罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

制作 : 工藤 精一郎 
  • 新潮社
3.78
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本棚登録 : 6232
レビュー : 471
  • Amazon.co.jp ・本 (585ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010211

作品紹介・あらすじ

鋭敏な頭脳をもつ貧しい大学生ラスコーリニコフは、一つの微細な罪悪は百の善行に償われるという理論のもとに、強欲非道な高利貸の老婆を殺害し、その財産を有効に転用しようと企てるが、偶然その場に来合せたその妹まで殺してしまう。この予期しなかった第二の殺人が、ラスコーリニコフの心に重くのしかかり、彼は罪の意識におびえるみじめな自分を発見しなければならなかった。

感想・レビュー・書評

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  • 「小学館世界名作全集」で読んだっきりとか、粗筋は知ってるけどでちゃんと読んだことないとか、自分の「死ぬまでに読まないとリスト」に載っている本が沢山あるのですが…そのなかの一つにやっと着手。

    ロシア文学を読む場合は、愛称と立場をある程度自分で予測してみてる。
    自己流ロシア名を覚える三原則。
     ①個人名+父称+苗字
     ②愛称や名前の縮小がある。ロジオン→ロージャ
     ③名前も苗字も、男性名と女性名がある。

    主人公一家。
     兄「ロジオン・ロマーヌイチ(ロマーンの息子)・ラスコーリニコフ(男性姓)」愛称ロージャ、
     妹「アヴドーチヤ・ロマーノヴナ(ロマーンの娘)・ラスコーリニコワ(女性姓)」、愛称ドゥーニャ
     母「プリーヘヤ・アレクサンドロブナ(アレクサンダーの娘)・ラスコーリニコワ(女性姓)」

    お互いの立場や年齢、関係性や親しさにより呼びかけが変わります。
     ロジオン・ロマーヌイチ→きちんとした呼びかけ
     ロージャ→愛称。親しい呼びかけ。
     ラスコーリニコフ→客観的な呼び方?作者は本文でこの名で書くことが多い。

    では登場人物も多いので、主人公一家以外の主要人物を書き出してみよう。

    マラメードフ一家
     セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ⇒飲んだくれ
     カテリーナ・イワーノヴナ・マルメラードワ⇒マルメラードフの妻。
     ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ (ソーニャ、ソーネチカ)⇒マルメラードフの娘。

    被害者姉妹
     アリョーナ・イワーノヴナ⇒高利貸しの老婆。
     リザヴェータ・イワーノヴナ⇒アリョーナの異母妹。

    警察関係
     ポルフィーリー・ペトローヴィチ⇒予審判事。

    友人知人など
     ドミートリィ・プロコーフィチ・ウラズミーヒン(通称ラズミーヒン)⇒ラスコーリニコフの大学時代の友人。

     アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ⇒ドゥーニャが家庭教師として務めていた家の主人。私は彼の名前が憶えづらく、「ビーフストロガノフさん」と密かに呼んでいる(笑)

     ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン⇒ドゥーニャの婚約者。

    よしこれでばっちり、さあ始めよう(笑)。


    貧しい元大学生ラスコーリニコフは高利貸しの老婆、アリョーナ・イワーノヴナへの殺人計画を胸に秘めています。

    ラスコーリニコフは「世の中には”凡人”と”非凡人”がいて、非凡人は自らの良心が法律を超えるのではないか」「殺人が発覚するのは犯人自らの行動のため。信念があれば発覚などしない」とかなんとかいう理論を持っています。
    貧乏のどん底でありながら変に誇り高く、不穏な心境いあるラスコーリニコフは、たまたま耳にした「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」「選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ」という討論を聴いたり、翌日の晩高利貸しのアリョーナは1人っきりになると知り、
    やはり高利貸しアリョーナを殺し溜め込んだ金品を善い行いに使うならその方が良いだろう、との考えが頭から離れません。

    そして翌日の晩。
    ラスコーリニコフは、アリョーナ・イワーノヴナを訪ね、彼女に向かい斧を振るいます。
    しかしたまたま早く帰ってきた義妹のリザヴェータも殺さざるを得なくなり、ラスコーリニコフの心は乱れます。

    独自の理論と良心を唱えた殺人を実行しながらも、ラスコーリニコフはこの殺人をもって「善行は犯罪に勝るんだから、高利貸しを殺して遺産を善行に使うことは善」という理論を進めようとはしません。奪った金を使うことも施すこともせず石の下にひっそり埋めます。
    そしてただ熱に浮かされ町をうろつき、知人と揉めて、さらには自分が犯人だと仄めかすかのような態度をとります。
    …読む前のイメージでは、毅然として殺人に向い、貧しいながらも自分ながらのプライドと論理は揺らがないかと思っていたのですが、実際読んでみたらかなり揺らぎまくりでした。

