カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

  • 新潮社
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本棚登録 : 7727
感想 : 551
  • Amazon.co.jp ・本 (667ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010105

作品紹介・あらすじ

物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

感想・レビュー・書評

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  • ようやくドストエフスキー3作目に取り掛かれた!
    過去に読んだ「罪と罰」「地下室の手記」と比べ、物語の展開が随時あるため、非常に読みやすくて驚いた


    注)多少のネタバレ有り


    もうのっけから、おとん(フョードル)が最高に笑わせてくれる!
    これぞ「カラマーゾフ的」な低俗の力らしい
    どんな風に描かれているかというと…
    狂暴な、荒削りの力
    自分たちを滅ぼしにかかり、道連れに他の人たちも滅ぼしてしまう
    放蕩に身を沈めて、堕落の中で魂を圧殺する
    女好き、強欲、神がかり行者などなど
    こう書くと恐ろしい一家に感じるだろう
    しかしながらそんな彼らの人間の良さも必ずドストエフスキーは拾ってくれるし、実際素直で可愛らしい面もしっかりあるので、しっかり呆れながらも、皆憎めない
    そして相変わらずの喜劇感満載

    さてそのカラマーゾフ一家

    コニャック大好き、いい年こいて女が大好き、お金はもっと大好きおとんであるフョードル
    自分の子供の面倒はみない、たまに存在すら忘れる
    そしてちんけな道化っぷりが最高に見事
    かなりのクソ野郎だ(面白いんだなぁ、この人)
    そのフョードルと長男ドミートリイは、同じ妖婦(老いぼれ商人の妾、グルーシェニカ)の取り合いと醜い財産問題により、二人の仲は泥沼化
    この乱れきった家族の会合をとりおこなうため、三男アリョーシャのいる修道院へ皆が集まるのだが…
    カラマーゾフの面々、長老や何人かの修道僧たち、親戚らが集まる中、フョードルの道化っぷりとドミートリイの激昂が炸裂
    早速喜劇の舞台へと展開する

    さて長男ドミートリイ
    ドミートリイにはもったいない立派なフィアンセがいながら人様の妾のグルーシェニカに夢中
    絞め殺しても飽き足りん悪女グルーシェニカ
    わかっていてもその下僕に成り下がりたい
    卑しい堕落した情欲に身を焦がして破滅と闇の落ちるところまで落ちるんだ!
    …はぁおバカさん過ぎる
    だけどグルーシェニカとうまく行ったら、ロシアの端っこでひっそり暮らし、自分は更生するのだ!
    なーんて環境さえ変われば、まともになれると思っている愚か者
    なにかと計算も甘いし、すぐキレる
    頭に血が登ると、手が付けられない
    だからこそ純真で素直っちゃあ、まぁそうなんだけど

    次男イワン
    先ほど登場した気位の高い品行方正で知識と教養も供えたドミートリイの婚約者(カテリーナ・イワーノヴナ)が好きなイワン
    一人で自分の知性を武器にあれこれ考える
    難しい人なんだよね
    なにを考えているのかわかりにくいのだが…
    プライドが高く無神論者

    そしてドミートリイの婚約者でありイワンの好きなカテリーナ
    ドミートリイ曰く
    彼女が愛しているのは自分の善行で、俺じゃない
    アリョーシャ曰く
    あなたはドミートリイを病的な興奮と偽りで愛している
    イワン曰く
    あなたは侮辱がつもればつもるほど兄を愛していき、自分の貞節という献身的行為に酔っている
    …というように悲劇のヒロインぽいカテリーナである

    そしてこの物語の主人公であるみんなが大好きな三男アリョーシャ
    カラマーゾフとは思えないとても思いやりのある心優しい青年だ
    あちこちでの諍いをアリョーシャが間に入って、火消しにかかる
    だからあちこちの人にすぐ呼びつけられて大忙しで大変なのだ
    やれやれ
    そしておとんであるフョードルも三男のアリョーシャだけは好いている
    「お前だけがこの俺を非難しなかった、この世でたった一人の人間だ 修道僧になるなら、自分のために祈ってもらいたい」
    と、いつも憎たらしいことばかり言っているが時々こんな弱音も出る
    なんのかんのどこかで救いを求めている


    そして個人的に上巻で重要な場面と思われる2ヵ所をピックアップ

    ドストエフスキー節が炸裂しておりかなり好きな場面が以下

    長男ドミートリイがある貧しい二等大尉(スネギリョフ)に大衆の面前で、腹を立て引き回すなどの暴行を加えた
    その場には彼の小さな息子も居合せ、大声で泣き叫びながら赦しを乞う
    酷いことするもんだ
    この家に哀れみを持ったドミートリイの婚約者カテリーナがお見舞金を渡して欲しいと三男アリョーシャに依頼する

    元々は二等大佐だが、今は落ちぶれた貧乏暮らしだ
    生活は苦しく、狂女の妻や全身リウマチの娘がいるが、彼女らの病を治すお金もない
    復讐のためアリョーシャの指に激しく噛み付いた無口でプライドの高い小さな息子
    スネギリョフ自身の醜態により学校で子供達にいじめられる小さな息子
    強くなってドミートリイに仕返しするんだ!悔し涙を見せる息子
    そんな息子のため、どこか遠くへ家族で引っ越し、新たな生活を妄想させ慰め、宥める
    そんな彼に、かなりの見舞金がぶら下がるのだ
    喉から手が出るほど欲しい見舞金に対し、手に入った将来を思い夢見心地になりつつも、半狂乱になりアリョーシャに食ってかかる二等大佐スネギリョフ
    一家の恥と引き替えのお金をもらえるか!と
    涙でうちふるえる
    スネギリョフは自滅行為をしたが、アリョーシャには誇りに満ちて意気揚々と見えた
    自分の前でこのお金に対して喜んでしまったことに恥じるスネギリョフは真正直で善良、かつ羞恥心の強い性格
    お金を受けとっていたら、自分の屈辱に泣いただろう
    アリョーシャはお金がなくても誇り高い二等大佐スネギリョフをみて、われわれは対等なのだと感じる
    この場面のスネギリョフの心の動きをドストエフスキーは見事に描写しており素晴らしい
    彼の一挙一動、心の震えが手にとるようにわかる
    ドストエフスキーらしさも満載で大好きなシーンだ(スネギリョフは「罪と罰」のマルメラードフ的存在か⁉︎)

