罪と罰 下 (新潮文庫 ト-1-19 新潮文庫)

Kindle版

β運用中です。
もし違うアイテムのリンクの場合はヘルプセンターへお問い合わせください

  • 新潮社 (1987年6月9日発売)
3.89
  • (781)
  • (628)
  • (849)
  • (68)
  • (18)
本棚登録 : 9488
感想 : 507
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (608ページ) / ISBN・EAN: 9784102010228

みんなの感想まとめ

人間の内面と社会の矛盾を深く掘り下げた作品は、主人公ラスコーリニコフの罪とその贖罪の過程を通じて、読者に強烈な印象を与えます。彼が抱える罪の意識や、周囲の人々との関わりを描くことで、物語は単なる犯罪小...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ドストエフスキー著「罪と罰」
    ロシア文学だけでなく世界的にも5指に入るだろうという有名な作品。
    一番最初に読んだ時はまだ中学生の時で担任であり部活動の顧問でもある先生に読まされた。自分の人生で一番最初に読んだ外国人作家さんであり、思い出の詰まっている作品でもある。

    今にして思えば何故あの先生が自分にこの作品を薦めてきたかが理解できる。多分自分の言動行動への意識付けをさせる為、植え付けさせる為だったのではないだろうか?
    当時の自分は学校という集団の中で協調性が著しく乏しく、何事にも反発していた。簡単にいえば荒れていた。度がすぎる事も多々あり、その都度反省と後悔をしていたが繰り返す事によりその行為にも慣れが生じどんどん加速していった。他人や大人から見れば幼い利己的価値観全開の子供でしかなかっただろうと思うし、実際にそれだけだった。

    その当時この「罪と罰」を読んだというか読まされた時は何も感じなく、長い作品でダラダラと上下巻合わせて900頁を読むのが苦痛でしかなかった。「なんて罰だ」と冗談交じりに周りにもらし、ただ眺める様に読み飛ばした記憶しかない。

    それから数十年経ち30歳位でこの作品をしっかりと読んだ時には当然違う見え方がしていた。
    己の過信から招く罪の罪深さとみっともなさ。その罪自身をはぐらかしてみたり、言い訳の様に回りに言いふらしたり、自身の正当性というマウントを取ったり、そのものから逃げたり。そのくだらない自己防衛のような行動の裏で罪の意識は常に残り罪を犯したという意識からは逃げられやしない。
    流石に殺人やら窃盗やらの大それた犯罪を犯すことはなかったが、嘘や偽りといったくだらない幾つもがいくらでも罪として犯している様に思えた。その犯した罪に対して罪の意識がついてきてるのか?といえばそもそもそこに罪の意識が無かったといえる。
    この作品を読み人間は簡単に罪を犯すという教訓を学ぶと同時にそこに意識を結び付けないといけないと意識する様になった。
    そしてもし罪を犯したならば真正面から向き合いある意味で堂々としっかりと自分の非を受け入れないといけない。自分に正直になることで自分の心が閉じて蝕まれる前に認める事で解放せねばならない。タイミングを失って深みにはまる前に、自意識がしっかりとしているうちにしっかりと対処すべき事なのだと思う。
    また罪を覆い隠す様に更にまた罪を重ねる罪のループほど非人道的に思えるし格好悪い人間の立ち振舞いにも思える。しっかりと非を認め反省する事こそが人としての道義であるだろうし、自分自身をしっかりと保つ為にも気付いた時には真っ先に非を認めるべきだ。

    きっとあの先生はこの事を自分に教えたかったのだろうと、振り返るとそうとしか思えない。
    そしてこの奥深く難しい「罪と罰」という作品を先生が中学生の自分に読ませる事で、その時は分からなくてもいずれ大人になった時に気付きを与える為に長い年月をかけた課題としてくれた、今後の人生と時間をかけた宿題を課せたのかな?と今では感じられる。年を重ねてやっと入り口が見えてきたという感覚だが。

    この「罪と罰」という作品に関しては一般的には大衆古典文学なのだろうが、自分にとってはある意味で自分の成長の証がつまっている作品でもあり、自己啓発的な哲学書に近い感覚をも持っている。
    いつの日か自分も「この本を読んでみろよ」と、あの日の先生みたいにかつての自分のような誰かにこの作品を薦める日が来るかもしれない。
    その時がもしきたら自分もまた新たな成長の証をこの作品に新たに重ねる事がきっとできると思う。
    もしかしたらあの先生も若い頃誰かにそう薦められた経験があり、巡り巡って自分に巡ってきたのかもしれない。そうであればこの作品は時代も国も超えて、遠く離れた日本で密かに脈々と受け継がれている作品なのかもしれないと思っている。