    さて、このころラスコーリニコフの妹のドゥーニャには縁談が持ち上がっています。
    ドゥーニャは、家政婦として勤めていた家の主人、アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフに言い寄られていたことで悪い噂を流されましたが、その誤解も解けて貞淑で賢い娘、として評価を挙げていたのです。

    そこに目を付けたのが、ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン。
    自分が貧しい身分から勤勉により地位向上してきたため、上流社会に参加しようとして、そのために貧しく評判がよく賢く、そして自分より立場が低い、一生自分に頭が当たらず自分を立てる娘と結婚しようとしたのです。
    …えーっといまでいう「モラハラ亭主」というか、封建社会の小説だとこういう人物はかなり多いな。。貧しい家の娘には断ったら一家ともに生きられないので、断るすべも無し。(しかしいまでも「うちの旦那がそのタイプ!」と答える奥さん衆は結構いるような気がするが(苦笑))

    ドゥーニャは、自分たちの母、プリーヘヤ・アレクサンドロブナと、共にラスコーリニコフを訪ねます。
    ラスコーリニコフには、学生仲間で同じく貧しいが面倒見のいいラズミーヒンをはじめとする友人知人がいて、彼らが集っているところに妹の求婚者、ルージンが現れます。
    ラスコーリニコフ達と、ルージンは、会ったとたんに激しく反発しあい、縁談は破断に向かいます。

    さて、街を彷徨うラスコーリニコフは、酔っぱらいのセミョーン・ザハールイチ・マルメラードフが馬車に轢かれて絶命する場所に居合わせます。
    このマルメラードフとは、ラスコーリニコフは殺人の前に出会っていたのです。
    貧困のどん底でも酒に負けて家族を顧みず、まだ若い娘のソーニャが娼婦になってまで家族を養おうとするその金さえも呑んでしまいます。
    マルメラードフの死に立ち合い、ソーニャとの邂逅により、彷徨っていたラスコーリニコフの精神は新たな光を見出したような状態に。

    …子供のころ「小学館世界名作全集」ではソーニャは「貧しい娘さん」だったが、元は「娼婦」…ってそりゃそうだよね。。
    この子供向けの名作全集で読んで覚えているのはソーニャの「あなたが汚した大地にキスを」で、道に跪くラスコーリニコフの挿絵。まあこの場面は後半だろう。

    さて、上巻終盤では、ラズミーヒンの遠縁である予審判事ポルフィーリー・ペトローヴィチと、ラスコーリニコフの心理戦第1弾。
    犯罪論、精神論を繰り広げて互いの手の内を探る二人。

    この殺人の顛末は、ラスコーリニコフの彷徨う精神の行き着く先は…

    ***
    とりあえずのまとめ。
    ラズミーヒンくん、そういうの鬱っていうんじゃないかい、とりあえず飯食って寝て働け!!とちょっと思った…。

    ペテルブルグの下級貧困者の生活は匂いたつ様相。
    自力ではどうにもならない生活を送るしかない人たちは、神への信心や自分の良心の在り方、お互いの支え合い(借金踏み倒し合い)などで、「御心のまま」に生きようとしています。

    ポルフィーリー・ペトローヴィチとの心理戦や、終盤に登場した思わせぶりな町人の存在は、面白いことが始まった!と続きへの期待が増しました。

  • 名著と呼ばれているため読んでみたが難しかった。それは登場人物の名前や関係性といったものがごちゃごちゃしていたからだと思う。
    後半からは割と話が進んできて面白くなってきた。下巻が楽しみ。

    • e-kakasiさん
      私も、登場人物の名前や相関関係が、複雑で、煩わしくなってしまいました。そんな時は、ネットでドストエフスキー「罪と罰」を検索すると、登場人物の...
      私も、登場人物の名前や相関関係が、複雑で、煩わしくなってしまいました。そんな時は、ネットでドストエフスキー「罪と罰」を検索すると、登場人物の名前を整理したものや、相関図を分かりやすく紹介しているページがあります。これを手元に置いて読み進めると、楽しくなりますよ。。
      2019/01/17
  • 今読んでも衝撃的な内容で、善悪の新しい見方を提示してくれる。まさに金字塔ですね。
    そして、登場人物が全員どこか欠けていて、愛おしかった。
    どんなダメ人間にも美点や愛せるところがあって、これもまた人間賛歌だなと思った。
    犯罪や善悪についてかなり深遠な議論してて、さすが名作文学。
    哲学的でキレキレの名台詞たちに痺れます。
    最後に救いがあるのも良いなあ。
    許すことの尊さについて考えさせられた。
    ラスコーリニコフの選民意識的な思想は、デスノートのキラに似てるとも思う。
    それにしてもロシアの名前って覚えづらい上に、呼び名が複数あるため、だいぶ混乱した。全員、名前を山田とかに変換したら読みやすくなるのでは?笑
    ドストエフスキー自身が投獄された経験があるためか、心に迫る切実さがあった。
    当時のロシアについても、もっと知りたいと思いました。