    そしてもう一場面はキリスト教(神と人間)の
    最高に長くてわかりづらい「大審問官」の内容が重要だろう
    一通り読んでみたものの非常にわかりづらい上、忍耐が必要だ(とにかく長い長い…)
    改めて再読しなんとか…
    ここは無神論者であるイワンと見習い修道僧アリョーシャの兄弟の議論
    さらに長~いイワンの叙事詩
    イワンを通しての信仰心と現実の葛藤みたいな内容及び「神と人間」の根本問題ではないかと…
    結局イワンは無神論者と言いながらも、救いを求めているような矛盾に苦しんでいると感じる

    まず二人の議論の焦点は、
    イワンは子供に何の罪もないのに酷い目に遭うのは間違っている
    アリョーシャはキリストの犠牲によってすべてが赦されるとする

    そして「大審問官」
    セビージャにキリストが降り立つ
    セビージャの異端審問の大審問官がキリストを牢に閉じ込め、文句をぶちまける

    キリストが悪魔の3つの誘惑をはねのけた原点となる内容

    ■「石をパンに変える」…石をパンに変えてみせよ
     ・大審問官の考え→自由や神の言葉よりもお腹を満たすパンが大事なのだ
     ・キリストの考え→人はパンのみで生きているわけではなく、神の言葉で生きている
    ■「高いところから飛び降りてみる」…神の子ならこの場所から飛び降りてみよ 御使に受け止められるだろう
     ・大審問官の考え→人が心底求めている奇跡こそが大事なのだ
     ・キリストの考え→神を試すものではない
    ■「地上に楽園を作る」…もしひれ伏し私を拝むならこの全ての国をやろう
     ・大審問官の考え→自由よりも権力に従う方が幸せなのだ
     ・キリストの考え→主である神にただただ仕えよ

    大審問官の考えがイワンの考えであろう
    そして奇蹟と神秘と教権の3つを表し、キリストはこれらを否定している(つまりイワンは肯定していることになる)

    ここでの社会主義の定義
    社会主義とは、労働問題や第四階級の問題ではなく、主として無神論の問題でもあり、無神論の現代的具体化の問題、つまり、地上から天に達するためではなく、天を地上に引き下ろすために、まさしく神なしに建てられるバベルの塔の問題でもある

    イワンは社会主義思想なのか⁉︎
    自由なんかより自由を放棄して服従する方が自由になれる
    パンそのものより、支配下でパンをもらう方が喜ぶだろう

    解釈が間違っているかもしれないし、また何年か後に読むとわかる部分が増えるかも…
    これが限界でした…(汗)


    だいぶドストエフスキーに慣れてきたが、こうなってくると「罪と罰」を再読する必要があると感じている
    ぜんぜんキリスト教部分を理解せず読み終えてしまったから…

    しかしながらドストエフスキーはやはり人間ドラマの部分のが圧倒的に面白い
    誰も彼もが矛盾と葛藤の中翻弄され、最高に人間臭く生きている
    これが自分にとってのドストエフスキーの醍醐味なのだ

