結婚式のメンバー (新潮文庫)

制作 : Carson McCullers  村上 春樹 
  • 新潮社
3.65
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本棚登録 : 445
レビュー : 53
  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102042021

作品紹介・あらすじ

この街を出て、永遠にどこかへ行ってしまいたい――むせかえるような緑色の夏に、十二歳の少女フランキーは兄の結婚式で人生が変わることを夢見た。南部の田舎町で、父や従弟、黒人の女料理人ベレニスとの日常に倦み、奇矯な行動に出るフランキー。狂おしいまでに多感で孤独な少女の心理を、繊細な文体で描き上げた女性作家の最高傑作。≪村上柴田翻訳堂≫第一弾、村上春樹の新訳!

感想・レビュー・書評

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  • 自分はなんのグループにも所属しておらず、なんのメンバーでもない。自分は世界のどこにも含まれていない。
    そう思い悩む12歳の少女フランキーの、むせ返るような緑色で灰色の"気の触れた"ひと夏の物語。
    村上春樹も絶賛しているように、多感で孤独で早熟な少女のみずみずしい感情をすくいあげた小説でした。そう、文芸的に優れているというだけでなく、何か特別でとんでもないものが飛んできたかのような、特別な種類の鮮やかさがある。
    南部アメリカの片田舎で、冴えない父とのろまな従弟と黒人の女料理人と、灰色のけだるい午後の台所が自分のすべてで、どこにもいけない閉塞感に焦燥と苛立ちを募らせ、押しつぶされそうになっているフランキー。毛を逆立て全身を尖らせるその姿があまりにも可哀想で、愛おしくて、かつての私をみつけてしまって、たまらず抱きしめてあげたくなった。「大丈夫よ」と背中をさすってあげたくなった。

    好きな場面、好きなセリフがたくさんある。
    p49 春の朝とても早い時刻、これまで気にも留めなかったなにげない風景がフランキーを傷つけるようになった。アイデンティティーを見失いだす過程。
    p192 気怠く長い午後のおしまい頃に台所のテーブルで無節操に繰り広げられる「聖なる主にして神」の世界。
    p220-244 フランキーの叫び。「世界中を飛び回るの!ひとつの場所に留まったりしない!世界中を巡り歩くの!それが絶対間違いないところよ、もう、なんたって!」「わたしたちは世界全体のメンバーになるのよ!もう、なんたって!」私はほとんど泣きそうだった。
    p309 結婚式がおわったあとの現実。「自分を変えてくれる」と信じていたものからあっけなく裏切られる。結局のところ、他でもなく今いる場所こそが、空想ではない彼女のすべてなのだ。

    出口のみえない真っ暗なトンネル。私もかつてそこを歩いてきた。12歳の、ちっぽけな少女だった。
    でも完全に通り抜けたわけではないのだ。作者であるカーソン・マッカラーズが考えるのと同じように、未だ継続した物語として続いている。当時の自分を忘れたくないし、「そういう時期もあったわね」「みんなが通る道よ」なんて退屈な大人のように軽率でデリカシーのない言葉ではとてもまとめたくない。

  • ベレニスの言ったこと。かかった熱病の種類によっては、その後の一生がどうしようもなく方向付けられてしまう。同じダンスを続けようとして、でも以前とは同じようにステップを踏めないことにいつまでもなじめなくて、くるしみ続けるのかもしれない。違うダンスを踊るには、今までのステップを踏めないまま無様に動くしかないけれど、かつてうまく踊れていたことを忘れるのはいいことだろうか、悪いことだろうか。

    一言でいえば12歳の女の子がかかった熱病の話なのだろうが、切り離された懐かしい過去として読むことはできなかった。自分の中に閉じ込められていることを、意識する時期としない時期があるだけなのだ。

