても読みやすい。
    ナスターシャ・フィリポヴナ!!!(叫びたくなる言葉)
    ナスターシャね~何から何まで不幸でどうしようもない子だね~。かわいそうに。
    しかし今のとこロゴージンに感情移入してます。ロゴージンもダメな奴。
    ロゴージンが公爵のこと嫌うのとてもわかるよ。公爵が良い奴だと思えば思うほど憎いんでしょ。わかるよ。公爵と一緒に居ると自分の小悪党ぶりが浮き彫りになるもんね。つらいよね。

  • この本を読む力量が私に足りない。
    そう感じさせられる。

    1点目は登場人物自体の把握に苦心。
    蔑称や愛称や敬称など、
    同一人物の呼び方が複数あり時々「ん?」となる。
    いちいち流れが止まるうえ、
    ニュアンスを正確に捉えられているか不安が残る。

    2点目はキャラの把握に苦心。
    苦笑、冷笑、侮蔑、興奮、憤怒、驚愕。
    様々な場面で登場人物が見せる姿だが、
    所々しっくりこない場面がある。
    何故興奮しているのか?
    誰に対して怒っているのか?
    本心?嘘?皮肉?ジョーク?白痴(バカ)?

    3点目は当時のロシアの時代背景を知らない点。
    生まれ、育ち、肩書などの
    卑しさや高貴さなどは押さえておいた方がよさそう。
    また、当時のロシアにおける、
    従来の思想と新しい思想なども知っておくと、
    もう少し深い理解ができそうな気がする。

    まぁ、主要な登場人物のキャラと、
    ストーリーの大筋は押さえられていると信じ、
    引き続き下巻に入ろう。

  • 再読了、一番好きな小説で考え方から感じ方まで生き方を変えられた物語。憐れみ深く繊細な心の美しさを持つ主人公が地上的な恋と天上的な愛に引き裂かれて最後は…
    ドストエフスキーの中で一番悲しくて美しい作品だと思う。

  • 40年前の高校生の頃、父親の本棚から世界文学全集を引っ張り出して読んでいた。「嵐が丘」、モームの「劇場」、「月と六ペンス」、「若きウェルテルの悩み」等。活字が古かったから、若しかしたら、古本だったのかもしれない。
    白痴もそうして読んだ内の一つ。
    辻原登「東京大学で世界文学を学ぶ」でこの小説の恐ろしさに触れていた。日曜のFM番組で小川洋子さんも取り上げていたので、久しぶりに再読することにした。

    冒頭の車中でのムイシュキン公爵とロゴージンの出会いは覚えていたが、後は全く忘却していた。ムイシュキンの人となりやロゴージンの暗い情熱は覚えているんだが。良く知った人の知らない話を聞くような感覚。
    主人公ムイシュキンは、聖なる愚か者のよう。高校時代に読んだ中世騎士物語にあったパルジファルを思い出す。(ワーグナーのように立派なものじゃない)。プーシキンの「あわれな騎士」が登場人物の会話に出てきたが、このドン・キホーテ的な無垢な人間は公爵への比喩のようだ。

    しかし、時間が掛かり過ぎだ。話が一つ山を越えると、もうお腹いっぱいで読み続けられない。ドストエフスキーの文体も、無駄が多いし、訳文のリズムにも問題があるかもしれない。しかし、年を取ると読書量が低下するのは、老眼の所為だけじゃなく、気力の問題もあるようだ。

    下巻はもっとペースを上げなければ。

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