    ふふふ
    中巻へ…

    • ハイジさん
      sanaさん
      はじめまして!
      コメントありがとうございます!
      私も初めて読んだ「罪と罰」のマルメラードフの独白で挫折し、何年か後に再読したら...
      sanaさん
      はじめまして!
      コメントありがとうございます!
      私も初めて読んだ「罪と罰」のマルメラードフの独白で挫折し、何年か後に再読したら急にハマってしまいました
      不思議ですよね〜
      そして、笑ってくださって嬉しいです!
      でもドスト作品は喜劇で笑えますよね⁉︎
      私は読んでる時もよくニヤけております(笑)
      sanaさんは「白痴」を読まれているようですが、こちらはいかがでしょうか?
      私はまだ未読ですが、いつか挑戦してみたいと思っております
      では少々プレッシャーではありますが、引き続き行ってまいります(^O^)/
      2021/01/23
    • sanaさん
      ハイジさん、こんばんは。
      「カラマーゾフ」は最初に読んだ時に、登場人物の誰にも感情移入できなかったのだと思います。2回目は大審問官で挫折。...
      ハイジさん、こんばんは。
      「カラマーゾフ」は最初に読んだ時に、登場人物の誰にも感情移入できなかったのだと思います。2回目は大審問官で挫折。3回目は、他の作品との共通性や違いを探りながらなんとか意地で読み終えました。
      今は、おとんを笑い飛ばせばよかったのね!と思ってる次第^^
      「白痴」は面白いですよ。一番好きな作品です。主要な人物の3人とも好きなんです。登場人物は当然強烈な印象ありますが、ドストエフスキーの中ではシンプルでわかりやすい方だと思います。ドストエフスキー自身が失恋した女性をモデルに描きながら、実は新しい恋をしつつ書いていたせいか?何となくハッピーオーラ漂ってます。
      ドストエフスキーは一通り読んだような気がするのですが、ブクログを始める前なので、記憶がぼやけております。今出回っている本と版が違うような気もしますし。そのうちまたチェックしておきます~。
      ロシアの作家では、他にチェーホフを割と読んでいます。若い頃に読んだ時には渋すぎて全く良さがわからなかったんですが、後にあまり有名でない作品を読んだら意外と好みだったのです。
      ではでは^^
      2021/01/24
    • ハイジさん
      sanaさん
      再びありがとうございます!
      カラマーゾフの兄弟3回も挑戦されたのですね
      凄いです
      私も大審問で苦労しました…(>_<)
      中巻で...
      sanaさん
      再びありがとうございます!
      カラマーゾフの兄弟3回も挑戦されたのですね
      凄いです
      私も大審問で苦労しました…(>_<)
      中巻ではゾシマ長老の説法で参りました(笑)
      人間臭さは最高に面白いのですが…
      「白痴」いつか挑戦したいです!
      私はまだロシア文学初心者なのですが、チェーホフも気になります!
      いろいろ参考になります
      ありがとうございます(^ ^)
      2021/01/24
  • 【大雑把な粗筋】
    田舎地主のフョードル・カラマーゾフお父ちゃんには三人、もしかしたら四人の息子がいるんだ。
    長男のミーチャお兄ちゃん(本名はドミートリイ)は享楽的な性質で、美人のカテリーナさんと婚約しているのに、ちょっと困ったグルーシェ二カちゃん(本名アグラフェーナ)に夢中になっちゃってる。困ったことにフョードルお父ちゃんもこのグルーシェニカちゃんが好きなんだ。だからこの親子はお金と女の人とのことで喧嘩してる。
    次男のイワンお兄ちゃんは頭が良くて冷静なんだけど、なんだか考えすぎてややこしくなっている。そのうえイワンお兄ちゃんは、ミーチャお兄ちゃんの婚約者のカテリーナさんのことが好きみたい。
    このお話の主人公は三男のアリョーシャくん(本名はアレクセイ)で、僧侶見習いで愛されっ子。
    でもカラマーゾフ家の召使のスメルジャコフくんも実はフュードルお父ちゃんの息子なんじゃないかって言われてる。スメルジャコフくんは自分もカラマーゾフなのに自分だけ召使いだからひねくれちゃっている。
    フョードルお父ちゃんとミーチャお兄ちゃんの喧嘩を止めようとするアリョーシャくんは、イワンお兄ちゃんの考えた神様の存在についてのお話を聞かされるんだ。イワンお兄ちゃんは「罪のない子どもたちが実際に苦しんでいるのに、その後で苦しめた人に罰が下ってどうなるの?神の調和の世界ってなんなんだよ。神がなければ善行も悪行もないよね。だいたいイエス・キリスト本人が現世に降り立ったって、その考えが現世では異端だろ」なんて言うんだ。
    アリョーシャくんはびっくりして「イワンお兄ちゃん、その考えはお兄ちゃんを苦しめるよ。お兄ちゃんはそんな考えを抱えてこの先どうやって生きていくの?」って聞いた。するとイワンお兄ちゃんは「カラマーゾフ的に生きるのさ」って答えた。だからアリョーシャくんは「この世の調和と秩序に根拠はあるよ」と言ってイワンお兄ちゃんに口づけをしたんだ。
    結局このカラマーゾフの兄弟たちは、お互い似ていないようで根本はフョードルお父ちゃんの性質を受け継いでいるんだね。

    【ロシア人名を覚えるための自己流三原則】
    ①個人名(洗礼名)+父称+名字
     父フョードルの息子たちの父称は「フョードロウィチ」(フョードルの息子、という意味。※もし娘がいたら「フョードロエヴナ」になりますね)
    ②愛称や名前の縮小がある。
     アレクセイ⇒アリョーシャ、リョーシェンカ、など。
    ③名前も名字も、男性名と女性名がある。
     男性名だとアレクサンダー、女性名だとアレクサンドラになる。
     男性姓だとカレーニン、女性姓だとカレーニナになる。

    【愛称や呼び方】
    一人の人間に対していろいろな呼びかけが出てきますが、お互いの立場や親しさにより変わります。
    ●愛称での立場や親しさ:
     アレクセイ⇒アリョーシャ(一般的な愛称)、リョーシェチカ(ミーチャお兄ちゃんが呼んでいたので、目下を可愛がる?)、アリョーシカ(卑称的な愛称らしい)
    ●名前+父称は畏まった呼び方:ミウーソフ氏が仲の悪いフュードルお父ちゃんのことを「ヒョードル・パーヴロヴィチ」と呼ぶのは慇懃無礼な印象を受けました。
    ●名字は一般的な呼び方:カラマーゾフ

    【人物紹介兼もうちょっと丁寧なお話】
    ❐フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ
     カラマーゾフのお父ちゃん。俗物的でお金にも女にも強欲で芝居かかり、興が高じると神がかり的な言動を見せる田舎領主。自らを卑劣な道化者として振る舞っている。でもそれは自分自身と周りへの腹いせだ。
    このフョードルお父ちゃんの性質は息子たちにそれぞれ遺伝している。

    ❐ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(28歳。愛称ミーチャ、ミーチュニカ)
     フョードルお父ちゃんの長男。元大尉。
    ミーチャお兄ちゃんのお母さんは、フョードルお父ちゃんの最初の奥さんで資産家の娘のアデライーダさん。しかしフョードルお父ちゃんに愛想を尽かし、幼いミーチャくんを残して去っていった。
    ミーチャお兄ちゃんは、しばらくカラマーゾフ家の召使いグレゴーリイさんに育てられてから、母方の親戚のミウーソフ氏により遠縁の家に引き取られていった。
    成長したミーチャお兄ちゃんは女好きで放蕩家。
    自分が引き継ぐべきアデライーダお母さんの遺産をフョードルお父ちゃんが使い込んでいる!と言って、フョードルお父ちゃんと喧嘩をしている。フョードルお父ちゃんの方もミーチャお兄ちゃんを詐欺で訴えようと裏工作したり、その上グルーシェニカちゃんのことも取り合ってるので泥沼化。

