結婚式のメンバー (新潮文庫)

制作 : Carson McCullers  村上 春樹 
  • 新潮社
3.64
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本棚登録 : 523
レビュー : 62
  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102042021

感想・レビュー・書評

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  • 今となっては、マッカラーズなんて知らない人が多いんだろうなあ。長らく入手困難で隠し玉状態だったからなあ。

    何十年たって新しい訳でマッカラーズを読めるということが驚き。読んでる自分も驚き。

    ぜひこの勢いで「心は孤独な狩人」「悲しき酒場の歌」と併せて3点セットで読めるようになるといいなあ。読んでもらいたいなあ。

    こういう夏があるんだ。ヒリヒリ、キリキリする。

    • たまもひさん
      懐かしすぎる…。
      「心は孤独な狩人」を是非出してほしい。学生のとき英語のテキストとして読みました。老教授のボソボソした声が妙に似合っていた...
      懐かしすぎる…。
      「心は孤独な狩人」を是非出してほしい。学生のとき英語のテキストとして読みました。老教授のボソボソした声が妙に似合っていたなあ。
      2016/04/02
    • アヴォカドさん
      はいー、出してほしいですね。
      でも、今では使えない言葉とかも結構多くて、新訳は難しいのかもしれませんね。
      「心は孤独な狩人」、大切な1冊...
      はいー、出してほしいですね。
      でも、今では使えない言葉とかも結構多くて、新訳は難しいのかもしれませんね。
      「心は孤独な狩人」、大切な1冊です。
      2016/04/02
  • 村上柴田翻訳堂、第一弾。
    さすがに、素晴らしい作品。

    親密な人と、たわいもなく、なんでもない当たり前なことをしている時が実は一番幸せであり、その幸せな時間は瞬間瞬間過ぎ去って消えていく。そのことに私たちは普段気づいていない。

    「ライ麦畑でつかまえて」、「異邦人」のような青春をみずみずしく書いた小説に比肩するすごさ。ただ、よりナルシスティックな要素が少なく、シンプルで少し滑稽に表現できているところが良い。そもそも人はみな滑稽であり愛おしい。
    映画だと、ジムジャームッシュの初期作品やアキカウリスマキのような手触り、深みを感じる。

    思春期の女の子を通して、人間のおかしさ、メランコリックさ、ずうずうしさ、などを絶妙にミックスし、日常の中の非日常を淡々と(それでいて狂気を含ませながら)表現している。また孤独さと、人と人のつながりあいなどの関係性がテーマとして書かれていると思う。

    少女から女性へ成長しかけている主人公は、いろいろなことに気づきだし、疑似家族たちや父親から自立し、いままでの幼く古い「わたしたち」から脱皮しようとしている。
    突拍子もなく、行動的でありながら、(ナイフをつかって暴力的だったり、男並みの荒々しさをもっていながら、)どうでもいい細かいことに繊細にこだわったりする。ナイーブな心理が、心理描写ではなく、情景描写と会話劇で緻密に立体的に構築されている。

    フランキー(主人公)から見た、女料理人ベレニスは他人でありながら、母親代わり、お姉さん代わり。ジョン・ヘンリーはいとこだけど、弟や、子供代わりであり、本当の家族以上に家族らしい、繋がり(コネクション)がある。この構成を主題にして、リアリティーをもって成り立たせている。

    フランキーの視点から書かれている小説という印象を受けるが、第一人称ではなく、第三人称で描かれている。

    村上春樹があとがきで記載している以下がすべてを表している。すごい。
    以下、「訳者解説」より

    この小説は単なる「人生の通過儀礼」を描いた小説ではないということだ。つまりこれは「かつてこういう少女時代がありました。そのようにして私たちは大人になってきたのです」という物語ではないということだ。カーソン・マッカラーズにとっては、ここに書かれた物語は、彼女の中でそのまま生きて継続している物語でもあったのだ。何がノーマルであり、何がノーマルではないのか、その謎を彼女はいまだに追い求めているのだ。とても真剣に、自分自身の意味をかけて。彼女にとって、その「気の触れた夏」は今もなを続いているのだ。だからこそこの『結婚式のメンバー』という作品は、そこに描かれた限定されたジあkンとその限定された時間は、現代にあっても確かな力を持って、我々に訴えかけてくるのだ。

  • 読み終わった直後のこの気持ちは、岡崎京子の漫画を読んだ時に似ている。

  • 思春期の「ここではないどこか」「もっと素敵なはずの私」の気持ちを痛いほど描いてある。それを託すなにか輝いたきっかけが結婚式というの、ああ!それはそうだろう!
    パート3の、それでもどうしようもなく「なにか」を運んでくる人生、そこに希望を見る終わりにも、優しさをかんじました。

  • 気の触れた夏を過ごす、多感な12歳の少女。
    急に伸びた身長を持て余し、兄の結婚式への出席により、新しい世界へ抜け出せると確信している。
    心身の成長目覚ましい思春期が、みずみずしい。

  • アメリカ南部の田舎町を舞台に、12歳の多感な少女フランキーのひと夏を描いた作品です。
    主人公の行動や思考は突飛で共感し難く、周りの登場人物もどこかグロテスク。更に、全体的に陰気な内容とあまり救いのない話なのですが、2・3年に一度は読み返してしまいます。
    主人公の強い閉塞感や疎外感をありありと感じさせる手腕に、毎回「凄いな」と感心させられます。
    長らく絶版でしたが、村上柴田翻訳堂シリーズから村上春樹さんの新訳で再登場しました。
    できれば、デビュー作の「心は孤独な狩人」も訳していただきたいです。

    ペンネーム:イカ☆リング

  • 『結婚式のメンバー』は、兄の結婚式で人生が変わることを夢見るフランキー・アダムスという名の12歳の少女の「緑色をした気の触れた夏のできごと」を描いた長編小説。生まれ育った町を出て行ってしまいたい、自分の名前を新しく変えてしまいたいとフランキーが抱える狂おしいほどの焦燥感が物語を貫く。

    そんな焦燥感は、我々の胸に鋭くせまり、時には古傷をえぐる。読んでいて痛々しさを感じるほどに。なぜなら、我々は12歳のフランキーが抱いていた焦燥感の記憶を抱えているからだ。12歳のフランキーは、大人になった我々のかつての自分自身の姿なのだ。だからこそ、その痛みや古傷を思い出しながら、フランキーの行動をハラハラしながらページをめくることになる。

    『結婚式のメンバー』は、単なるノスタルジーではない、大人になった我々がかつて抱いたヒリヒリとした焦燥感を呼び起こす小説だ。真夏の太陽の光と熱、真夏の夕闇が部屋に侵入する光景。自分の住む家や育った町にうんざりとしながらも、自力ではどこにも行けない諦め。時代や場所は違えども、二度と訪れない子どもの頃の風景が、目の前に立ち上がる。切なさと切実さをともなって。

  • 素晴らしい作品だと思う。心の不安定さをここまでリアリティのある表現で綴った作品はほかに知らない。(といえるほどの作品を読んだ訳ではないけれど)
    私生活でもかなり不安定な精神状態だったようだが、だからといって、それをリアルに文学作品に昇華できるというものでもないだろう。
    名前へのこだわりも面白い。フォークナーの「響きと怒り」にも、改名へのこだわりが出てくるが、アメリカ人にはそのような考えがあるのだろうか。

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