  • 『下』でこんなに物語に引き込まれるとは思っていなかった。
    長ゼリフとロシア人名を脳が受け入れ出したのか、不思議とすんなり頭に入ってくるようになった。
    どんどん面白くなってきて、Audibleのペースではもどかしくなり、途中からは本だけで一気に読み進めた。
    やっぱり文字で見た方が断然わかりやすい。
    そして3段組はページをめくる回数が減るので意外と楽、という発見もあった。

    濃密な苦悩を描く心理描写に夢中になった。
    ​何の悩みもなかった若い頃に読んでも、きっと当時の私にはこの苦悩は全く理解できなかったと思う。
    年を取って自分も色々な経験をしてきた今だったからこそ、登場人物たちの苦悩にそれぞれ共感できるところがあった。
    ずっと手が伸びなかったのに、急に読みたくなった今が、自分にとっての読み時だったんだと思う。

    大好きなコロンボのモデルになったポルフィーリとのやり取りも面白かった。
    「へっへ!」とヘラヘラ笑って、何を考えているかわからない態度は、考えすぎてしまう主人公にとって1番不気味で怖い存在だったと思う。
    あと、『刑事コロンボ』の初回『殺人処方箋』でのとあるシーンを彷彿させるところがあって、コロンボ生みの親のレヴィンソン&リンクのこの作品への強いリスペクトも感じた。
    つくづく160年も前に、読者を物語にぐっと引き込む術が完成されていたことに驚いた。
    現代ミステリーの原点に触れたようだった。

    それから、金や地位で人を支配しようとする浅ましい嫌な奴が、ドストエフスキーの手によって容赦なく暴かれていてスッキリした。

    この本の最後の見返しページに、当時学生だった父が押した名前のハンコが残されていた。
    その頃ラーメンが一杯50円だったというので、学生に450円は高価だったと思う。
    外箱はかなり色褪せて茶色く変色してるけど、本自体はとても綺麗だった。
    この本を当時から父がどれほど大切にしていたか、時間を越えてその思いが伝わってきた。
    若かりし日の父の思いも同時に感じることができて、​本を「形」として残す良さを改めて感じた。

    次は『カラマーゾフの兄弟』に進もうかな。
    本+たまにAudibleにて。


    ※ここからはネタバレありの感想です。
    ──────────────────

    ​主人公のラスコーリニコフは「自分は選ばれし非凡人だ」と理屈を並べて、犯行を全く反省していない。
    でも、いざお金を奪っても一銭も使うことができない。
    心の中の罪悪感と、頭で考えている理屈とのちぐはぐさに、人間くさいリアルさを感じる。
    何度自問自答しても、このちぐはぐさは自分だけでは解決することができなかったんだろうな。

    そこに現れるソーニャ。​
    「他人」を殺した主人公と、家族のために体を売り「自分の心」を殺したソーニャ。
    「殺人」と「自己犠牲」は全く違うんだけど、私には「殺した」という同じ痛みを抱える二人がお互いの鏡のように感じているように思えた。

    彼に罪を認めさせたのは、彼女だった。
    母や妹にも無償の愛と献身はあったけど、彼に心を開かせることはできなかった。
    その違いは、ソーニャ自身も彼と同じ痛みを抱えていたからだと思う。
    彼女はただ隣にいて共に苦しんだ。同じ地獄を見た者同士だから、彼の頑なな心を溶かすことができたのかもしれない。

    ソーニャも彼を救うためだけではなく、彼女自身が「自分の心を殺してしまったこと」への償いでもあったのではないかと思った。
    彼を支えることで、彼女もまた自分自身の魂を救おうとしていたように自分には感じた。
    だからこそ、お互いを必要としていたのかもしれない。

    物語の幕が閉じる時、小さい頃からこの本に抱いてきたイメージとは全く違っていて、その光が心に残った。

    ───────────────────

    ちなみに、ずっと捨てられずに私の本棚の殆どを占拠してるのは、高校時代にハマった100冊以上の『美味しんぼ』です^_^

  • 【読もうと思ったキッカケ】
    WEBで『死ぬまでに読むべき小説』でランキング1位だった為。

    【読後の感想】
    読んでる途中で感じていた、ネガティブな感情はほぼなくなり、思った以上に前向きな気分になれたことが、意外であり嬉しい誤算だった。

    初のロシア文学であり、初のドストエフスキー作品であったので、なにせ登場人物の名前を覚えるのが思いのほか手こずった。また会話文で相手の名前を呼ぶとき、基本的に毎回フルネームで呼ぶことも新鮮な驚きだった。