    ❐イワン・フョードロウィチ・カラマーゾフ(24歳。愛称ワーネチカ)
     フョードルお父ちゃんの次男。
    イワンお兄ちゃんとアリョーシャくんのお母さんは、フョードルお父ちゃんの二度目の奥さんのソフィアさん。でも彼女もすぐにフュードルお父ちゃんの本性に気が付いて、神経を患って病死してしまった。
    ソフィアお母さんの死後、イワンお兄ちゃんとアリョーシャくんは召使いのグレゴーリイさんに育てられ、その後はソフィアお母さんの後見人、さらにその知人の家で育てられた。
    成長したイワンお兄ちゃんは、知性に優れて無神論を語るんだけど、自分で自分の論を信じきれなくて、なんだかややこしい思考の迷路にはまり込んでいる様子。
    学生のときに独立してモスクワに住んでいたが、今はフュードルお父ちゃんの家に戻ってきている。

    ❐アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(19~20歳くらい。愛称アリョーシャ)
     フョードルお父ちゃんの三男。
    修道院のゾシマ長老を尊敬してそのもとで修道士見習いになっている。
    子供の頃から人を批判せず、人に批判されず、しかし単純な性質ではなく物事を考えてすべてを許して、つねに落ち着いてる存在。誰もがアリョーシャくんを愛したし、アリョーシャくんもみんなのことを愛した。お騒がせお父ちゃんのヒョードルでさえもこの息子には深い愛情を持った。
    作者はアリョーシャがこのお話の主人公と言っているけれど、アリョーシャくん本人が主体の話ではなく、アリョーシャくんは他の人達の間を行き来したり、話を聞いたりして、自ら行動したり考えを話したりしている感じ。

    ※さて、「カラマーゾフの兄弟」上巻の時点では、離れて暮らしていた三兄弟が父のもとに集まった状態(ミーチャお兄ちゃんとアリョーシャくんは初対面だったと思われる)。三兄弟はお互いに割とうまくやってる。
    しかしこの上巻においてのアリョーシャくんのお使いっぷりが実に広範囲だ(笑)。フュードルお父ちゃんにお使い頼まれ、途中でミーチャお兄ちゃんに出会ってカテリーナさんへのお使い頼まれ、そこへ行ったらまた別のお使い頼まれ、その途中でちょっとした事件に遭遇し、だから別のところに行く必要ができて、でも自分自身の急ぎの用事もあって…、という感じ。彼の着ている黒い僧服と合わせて私の頭の中でのアリョーシャくんのイメージは”働き者のアリさん”になっている。どこかで「アリョーシャの移動地図」って出ていないだろうか。この移動もなかなか可愛いいんですよ。「道なりに行ったら遠回りになっちゃうから人んちの塀を乗り越えて裏庭突っ切っちゃえ。あ、知ってる人と出くわしちゃった」みたいな(笑)。

    ❐カテリーナ・イワーノヴナ(愛称カーチェニカ)
     ミーチャお兄ちゃんの婚約者。大佐の娘で美人で気位が高い。
    女好きで享楽的で放蕩家のミーチャお兄ちゃんは婚約者がいても遊びを辞めない。ミーチャお兄ちゃんもカテリーナさんのことは愛しているのだが、でもそれはお互いを幸せにして、お互いが一緒に幸せになる愛ではないという。
    しかしカテリーナさんは、余計にキリスト教的・上級階級的精神で「それでも私が彼の心の支えになるわ!!」と使命感に燃えてしまっている。
    最近は、イワンお兄ちゃんからも求愛されてるらしい。

    ❐グルーシェニカ(正式名アグラフェーナ・アレクサンドロエヴナ)
     地元有力な商人サフソーノフ老人の愛人。
    フュードルお父ちゃんとミーチャお兄ちゃんが取り合っている、可愛いけどちょっと困った女の人。

    ❐ピョートル・アレクサンドロウィチ・ミウーソフ
     フョードルお父ちゃん最初の奥さんアデライーダさん(ミーチャお兄ちゃんの母)の親戚。フョードルお父ちゃんのとは互いを忌み嫌っている。ミウーソフ氏としては、フュードルお父ちゃんとは関わりたくないだけど、フュードルお父ちゃんの方はついついミウーソフ氏へに嫌がらせしたくなってしまうようだ。

    ❐グリゴーリイ・ワシーリエウィチ・クトゥゾフ、妻マルファ・イグナーチエヴナ・クトゥゾワ
     カラマーゾフ家の老召使い夫婦。頑固で義理堅いグレゴーリイさんは、薄給になってもフュードルお父ちゃんに使え続け、それぞれ母を亡くして父に顧みられなかった三兄弟の面倒を見た。そのうえフョードルお父ちゃんの私生児と噂されるスメルジャコフくんを自分たちの子供として育てた。
    でもせっかく育ててやったスメルジャコフくんからも、ミーチャお兄ちゃんからも軽んじられてしまっていて、実に心外だ。

    ❐スメルジャコフ(本名パーヴェル・フョードロウィチ・スメルジャコフ)
     母はリザヴェータ・スメルジャーシチャヤちゃん(悪臭のひどい女、という呼び名)という白痴娘。あちこちうろつき外で寝ているから常に汚れていたけれど、悪気のない存在でむしろ村からは神がかりとしてマスコット的存在だった(座敷童子みたいなもの?)。
    しかしある時お腹が大きくなり、カラマーゾフ家の敷地の隅で男の子を産み、そして死んだ。男の子はグリゴーリイさんと奥さんにより育てられた。
    フョードルお父ちゃんがリザヴェータちゃんを押し倒したという噂があり、スメルジャコフくんはフョードルの私生児と言われている。フョードルお父ちゃんはヤッてねーよ!って言うけれど、産まれた息子が自分の家の料理人召使いとして育つことは承諾している。そのため父称「フョードロウィチ」がいつの間にか定着した。
    「スメルジャコフ」という名字はフョードルお父ちゃんがつけたのだが、臭いヤツとかいう意味だよね、悪趣味だ。

