カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)

  • 新潮社
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本棚登録 : 4400
レビュー : 248
  • Amazon.co.jp ・本 (615ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010112

作品紹介・あらすじ

19世紀中期、価値観の変動が激しく、無神論が横行する混乱期のロシア社会の中で、アリョーシャの精神的支柱となっていたゾシマ長老が死去する。その直後、遺産相続と、共通の愛人グルーシェニカをめぐる父フョードルと長兄ドミートリイとの醜悪な争いのうちに、謎のフョードル殺害事件が発生し、ドミートリイは、父親殺しの嫌疑で尋問され、容疑者として連行される。

感想・レビュー・書評

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  • ネタバレ有かも…
    ご注意ください

    さて中巻は見習い修道僧であり、愛されキャラ三男アリョーシャがお世話になっている修道院の長老であるゾシマが瀕死状態になる
    ここでゾシマ長老の過去の回想(伝記)及び法話と説教など…(か、かなり長い)

    今でこそアリョーシャをはじめ、民衆から尊敬されるゾシマ長老(その民衆らの信仰ぶりは遠方からはるばるゾシマ長老に一目会いにくるなど、上巻たっぷり記載されていた)だが、若い頃は結構平凡で普通の青少年だ
    ポイントとなるエピソードは3つ(個人的見解です)

    ■エピソード1
    (ん?スターウォーズ⁉︎)
    お兄さんの精神世界の変化
    ゾシマ長老は精神的にアリョーシャと自分の兄がそっくりだと言う
    17歳まで全く神を信じていなかった兄、無口で癇が強く、孤立していた
    しかし結核を患い余命半年から1年くらいから教会へ行くようになり、精神的にすっかり変わる
    思いやり、感謝、幸福の喜びを知り、死ぬ直前まで喜びで満たされていた

    ■エピソード2
    ペテルブルクの士官学校にて
    善良だったが素行は悪く、若さゆえに享楽の生活にのめり込むゾシマ君(笑)
    そんな折、若く美しい令嬢に想いを寄せるが、後に彼女が他の男性と結婚したことを知る
    うぬぼれに目がくらんで、気づかなかったことにショックを受けるゾシマ君
    憎悪をおぼえ、復讐心、憤り、見苦しい愚かな人間になりさがる
    そして恋敵に決闘を申込む
    自分は堕ちるところまで堕ちてしまったのだ!
    しかし決闘前日にある宿命的なことが起こる
    この時、亡き兄を思い出しの自分の罪深さに気づき、決闘を取り下げてもらうようプライドを捨てて頭を下げるのだ
    周りからは大ブーイング
    全てを受入れ、深く反省し、退役
    修道院へ入る決意をする

    ■エピソード3
    さらにこのエピソードは興味深い
    新たに出会った年輩の人物
    それは有力な地位の皆に尊敬される裕福な慈善家
    この50歳くらいの紳士はゾシマ君(この頃もまだ若僧)を信頼し、何度も話すうちにお互いに信頼関係ができ、年の離れた親友となる
    実は、彼は14年前、フラれた腹いせに女性を殺害した殺人者であり、それを誰かに打ち明けたかったのだ
    その白羽の矢が立ったのが信頼関係を築けたゾシマ君
    そして今度はこの罪の告白を愛する家族をはじめ、皆にもしようとするのだが、これがなかなかいざとなるとできない
    ゾシマ君は、告白すべきだと説得を続ける
    この立派な紳士の罪を泣きながら聖母マリヤに祈るゾシマ
    しかしこの紳士はだんだんゾシマに会うたび「まだ告白していないのか」というゾシマの無言のプレッシャーを勝手に感じ精神的に追い詰められていくのだ
    結局この紳士は勇気を出して告白するが、ゾシマを激しく憎むようになる
    「今やあの男(ゾシマ)だけが、俺を束縛してわたしを裁いている…」
    そう、ゾシマを殺そうとするほど激しく憎むようになる
    紳士は精神錯乱し、死んでしまう
    誰もが彼の罪を信じず、亡くなったことを嘆き、若僧ゾシマを白い目でみるように
    しかしながらやはり真実を信じる人が増える 
    そうすると今後は好奇心から、例の紳士のことをあれころゾシマに尋ねだす始末
    彼は一切を沈黙した
    「人間は正しい人の堕落と恥辱を好むものだ」と納得の上、ゾシマはこのエピソードが、自分の道を主が思し召してくれるのを強く感じるのだ
    そうこれらのエピソードからゾシマは修道僧となるのだ
    (教訓としては傲慢さを捨て、常に謙虚であれ…かな?)