    【なぜここまで世界中から評価されてるのか理由考察】
    巻末の解説にもあったが、複合的な要素を持つ作品(推理・社会風俗画的・恋愛・思想)が各々のかなり高いレベルの内容であること。また今まで読んできた作品との最も大きな違いは、登場人物の心理描写が、かなり緻密で詳細に描かれていることと、その心情に共感できる部分も多かった。(共感できないところもあったけどね)

    ただ、私が最も大切にしている、読後感に前向な気持ちになれたのがかなり評価ポイント。

    かなりの長編作品のため、一回の読了では、まだまだ作者の伝えたかったことを読み取れていないので、再読必須の作品だなと感じた。

    日本人作者で言うと、緻密な心理描写が特徴の恩田陸氏の作品が好きな方は合うかもです。(合わなかったら申し訳ございません。)

    次のドストエフスキー作品はカラマーゾフの兄弟を読もうと思う。

  • 第4章
    主人公の妹の婚約破断。友人に母と妹を託す。
    それぞれに別れを告げ、判事との再対決に向かう。
    第5章
    主人公の恋人の母親の狂乱。妹の元雇い主の策略。
    追い詰められ、自首を考える。
    第6章
    最後の判事との頭脳戦。未来のため自首をすすめる。で、シベリア流刑となり、恋人の献身により、ようやく罪を償う気持となる。

    空想的な非凡人の罪の許容という思想から、殺人を犯すが、偶然居合わせた殺すべきでない人間をも殺したことで、罪に綻びがでる。優秀な判事との対決や自暴自棄の告白から発覚を恐れ、精神を崩していく。彼を信じて支えようとする家族・友人。
    遂に、自首をするが、その時点では、主人公は虚栄心も自尊心も捨てきれていない。
    シベリア流刑が決まり、恋人は近くに来て、献身的に彼を支える。彼女の信仰心、無償の精神に徐々に、罪と向き合う。
    第4章は、半狂乱となった女性を中心に当時の社会風俗の描写が多い。
    また、キリスト教の教え「ラザロの復活」が重要なテーマとなり、無償のの愛の在り方を説いている。
    メインは主人公の罪と罰。そして、当時の社会風刺。主人公と恋人、妹と友人の恋愛。
    何かに、演劇として読むとわかりやすいと書いてあった。なるほどって思う。


    • ともちんさん
      ドストエフスキー……罪と罰
      読んでみたい気持ちもあるのですが…
      難しくて敬遠していました(ㅎ.ㅎ )

      おびのりさんのレビュー✨
      わかりやす...
      ドストエフスキー……罪と罰
      読んでみたい気持ちもあるのですが…
      難しくて敬遠していました(ㅎ.ㅎ )

      おびのりさんのレビュー✨
      わかりやすくて…
      チャレンジしてみたくなります ( •̀ •́ )୨⚑︎゛
      2025/11/03
    • おびのりさん
      ともちん
      今日もありがとう

      翻訳物は、ほんと読み取るのが苦手なので
      これなんか覚書ですよねー
      感想を持つ前に終わっちゃう
      だから、古典系の...
      ともちん
      今日もありがとう

      翻訳物は、ほんと読み取るのが苦手なので
      これなんか覚書ですよねー
      感想を持つ前に終わっちゃう
      だから、古典系の有名な作品しか読んでないんですよ
      それでも読むものいっぱいあるし╰(*´︶`*)╯♡
      2025/11/03
  • 金貸しの老女を殺害した主人公(ラスコーリニコフ)がどんどん追い詰められていく描き方は、真に迫るものがありました。登場人物の人格が彷彿とするセリフの数々。どきっとさせられるものが多かったです。主人公以外の人物の描き方も抜群でした。

    「罪を犯す権利」があると信じ続けるラスコーリニコフ。しかし、自分のことはさておき、他の人を思う気持ちも合わせ持っている。そんな複雑な精神のせめぎ合いから、永久に解放されないのではないか。ラスコーリニコフのことを思いやる周囲の人物の動揺も感じ取れるので、いたたまれない気持ちになりました。第1部から第6部まで、暗いトンネルの中にいるようでした。