    ❐ゾシマ長老
     ”長老”とは、ロシア正教会において、精神的指導を行う年長の修道者。
    ゾシマ長老は、修道者たちだけでなく周辺の住民からも敬愛を受けている。
    アリョーシャくんが敬愛してその門下に入っている。だが今は年老いて死の床についている。
    カラマーゾフ親子話し合いの場所として僧院を提供する。

    ❐商人サムソーノフ
     グルーシェ二カちゃんを愛人にしている老人。

    ❐ラキーチン
     神学生。アリョーシャの友人。カラマーゾフ家に皮肉的な目線を向けている。

    ❐ビョートル・フォミーチ・カルガーノフ
     ミウーソフ氏が面倒を見ている学生。アリョーシャの友人。

    ❐チェルノマーゾフ一家
     父ニコライ・チェルノマーゾフ 
     母アリーナ・ペトローヴナ
     娘ワルワーラ・ニコラーエヴナ、ニーノチカ・二コラーエヴナ
     息子イリューシャ
    ニコライ・チェルマーゾフは、どこか人を苛立たせるヘチマに似た男。元二等大尉だが今は貧乏暮らしになってしまっている。小心さと厚かましさをもち、人に虐げられるのが当たり前だが突然爆発するような男。ミーチャお兄ちゃんといざこざがあった。息子のイリューシャはそのことで学校の友人たちと揉めている。
    そしてその現場に行きあったアリョーシャくんは、チェルマーゾフ家と関わるようになってゆく。

    ❐ホフラコワ夫人、娘のリーズ(リザベッタのフランス風愛称)
     ゴシップ好きお喋り好き世話焼き上流階級のご婦人と、車椅子の娘さん。
    リーズちゃんは衝動的にアリョーシャくんに求愛の手紙を書いてしまった。落ち着いてから後悔して「あの手紙は返して忘れてください」っていうんだけど、アリョーシャくんは笑顔でリーズちゃんの手を取って「ぼくはもうすぐ僧院を出なければいけないんです。そうしたら手紙に書いてあるように、ぼくたち結婚しましょう」って言った。
    …なんというかわいく平和なカップル(笑)。しかし私の読者としての勘が「この二人結婚はできないだろうな」と思ってしまうのよ。

    ❐わたし
     「カラマーゾフの兄弟」の語り手。のちになってカラマーゾフ兄弟に起きたことを調べて書き残している。しかし”わたし”自身がその場に居合わせているようだから、作家があとから調べたとかではなく、同じ村の人とかかなりカラマーゾフに近い位置にいる人物の様相。

    【イワンの『大審問官』 とりあえず自己メモ。間違ってるかも】
     イワンお兄ちゃんが考えた一代叙事詩。
     『神の存在を教わった大人が、それでも罪を犯すなら本人の問題。でもそのツケがなんの罪もない子供に向かっている。現実的に子供が苦しんだのに、その後で神の罰が下ってもなんの意味があるのだ?神による調和の取れた愛の世界のために子供たちの犠牲が必要なのか?おれは神を認めている。だが子供の犠牲の上になりたつ神の世界など認められない。
    もしも宗教裁判が盛んだった15世紀にイエス・キリストが降り立ったとしよう。きっと大審問官はイエスを異端者として捕らえるだろう、そして言うだろう。
    「あなたは愛と自由とを唱えた。だが現実の人間にとって、良心の自由を任されることは負担なのだ。
    あなたは天の御国に昇り、この世のことは教皇が受け継いだのだ。人間は自由の重荷よりも、現実のパンを与えてくれる者に従いたがっている。人々は自由を放棄することにより自由になったのだ。だから我々が市民のために秩序と善悪の判断を行っている。現実に必要なのは神だけではなく悪魔も必要なのだ。
    いまさらあなたは何の用で来たのだ。いまのキリスト教社会において、イエス・キリスト本人の”愛と自由”は負担で不要なのだ」
     だがイエスは、自分を裁き処刑しようとするこの大審問官に口づけをして立ち去るのだろう』
    この話を聞いたアリョーシャくんは「世界の調和の根拠はあるよ。すべてのことを赦せる人は存在するし(※イエス・キリストのこと)、この世界の調和はその人を土台にして築かれるんだ」といってイワンお兄ちゃんに口づけをする。すると一瞬イワンお兄ちゃんの心は燃え立った。大審問官がそうだったように、イワンお兄ちゃんも本当は神の愛を信じて、人々が本当に美しい心を持ち、迫害者と非迫害者が抱き合えるような、調和の取れた世界を求めているのだろう。

    【神への考え方 とりあえず自己メモ。間違ってるかも】
    ❐ミーチャお兄ちゃん:神を信じているし、イエス・キリストが人間のために払った犠牲とイエスが自分たちの主だともわかっている。そしてカテリーナさんの心の崇高さには敬意を持っている。
    だからこそ結婚はできないし、自分はいつか破滅するかもしれない遊びのほうを選んでしまう。

    ❐イワンお兄ちゃん:神の存在を認めているが、今の現世では不要だとか、犠牲の上で作られた神の調和の世界は不要だとか言う意味での無神論者。周りからは「でもあなたこそが神を信じたがっているのでは?」と言われている。

    ❐アリョーシャくん:イワンお兄ちゃんが苦しむこの世の矛盾を先天的に受け入れていて、そのすべてを赦す存在があると知っている。そして自分も調和のとれた世界の一員であるために僧院にいる。

    ❐スメルジャコフくん:神はいる、という皆さんの考えはわかってますよ。でもそれを否定するのも人間の権利ですよね?神を否定して破門されたらもう神に対しての責任はなくなるし、神は私を裁くことはできなくなりますよね?
    神はいらっしゃいます。しかしこの世の不信心者や信仰のない者全員をいちいち裁いていられないんだったら、私がちょっと神を疑ったって許してくださいますよね?

