悪霊(上) (新潮文庫)

制作 : 江川 卓 
  • 新潮社
3.74
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本棚登録 : 1354
レビュー : 87
  • Amazon.co.jp ・本 (651ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010174

感想・レビュー・書評

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  • 「ニコライ・スタヴローギンは事実、部屋の中にはいっていた。彼はごく静かに部屋にはいってくると、一瞬戸口で立ちどまり、もの静かな眼差しで一座をみわたした。」

    やっと出てきたか、と言いたいけど、スタヴローギンの登場で物語は動き出す。

    ヒントは二つある。

    (ヒントその1)
    ミハイル・バフチンはドストエフスキー小説の特徴を、

    「自らの意思と声を持つ、自立的な存在としての登場人物を設定し、

    相違なる思想同士の、事件に満ちたポリフォニー(多声楽)のような対話が実現している。

    そのジャンルは民衆的な笑いの文芸、カーニバルにたどりつく。」と述べている。

    (ヒントその2)
    ドストエフスキーは世界中文学中もっとも偉大な小説としてセルヴァンテスの「ドン・キホーテ」を挙げ、理想としている。

    実際の事件をヒントに空想のつばさを広げる、まさに近松の浄瑠璃なのだ。おおいに笑えばいい、泣けばいい。

  • 20180507

    ドストエフスキーで残る作品を読む。
    人間が持つ暗い部分、葛藤、矛盾、絶望の深淵を覗ける作家。人間ではどうしようとならない状況において、神にすがるのか、何を解決の縁とするか、を意識して読みたい。

    自殺しない理由
    ①恐怖
    ②神

    神からの恐怖を乗り越えた人間は神となる
    →悪霊

  • 2011.10.18 上巻 開始
    2011.11.17 同 読了
    2011.11.18 下巻 開始
    2011.12.11 同 読了

  • ステパン先生(53)はなかなかの男前。かつては自由主義の学者として都会では名が通っていたが、今では完全に過去の人。ワルワーラ夫人邸住み込みの家庭教師(実際はたんなる居候)としてトランプ、飲酒にあけくれる毎日である。それでも本人曰く、自分は危険人物としていまだに当局にマークされ続けているということだが。
    ワルワーラ夫人は故スタヴローギン将軍の未亡人で資産家。馬づらで威圧感があるが、実際に家の中のことは言うに及ばず、身の回りの者たちの生活、結婚、財産にいたるまで、はたまた教会行事や市政も含めて、徹底的に口出しし自分の思い通りに事を運ばねば気が済まない女傑。
    この二人が20年の長きにわたって育んだのは果たして、同じ学究の徒としての友情か、それとも不器用ではあるが確かな愛情か? いやステパン先生の道化ぶり(本人はいたって真面目だが)とそれに対するワルワーラ夫人のあしらい方、あるいはステパン先生の度が過ぎた言動とそれにふさわしいワルワーラ夫人の叱責ぶりを見る限りにおいては正にこの二人、女主人と去勢された愛玩犬に他ならず、上等な何かが創出された気配など、微塵もない。

    地方都市にある広大なワルワーラ夫人邸で人知れず繰り返される、シュールな夫婦漫才のような二人のけったいな毎日は、どちらかが死ぬまで延々と続く筈であった。が、こんな地方都市にも、時代の急激な変化の波が押し寄せてくる。すなわち、農奴解放、社会主義思想、無神論、科学といったものだ。

    『悪霊(上巻)』では、この二人の周囲から次々と立ち上る不穏な空気を、不明な点は不明なまま描いていく。それらは以下の通り。
    1,発狂したとも噂される、ワルワーラ夫人の一人息子ニコライ・スタヴローギンが突然帰郷する。腹の底は見えないが、いきなり奇行に及んで周囲を驚かす。
    2,過去、ニコライと関係があったと怪しまれる女たちがざわつきだす。すなわち、リーザ、ダーリャ、マリアたち。
    3,ステパン先生の一人息子ピョートル・ステパノビッチ・ベルホーベンスキーも帰ってくる。人当たりはよいがこの男、腹の黒いのが透けて見えるばかりか、何かとんでもないことをたくらんでいそう。
    3,フィリッポフ館に巣食う革命家たちの動きが慌ただしくなってきている。シャートフ、キリーロフはそれぞれ独自に極端な思想をもっている。狂った障害者マリアとそのろくでなしの兄レビャートキンは常軌をいっした生活を送っている。
    4,懲役人フェージカとピョートルが接近している。にわかに犯罪のにおいが漂ってく。
    5,工場の労働者たちに対する不当な搾取が暴かれる。労働者たちの怒りが爆発しようとしている。
    6,新しい市長が就任してくる。その妻がワルワーラ夫人の地位を脅かそうとしている。

    ……これらたくさんの事例が、はっきりしたことは語られないまま秘密めかしてサワリだけ描かれるものだから、読者はとにかく辛抱強く、登場人物と出来事をメモしながらついて行くしかないのだ。長さもあってこの上巻は大変読みにくい。読者の忍耐力が試される本であった。