  • 今となっては、マッカラーズなんて知らない人が多いんだろうなあ。長らく入手困難で隠し玉状態だったからなあ。

    何十年たって新しい訳でマッカラーズを読めるということが驚き。読んでる自分も驚き。

    ぜひこの勢いで「心は孤独な狩人」「悲しき酒場の歌」と併せて3点セットで読めるようになるといいなあ。読んでもらいたいなあ。

    こういう夏があるんだ。ヒリヒリ、キリキリする。

    • たまもひさん
      懐かしすぎる…。
      「心は孤独な狩人」を是非出してほしい。学生のとき英語のテキストとして読みました。老教授のボソボソした声が妙に似合っていた...
      懐かしすぎる…。
      「心は孤独な狩人」を是非出してほしい。学生のとき英語のテキストとして読みました。老教授のボソボソした声が妙に似合っていたなあ。
      2016/04/02
    • アヴォカドさん
      はいー、出してほしいですね。
      でも、今では使えない言葉とかも結構多くて、新訳は難しいのかもしれませんね。
      「心は孤独な狩人」、大切な1冊...
      はいー、出してほしいですね。
      でも、今では使えない言葉とかも結構多くて、新訳は難しいのかもしれませんね。
      「心は孤独な狩人」、大切な1冊です。
      2016/04/02
  •  夏休みの無為な感じ、大好きな人が悲しい時に自分に何もしてあげられることがなくてもただ寄り添ってあげること、そうしてあげた次の日にはその人に対してどうしようもなくイラついてしまったりして心にもないことを言ってしまうこと。そういう無力さ、不安定さは少女時代に封じ込めて、思い出したくなんてなかった。この本を読んだらそっくり目の前に書かれてしまっていた。もじもじしながら読んだ。
     一方で、肝心の結婚式への熱狂については全く共感することができずじまい。個人差か。
     主人公は友達が少なく、周囲の同級生達を馬鹿にしがち。これだけ頭の回転が速くて、自己主張が強かったら、それはやりづらかろう。その点では、父親の心情がもう少し書かれていてもいいんじゃないかと思った。でも、それだと青春小説でなくてヒューマンドラマになってしまうか。。

  • またまた、素晴らしい小説を読んだ!

    おいそれと感想を言いたくないくらい。

    それに今はまだ、悲しくって…。

    突然、穴に落っこちたくらい驚いたけれど、
    よくよく考えたら
    ずっと前からそんな予感があったような気が
    だんだんして来たんだ。

    ところでこの小説はところどころ、
    私の大好きな映画
    「なまいきシャルロット」を彷彿させるシーンが、
    あるのよね。

    「なまいきシャルロット」を作った人は
    この小説が好きなのかな?

    とにかく、色々戸惑って悩んでいる少女に
    うかうか近付くとランプなり、水がめなりで
    頭をかち割られるってわけ、さ。

    男の人も、色々大変だと思うけれど、気を付けてね。

    また、ちょっとしたらすぐに読み返したい。

  • 若かった頃読んだときどう思ったかは、すっかり忘れた。今はただ、胸にしみる。その一言。

    最初のあたりでフランキーが言う。「わたしがわたし以外の人間であればいいのにな」 そう、いつもそう思っていた頃がわたしにもあった。なぜ自分はこの自分なのか。受け入れられずに、でも、そういう言葉にはできずにいた頃。しかもその子供じみた思いは、まったく消え去ったわけではなくて、実はずっと自分のなかにあるのだった。そのことに思いいたる。

    十二歳のフランキーは、共感できる女の子というわけではない。思い込みが強く、不自然な行動をし、ちょっと意地悪で、軽はずみで(こうあげてみたら、この年頃の子によくある性質でもあるが)。彼女の葛藤や苦しみはどこまでも彼女自身のもので、時代や国や民族の違いなどのせいではなく、その個別性で、わたしの安易な理解を拒否している。

