リア王 (新潮文庫)

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レビュー : 137
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102020050

作品紹介・あらすじ

老王リアは退位にあたり、三人の娘に領土を分配する決意を固め、三人のうちでもっとも孝心のあついものに最大の恩恵を与えることにした。二人の姉は巧みな甘言で父王を喜ばせるが、末娘コーディーリアの真実率直な言葉にリアは激怒し、コーディーリアを勘当の身として二人の姉にすべての権力、財産を譲ってしまう。老王リアの悲劇はこのとき始まった。四大悲劇のうちの一つ。

感想・レビュー・書評

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  • 1604年ころの作品。
    「リア王」は、作者不明の「原リア」を下敷きにした戯曲ですが、見事な仕上がりにあらためて感激しました。リアの忘恩娘への激しい憤怒、真に自分を愛してくれた末娘コーディーリアに対する良心の呵責……己の愚劣な仕打ちに憎悪し、激昂するリアは、次第に狂人化していきます。荒れ狂う荒野で雄叫びを上げ、天を呪う様は自然と一体化して、シェイクスピア最後の傑作「あらし=テンペスト」を先取りしたような鬼気迫るものがあります。コーディーリアに死神が迫るクライマックスまで、息もつかせない展開で魅了します。

    「人間、外からつけた物をはがしてしまえば、みな、貴様と同じ憐れな裸の二足獣に過ぎぬ」

    「やはり星の力だ、天上の星のみが人の気質を左右しうる。さもなければ、同じ男と女から、こうも違った子が生まれる訳がない」

    「娘はもう二度と戻っては来ぬのだ。おれにも死んだ者と生きている者との見分けはつく、まるで土塊(つちくれ)のように死んでいる」

    「犬が、馬が、鼠が生きているのに、どうしておまえは息をしない」

    「もうおまえは戻っては来ない、二度と、二度と、二度と、二度と、二度と」
    Thou'lt come no more;
    Never, never, never, never, never.

    ……この叫びが舞台の気迫こもる名優から発せられれば、観客はきっと身を震わせるでしょうね。文字を追っている私でさえ、ぼろきれのような老リアの嘆きに涙が零れます。

    この作品では、傲慢さが招いた罪と親子愛をテーマに、リア王と臣下グロスター伯爵の2人の物語がオムニバス形式ですすみます。リアは愛娘コーディーリアに、グロスター伯は息子エドガーに猜疑心を抱いて奈落に落ちていく一方、彼らは愛した父に突然捨てられます。シェイクスピアは、2つの話を同時進行させることで、読者に強烈な印象を植え付けていきます。

    物語が進行していくと、リアは次第に己の愚かさに気づき、贖罪や人間らしい温もりの兆しがみえるのですが……如何せん、もはやどこにも届きません。運命に翻弄され、狂人化しながら己を失っていくうつせみのリア、救いを求めてさまよう魂……この夢にも似た束の間の存在である人間の哀愁と憐憫こそ、悲劇中の悲劇なのだと感じます。

    ところで、4大悲劇の中で、唯一登場する道化師。
    ――悲劇に道化? このキャラをシェイクスピアは一体どうするつもりかしらん?
    「宮廷道化師」は、古代ローマ時代から王侯貴族の邸内に召し抱えられ、きちんとした職業になっていました。宴席で人々に罵言を吐いたり、滑稽な身振りや言葉遣いで笑いを誘います。道化の無礼な言葉は、神聖な者(神)に触れた言葉として、王や貴族に対しても許されていたようです。
    よく古典作品の挿画にもなっている、鈴のついた帽子にまだら服の滑稽な道化が、鈴の音とともに舞台の上を天下御免で飛び跳ねている様子が目に見えるようです。

    このうるさい道化の毒舌が、リアの愚かさを辛辣に再現して笑いを誘います。重苦しい悲しみや不条理や愚昧が高じて反転するシニカルな笑い……悲劇と喜劇は人生舞台の表裏。しかも、観客に事の核心、ひいては人間の愚かさも伝える役目をはたしています。まさに劇中のトリックスターですね♪

    構成も見事ですし、詩的なセリフも数多く、老リアの内面を抉り出した人間描写は、「ハムレット」の良き部分をさらに進化させ、軽快なテンポは、後の激流劇「マクベス」をほどよく採った、バランスのよい秀逸な作品だと思いました。

  • 老人問題を扱っているとの指摘が、和田秀樹の「困った老人と上手につきあう方法」166ページに書かれている。

  • シェイクスピアから一冊入れたいと思って、なんとなくリア王になりました。
    信じるべき人を信じられず、口先だけの相手にたぶらかされるリア王が、人間くさくておもしろい。

  • 絶望の中で希望を見つける作業が必要な話だった。

  •  シェイクスピアの四大悲劇の一つ。マクベス、オセローに続いて三つを読了。既読の作品と似ていると感じる点もいくつかあった。エドマンドとイアーゴーの役どころとか。
     ゴネリルとリーガンは確かに遺産目当てにリア王を騙した酷い面もあると思うけどけっこうまともな人間なのではないか。姉妹を訪ねたリア王はおかしくなりかけていたし、家臣を減らせというのも筋の通った要求に思える。逆に共感できないのが忠臣のケント伯爵。最初はまだ分かるけどおかしくなったリア王にも最後まで忠義を尽くせるのはケントもまた少しおかしいからではないか。最後は救いがなくてまさに悲劇。戦いの場面はオールカットなのがちょっと気になった。やっぱり劇の台本だからか。
     迫力のあるセリフが多いがよく意味を取りかねるセリフもあった。気になったところは英語版で読んでみたい。『どん底などであるものか、自分から「これがどん底だと言っていられる間は。』というセリフは西尾維新『めだかボックス』では『今が最悪と言える間は最悪ではない』で引用されていた。自分としては後者の方がスッキリしていて好きだが誰の訳なのだろう。原文を見て自分ならどう訳すか考えたい。

  • リア王
    (和書)2009年02月26日 20:17
    1967 新潮社 シェイクスピア, 福田 恒存


    舞台背景が目に浮かぶようで野原や荒野を彷徨うリア王がその中で美しく浮かび上がっていくようです。

    コーディーリアとゴネリル・リーガンとの差異が人間の諸関係を司る現実原則・快感原則そしてコーディーリアの意志がその諸関係をコペルニクス的転回の中に見いだすことができるように感じました。

  • 虚飾に欺かれ裸一貫となった王は、人間不信から狂気に陥らざるを得なかった。嵐に立ち向い一体となる様は壮絶。2020.8.6

  • 0.50

  • 早く読みたくて、どんどん読み進めて行ったら、なにがなんだか分からなかった。少し時間を空けて、次はしっかりと読み込みたい。

  • 読んでみたら、悲劇ではなく、ただただ、リア王が老害でしかなかった。そしてケント伯とエドガーがクール。リア王が書かれた17世紀に老害なんて概念なかっただろうが、やっぱり古典はどこまでも普遍的で凄いと思う。最後にゴリネルの好きな言葉を。“ほんとに年寄りはしょうがない。いったん譲った権力をいつまでも振り回していたがるんだから。まったくの話、バカな年寄りはまた赤ん坊に返ったも同然。愚かな真似をした時は、おだてるか、それでなきゃ頭から叱りつけてやらなくちゃ。”

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