  • 今月の初め、古稀を目の前にしてドストエフスキーの傑作《 罪と罰 》を完読した。わたしにこのような意欲と集中力をいまだに授けていて下さる神に感謝したい。
    多くの人が知りながら、なかなか手のつけられない大部の小説で、文庫本にして1200頁程ある。《 罪と罰 》というとなにやら難解で哲学的な内容のとっつきにくい小説と思われているが、読み始めてみるとさにあらず何と流麗で読みやすいことかと驚かされる。今読んでもちっとも古くないし現代小説を読んでいるのと同じという感想を持たせる。

    物語の舞台は19世紀中ごろの古都サンクトペテルブルク。その夏の二週間程の間の出来事である。元大学生ラスコーリニコフは薄汚く天井の低い狭い屋根裏部屋に下宿していた。彼は頭脳明晰ではあるが鬱屈したニヒルな性格の持ち主である。貧窮していて質入れのため弊衣破帽のまま外出する。都とはいっても当時は悪臭漂う家々が連なりいかがわしい店もあった。彼がふと入った酒場で質入れして入手したなけなしの金で飲んでいると元官吏の男と出くわした。彼から後妻と三人の子供、それに家計を助けるため娼婦となっているソーニャの話を聞かされる。ここがその後の物語の展開にかかわる重要な場面となる。ラスコーリニコフはかねてから強欲で虫けら同然とみなす質屋の老婆を殺害することを企てていた。ちょうどいい計らい時が訪れたと断じ、彼は老婆とそして予期に反して居合せたその義妹を殺害してしまう。首尾よく逃げおうせたものの、それからは罪の意識といつか司直の手に落ちるのではないかと戦々恐々とする。いわば生き地獄の様な心理状態である。

    わたしは長々とストーリーを追うつもりはない。核心となる重要なポイントが掴めれば幸いであると思っている。

    ある夜更け、街角でくだんの元官吏、ソーニャの父が事故で死にそうになる場面に彼は偶然居合わせる。家に運ばれるが助からない。ラスコーリニコフは母が送金してくれた金を葬儀代にとすべて未亡人に与えてしまう。そういう優しい面も彼は持ち合わせているのだ。

    同じ頃、彼の母と妹が上京して投宿していた。ラスコーリニコフは殺人事件以来、精神病やみの様になっていた。それを彼の友人たちが懸命に支えた。それと妹と婚約していた卑劣な俗物弁護士の横柄さに婚約は解消された。

    またラスコーリニコフを老婆殺しと嫌疑をかける予審判事の三度にわたる追及は鬼気迫るものがある。その根拠としているのが彼が以前ものした論文でそれに予審判事はこだわる。ここがこの小説の核心部分となるのかもしれない。その論文の論旨は『一つの悪事は百の善行によって償われる』、つまり正義のためには凡人は殺しても構わないとした彼のある意味独創的ではあるが選民思想的な傲慢極まる論理に依拠する。

    これら何れの場面もいつ果てることもなく延々と叙述されるのである。これもこの小説の特徴の一つである。

    ここで一つ不満を述べさせてもらいたい。ソーニャがラスコーリニコフに所望されて聖書を読んで聞かせるところは感動的であるが、いわば彼にとって聖母マリアにも相当する彼女の描写がそれほど多くないことである。ラスコーリニコフが初めて罪を告白したのはソーニャへであり、彼に自首を促すなど重要な役目を果たしたのも彼女である。

    エピローグでシベリアに流刑されたラスコーリニコフについて行き身の回りの世話をするのは彼女である。互いに手を取り合って残る刑期を指折り数えて待つ彼らの姿は美しい

  • いつか読んでみたいと温めていたドストエフスキーの「罪と罰」.
    「選べれし人間であれば,多少の罪は許される」と信じるラスコーリニコフだが,実際に罪を犯すと良心の呵責に苛まれる.
    その葛藤の描き方が秀逸で,流石名著と言われるだけある.
    全体的に陰鬱な小説で気が重くなるので,最後の場面ではこちらが救われた気がした.