    エピソード後は、ゾシマ長老の長い説法
    修道僧とは、修道僧の偉大なる仕事とはから始まり、精神的な人の対等とは、また祈りと愛の大切さ、地獄の考察など…が長々と続く
    ここは上巻のイワンの「大審問」に対する場面では!?
    イワンとゾシマ長老の正反対(しかしながらそう簡単ではないのだが)の話しを聞いたアリョーシャである(この場面は宗教色が強く、しっかりと理解するのは難しかった)

    これほど人々に尊敬され、愛されていたゾシマ長老の悲しい死
    ここできわめて異様で不安な思いがけない事態が起こる
    ゾシマ長老の棺から腐臭が立ち上り始め、それがあっという間に強烈になっていったのだ
    当然不信者たち(修道院内にも派閥があるのだ)は大喜びしたが、信者の中にも興奮し喜ぶものも多数いた
    これはまさに「人々は心正しき者の堕落と恥辱を好む」ということなのだ

    そしてこの出来事でアリョーシャまでが動揺してしまう
    この物語の語り手である「わたし」に言わせると
    アリョーシャはゾシマ長老の奇蹟が起こらなかったことに対する失望ではなく、「正義」が起こらなかったことに対する動揺だという
    全世界のだれよりも高くたたえられるべき人が、おとしめられ辱められたのだ
    彼よりはるか下に位する軽薄で嘲笑的な、悪意にみちた愚弄にさらされたことを、悔辱と憤りで耐えられなかった
    無垢なアリョーシャの心を苦しめた

    そのアリョーシャをラキーチン(同じ修道院の神学生、なかなかいけ好かない奴)がグルーシェニカ(ある老商人妾であり、おとんフョードルと長男ドミートリィが取り合っている女性)のところへ連れていく(連れていくその理由が最低なのだが省略)
    ここでグルーシェニカがアリョーシャに出会ったことによる二人に相乗効果が発揮され、彼らに変化が起こる
    グルーシェニカがアリョーシャを憐れむことで、アリョーシャはグルーシェニカの愛に満ちた魂を見いだす
    善が悪に染まるのはハイウッド映画でよくあるが、ここはアリョーシャの勝ち!
    グルーシェニカが精神が、心が開花される
    これまた不思議な因縁である
    そしてアリョーシャも心が救われる
    その後アリョーシャは僧庵に戻り不思議な神秘的な体験をする
    大地をに接吻し、歓喜し、揺るぎなく確固とした何かがアリョーシャの魂の中に下りてくるのを感じたのだ
    アリョーシャはこの体験をきっかけに立派な精神的な意味で修道僧になったのではなかろうか

    さて
    グルーシェニカ(ある老商人妾であり、おとんフョードルと長男ドミートリィが取り合っている女性)には過去に愛する男性がいた
    彼は他の女性と結婚してしまったが、奥さんが亡くなり、グルーシェニカの元へやってくることに
    気を高ぶらせて彼との再会を待っている
    グルーシェニカにしてみれば、老商人もフョードルもドミートリィもぶっちゃけどうでもいい存在
    彼女は傲慢、利殖の才にたけ、ケチで金儲けにしわい性悪女なのである


    一方長男ドミートリィ
    そんなグルーシェニカに身を焦がし、彼女との新しい生活を勝手に夢見てお金の調達が必要なんだ!とまたも思い込む
    おとんだけをライバルだと思い込み、お金させあればうまくいくと思い込み、東奔西走し出すことに
    先走りと思い込みの激しさがもう何とも痛々しい
    相変わらずすぐカッカするし、口は達者(方向性が間違っているが)、調子が良すぎて破天荒
    雲行きが怪しくなってくる

    ある村の宿場で、グルーシェニカ、グルーシェニカの元カレ、ドミートリィ…他面々がそろう
    ドミートリィはヤケになっており、最後の豪遊!とたくさんのシャンパンと食材をじゃんじゃん運んでやってくる
    元カレとドミートリィらのやり取りを通じて、なんとまさかのグルーシェニカの心変わりが起こる!
    現実の元カレの態度や考えを見てガッカリしたのだ(かつらだったしね(笑))
    そこで一気にドミートリィへの愛へ目覚める(あれぇれれぇ…という展開)
    ここからお決まりの派手な酒盛りのどんちゃん騒ぎ♪
    とジェットコースターのような展開だが、さらにさらにそこへ突撃隊の如く警察署等らのお出まし
    そうドミートリィはおとんのフョードルの殺害事件の容疑者であると告げられる