    第6部までとは真逆な雰囲気で、たんたんと静かに記されているエピローグ。ラスコーリニコフと娼婦ソーニャの姿に救われました。

    推理の部分はテンポよく、場面によってはクレッシェンドがかかっているように進み、エピローグは、デクレッシェンドで静かに余韻を残して終わる。大交響曲のような本作品は、小説という名の芸術でした。

    人間の心のうちにある善と悪を描き、読者に真の生き方とは何かを問う内容は、読後も心に深く残っています。

    ドストエフスキーは、偉大なる作家だとあらためて思いました。翻訳者の方のおかげで読むことができ、感動です。(★印5つでは足りず、流星群のよう!)他の作品も読んでみようと思います。

    • くにちゃんさん
      コメント、ありがとうございます
      今まで、タイトルと顔写真を見て“これは、難しい”と思って敬遠していました
      こんな小説書けるの、カッコいい!で...
      コメント、ありがとうございます
      今まで、タイトルと顔写真を見て“これは、難しい”と思って敬遠していました
      こんな小説書けるの、カッコいい!ですね^_^
      自分自身を、かなり深掘りしないと書けないですね
      2025/07/29
    • koba-bookさん
      くにちゃんさん、ものすごい読書の快楽覚醒な感じですね!罪と罰、本当に面白いですよね。読みやすいという意味でも。あとはいつか、「カラマーゾフ」...
      くにちゃんさん、ものすごい読書の快楽覚醒な感じですね!罪と罰、本当に面白いですよね。読みやすいという意味でも。あとはいつか、「カラマーゾフ」をぜひ〜。「カラマーゾフ」とトルストイの「戦争と平和」は、読み応えとエンタメ感、すごいとおもいます!
      2025/08/01
    • くにちゃんさん

      koba-book2011さん、コメントありがとうございます
      今まで、人との出会いで自分自身の変革がありましたが、読書も本の選択領域を広げ...

      koba-book2011さん、コメントありがとうございます
      今まで、人との出会いで自分自身の変革がありましたが、読書も本の選択領域を広げることで覚醒されるのですね
      人との出逢い、本との出逢い、どちらも大切でそこで、自分自身が何を考え学び得ることができるかなんだなあとあらためて感じています
      『カラマーゾフの兄弟』『戦争と平和』今年、読む予定で、読了後koba-book2011さんのレビューを読むこと、楽しみにしています! 他の方の考え方を知ることができること有難いです


      2025/08/02
  • 名前のややこしさを乗り切れば
    本書は楽しめます。

    「カラマーゾフの兄弟」も名前に
    苦労したよ。

  • 下巻。
    上巻はこちら。
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102010211

    上巻にもメモした登場人物一覧。
    まずはロシア名を覚える三原則、ただし自己流(笑)。
     ①個人名+父称+苗字
     ②愛称や名前の縮小がある。ロジオン→ロージャ
     ③名前も苗字も、男性名と女性名がある。

    主人公一家。
     兄「ロジオン・ロマーヌイチ(ロマーンの息子)・ラスコーリニコフ(男性姓)」愛称ロージャ
     妹「アヴドーチヤ・ロマーノヴナ(ロマーンの娘)・ラスコーリニコワ(女性姓)」、愛称ドゥーニャ
     母「プリーヘヤ・アレクサンドロブナ(アレクサンダーの娘)・ラスコーリニコワ(女性姓)」

    お互いの立場や年齢、関係性や親しさにより呼びかけが変わります。
     ロジオン・ロマーヌイチ→きちんとした呼びかけ
     ロージャ→愛称。親しい呼びかけ。
     ラスコーリニコフ→客観的な呼び方?作者は本文でこの名で書くことが多い。

    他の登場人物。
    マラメードフ一家
     セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ⇒飲んだくれ
     カテリーナ・イワーノヴナ・マルメラードワ⇒マルメラードフの妻。
     ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ (ソーニャ、ソーネチカ)⇒マルメラードフの娘。

    被害者姉妹
     アリョーナ・イワーノヴナ⇒高利貸しの老婆。
     リザヴェータ・イワーノヴナ⇒アリョーナの異母妹。

    警察関係
     ポルフィーリー・ペトローヴィチ⇒予審判事。この名前表記は、名前と父称だけで、苗字は不明ですね。

    友人知人など
     ドミートリィ・プロコーフィチ・ウラズミーヒン(通称ラズミーヒン)⇒ラスコーリニコフの大学時代の友人。

     アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ⇒ドゥーニャが家庭教師として務めていた家の主人。私は彼の名前が憶えづらく、「ビーフストロガノフさん」と密かに呼んでいる(笑)

     ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン⇒ドゥーニャの婚約者。

    では後半も張り切って行ってみよ~~。


    上巻終盤で”謎の町人”としてラスコーリニコフの前に現れたのは、ドゥーニャが以前雇われていた屋敷の主人のスヴィドリガイロフ。
    彼はソーニャへ言い寄っていたが、自分の妻が死んだことによりラスコーリニコフ兄妹に近づいてくる。
    ソーニャの隣の部屋を借り、ラスコーリニコフ一家や、ソーニャの家族の状況を探り、ラスコーリニコフが高利貸し姉妹を殺したことを察し、自分が助けになるように思わせぶりなことを仄めかし…
    このビーフストロガノフさん…じゃなくてスヴィドリガイロフの目的がよく分からん行動は読んでいてなかなか楽しかった。
    格好つけてるが構ってほしいというか、鷹揚な振りしているがそのためには案外細々と動く人物ですね。
    スヴィドリガイロフ も自身の理論でぐいぐい進み、それを証明したがっていますが、ラスコーリニコフの周りにいたような家族や友達や支えの存在はいなく、誰もスヴィドリガイロフに「是」という人はいませんでした。
    こう思うとラスコーリニコフは本当に周りの人物に恵まれている。

    さて、ラスコーリニコフは、自分自身の理論を証明しようと殺人を実行したものの、彷徨っては倒れて自分の犯罪を仄めかす真似までしている。
    「自分がナポレオンだということを証明しようとしたが、これほど悩むということで自分はナポレオンでないということを証明してしまった」ということで。

    そのままの心理状況でポルフィーリー・ペトローヴィチとの心理合戦第2回戦へ突入。
    ポルフィーリー・ペトローヴィチは、ラスコーリニコフの発表された論文から考え方やら性質を読み取り、「たとえば何の証拠もないが、ある事件の犯人だと確信している人物がいるとします。彼の周りには網を張って、彼から警察に来させるように仕向けるのですよ」とかなんとか言って、ラスコーリニコフを牽制します。

    この後、ドゥーニャの婚約者ルージンがドゥーニャを手中に取り戻すためにソーニャとラスコーリニコフを陥れようとしたり、
    ソーニャの義母であるマルメラードワ夫人が苦労と貧困と病とで錯乱して子供たちを巻き込み往来で大騒ぎを起こして亡くなったり、
    ドゥーニャとラズミーヒンとが近づいたり…人間関係が動いています。

    心乱れたラスコーリニコフは、母のプリーヘヤ・アレクサンドロブナと妹のドゥーニャに別れを告げ、友人ラズミーヒンに殺人を仄めかし、ソーニャには殺人を告白し、そしてそれをスヴィドリガイロフに立ち聞きされ…。

    ソーニャは、家族のために娼婦になっていますが元々の性格は奥ゆかしく神様と家族に対して従順、ただただ人間の良心と神様への信仰を支えに生きています。
    ラスコーリニコフの殺人告白を聞いたソーニャは答えます。
    「あなたが汚した大地に接吻を。そして私は人殺しですと人々に告白してください、そうすれば神様がまたあなたに生命授けてくださいます」

    そしてラスコーリニコフとポルフィーリー・ペトローヴィチとの心理戦第3回戦。
    ボルフィーリー・ペトローヴィチは、ラスコーリニコフに自首を勧め、それとももし自殺するならその場合は…ということを示唆します。

    …大したもんだなあ、ボルフィーリー・ペトローヴィチ。普段もこんな捜査しているんだろうか。「ポルフィーリー・ペトローヴィチ予審判事の事件簿」とかいう短編集でもあったら読んでみたいわ。

    そうしてついに、ラスコーリニコフは警察へ行きます。
    「あれはぼくがあのとき官吏未亡人の老婆(※高利貸しのアリョーナ・イワーノヴナ)と妹のリザヴェータを斧で殺して、盗んだのです」

    ラスコーリニコフを疑っていたのはポルフィーリー・ペトローヴィチだけだったため、ラスコーリニコフのシベリア流罪は8年で済むことに(本来は20年くらいっぽい)。

    エピローグでは流刑先のシベリアに舞台が移ります。
    ソーニャはラスコーリニコフに着いてシベリアへ行き、ラスコーリニコフの母は亡くなり、妹のドゥーニャはラズミーヒンと結婚しラスコーリニコフを支えようとします。
    しかしラスコーリニコフはまだ心の平安を見出せません。
    なぜ自殺せず自首したのだろう、8年の刑期を終えた後新しい人生など送れるのか…
    しかしあることがきっかけで、ラスコーリニコフの心に神への愛、贖罪、そしてソーニャへの愛が見出され…ついに心の平安を見出したところで物語は終わります。