    【カラマーゾワ的とは とりあえず自己メモ。間違ってるかも】
     地上的、現実的、即物的、狂暴で荒削り。何をやったって全て許される、いや許せよ。
    だからいいじゃん!となっているのが父ちゃん兄ちゃんたち。
    彼らに変な知恵をつけられちゃったのがスメルジャコフくん。
    理解した上で自分の役割を果たしてバランスを取ろうとしているのがアリョーシャくん。?
    アリョーシャくんは、ミーチャお兄ちゃんの放蕩を聞くと「兄さんと自分は全く同じ。僕はまだ階段の下の段にいて、兄さんは上の段にいるだけで、僕たちは同類だ」って言っている。

    ※追記
    中巻レビューはこちら
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102010114

    • ハイジさん
      淳水堂さん
      こんにちは(^ ^)

      これから読もう読もうと思い、本棚に飾って早数年…(笑)
      とても噛み砕かれてわかりやすく、楽しくまとめてく...
      淳水堂さん
      こんにちは(^ ^)

      これから読もう読もうと思い、本棚に飾って早数年…(笑)
      とても噛み砕かれてわかりやすく、楽しくまとめてくださってありがとうございます!
      素晴らしいレビューですね。
      ますます読むのが楽しみになりました。
      キリスト教に対する考え方を理解するのに苦しみそうですが(「罪と罰」でもやはりこの部分がわからず…)他はとても面白そうです♪
      引き続きレビューを楽しみにしております。
      私も今年中には読みたいです(笑)
      2020/09/11
    • 淳水堂さん
      ハイジさん コメントありがとうございます!酔って書いたレビューなので軽い調子になったのですが、反応してくださってとても嬉しいです\(^o^)...
      ハイジさん コメントありがとうございます!酔って書いたレビューなので軽い調子になったのですが、反応してくださってとても嬉しいです\(^o^)/
      「カラマーゾフの兄弟」は、私も読もう読もうと思いっていたのですが、未完(1部だけ書いて2部書けなかった?)という噂を聞いていたので手を出しづらかったのですが、やはり死ぬまでには読まないとなーーとついに着手!キリスト教部分と、ロシアの時代背景部分はやっぱりわからないし、もし読み返してもわからないだろうなあ(・_・;)、ドストエフスキーが凄いということはよくわかりましたが(笑)でも結局は人間の営みの話なのだから、ストーリーは面白いのです。

      そして私が一番疑問だったのは、書き手の”わたし”が何者なのか?であったりする(笑)カラマーゾフ事情に詳しいし、どうやら直接知っていることもあるようだし、あなた何者?って感じです。私もまだまだ中巻下巻がありますが、本の旅に行ってきますーー。
      2020/09/11
  • 長編作品を読みはじめるとき、正直言って読み終えるのは、いつぐらいになるのかなぁーと、気になってしまうことがある。
    しかし、このカラマーゾフは話の先が楽しみで楽しみで期待感が膨らみ、まだ、中巻下巻と至福の時間がつくれるのだと思うと嬉しくなる。

    本書、上巻の見せ場は独断だが、第5編ー5「大審問官」なのではないだろうか。
    無神論者である次男イワンが、三男の修道僧アリョーシャに自作の物語「大審問官」を語って聞かせる。
    イワンが頭の中で創作した物語で、イエス様は始終、沈黙のまま登場する。
    やはり修道僧の弟は、あれこれと悲痛に叫んで意見するのだが…。

    この作品の主要な登場人物はカラマーゾフ家の人々だけれど、実質な主人公はアリョーシャなのかな??

    ところどころに、「俺はカラマーゾフだからさ!」と誇らしげのようでもあり、「カラマーゾフの力さ…カラマーゾフ的な低俗の力だよ」と、放蕩に身を沈めて、堕落の中で魂を圧殺して生きることの運命を認めている節もある。

    カラマーゾフ流に浸る晩秋はいいものだ。

  • 評判どおり、骨の折れる本である。内容は思ったより難しくはないが、なぜか疲れる。それは場面があまり展開せず、ひとつの会話だけで数ページにも渡ることが多い、この本の特徴からだろうか。次の巻にも、チャレンジしてみたい。

  • 読みごたえがある。

  • 「罪と罰」「地下室の手記」に続くドストエフスキー三作目。チェーホフも間に挟んだりして、だいぶロシア人への免疫もつけた上で臨んだ。時代と場所は違えど物語のスケール感や台詞回しの大仰さという意味ではバルザックを挟んだこともプラスに働いた。
    膨大な人数の登場人物をここまでのピッチと情報量で描き出し、数ページにも及ぶセリフを交えながら生き生きと動かす。読書量がまだまだ足りない自分にもわかる。こんな小説はドストエフスキーにしか書けない。
    内容に立ち入ってレビューするには重厚すぎる本作だが上巻に関してはやはり大審問官の件が最重要かと。
    宗教の効用は人間が信仰と引き換えに不死を手に入れるといったある種の取引関係にあるのではなく、人間が自らの頭で考えなくてもいいように神の名の下にソリッドな価値基準が設定されることにある、と大審問官は考えているのではなかろうか。その意味では神の存在そのものは問題ではなく、人間が祈りを捧げる対象が必要なのだろう。であるからこそ、大審問官は迷える庶民のために率先して異端審問を行い、庶民たちを導いていく。そこにはごく一般的に考えても道義に反したこともあるかも知れないがそれもまた必要悪であると。ラジカルな考え方ではあるがそれもまた一つの正義。キリストといえども大審問官を批判できないのではないか。

    中巻に期待!