    ドミートリィは父親殺しの無実を訴え続けるが、最終的に刑を受け入れようとする
    「僕はこれまでの一生を通じて毎日、この胸を打っては、真人間になることを誓いながら、毎日相変わらず卑劣な行為をやってきました。僕のような人間には打撃が、運命の一撃が必要なのです。僕はこの告発と世間に対する恥辱との苦しみを甘んじて受け、苦悩によって汚れをおとしてみせます!」と告白する
    こういうセリフをドミートリイに言わせるあたりがドストエフスキーだ

    ああ、フョードルがとうとう死んでしまった
    彼こそまさにカラマーゾフの象徴なのに…
    おとんフョードルと長男ドミートリイは結構似ている
    しかし圧倒的にフョードルのが「カラマーゾフ的」で最高に笑わせてくれた
    格が違うし、「カラマーゾフ的」なキャラに何の迷いもなく、余裕しゃくしゃくだ
    その点、長男ドミートリイはまだ「カラマーゾフ的」なものになり切れない迷いや善良さや青さがある
    というわけで個人的にとても淋しい

    ちなみにおとんフョードル殺しについては、長男ドミートリィに容疑がかけられているが、ドミートリィはスメルジャコフを疑っている
    スメルジャコフというのはフョードルおとんの私生児で、料理が上手いため、フョードルおとんは彼を召使いかつ料理人にして身近に置いていた
    もっとも自分の子とは一切認めてもいないし、下手したらおとんのことだからそんなことさえも忘れているのではなかろうか…
    このスメルジャコフというのはかなり歪んだ人間だ
    人嫌いで寡黙、傲慢であらゆる人間を軽蔑しているかのようなふるまい、猫を縛り首にして葬式ごっごをするまさにサイコだ
    しかし割と頭はキレるし、普段は無口だが、生意気さと屁理屈に関して口は達者
    そして癲癇(てんかん)持ちである(あのおとんが心配するほどのなかなか重度の癲癇っぽい)
    そう丁度フョードル殺害時間の前後くらいは、激しい癲癇の発作があったスメルジャコフであるが…!?!?!?
    このスメルジャコフに対し激しい嫌悪感を持っているのが次男のイワン
    思考の支離滅裂さ、というよりむしろ思考の落ち着きのなさにおどろかされ、願望の非理論性や混乱におどろかされる
    いやらしい狎れなれしさにも嫌悪に感じていた(同じくつかみどころのない不気味な存在感で私も苦手)


    中巻まとめ
    ゾシマ長老の棺から腐敗臭がすることによる騒ぎ、ここで起こる人々の深層心理
    あれほど神聖な人間にこのようなことが起きると人はどうなるのか
    人の心の奥底の醜い部分を上手に引き出し描いている
    こういう人間の深い心情を描くのがドストエフスキーの唸らせるところである
    また逆に人は悪いところばかりじゃない
    悪いなりに良くもなるし、悪い中にも良い心がある
    ドミートリイやグルーシェニカに見え隠れする部分がそれだ
    全てが善、全てが悪なんていうのはない
    そんな人の複雑で奥深い心情をいつも見事に描いてくれる

    下巻はどういう展開となり物語は完結するのだろうか…
    ドキドキワクワク…

  • 上巻はこちら
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102010106#comment

    【大雑把な粗筋】※登場人物の生死に関わる内容も書いていますので未読の方はご注意ください。

    イワンお兄ちゃんは、異母弟かもしれない召使いのスメルジャコフくんから「明日辺りに大変な事件が起こるかもしれませんねえ、例えばミーチャさんがフュードル旦那様を襲いに来るとか?」とか言われるが、敢えてそれを無視してモスクワに旅立ったんだ。
    その後はスメルジャコフくんが仄めかした通りに事が運んで行くではないか。このまま事件が起きるのか?!…と読者がドキドキしたところで、話がガラッと変わった。

    アリョーシャくんは死の床にあるゾシマ長老の元に駆けつける。ゾシマ長老は自らの半生を語り、彼を愛する者たちと語らい合った。
    でもゾシマ長老が亡くなった後、アリョーシャくんをひどく傷付ける出来事があった。信仰に揺らぎが出たアリョーシャくんは、ほとんどやけっぱちでグルーシェ二カちゃんの家を訪ねる。
    以前からグルーシェ二カちゃんは純粋なアリョーシャくんを誘惑しようとしているって噂だった。でもグルーシェニカちゃんもこの時重要な決断に迫られていた。かつて自分を誘惑して捨てた元カレから復縁連絡が来ていたのだ。
    そんな迷いの状態にあったアリョーシャくんとグルーシェンカちゃんの初対面は思いの外うまくいった。お互いの誠実さを感じ、お互いを尊敬し、それぞれがその時持っていた迷いへの道を決めることができた。