    総括
    難しいかと思っていたり、粗筋が有名すぎて読んでいなかったのですが、読んでみたら一気に進みました。
    殺人を犯した後の混沌たる心の動き、ポルフィーリー・ペトローヴィチとの心理戦、そして神への愛。
    キリスト教社会の小説を読むと、「神様が見ている、赦しを与えてくださるのは神様」「自分の良心に問う」、そしてロマンスとは別の神の愛があり、「受けなければならない苦しみ」があります。
    その分被害者個人への赦しや謝罪はほとんどないですね…。ラスコーリニコフや周りの人物も、斧で叩き殺された高利貸し姉妹個人の事はほぼ誰も触れず…
    キリスト教は「人間同士が横の糸で繋がっているとしたら、神様とは縦の糸で繋がっている。横の糸は引っ張られたりして自分が動いてしまうが、縦の糸は自分を引っ張ってくれて揺るがない」としたら、
    殺人であっても赦しを与えてくれるのは縦糸の神様ということになるのでしょうけれど。

    個人的に胸に迫ったのは、マルメラードワ夫人の死に至る狂乱の様相。
    もとは明るい人だったのが、貧困と苦労によりヒステリックで妄想が膨らみあたり構わず喧嘩を吹っ掛ける人物に。夫が死に子供たちを巻き込んだ錯乱を起こしてそのまま死去。自分自身が母親である私には、この狂乱を自分が起こさないと言い切る自信が全くないorz

    • hotaruさん
      淳水堂さん、こんにちは。
      色々な角度から作品について触れた、とても興味深いレビューで、長編小説苦手な私でも、まだ読んだことない「罪と罰」是非...
      淳水堂さん、こんにちは。
      色々な角度から作品について触れた、とても興味深いレビューで、長編小説苦手な私でも、まだ読んだことない「罪と罰」是非とも読んでみたくなりました。

      ありがとうございます。
      2018/10/31
    • 淳水堂さん
      hotaruさんコメントありがとうございます!
      私もhotaruさんのレビュー楽しく読んでいます!

      自分の年齢があがり、難しいと思っ...
      hotaruさんコメントありがとうございます!
      私もhotaruさんのレビュー楽しく読んでいます!

      自分の年齢があがり、難しいと思っていた小説も、身近に感じられるようになってかたと思います。
      スヴィドリガイロフは「構ってちゃんだあ〜w」、ポルフィーリー・ペトローヴィチは「事件簿読みたい」、マルメラードワ夫人には「自宅での私も同じようなものかもorz」などなど、いるいるこんな人たち、みたいな。

      だまだ「ちゃんと読んだことないから死ぬまでに読まなきゃリスト」に載っている本が沢山あるので楽しく進めていかねばです。
      2018/11/01
  • 今年の新潮100冊③

    スヴィドリガイロフに、心ぜんぶ もっていかれた。
    「アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフです、よろしく」
    この 上巻の引きがよかった。
    誰だよ!? って、最初はすぐに思い出せなかったのだけど、それも含めて登場の仕方が抜群。
    ルージン氏が笑っちゃうくらい底の浅い人物だったのに比べて、スヴィドリガイロフの奥深さといったら!!
    彼の最後の悪夢は、わたしのなかでは最早この作品のクライマックス。
    ドストエフスキー=悪夢。
    彼の右に出るものはいないのでは。
    (たしか「カラマーゾフ」でも印象的な悪夢描写があったきがする)
    悪霊の描写も、変にリアリティーがあった。
    とにかくあの悪夢には…スヴィドリガイロフの内面や背景だけでなく、ドストエフスキーの履歴まで考えさせられて震えた。
    ここだけでも5回以上読んだ。(え…)

    次点ハイライトはポルフィーリーの3度目の長広舌。
    やっぱり傑作には、主人公以外にも輝くキャラがたくさんいる。
    最後に大逆転する論調に、スッとしてしまった。
    ごめんね、ラスコーリニコフ…

    とはいえラスコーリニコフにも、最後まで驚かされた。
    自殺や病死どころか、まさか最終的に愛に目覚める人生になるなんて!!
    なんて羨ましいんだ!←
    罪を罪とも思わない考えがどうなったのかは、正直よくわからなかった。
    この一週間、かなり繰り返し読んで、そのたびに新たな気づきがあるけど、まだまだ読み足りない感じ。