  •  地下室の手記に続いて、ドストエフスキーの作品を読んだのは2作目。短編を先に読んで、著者のクセに慣れてから長編を読むのが自分に合ってたなーと思う。昔ドストエフスキーにチャレンジしたときは挫折してしまったけど、今読んだら特別難解というわけじゃないし、むしろ要素が詰まっているから読んでいて楽しいし、さっぱりした書き方で分かりやすい方だなと思った。皮肉とジョークに慣れたら喜劇性があって面白いし。ただ、信仰、愛、罪、お金などテーマが永遠に議論の余地がありそうなものというか、やはり重みがあるなと思う。
     人の心の動きや思想が非常に仔細に描かれていて、読めば納得することがほとんどだけど、これを生み出すエネルギーと才知と、それに必要な洞察力と精神力を想像したら驚嘆しかない…。サラサラと読み進めていくことしかできないのが、本当に申し訳ない気持ちになるな…。その分刺さったことを大切に心に刻むしかないんだけど…。

     根拠を疑いだしたら永遠に結論を出せずに苦悩するしかない内容って多いのかもな。自分は肯定的に考えるのになにかと根拠を求めてしまうけど、たとえば自己の承認も、愛も、未来への希望も、根拠など存在しない、だから肯定へも否定にも振り切ることができないままなんだろうな。根拠を考えることは大事なことだと自分は思うけど、存在しない場合もあるって心に留めて、気づいた時点で無駄な苦悩を追い払うべきだ。
     長老がイワンに言った、そこに君の悲劇があるんだ、一生君はそれを抱えるんだろう?という言葉と、イワンの言った、考えても分かり得ないどうしようもない命題は考えることをやめるべきだという言葉を読んでそう思った。

     海外小説を読んでいていつも思うけど、信仰に対して幼い頃から植え付けられている知識や、信仰への思索に費やした時間が圧倒的に違うな。信仰に対する共通認識とか反論のタイプとか、まるっきり前提としてみんな持っているなと思う。無宗教で信仰に対して無頓着な自分にとっては、信仰が絡むと理解しかねる思想がやはり多いなと思う。狂信的というか、事物をあるがままにとっているんじゃなくて、結局人間が、何があっても希望を持って力強く生きていくために、救いを持つために、都合の良い解釈をするものが信仰かなという気もした。でも、信仰を持っている人は、信仰を持っているが故に幸せだと思うし、そういう生き方とか精神はある種美しいなとは思う。全面的に賛同はしかねるけど、信仰の素晴らしい点も確かに多いなとは思う。

  • (2017.02.12読了)(1998.08.10購入)(1991.12.20・30刷)
    第一部は、亀山郁夫訳の光文社古典新訳文庫で読みました。こちらに切り替えて、第二部を読み始めましたが、原卓也訳も亀山訳同様読みやすい訳になっています。
    第四編「病的な興奮」と第五編「プロとコントラ(肯定と否定)」を読み終わったので、上巻読了です。
    男性も女性も本心がわからず、アレクセイは大変なのに動じませんね。
    貧困家庭の差別や子供へのいじめ、支援してあげたいけど、支援される方にも誇りはあるし。
    動物虐待や、子どもの虐待も出てきて今日的でもあります。

    【目次】
    作者の言葉
    第一部 
    第一編 ある家族の歴史
    一 フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ
    二 遠ざけられた長男
    三 二度目の結婚と二人の子供
    四 三男アリョーシャ
    五 長老
    第二編 場違いな会合
    一 修道院に到着
    二 年とった道化
    三 信者の農婦たち
    四 信仰のうすい貴婦人
    五 アーメン、アーメン
    六 こんな男がなぜ生きているんだ!
    七 出世主義者の神学生
    八 恥さらしな騒ぎ
    第三編 好色な男たち
    一 召使部屋で
    二 リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ
    三 熱烈な心の告白―詩によせて
    四 熱烈な心の告白―異常な事件によせて
    五 熱烈な心の告白―≪まっさかさま≫
    六 スメルジャコフ
    七 論争
    八 コニャックを飲みながら
    九 好色な男たち
    十 二人の女が同時に
    十一 もう一つ、台なしになった評判
    第二部
    第四編 病的な興奮
    一 フェラポント神父
    二 父のところで
    三 中学生たちとの結びつき
    四 ホフラコワ婦人の家で
    五 客間での病的な興奮
    六 小屋での病的な興奮
    七 すがすがしい大気のなかでも
    第五編 プロとコントラ
    一 密約
    二 ギターを持つスメルジャコフ
    三 兄弟、近づきになる
    四 反逆
    五 大審問官

    ●隠遁の目的(308頁)
    自分が世間のだれより劣っているばかりか、生きとし生けるものすべてに対して、さらには人類の罪、世界の罪、個人の罪に対して、自分に責任があると認識したとき、その時はじめてわたしたちの隠遁の目的が達せられるのです。
    ●立ち聞き(420頁)
    母親が娘の話を立ち聞きするのは、当然の権利で、べつにはしたないことじゃなくってよ

    ☆ドストエフスキーの本(既読)
    「貧しき人々」ドストエフスキー著・原久一郎訳、岩波文庫、1931.02.28
    「罪と罰 上」ドストエフスキー著・米川正夫著、新潮文庫、1951.02.05
    「罪と罰 下」ドストエフスキー著・米川正夫著、新潮文庫、1951.02.25
    「地下生活者の手記」ドストエフスキー著・中村融著、角川文庫、1952.08.15
    「白夜」ドストエフスキー著・小沼文彦訳、角川文庫、1958.04.15
    「白痴(上)」ドストエフスキー著・木村浩訳、新潮文庫、1970.12.30
    「白痴(下)」ドストエフスキー著・木村浩訳、新潮文庫、1970.12.30
    「悪霊 上」ドストエフスキー著・江川卓著、新潮文庫、1971.11.30
    「悪霊 下」ドストエフスキー著・江川卓著、新潮文庫、1971.12.05
    「賭博者」ドストエフスキー著・原卓也訳、新潮文庫、1979.02.20
    「罪と罰(上)」ドストエフスキー著・工藤精一郎訳、新潮文庫、1987.06.05
    「罪と罰(下)」ドストエフスキー著・工藤精一郎訳、新潮文庫、1987.06.05
    ●ドストエフスキーについての本(既読)
    「ドストエフスキイの生活」小林秀雄著、角川文庫、1955.08.20
    「ドストエフスキイ」埴谷雄高著、NHKブックス、1965.11.20
    「ドストエフスキーのおもしろさ」中村健之介著、岩波ジュニア新書、1988.03.22
    「ドストエフスキー『罪と罰』」亀山郁夫著、NHK出版、2013.12.01
    (2017年3月12日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

