ヴェニスの商人 (新潮文庫)

制作 : 福田 恒存 
  • 新潮社 (1967年11月1日発売)
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  • レビュー :99
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102020043

ヴェニスの商人 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 今月の千年読書会の課題本となります。
    子どもの頃に読んだ覚えがありますが、学生時代はどうだったかな。。

    うろ覚えながらもイメージ的には、
    勧善懲悪なカタルシスのある喜劇、との感じでした。

    粗筋としては確かにその通りで、、

    当時は16世紀、大航海時代を謳歌する海洋国家“ヴェネツィア”、
    そこで海運業を営む一人の商人とその周辺の人々の物語となります。

    その義侠心あふれるヴェニスの商人“アントーニオー”が、
    手元不如意な友人“バサーニオー”の結婚資金?を用意するため、

    ユダヤ人の金貸し“シャイロック”から借金をすることに。
    その担保は、航海中の積荷と自分の“1ポンドの肉”。

    あえなく難破し、シャイロックから担保を求められることに、、
    実際に執行すればアントーニオーは死ぬしかない状態と、追い詰められます。

    そんなアントーニオーを、バサーニオーが求婚しているポーシャが、
    裁判官として変装し、法を曲げることなく法の解釈の厳格化で救います。

    のみならず、シャイロックにカウンターの痛撃をくらわせて大団円、
    となるのですが、、シャイロックというか“ユダヤ人”の扱いがなんとも酷い。

    今の時代にこれを発表したら、人種差別として炎上するでしょう、、
    それほどに、ユダヤ人に対する排他的・憎悪的な描写が色濃く。

    喜劇のシナリオとして描かれていることからも、
    これは、当時の時代の空気を投影している内容でもあるのでしょうが。

    一応、当時のヴェネツィアは信教の自由はあったはずなのですが、うーむ。

    シェイクスピアが執筆していたのは、イタリア・ルネサンスがまっただ中、
    寛容と多様性に彩られた、古代ギリシャ・ローマの文化が戻りつつあり、

    排他性に塗り込められた、暗黒と言われた中世から抜け出しつつあったはずですが、
    それはあくまで“キリスト教”の中での復興でしかなかったのでしょうか。

     “キリスト教徒は、非キリスト教徒に何をしても許される”

    そんな価値観が浮かび上がってくるなぁ、、とは穿ちすぎですかね。

    当時のユダヤ人に対する、キリスト教徒の感情を読み取ることもできますが、
    逆の立場であったならば、キリスト教徒はユダヤ人を“無条件”で助けるのだろうか、と。

    最低でもキリスト教徒への改宗を強要するのではないかな、なんて、
    シャイロックの娘の言動を見ながらも感じてしまいました。

    ん、物語の筋としては王道で、一発逆転としてのカタルシスも心地よい、
    そして、当時の空気をどこまで踏まえているのかはわかりませんが、、

    ユダヤ人の蔑まれようを、シャイロックの引き絞るような“言葉”として、
    さらりと描き出しているシェイクスピアはさすがだな、と。

    個人的には、文中では“惻隠の情”なんてフレーズを訳語として使うのなら、
    日本的な“三方一両損”的な結末の方が好みかなぁ、と徒然に。

  • 『ユダヤ人は目なしだとでも言うのですかい?手がないとでも?臓腑なし、五体なし、感覚、感情、情熱なし。なんにもないとでも言うのですかい?同じ物を食ってはいないと言うのかね、同じ刃物では傷がつかない、同じ病気にはかからない、同じ薬では癒らない、同じ寒さ暑さを感じない、何もかもクリスト教徒とは違うとでも言うのかな?毒を飲まされても死なない、だから、ひどいめに合わされても、仕かえしはするな、そうおっしゃるんですかい?』

    このシャイロックの台詞は刺さった。ヴェニスの商人が一面では悲劇であると感じるのは、ひとえにこの台詞によるところが大きいだろう。これはあくまで喜劇として書かれたのだといくら言われても、やっぱり心の底では何かが引っかかっている、私。

    なんかさ。
    ユダヤ人を差別してる!酷い!シャイロックがかわいそう!
    っていうわけじゃないんだ。そう単純じゃない。
    そもそも、時代も国も違う物語の中では現在の私自身から見て受け入れ難い価値観がまかり通っているっていうことは、珍しいことではない。ああそう、当時はそういうもんだったのね、と一歩引いて受け止めることはできる。ちょっとばかり不快ではあっても。だから、差別が存在するということ自体は、私が感じた悲劇性の直接の原因ではないのだ。それはいうなれば、そういう「設定」だから。

    でも。
    それでも、その「設定」の中で、シェイクスピアはシャイロックにこの台詞を吐かせたわけでしょ。その時点で、私にとってシャイロックはユダヤ人という単なる記号ではなくて、一人の人間になったの。だから、その人格を持った一個の人間がこんな風に扱われるのが悲しいと感じるようになったのね。この台詞を与えられてしまったら最後、『ヴェニスの商人』は単純な喜劇にはなりえないと思うんだ、やっぱり。