    ただ,登場人物の呼称が複数あったりとなかなか読み進めるのが大変.私は下記のサイトを見ながら読み進めた.あらすじはわかってしまうけど,わかった上で読み進める位がちょうどよい.初見だと理解するだけで放り投げてしまいそう.
    http://hohochie.com/11681/

  • ラスコーリニコフが…リザヴェータはまだ…
    ナスターシャは突っ立ったまま…
    『おい、アリョーナ・イワーノヴナ、鬼婆ぁ!
    リザヴェータ・イワーノヴナ、すてきなべっぴんさん!』

    読解力のなさに加え、カタカナは頭に入ってきにくく、殆ど理解出来なかった。

    話しの進み方も、自問自答したり哲学的であったりとおよそ私に馴染みがなかった事も要因。

    これはまた時が過ぎて読むべきかなと思った。
    http://profile.livedoor.com/book_dokushonikki/

  • 前半は非常に読みづらくページがなかなか進まない。その原因の一つとして、ロシア語らしき言い回しや、現代風でない日本語が気になるからである。(同一人物なのに3つくらい名前の呼び名があるとか、手をもみしだくとか)
    そのため、序盤の会話で投げ出したくなるような苦痛を味わう読者も多いはず。
    とはいえ、中盤以降その文体に慣れてくると、人物同士の会話をテンポ良く読めるようになる。また、主人公を取り巻く社会背景や彼の立場・成り立ちなども明確化してくるため、登場人物の発言や背景描写も少しずつ理解できるようになってくる。

    ここで重要なのが、この本自体19世紀末のロシアを舞台としており、その知識が無いと文体から受ける社会描写が、自分の中で具体的にイメージできない点である。
    これが原因で本書を楽しめない人もいるだろう。
    解決するには前知識として社会主義やマルクス哲学、ロシア史を学ぶなりするしかない。

    終盤近くになると、主人公の起伏の激しい感情の有様が、実際は彼の描く理想と現実との差に苦悩する若者の心理であるというのが徐々に分かってくる。

    それにしてもこの時代のロシア人は、お調子者あるいはヒステリックな人物が多いのだろうか。。。
    (あと、友人がやたら反社会主義かつ哲学的だというのは、どこの文学でも一緒なのか。三島由紀夫の金閣寺然り)

  • あの有名なドストエフスキーの罪と罰。

    ラスコーフニコフがアレをすることが罪であり、アレをしたあとの苦悩こそが罰である。愛しているはずの母と妹のことまで鬱陶しく感じてしまうほどの苦悩がリアルに描かれていました。でも時々出てくる≪≫の中の心の声のようなものが底はかとなく…エゴイストでした。

    ラスコーフニコフの犯罪者心理は読んでて深いなーっと思いました。
    ポルフィーリイとの心理戦がハラハラ面白かったです。

    正直、状況がどうなってるのか良くわからない場面が多々ありました。
    自分の読解力が足りないことは承知ですが、なかなか手強かったです。

    それと名前が非常にややこしい…
    名前が長いのもそうですが一人にいくつもの呼び方があるから慣れるまで誰が誰だか混乱しました。

    内容はとても面白いと感じたので下巻も楽しみです。

  • おもた…しかもどうしてこれが名作なのかわからない。下巻に期待。

  • ドストエフスキーの『罪と罰』にはじめて出会ったのは高校1年生の時だから今からもう25年も前のことになる。特にロシア文学に興味を持っていたわけでもなく、ドストエフスキーを読みたいと思っていたわけでもない。母が学生の頃に学校で指定された本を読んで読書感想文を書かなければならず、その時に指定された本がこの『罪と罰』だったらしい。曰く、「何を言ってるのかさっぱりだった。面白いか面白くないかも判断できないうちに投げ捨てた」と聞いていた。“難しい”と言われると「読んでみようかな」と思ってしまう天邪鬼なところがある。それがきっかけで上巻をさっそく購入し読んでみた。「なるほど。何を言ってるのかさっぱり分からん」となって50ページほど頑張って読み進めたところで投げ出してしまった。この本を難解にさせている理由のひとつには登場人物が誰が誰なのか分かりづらいという問題がいちばんかも知れない。例えば主人公の元学生ラスコーリニコフは愛称でロージャと呼ばれたり、かしこまってロジオン・ロマーヌイチと呼ばれたり、彼の妹のドゥーニャはドゥーネチカになったりアウドーチヤ・ロマーノヴナと呼ばれたり・・・最初のうちはわけがわからなくなって何度投げ出したことか。それでも歳を重ねながら何年もかけて少しづつ読み進めてきた。それに比例するようにロシア語、ロシアの文化や世界史、宗教、哲学といったことに関する知識も少しづつ蓄積させながら、今回で7回目の読了。1回目よりは2回目、さらに3回目と回を重ねるたびにこの作品に対する理解は深まってきたように思う。そして、この作品の世界観や登場する人物(特に主人公ラスコーリニコフ)に感情移入しやすくなってきている気がする。今回読んでいる間はずっと重苦しく陰鬱な気分とその反対の高揚感の間を行ったりきたりするような感覚に襲われていたので正直疲れた。しかし、物語はまだやっと半分。“罪と罰”の意味が少しづつ明らかにされつつあるような気配が見えてきたかなという辺りに差し掛かったに過ぎない。またしばらくはこの陰鬱で不安定な空気に巻きこまれながら『罪と罰』を味わう日々を送ることになりそうだ。

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