  • めっちゃおもしろい。ドストエフスキーはやはり素晴らしい。カラマーゾフの兄弟はドストエフスキーの集大成的な作品と聞いていたので、楽しみにしてとっておいたのだけれど、裏切られないで非常に楽しめた。
    相変わらず名前覚えづらいし、ニックネームでも呼び出すし、登場人物多いしでわけわからなくなりそうだったけど、ネットに落ちてた人物相関図に非常に助けられた。まだ読んでいない人は、ネットにある人物相関図を参考にしたほうがいいよと勧めたい。
    それにしても父親と長男はキチガイすぎだし、次男のイワンは頭よすぎだし、三男のアリョーシャは修道僧なだけあっていいやつ過ぎるし、この家族ヤバい(笑)
    アリョーシャがどれだけすぐれた人格の持ち主でも、カラマーゾフの血が流れているんだと恐れているのは、おれ自身が父親の血が流れているからやはり父親みたくなるのかなと思うときとかぶった。アリョーシャがヒョードルみたくなったらヤバいけども。
    カラマーゾフの兄弟は、この一家以外の人物もぶっ飛んでるやつが多くて、登場人物のキャラの濃さとキリスト教についてのトークが結構インパクトにあっておもしろい。イタリア、フランス、ドイツ、イギリスとかではなく、すごいロシア的だなと思う。何かもう上巻だけでも超長かったのに、あと中巻下巻とあるから先をどんどん読み進めていきたいと思う。

    • Curtさん
      私もまだ読んでいませんが、光文社文庫版の訳はより柔らかいタッチみたいです。
      私もまだ読んでいませんが、光文社文庫版の訳はより柔らかいタッチみたいです。
      2016/04/27
    • yasu13さん
      そうなんですね!
      自分が読んだのと違う翻訳者や出版社のものって気になりますよね!
      そうなんですね!
      自分が読んだのと違う翻訳者や出版社のものって気になりますよね!
      2016/05/19
  • 1ルーブル≒100カペイカ=1000円程度

    頽廃(たいはい):衰え廃れ、崩れ荒れること
    癲狂(てんきょう):ヒステリック
    抜作(ぬけさく):愚鈍、間抜けな人
    篤実(とくじつ):情にあつく誠実であること
    門外漢(もんがいかん):その道の専門家でないこと
    斎戒(さいかい):祭りに際して心身を清めて、禁忌を守って行動を慎むこと
    反駁(はんばく):反論、論破すること
    随喜(ずいき):心から喜び、ありがたがること
    哀訴(あいそ):哀願。相手の同情心に訴えること
    高邁(こうまい):気高くすぐれていること
    浅薄(せんぱく):考えが浅く薄っぺらいこと
    忘恩:恩知らず
    衷心(ちゅうしん):心の奥底、まごころ
    粗略:ぞんざいな、扱いが雑なさま
    淫蕩(いんとう):酒色に溺れて生活が乱れるさま

    千古(せんこ):大昔、永遠。
    虚仮威し(こけおどし):浅はかな見えすいたおどし。見せかけだけもっともらしく見せること。
    炯眼(けいがん):慧眼。物事をはっきりと見抜く力。鋭い眼力。
    縦しんば(よしんば):仮に、たとえ
    剽窃(ひょうせつ):他人の文章・語句・説などをぬすんで使うこと
    披瀝(ひれき):心の中の考えをつつみかくさず、打ち明けること
    耳聡い(みみざとい):情報などを聞きつけるのが早い
    鼻薬(はなぐすり):少額の賄賂
    放蕩(ほうとう):ほしいままに振る舞うこと。酒や女に溺れて身持ちがおさまらないこと。
    色情:異性に対してもつ性的な感情。色欲。
    躄(いざり):ひざや尻を地につけたままで進むこと。足が不自由で立てないこと。躄る。膝行(いざり)とも。
    ソドム:Sodom. 「旧約聖書」の「創世記」に記されている地名。住民の不信仰、風紀の乱れがはなはだしかったために、ゴモラとともに神の火に焼かれて滅ぼされたという。また、悪徳の町のたとえに用いられる。
    ジプシー:インド北部を故郷とする「ヨーロッパを中心とする移動型小民族」のことで、周囲がそう呼ぶ「外名」である。自称は「ロマ」など。
    営倉(えいそう):旧軍隊で、規則に反した兵をとじこめる建物。また、そこにとじこめられる罰。
    譴責(けんせき):悪い行いや過失などをいましめて責めること。官吏に対する一番軽い懲戒処分。
    幽閉:一定の場所にとどめ、自由を制限すること。
    早世:若くして死ぬこと。
    韜晦(とうかい):自分の才能、知性、身分、行為を包み隠すこと。人の目をくらますこと。
    肉弾:肉体を弾丸として、敵陣に突入すること。
    下司(げし、げす):身分が低い者、品性が下劣な者、召使い。
    執心:ある物事に心を強く惹かれること。執着。
    貪婪(どんらん):たいそう欲の深いこと
    諧謔(かいぎゃく):気の利いた冗談、ユーモア

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著者プロフィール

(Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy)1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。主な長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、『白痴』とともに5大小説とされる。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。

「2010年 『白痴 3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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