  • 皆さんの講評などで “上巻は退屈だ” と訊いていた。だけれど、それほど退屈とは思わなかった。「未成年」や「白痴」など、ドストエフスキーの長編のメリハリの無さには、慣れっこになっていたこともある。「内ゲバ」的な事件を素材とする内容から、読み始める前は、陰惨で暗い感じを想像していた。だが、上巻では、登場人物ののん気な印象もちらほらあり、むしろ滑稽な印象、狂騒曲のような雰囲気を感じた。
    上巻は、田舎の知識人であるステパン氏と、彼を長年にわたり家庭教師として雇い、いわばパトロンとして養ってきたワルワーラ夫人、この2人の関係と人物紹介からすべりだす。その後、その他の脇役らしき登場人物が、次々に登場。だらだらした歩みが続く。
    だが、以下の幾つかの部分は、一場の短編もののような面白みがある。「びっこのきちがい女」とされるマリヤ・レビャートキナの家を訪ねる場面もそのひとつだ(「私」とシャートフの訪問)。ちなみに、この女、少々奇矯なところはあるが、会話はそれなりに成り立っているようで、あまり気が違っているようには思えない。むしろ、純粋なおばかさんという感じもある。それこそ「白痴」なのか…。ところで、マリヤはトランプ占いをしていて、その札からは不吉な未来、死が暗示される。マリヤは、作品中、シャーマンや、預言者の役割も担っているのかも…。 

    そして、上巻の中盤あたりから、ステパン氏の息子であるピョートルが帰郷。以降ステパン氏が影をひそめ、ピョートルが展開軸になっていく。そして、同じ頃、ニコライ・スタヴローギンも帰郷(ワルワーラ夫人の息子)。冷たい刃のような異様な存在感を放つ。美貌で長身の青年で、ものごとに動じない冷静な精神をもつ。何を考えているかわからない男だ。スタヴローギンは前述のびっこの女マリヤとの結婚を宣言するなど、どういう思考をしているのか全くわからない。周囲の人々は、彼を恐れ、尊敬し、崇拝する者もいる。悪魔的なものを感じさせる。ドストエフスキーの作品のなかでも屈指の、ダークヒーローであると感じさせる。だらだらして冗長な展開のなかで、スタヴローギンが、緊張感を発生させている。

    その他、「私」とキリーロフの対話の場面も印象深い。いわばキリーロフの「自殺論」「無神論」で、ドストエフスキーが提示する独立した論考の感もある。キリーロフ曰く「なぜ人間があえて自殺しようとしないのか、その原因を研究している」。
    セミョ-ン聖者のいかがわしい感じも興味深い。在郷の有閑階級の面々もまた、たいした俗人ぞろいなのだが、彼ら一行がかの聖者のもとを大挙して訪問し、退屈しのぎのひやかしをする場面がある。この「から騒ぎな感じ」から、ふと、以前に観たミハルコフの映画「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」を思い起こした。この、軽佻浮薄な感じは、ロシア的なもののひとつなのかもしれない、と思う。

     さて、下巻はどうなるか。後半は物語がいよいよ動き始める、らしい。楽しみである。 

  • ステパン氏とワルワーラ夫人の関係がいいですね! 鼻っからステパン氏の滑稽な魅力に摑まれました。さてその息子たちがどう動くのか、という動向がなかなか見えなくてそこらへんは読み進むのに苦労しました。ステパン氏のところはぐんぐん読めるのだけど。若者たちが若いというだけで偉そうというか自意識過剰なのが鼻についてどうも。まあ若いからしかたないのだけど。

  • 村上春樹「騎士団長殺し」にドストエフスキーの悪霊の〇〇のような、との比喩があった。単身住まいで手元に本がないが、スタヴローギンのような、という文だったんだろう。
    兎も角、そんな切っ掛けで悪霊を読んでみる気になった。

    悪霊がどんな小説であるかは裏表紙にある。無神論革命思想に憑かれ破滅した青年たちを実在の事件を元に描いたと。冒頭には、プーシキンの悪霊に憑かれた姿を描く詩とルカの福音に描かれる悪霊に憑りつかれて湖に飛び込んでいく豚達の文が引用されている。

    最初の登場人物はステバン氏。歴史学者で活動家と紹介されるが、卑小な存在だったとあけすけなく綴られる。そして、彼のパトロン、ワルワーラ夫人。登場人物は多数あるが、第1部は殆どこの二人の物語。ドストエフスキーの悪い癖で意味なく唯々、長い。物語が何処に向かうのかまったく見当つかない。

    ワルワーラ夫人の子、ニコライ・スタヴローギンとステバン氏の子、ピョートル・ヴェルホーヴェンスキーの登場でやっと物語が前に進む。しかし、40年前の高校生の時分だったら「スイスでの他人の不始末」なんて持って回った云い方はピンと来なかったかも知れない。
    一旦、決着着いたと思った話が、次のシーンでどんでん返し。あれ、ミステリーだった?ネタバレに注意しよう。

    無政府主義の青年たちの心情の吐露が神についての問答となるのが日本人の自分には判りづらい。カソリックについての批判には納得するが、ロシア正教について無知だし、難しいなあと首を捻るばかり。

    最初、伝聞として語られていたニコライが小説の中で動き出すと、どう説明して良いか判らない。婚約や決闘。彼はまともに行動しているつもりなんだろうけれど、正直、理解しがたい人物として存在が重くなってくる。

    やっとの思いで、上巻を読み終えた。暫くしたら、ステバン氏のエピソードは何も頭に残っていないだろう。何のための長編だったかと云えば、疑問だらけ。ストリーテラーとしてドストエフスキーには根本的な問題があると思う。

  • 上巻は長―い登場人物紹介。
    といった感じか。

    不協和音のような崩れそうな人間関係。
    不安でモヤモヤしたまま上巻は終わる。

    まともな人間がいないように感じるのは私だけか?

  • 『白痴』が俗世に現れた天使が主人公ならこれは俗世に現れた悪魔が主人公なんだけど、その対極を本心から心理描写できるのが凄い著者だなぁと思う。神あるいはそれに近い、人間よりも偉大な概念が無くなった時代には善も悪の概念もない、そうだろうなぁと漠然と思った。

  • 俗人と自由思想の狂騒と見栄。愛すべき人物のいない上巻。カーニバル感はあるが。

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