    それでもなお、「ああ、この気持ちはわかる」と何遍も思った。自分が「何者でもない」ことがたまらず、何かになりたい、なれるはずだ、いやなれないのでは、と自信と劣等感の間を行き来していた。周囲の誰にも理解されないと思い、そのくせ理解されることは拒絶して、ここではない、どこかに自分の行くべき場所があるはずだといつも思っていた。料理女のベレニスが「あたしたちはみんなそれぞれ、なぜか自分というものに閉じ込められているんだ」と言う、まさにその通りに感じて。

    訳者の村上春樹が「(自分もフランキーのような少女と同様に)何がなんだかわけのわからないままに『気の触れた夏』をくぐり抜けてきたのだ」と書いている。ここが深く心に残っている。「それは人生の中でほんのいっときしか味わうことのできない、大事な気の触れ方だったのだ」

  • まったく予備知識なく、ただ村上さん訳でアメリカ文学の有名どころだっていうので読んでみたんだけど、なんというか、今まで読んだことない、っていうか、ユニークで不思議な感じだ、と思った。
    正直、(わたしだけかもしれないけど)、最初、状況がつかみづらくて読みにくいし、なにか起こりそうで起こらなくて長い、とか思った(大変失礼)し。
    それでも、ローティーンの少女の思春期な感じを描いた作品ってすごくたくさんあると思うんだけど、どれとも違うというか、不思議な感じに惹きつけられる。そして、解説で村上さんも書いてらしたように、だれもが自分の十二歳くらいのときの感覚を思い出すんだろうなあと。

    ベレニスの存在や話がよかったな。

    でも、読後感がけっこう暗い感じ。。。人生は哀しいというか。こういう思春期の暗さ、大人になっていわゆる「リア充」みたいになって忙しさにまぎれてカラっと忘れてしまえばいいんだろうけど、引きずったら辛いというか。カーソン・マッカラーズは引きずったんだろうなあ、とか。まあだから作家になったのか、とか。

  • 最初の三行から身に覚えのある懐かしい孤独が押し寄せる。どこにも属してないような孤独と、知らない場所への憧れ。十代の自分を少し重ね合わせたら、気恥ずかしくて切なくなる。ここではないどこかなんて、どこにもないのだと気付いたら案外楽になるものだけれど、そうはいかないからこその十代。とても苦しいけれど愛おしい物語だった。
    主人公フランキーが町中を歩き回る場面で、ライ麦畑のホールデンが頭をよぎった。十代で読んでいたらバイブルになってたかもしれない、ライ麦畑のガールズヴァージョン。カーソン・マッカラーズ、復刊か新訳がもっと出たらいいのにと思う。

  • 「世界って間違いなくちっぽけなところなのね」

    なんというか、ものすごい小説だった。

    その突飛な文章に慣れるのにとても時間がかかった。なぜ突飛なと思うのか…会話劇であり、主人公フランキーの思想が、会話の中にあるから。

    フランキーは名前を変えながら成長していく。

    彼女と、黒人の料理女ベレニス、従兄弟の小さなジョン・ヘンリーの3人が過ごす、キッチンでの、ほんの半日の話がこの本の8割を占めている。

    アメリカ南部の典型的な田舎町、閉鎖的な町から、兄の結婚式と共になんとか、抜け出したい、自由になりたい少女の細かな心の動きを描いた、なんというか凄まじい本だった。またところどころにアメリカの抱えた黒人差別の問題と、人種を超えた愛も読むことができる…

    熱を持った星のような思春期の少女の気持ち、私には分かってしまった。少女の物語はいくつになっても続いているんだ…

  • 村上柴田翻訳堂の一冊目、ということで手に取りました。表紙のレトロな雰囲気と爽やかな題名から連想する印象をしっかり裏切ってくれます。
    子供ではないが、大人でもない多感なま12歳の少女。アンバランスな少女のどこにも属さない孤独感や狂気じみた妄想や果てしない自己嫌悪やら。。あらゆるエネルギーが渦巻いていて、かなり圧倒されます。
    目を覆いたくくなるほど自我を曝け出すフランキーに何処か繋がるものを持ち引き込まれてしまう物語。

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