    そのころミーチャお兄ちゃんは、焦りに焦って焦りまくっていた。
    カテリーナさんとの婚約破棄するためには、自分が使い込んだ彼女の三千ルーブルを返さないといけない!と思い込んでいたんだ(←いや、思い込むも何も、返そうよ)。でも今無一文!どこからかお金を入手しないと!あっちこっち駆け回る、飛び回る、もう判断がおかしくなってる。
    それと同時に心配事も増すばかり。もしもフョードル親父がグルーシェンカちゃんと結婚なんてことになったらどうしよう?!確かめるためにフョードルお父ちゃんの家に忍び込んだ。にっくい親父の顔を見た。そしてうっかり召使いのグレゴーリイさんと鉢合わせになり、怪我を負わせてしまった。


    次にミーチャお兄ちゃんが人々の前に現れた時には、血にまみれた手に大金を握っていた。さっきまでは「カネがない!このままでは破滅だ!」と言っていたミーチャお兄ちゃんは、グルーシェニカちゃんへの焦燥感や、グレゴーリイさんを殺してしまったかもしれないという罪悪感で躁状態になり、カテリーナさんに返すわけでもなくその大金をバラ撒きそのままのテンションでグルーシェ二カちゃんを追いかけて行った。
    グルーシェンカちゃんに追いついたミーチャお兄ちゃんは、「グルーシェニカが元カレを選ぶんならおれは身を引くぜ」と宣言し、その姿はついにグルーシェニカちゃんの心を捉えた。
    え、求愛にOKが出た?突然の希望、突然の絶望、何が何だか分からない、未来はないが今はある。ミーチャお兄ちゃんはさらに馬鹿騒ぎ、大騒ぎ、血まみれの手で大金をばらまく。

    そんなミーチャお兄ちゃんの元に、官吏、予審調査官、警官たちが現れて告げる。
    「あなたをご尊父フョードル・パーヴロウィチ・カラマーゾフ殺害事件の容疑者として尋問いたします」
    え?ミーチャお兄ちゃんは不思議に思う。フョードル親父がどうしたって?おれがヤッちまったかもしれないのは、グレゴーリイじいさんだぜ?


    【ロシア人名を覚えるための自己流三原則】
    ①個人名(洗礼名)+父称+名字
     フョードルお父ちゃんの息子たちの父称は、フョードルの息子という意味の「フョードロウィチ」。
    ②愛称や名前の縮小がある。
     アレクセイ⇒アリョーシャ、リョーシェンカ、など。
    ③名前も名字も、男性名と女性名がある。
     男性名だとアレクサンダー、女性名だとアレクサンドラになる。
     男性姓だとカレーニン、女性姓だとカレーニナになる。
     母はスメルジャーシチャヤで、息子はスメルジャコフになる。


    一人の人間に対していろいろな呼びかけが出てきますが、お互いの立場や親しさにより変わります。
     ●愛称によりお互いの立場や親しさが分かるようです:
     アレクセイ⇒アリョーシャ(一般的な愛称)、リョーシェチカ(ミーチャお兄ちゃんが呼んでいたので、目下を可愛がる?)、アリョーシカ(卑称的な愛称らしい)、アリョーシェチカ(グルーシェニカちゃんが呼ぶので甘ったれたニュアンス?)
     ●名前+父称は畏まった呼び方⇒カテリーナ・イワーノヴナ(彼女は名字が不明です)
     ●名字は一般的な呼び方⇒カラマーゾフ


    【人物紹介と、もうちょっと詳しいお話】
    ❐フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ
    カラマーゾフのお父ちゃん。俗物的な田舎地主。長男のミーチャとは、お金と女性とのことで争っている。
    この中巻の後半で、撲殺されたことが語られる。

    ❐ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(愛称ミーチャ)
     フョードルお父ちゃんの長男。
    愛称:ミーチャ(一般的な愛称)、ミーチカ(フュードルお父ちゃんの呼び方)、ミーチュニカ(イワンお兄ちゃん、グルーシェ二カちゃんの呼び方)
    「カラマーゾフの兄弟」中巻の「第八編」は、「ミーチャ」という題名で、彼の性質と行動が書かれる。
    もともと自分には、引き継ぐべき莫大な財産があると思って育っていたミーチャお兄ちゃんは後先考えずにどんちゃん騒ぎをやらかすという生活を送っていた。しかし子供のように無邪気で純粋で(要するにお坊ちゃま)、地元のお百姓からは「そりゃ、確かに旦那は怒りっぽいけれど、その正直さに免じて神様が赦してくださいますとも」と言われるくらいには親しみを持たれている。