    筋違いだけど、ナポレオンの歴史小説を読みたくなった。

  • ふぅー(読み切った達成感と感動のため息)

    罪の意識に苛まれたラスコーリニコフは、偶然出会ったソーニャという女性の生き方に触れ、罪を告白する。妹ドゥーニャと母とのやり取り。ドゥーニャに思いを寄せるスヴィドリガイロフとの修羅場。まあ皆さん饒舌だこと!笑
    数ページにわたる台詞があるから途中で本を閉じられない。

    1番のパワーワードは、ソーニャの『十字路へ行って、みんなにお辞儀をして、大地に接吻しなさい。だってあなたは大地に対しても罪を犯したんですもの、それから世間の人々に向かって大声で、〈わたしは人殺しです!〉と言いなさい』だったな。

    ただ、結末にたどり着くまでに、ラスコーリニコフは改心したのかしてないのか、なかなか分かりづらかった。

    話はそれるけど、キリスト教・改心で思い出すのは『ブライヅヘッドふたたび』。これは主人公と恋仲になったジュリアが割とすんなりカトリックに引き戻されていた。

    一方で『罪と罰』のラスコーリニコフは、特に終盤、罪を犯したことではなく、自分の一歩に耐えられずに自首したという一点に、自分の罪を認めていた、ということが書かれている部分を読んだ時は、おいおい、君はまだ改心してなかったのか…!と思った。
    二転三転あり、ラスコーリニコフの心が揺れ動きまくっているのがよくわかる。
    結果、ソーニャの祈り勝ちで(ソーニャもラスコーリニコフの言動に何回も心揺れ動いただろうけど)、希望の光が差し込む終わり方で良かったな。

    解説には同時代に生きた、トルストイとドストエフスキーの作風の比較もされていた。トルストイは現実の客観的描写を重視したのに対し、ドストエフスキーは主観的色彩の濃い、心理的リアリズムを創造したとのこと。
    トルストイはまだ『人生論』しか読んでないし、ドストエフスキーも『地下室の手記』と本作しか読んでないから、今後読んでいきたいものがたくさんある。

  • すっかり楽しくなって下巻へ

    時々名前で混乱するので、前に戻ったりして懐かしんだら…
    後半はミステリー本のようにドキドキしてきた

    (親しみを込めて)ロージャはかなり屈折しているのだが、思考能力の深さは半端ないので、自分の曲がった信念を貫こうと足掻きつ続け、違う方へ違う方へと行ってしまう
    しかし(本書の中でかなりまともで友情深い)良心的なラズミーヒンに助けられたり、ソーニャに出会うことによって影響を受けたり、さまざまな事件に直面して、最後は………
    いけすかないんだけど、やはり何故か憎めない
    ホント屈折してて疲れるんだけど
    不思議
    (そして何故か「嫌われる勇気」の青年とかぶってくる…????)

    ペテルブルグ(旧ロシア)って暑いのか!?
    夏の暑さが随所に出てきた
    川のこともなんか気になる
    この時代はずいぶん埃っぽいんだ
    こういう背景も面白い
    セピア色で情景が見えそうだ
    当時の社会情勢、思想、生活環境が垣間見れる
    そう、描写力が素晴らしいので、景色や温度や匂いまでも感じられる
    そして人の息遣いも…
    一瞬そこに居る錯覚に陥る
    登場人物達の感情が目に見えてくる、触れているような気さえする
    自分の妄想の中で、(顔だけはモザイクなんだが(笑))各人の雰囲気や人相、着ている服のイメージまでもが出来上がってしまった
    自分の妄想に立ちくらみがするような感覚になる
    やはり凄いんだドストエフスキー
    ドストエフスキーの正しい読み方ではないかもしれないが…
    「罪と罰」の解釈はお偉い方々にお任せすればいいんだし、楽しく読めて良かった
    10年後に再読してこの時どう感じるかも楽しみである

    次はカラマーゾフに挑戦
    一生ドストエフスキーは無理かもと思っていたのだが大丈夫そうなのがとても嬉しい!