  • 「まったく、どういうわけだか、俺は憂鬱なんだ。」 ヴェニスの商人であるアントーニオはうつ病にかかる。 一方、友人のバッサーニオ、ロレンゾーは恋愛に夢中で恋人を追い詰める。 それぞれの思惑をもとに―「アントーニオ」、「バッサーニオ」、「ロレンゾー」、 三人の思いが交錯するとき、物語は唸りをあげて動き出す。 疾走感溢れる筆致で綴られた分類不能の「商人」戯曲!

  • ページ数は少ないですが、ポーシャがあまりに嫌な女という印象で、先に読み進めるのに苦労しました。
    よくもまあ、あんなに細かく求婚者の欠点を覚えていて、ベラベラ喋れるものかと。
    そんな自分を才女ぶって認めているのにも鼻につきます。
    その才女が何をしたかといえば、恣意的ないい加減な裁判の判決だけ。
    あんな胸先三寸の判決がまかり通るなら、法廷に正義など一切期待できないでしょう。
    学生時代に、ポーシャの判決を法学の視点から誤っている点を考えよという課題を出されましたが、全く良い教材になると思います。

  • 読書会の課題で、初めてシェイクスピアを読んだ。面白く読めたが、善人と悪人がこんなにはっきり分かれてていいのか?しかも悪人は一人ぼっちで結局みんなに懲らしめるという、そんなんでいいのか!?と思ってしまった。ギャグこそないが、吉本新喜劇の人情話のようでもある(喜劇だからそれでいいのだろうけど・笑)
    キリスト教ユダヤ教の対立という問題も孕んでいるのかもしれないが、その辺りの事情は僕には分からない。

  • 第四回毎週ビブリオバトル

  • タイトルとあらすじだけは昔から知っていた。海上の船を担保に友人の結婚資金をユダヤ人商人から借金したが、不運にも船が沈み、胸の肉一ポンドを証文どおり取られそうになるも、血は一滴も流してはならないと判決が出て助かる話。

    終わりに福田恆存の「解題」が付いていて、この劇を「悪役」シャイロックの悲劇と見るか、アントーニオー一行が勧善懲悪する喜劇と見るかで物語の印象が全然変わってしまうと言っている。古今東西の批評家はまずこの判断から二分されるらしい。『桃太郎』を桃太郎側から見るか、鬼の側から見るか。

    自分はシャイロックというのは、糸井重里のゲーム『マザー2』に出てくるポーキーのような人物だと思う。理屈(法)だけが友達という人物の典型だ。シャイロックの言っていることは理屈から言えば正しい。娘は自分を差別するキリスト教徒と財産と供に駆け落ちしたし、自分はただ契約を履行しようとしているだけだ。ユダヤ人を常日頃から迫害するキリスト教徒に、今こそ天誅がくだるに違いないのだ。

    シャイロックは狭い意味でも広い意味でも「被害者」とみなされる可能性がたしかにある。シャイロックの「悪役」ぶりは、この「被害者」意識が源泉になっている。しかし、鈍感なキリスト教徒たちはその「被害者」の部分は大いなる宗教的フィルターバブルで見えなくし、「悪役」の部分だけを見て驚き呆れる。

    しかし、自分にとっての最後の砦である法を頼ろうとしたシャイロックは、法の適用の嫌がらせ的な(あるいは慈愛に満ちた)超厳格化によって割を食ってしまう。これはもう、シャイロックが神からも見捨てられている(差別されている)証左ではないか。権力ゲームで戦ったとき、結局日陰者は、「正義の味方たち」のさわやかな哄笑のもとに押しつぶされてしまう運命なのではないか。差別されるから被害者意識が募り、被害者意識が募るからまた差別されやすくなる。神はその連鎖に楔を打ち込むことすらしないのだろうか。

  • シェイクスピアの話の中では喜劇といわれているらしいが、そんなに面白いかはギモン。

  • 最近読み直した。たしかに面白い。先のストーリーが気になってページを早くめくりたくなる、というタイプの面白さがある。

    それに加え、善なるものや寛容を求める姿勢と、友人や夫婦といった親しい人を信頼する姿勢が、この物語を単なる面白いだけの物語にとどめることなく、一段と深みを持たせたものにしている。

    また、深く抱いた復讐心が自らの身を滅ぼしてしまうということ。そして、慈悲とよい行いは人間の運命を良き方向に向けるものであるということ。

    この2点があることによって、この物語は単なる喜劇の枠にとどまらないものとなっているのだろう。

  • 配置場所:広呉文庫本
    資料ID:93056592
    請求記号:080||SH||S

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