    判事や警官たちからフョードルお父ちゃんの殺人容疑者として尋問されるが、余計なことばっかり言って肝心なことは言わずに、最悪の証言を繰り広げる。
    証拠も状況もミーチャお兄ちゃんに不利なことばかりで正式に連行されることになった。それに対してのミーチャお兄ちゃんは、「自分のような支離滅裂な人間には、運命の一撃が必要だった。僕は刑を受け入れます。しかしそれはフョードル親父を殺したいと思ったからであり、実際に殺したからではありません」と言う。

    ❐イワン・フョードロウィチ・カラマーゾフ(愛称:ワーネチカ)
     フョードルお父ちゃんの次男。
    中巻の冒頭は、イワンお兄ちゃんが異母弟かもしれない召使いのスメルジャコフくんに苛立っている場面から始まる。スメルジャコフくんはから不吉な予言をされるが敢えてそれを無視してモスクワに旅立っていった。

    ❐アレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ(愛称:アリョーシャ)
     フョードルお父ちゃんの三男。
    愛称:アリョーシャ(一般的な愛称)、リョーシェチカ(ミーチャお兄ちゃんの呼び方)、アリョーシカ(卑称的な愛称らしい)、アリョーシェチカ(グルーシェニカちゃんが呼ぶので甘ったれたニュアンス?)
    ロシア正教会のゾシマ長老を尊敬して修道者見習いとなっている。だがゾシマ長老が亡くなり、アリョーシャくんの信仰心を揺るがす事が起きた。
    しかしグルーシェニカちゃんとの出会いや、自分でも考えを深めたことにより、改めて自分の信仰を築く。そして現世での経験を積むために修道院を出るのだった。

    ❐スメルジャコフ(本名パーヴェル・フョードロウィチ・スメルジャコフ)
     カラマーゾフ家の召使い。フョードルお父ちゃんの私生児だと言われている。
    思考は落ち着かず支離滅裂で、わざとらしい癲癇持ちだし、意味ありげなことを仄めかしてくるし、裏で人と人との関係をグチャグチャにしているし、とにかくこんな人がいたら不安で嫌な気持ちになるような男。
    後半でフョードルお父ちゃん殺人容疑で尋問されたミーチャお兄ちゃんは、「たしかにスメルジャコフにも実行できただろうが、あいつは卑しい根性の腑抜け野郎で頭も弱い。殺人なんてとてもできない」と断言する。相当馬鹿にされているが、本当に馬鹿なのか、なんか裏工作しているのかは不明。

    ❐カテリーナ・イワーノヴナ(愛称:カーチェニカ、カーチカ)
     ミーチャお兄ちゃんの婚約者の美人で気位の高いお嬢さん。

    ❐グルーシェニカ(アグラフェーナ・アレクサンドロエヴナ。気取って呼ぶとアグリッピーナになる)
     ミーチャお兄ちゃんとフョードル父ちゃんが取り合っている女の人。23歳。
    この中巻では、彼女の過去が語られる。
    グルーシェ二カちゃんは、5年前にポーランド人将校に誘惑されてついていったけれど、結局騙されて捨てられてしまった。老人の商人サムソーノフに拾われて、この5年間で美しく賢く一人で生きる知恵も財産も身につけた。世間からは金持ち老人の愛人だとか、他にも何人もの情人がいるとか言われているけれど、本当はもっと自分の欲望に正直に、でも着実に生きている…なかなかやるなグルーシェ二カちゃん。
    そんなグルーシェ二カちゃんのところに、元カレのポーランド人将校から復縁の手紙が来る。酷い男!でも彼のことはずっと気になっていた!腕に飛び込むべき?ひっぱたいてやるべき?こんなに美しく賢くなった自分を見せつけてやるべき?
    とりあえず逢い引き場所には行ったが、数年ぶりに会った彼にびっくりした。こんな男だっけ?私が惚れたのは、こんなズルくてダサくてセコくてエラソーなこの男だったの?
    そんなところにミーチャお兄ちゃんが息せき切って飛び込んできて、もしあなた達が幸せなら自分は身を引く、と、それだけを言いに来たから彼について行くと決めた。
    その後判事や警官が、フョードルお父ちゃんが殺されたことと、ミーチャお兄ちゃんが容疑者だと伝えに来たけれど、もしミーチャが罪を犯したなら自分が原因であり、だから自分は彼に寄り添うと告げるのだった。

    ❐グリゴーリイ・ワシーリエウィチ・クトゥゾフ、妻マルファ・イグナーチエヴナ
     カラマーゾフ家の召使い老夫婦で、フョードルお父ちゃんから見捨てられた三兄弟とスメルジャコフの育て親。
    フョードルお父ちゃんの屋敷から出てくるミーチャお兄ちゃんと遭遇して「ついに親を殺したか!」と確信する。

