結婚式のメンバー (新潮文庫)

制作 : Carson McCullers  村上 春樹 
  • 新潮社
3.64
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本棚登録 : 523
レビュー : 62
  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102042021

感想・レビュー・書評

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  •  夏休みの無為な感じ、大好きな人が悲しい時に自分に何もしてあげられることがなくてもただ寄り添ってあげること、そうしてあげた次の日にはその人に対してどうしようもなくイラついてしまったりして心にもないことを言ってしまうこと。そういう無力さ、不安定さは少女時代に封じ込めて、思い出したくなんてなかった。この本を読んだらそっくり目の前に書かれてしまっていた。もじもじしながら読んだ。
     一方で、肝心の結婚式への熱狂については全く共感することができずじまい。個人差か。
     主人公は友達が少なく、周囲の同級生達を馬鹿にしがち。これだけ頭の回転が速くて、自己主張が強かったら、それはやりづらかろう。その点では、父親の心情がもう少し書かれていてもいいんじゃないかと思った。でも、それだと青春小説でなくてヒューマンドラマになってしまうか。。

  • ちょっとしんどかった。
    でも訳者解説読んで、たしかに単なるイニシエーション的な物語じゃないところがいいなと思った。

  • 気が狂うほどの暑さ
    ひょろひょろと長い少女
    片目が義眼の黒人給仕
    ポーカー
    結婚式 この町を出る

  • 自身が属する世界に対する疎外感や「リア充爆発しろ(ついでその余波で自分も死んでやる)」と感じたことのある人にとっては面白いし、そうでない幸福な人にとっては無用の長物なのが本作かもしれない。

    アメリカの田舎町で暮らす12歳の冴えない少女が、兄の結婚式を心待ちにし、その結婚式で自分の生活が劇的に変化するのでは・・・と妄想しつつ、結局は何も変わらないというお話。主人公の言動の奇妙さは徹底しており、よくここまでこの年代特有の心理を描けたものだと関心する。

    村上春樹と柴田元幸による海外名作復刻シリーズ「村上翻訳堂」の一冊であり、こちらは村上春樹が自ら翻訳。さながら、女の子版「The catcher in the rye」という感じか。

  • 12歳の少女フランキーが、兄の結婚式のときに家を出ると決める。

    こちらは新潮文庫の村上柴田翻訳堂という新しいシリーズの中の一冊。
    村上春樹さんが絶賛する作品は、大抵はじめて読んだときは肩透かしに似た感覚を覚える。これもそうかなという不安は的中。
    12歳の少女という設定にオバサンはのめり込むことも寄り添うことも十分に出来なかった。
    それでも、ギャツビーのときもそうだったが、再読時には思った以上に感動したり物語に引き込まれたため、もう一度読んで感想を新たにしたい。

    日本人の12歳とアメリカの12歳は随分異なっており面白い。
    日本人より、精神的にも肉体的にも5歳くらいは上と感じる。それでいて勿論大人ではないため、フランキーの不安定さは際立っている。
    今にも男を色仕掛けで口説いてベッドへなだれこみそうでいながら、実際にふたりきりになればオタオタとパニックを来たしてしまう。
    そういった部分など面白く読める部分も多いが、村上春樹さんが絶賛する域には到達出来なかった。残念。

    また、短めな作品でありながら、途中までゆったり進行しているのに、最後はドタバタと終わってしまうところも戸惑うところだ。

    アメリカ作品を読むと、コーンブレッドという食べ物がよく出てくる。
    本書にも出てくるのだが、アメリカ家庭では大変一般的な食べ物のようで、お母さんの作ったコーンブレッドが食べたいと懐かしむように描かれていることが多い。
    一体コーンブレッドとはどういった食べ物なのだろう。トウモロコシの練りこまれたパンだろうか。
    日本でいうところの何に当たるのだろう。ちょっと気になった。

    フランキー、いつかまた読み返すので、それまで本棚で休んでいてね。

  • 思春期丸出し小説だったけど、共感できず終わった。田舎で育った子はこんな感じの思春期だったのかい?
    ジョンヘンリーが可哀想で、フランキーとか結婚式どころの騒ぎではなかった。
    あと春樹フレイバーてんこ盛りだった。

  • 思春期ってこうだよね、という話。

  • ガイブンファンかつ村上ファンとして期待大の本シリーズが始まった。翻訳本は「気が付くと絶版」というリスクと隣り合わせなのだよね。
    まずはやはり村上訳から。マッカラーズは初めて読んだ。
    12歳の少女と共通するのは女性という性だけでフランキーの母親の年齢なのだが、共感で胸がキリキリと痛い。私も、みっともない自分の外見と存在を抱え、行き場のない怒りや不安を抱え、「ここでない素敵などこか」に出て行きたくて仕方がなかった。日々は退屈で長く、フラストレーションとコンプレックスがふつふつと煮詰まっていった。姉は頭がよくてモテて彼氏がいて別の世界に住んでいるようだった。
    今の自分もその暗がりと地続きで繋がっているが、大人なので折り合いをつけて暮らしている。そうだ、私は18才で東京という「どこか」に飛び出し、それきり帰っていない。
    普遍性に共感すると同時に、文章の先にある風景やムードに、とてもクラシカルなアメリカ文学であるとも感じた。クラシカルといっても、サリンジャー、ブローティガン、フィッツジェラルドなどだ。村上さんが本書を訳したかったのも納得である。

  • 村上春樹 訳。村上春樹と柴田元幸がセレクトする海外名作小説の村上柴田翻訳堂。兄の結婚式で人生が変わると夢見る少女の日常。少女の危うさが女性作家ならではの繊細さで描かれている。

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