  • 概念が人格化した様な登場人物たち。荒ぶる言葉に立ち上がる手触りのある世界観。ラスコーリニコフの気持ち、完全に自分と違っていた。そして救済はかのように、唐突に、そして静かに、心の中に訪れるのだと思う。

  • 罪を犯したラスコーリニコフの複雑な心境の変化を感じながら。

  • 登場人物の名前が覚えにくく、フルネームで記載されることや言葉の言い回しが凄く読みづらくなっているのは残念に思う。

  • どう読むべきか?何かヒントは無いか?
    インターネットで調べながら非常に遅いペースで読み進めていった。

    私にしてはこの作品を読み終わるまで、非常に長い時間を要した。
    1ページを読み終わっても、もう一度読み返してみたり。

    ポルフィーリィとラスコリーニコフの3度の論駁の場面は再読必至かなぁと思う。
    下巻を読んでいる傍から、上巻の最後の二人のやり取りをもう一度読まなくてはという気持ちになる。

    下巻は上巻に比べて、話が進んでいく為読み易い。
    カテゴリー的には純文学に属すると思うのだが、
    読み物として十分に楽しめる作品だった。

  •  罪と罰は下巻が面白いと言うことを改めて認識した。上巻を辛抱して読んだものだけが味わえる。そのためには上巻も大事なのだが、あまり拘らずに読み飛ばす事が大切だ。

  • 色々考えてしまう作品でした。
    ラスコーリニコフが殺人をした理由が分かるのですが、(ナポレオンのように)権力のあるものは殺人をおかしても良いという思想、将来行うであろう業績を考えたら、殺人を犯してもそれは罪にならないという考え。
    とても自分に自信があったようなのですが、実際殺人を犯すと、ナポレオンとは違うと気付き、自分を嫌悪していく。
    事件を巡って予審判事のポリフィーリィ・ペトローヴィチや、妹ドゥーニャのストーカーの、スヴィドリガイロフとの心理戦のやり取りは、バレてるのかバレてないのかモヤモヤしながら夢中になって読んでいました。
    ラスコーリニコフは殺人を犯した事を罪と思っていない自分にとても悩み、運命が自分に悔恨を与えてくれたら楽になれるのにと、とてもつらそうで、「生きている意味」を考えさせられました。
    色々な登場人物の視点で、それぞれの哲学で苦悩していて、この本、下巻は特に(自分レベルですが)読み返すたびに深い考えに至る事ができそう。

  • 酔っ払いダメ無職おじさんと酔っ払い頭でっかち元学生のグダグダトークで挫け、ロシア人の複数呼称でさらに追い討ちをかけられ諦めそうになりながらも読了。
    下巻序盤辺りまではラスコーリニコフの身勝手な選民思想的な理論より、ピョートル・ペトローヴィチの拝金主義者ぶりに苛立ちを覚えた。
    しかし終盤、ソーニャに対して冷たい態度をとりがちだったラスコーリニコフがソーニャに心を傾けていく辺りでラスコーリニコフも偉そうな思想の割に自分に甘いご都合主義者だなと思った。

    最初は単純で直情型の暑苦しくて鬱陶しかったラズミーヒンがなんだかんだ本作で一番良い奴だったなぁ。

  • 自らの信念のもと犯罪行為に手を染めた青年ラスコーリニコフを描く長編小説。
    犯行に至るまで・犯行・犯行後の心の動きが巧みに描かれてており、ラスコーリニコフの混乱や不安が強く伝わってきた。ラスコーリニコフ以外の人物たちも個性が豊かで、決して主役の添えものではなく自らの意志をもって行動している人物ばかりであった。個人的にはラズミーヒン推し。
    筆者は(日本語訳では分かりにくいが)登場人物名や使用する単語選びにかなりこだわっているよう。『謎解き『罪と罰』』(江川卓)で詳しく解説されているので、こちらも読了したい。
    読み通すコツがあるとすれば、登場人物一覧を用意することだろうか。それを見ながら読み進めると名前で混乱しない。(例 : アヴドーチヤ、ドゥーニャ、ドゥーネチカは同一人物)
    ちなみに、全41章(6部+エピローグ)なので、1日1章ずつ読めば1ヶ月半程度で読み終えられる。

  • 思想をこねくり回したり、国家や人類の大きな目的なんかを考える前に、ぼくらはもっと真摯に日々の生活と向き合うべきだ!

  • 上巻を読んで私には合わないなあと思っていたけど下巻を読んだら面白いこと面白いこと。

    ラスコーリニコフの考え方や行動が分からなくて意味が分からなかったけどなんとなくこういう事かってのは分かった。
    殺したことに反省とか後悔をしてるのではなく、自尊心を傷つけられたことをずっと気にしてたのがリアルだなって思った。

    一番面白かったのはカテリーナとアメリアの喧嘩

全415件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

(Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy)1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。主な長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、『白痴』とともに5大小説とされる。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。

「2010年 『白痴 3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ドストエフスキーの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×