    ❐ジノーヴィイ・ゾシマ長老
     ロシア正教会の長老。人々に尊敬されている。中巻の前半は、死の床にあるゾシマ長老の半生が書かれている。

    ❐ホフラコワ夫人、娘のリーズ(リザベッタのフランス風愛称)
     お喋り好き世話焼きゴシップ好き上流階級のご婦人と、車椅子の娘さん。

    ❐商人サムソーノフ
     グルーシェンカちゃんを愛人にしている老人…だと思っていたら、グルーシェンカちゃんに商売を教えた保護者のような人だった。

    ❐ラキーチン(砕けて呼ぶとラキートカ。本名はミハイル・オーシポウィチ・ラキーチン)
     アリョーシャくんの友人なんだが、今回グルーシェンカちゃんからお金をもらってアリョーシャくんを彼女の元につれてゆく役割を請け負い、友達を売ったことを知られてしまった。

    ❐ムッシャローウィチ
     グルーシェニカちゃんを誘惑しながらもポイ捨てし、お金持ちの女性と結婚したポーランド人将校。妻とは離婚してお金がなくなったので、グルーシェニカがお金持ちになったと聞いてたかってくる。無一文なのに偉そう。不誠実なのに偉そう。

    ❐ピョートル・イリイチ・ペルホーチン
     若い官吏。ミーチャお兄ちゃんの尋常ではない様相を見て、なにか事件を予感する。このあとで出世するようだ。

    ❐ミーチャお兄ちゃんが逮捕された場に居合わせた人たち
    ・ビョートル・フォミーチ・カルガーノフ
     ミーチャお兄ちゃんの遠縁のミウーソフ氏が面倒を見ている学生。アリョーシャの友人。グルーシェンカちゃんとポーランド将校再会の場にいて、ミーチャお兄ちゃんの大騒ぎを最初は楽しんだけど嫌になってしまった。
    ミーチャお兄ちゃんが連行されるのを見て、彼が犯人だと確信し、その事実はカルガーノフくんを絶望させた。はたして人間はそんな罪を犯したあとも人間でいられるのだろうか?こんなひどいことが起こるこの世とは、生きることに値するのだろうか?
    ・マクシーモフ
     地主の老人
    ・トリフォン
     田舎宿屋の旦那。この宿屋でミーチャお兄ちゃんたちの騒動や逮捕が起きる。

    ❐ミーチャお兄ちゃんの尋問に来た人たち
     ・警察署長:ミハイル・マカーロウィチ・マカーロフ
     ・予審調査官:ニコライ・パルフェーノウィチ・ネリュードフ
     ・検事:イッポリート・キリーロウィチ
     ・医者:ワルヴィンスキー

    ❐わたし
    「カラマーゾフの兄弟」の語り手だが、いくつかの場面には居合わせたようだし、妙にカラマーゾフ事情に詳しいので、同じ村の住人なのだろうか?

    【ゾシマ長老のお話】
    中巻の序盤はゾシマ長老の半生と神について語られる。
    ジノーヴィイ・ゾシマ少年が8歳の時に、兄マルケルがなくなった。17歳だった。
    マルケル兄さんはそれまでは無感動無関心無神論者であったのだが、死が近づくとこの世の美しさを感じるようになった。全てに感謝して全てに奉仕したいと思い、それらをどうして愛してよいかわからない、それなら人間は愛し方がわからない罪深い存在でもよいだろう、そしてお互いを赦し会えるのだろうといい、身体は未だこの世に有りながら、心は天国にあるようだった。
    その後ゾシマ少年はすっかり俗物として育っていったが、ある出来事がきっかけで突然目の前が啓けた。
    人は全て対して罪がある。それを理解さえすれば楽園が生まれる。
    あらゆる者に自分の罪なき血を捧げたイエス・キリストがいなければ、人間は最後まで滅ぼし合うだろう。
    現実の傲慢や嫉妬や出世や美食を見る人々は、孤独になっている。それよりも、啓蒙と慈悲に喜びを見出すようになれば人は広い世界を識ることができるだろう。
    信仰を持つ者が自分だけになっても考えを広める努力をして、感謝をするのだ。大地に流した涙でいつか芽が吹くだろう。
    修道院に入る直前のゾシマ青年を訪ねた男がいた。誰も知らない自分自身の犯罪を告白すべきか?告白すると自分の妻子は苦しむだろう。しかし恐ろしい犯罪を隠している自分にはその妻子を愛する資格などあるのだろうか。
    ゾシマ青年は「告白するべきだ、最後に残るのは真実であり、今はお子さんと別れてもきっとわかってくれる」という。(このあたりちょっと「罪と罰」に似ている)
    この出来事もゾシマの信仰心を裏付けるのだった。

    【時代背景?】
    イワンお兄ちゃんは上巻で、スメルジャコフを「彼は先触れのようなもので、その考えが広まり洗練されてゆけば民衆が変わってゆく」とかそんな事を言っていた。
    ゾシマ長老は「ロシアの救いは民衆にかかっている。そしてロシア教会は民衆とともにあった」といいます。
    ロシアが皇帝から民衆の時代に移りつつあった時代なのかな。

    【蜘蛛の糸?!】
    グルーシェニカちゃんが語るお話に、芥川龍之介の蜘蛛の糸っぽい話があった。
    根性曲がりで意地悪女が死んで、火の池に落ちた。守護天使は彼女を救おうとして、彼女の生前のたった一つの善行「乞食に畑から葱を抜いて与えてやりました」を伝える。すると神様は「それでは火の池の彼女に、一本の葱を差し伸べてやりなさい。それにつかまって上がってこられれば、天国に入れてやりなさい」といった。
    …オチは蜘蛛の糸と同じです。

    「蜘蛛の糸」の元のお話は、アメリカ人宗教研究家が書いた仏教学の一作品だということ。
    仏教にもキリスト教にも、同じような話は伝わる、結局人間の根本は同じなのだなと思う。

    下巻に続きます。
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102010122#comment

  • 中巻を読み終えて、一番大好きでたまらないシーンがある。
    それは、アリョーシャが大地を抱きしめ、大地全体に接吻する。
    永遠に愛することを、そして、すべてに対してあらゆる人を赦し乞い願い祈る。

    師と慕っていたゾシマ長老が亡くなり、泣き嗚咽しながら大地にひれ伏す姿が美しく、しばらく印象に残っていた。

    か弱かった青年が立ち上がったときには、一生変わらぬ堅固な闘志となり、長老の言葉を胸に抱き、三日後には修道院を出た。
    人生の変り目時には、衝撃的な出来事とともに、誰かから力強く背中を押される体験が何かしらあるものなのだろうか。

  • 相変わらず病的に興奮する人々ばかりだ。ミーチャよ、頼むから落ち着け。冷静に供述しろ。何もかもが必要以上に大袈裟で芝居がかっているから、嘘にしか聞こえない。キリストの愛について延々と語られた前半と一変し、後半は遂に父親殺しが行われ、容疑者としてミーチャが拘束されたわけですが、もう騒ぐ騒ぐ。なんてうるさい男なんだ。すぐ感情的になって叫ぶし。途中、ペルホーチンという、この物語の登場人物の中では稀有な存在、即ち冷静な青年が出てきましたね。このくらいミーチャも冷静なら問題はなかったのに。ところでロシアにも芥川龍之介の「蜘蛛の糸」と似た話があるんですね。ロシアは蜘蛛の糸という詩的な物ではなく、葱でしたが。葱。なぜ葱をチョイスしたのだろう。手が臭くなりそうだ。芥川の作品でお釈迦様が垂らしたのが蜘蛛の糸ではなく葱だったら、あそこまでの名作にはならなかったかもしれませんな。

  • 中巻も長かったけど、読み始めたら一気に読み終えることができた。
    ってかついに一線を越えてしまったな~。中巻だとまだ誰が殺したかわからないけど、殺されるフラグは立っていたよね。それにしてもドミートリイがサムソーノフに言われて、セッターのところに相談に行くシーンがめちゃくちゃウケたんだけど、おれだけだろうか。このシーンだけは、ドミートリイばかだな~とか思いながら本当に笑ってしまった(笑)
    中巻は本当にドミートリイが主役って感じなくらいミーチャのインパクトが強い。(無駄に呼び方変えてみた笑)実際ミーチャのヒステリックな性格見てると人を殺しかねないよなって思う。セッターだって何も悪くないのに、ただ腹が立ってるというだけで殺されてもおかしくなかったし。
    中巻はあとグルーシェニカの変わりようがおもしろかった。フョードルもミーチャも捨てて、ポーランド人のところに行ったはずなのに、一夜のうちに180度考え方が変わる感じ(笑)何かレビュー書いてて、ジョジョでいうチョコラータが死んだあとのセッコを思い出した(笑)
    それにしてもカラマーゾフの兄弟読んでいると恋愛脳っておそろしいよね。もう恋愛によって一つの行動が決定されるみたいな。逆にイワンとアリョーシャはどれだけ冷静なんだと思わざるを得ない。けど、恋愛脳による行動というのは非常に人間的だなとも思う。世の中って大体そんな感じだしね。
    レビュー書きながらパラパラ中巻見ていたら、ゾシマ長老が亡くなったのを忘れていた。なんということだ。ミーチャのインパクトが強すぎたということにしておこう(笑)
    まぁ総じてカラマーゾフの兄弟はめっちゃおもろいよね。ドストエフスキーはやっぱりすごい!

  • ゾシマ長老の遺体から死臭で民衆どうこう、の部分は割と好き。下巻もそうだけどこの作品はけっこうゲスい描写が多く、今の心境としてはそれが心地よい。

  • どんどんおもしろくなってきました。
    しょうもないお兄さんがしょうもない事件に巻き込まれた
    怖い女だと思っていた女が急にものすごくかわいくなってきた


    上巻から続いた修道院や神の話の壮大さと、お兄ちゃんのゴタゴタの辺りの俗悪さの差がはんぱない

    グルーシェニカ!
    私はあなたの本来の純粋さに気づけて本当によかった

  • 死の床につくゾシマ神父の回想と垂訓が2部の最後を締めるが、少し長すぎて要点が絞り込めていない。ここでこの大長編を読むのをやめた人は多いと思う。(わたしは二人知っている。)アリョーシャが物語の前面に出てくるが、ドストエフスキー作品中最も人気のあるキャラだけあってやはり好ましい。(ただしわたしはソーニャの方が好きだ。) 天性の人徳と優しさを持ちながら、妙に現実的で、異教徒に対する偏狭さに狂信的なものを感じるときがあるところも魅力だ。
    信仰の揺らぎに直面した状態で“カナの婚礼”の説話を聞きながらアリョーシャが霊感を受ける場面はこの作品中で一番渾身の場面だと思う。
    ちなみに女性の美徳は男のアリョーシャに独占されているせいか、とんでもない性格の女性ばかりでてくる。悪女の筆頭のようなグルーシェニカだが、彼女が語る“ネギの話”はやはりいい話だ。彼女とドミートリイの乱痴気騒ぎの後、ドラマは法廷へと移る。 わたしはフョードルが気の毒だと思うが彼に同情する読者は少ないだろう。

  • 上巻よりさくさく読めた。
    そしてだんだん面白くなってきたとこ。
    ゾシマ長老の修道僧をなる道のり(若くして死んだ兄の死がきっかけ)や死後の俗人の証のような腐臭、スメルジャコフとイワンの庭先での意味深な会話(スメルジャコフの不気味な予言)
    そしてドミトリーの父親殺しの殺人容疑での逮捕。
    まるではめられたようにドミトリーには不利な証人ばかり。
    私的にはドミトリーは殺ってないと思う。
    直情的で乱暴者かもしれないけど、根はいいやつで嘘はつかないと思うから、じゃあ怪しいのはスメルジャコフ
    か。
    訳本だからしょうがないと思うけど、とにかくセリフがまわりくどい。意味が?のとこも。
    言ったすぐそばから否定したり肯定したり、でも名著だということはわかる。
    中巻に限っていえばドミトリーが主役だ。
    そしていよいよ下巻に。
    ドミトリーは状況証拠で犯人にされてしまうのか。


  •  善良であり卑劣でありっていう、一見矛盾に見えるものを両方持ってて、ミーチャなりに自分に誠実で信念を強く持って生きてるのが、憎めないところ。ある種高潔な心を持っているし、同時にどうしようもない人間でもある。これでフョードルを殺していたら、そんなのは幻想となって一気に崩れ去ってしまうけど。ドストエフスキーがどっちの方向性のことを伝えようとしているのかによるな。

     その人が罪を犯したかどうかを、先入観で決めつけてその人への態度を変えるのは、人間らしいけど浅ましいなと思った。

    ゾシマ長老が尽くイワンの思想へ反駁しているのがちょっと面白かった。
    アリョーシャの部分は、長老の死を受けてどういう方向性に変わってしまうのかと、気が気ではなかった。
    ミーチャの運命の残酷に関しては、それを引き寄せてしまう気性を持ってるから納得せざるを得ない。人間としては本当に愛すべき人だと思うけど、いつも吊り橋でグラグラしてるみたいな人だから。
    愛はすぐに移ろうもので、一つのきっかけだけで簡単に変わってしまうもの。

     最後のミーチャの恥辱の告白は結構共感できるし心に刺さった。本当に少しの行動の違いでも、その裏にある誠実さには深淵みたいな違いがあって、あるラインを超えてしまったら、嫌悪の塊に襲われるものだと思う。

     中巻は下巻への布石感がすごいから、物語の流れを忘れないうちに早く下巻を読もう。

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著者プロフィール

ロシアの小説家、思想家。トルストイやチェーホフとともに19世紀後半のロシア文学を代表する文豪。

「2008年 『罪と罰 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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