マンスフィールド短編集 (新潮文庫)

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感想 : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (316ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102048016

感想・レビュー・書評

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  • 図書館でふと、借りた本。

    「美しい古き良き日本語の
    こう言った素晴らしい翻訳は今や絶滅の危機に瀕している!
    これが絶版になったり、新訳になったら、
    それこそ事だ!」

    今までもお気に入りの本が
    新訳となって恐ろしい作品に変わり果てたのを
    幾多も見てきている私、

    読みながらジリジリと焦ってきて、
    本屋さんに頼んで取り寄せてしまった。

    そんな訳で今、私の家には「マンスフィールド短編集」が
    2冊あります。

    15編をおさめた、短編集。

    「初めての舞踏会」
    従姉妹たちに連れられて、生まれて初めて舞踏会に行く少女
    あれ、この従姉妹たちは「園遊会」のあの娘たち!

    この姉妹、兄妹間の会話ややりとりが絶妙。
    主人公のリーラは一人っ子なので憧れの眼差しを送っている。

    初めての舞踏会での戸惑い、喜び。

    そこに現れる薄気味悪い男が…。

    見た目が変な人、変に不幸な人には
    それなりの理由があると言うのの、実証版。

    「大佐の娘たち」
    恐ろしい恐ろしい父親に怯えて生きてきた二人の今や年寄りの娘。

    この父親が亡くなって、それからの日々。

    嫌いな女中に対しても向き合っては強くは言えない。
    でもこの際やめさせて自由にやりましょ!と二人は盛り上がる。
    卵を色々と料理するのよ!と言った描写が面白い。

    「湾の一日」
    ある湾の近くにいる人々、それぞれの人生。
    風景描写もさることながら、それぞれの人物の心の中の様子が
    生き生きとしていて、
    まるで私が幽霊になって、そこら辺を彷徨っていて
    色々な人に取りついて、全部知ってしまった様な
    面白さがある!

    さて、ここで「園遊会」にも出てきた
    『バタつきパン』について、少々考えてみたい。

    バタつきパン…、特にイギリス文学、イギリス児童文学に
    度々出てくる、この驚くほど美味しそうな、素敵な食べ物は
    どんな食べ物なのだ?

    あくまでもバターではなくバタ、と言うところ、
    そこがそのものの魅力に大きく関わってくる!

    私は勝手にスコーンにバターを塗ったもの?と
    思っていたのだが、このたびネットで検索したら、
    色々なバタつきパンが出てきた。

    有力なのは美味しそうなフルーツ入りのバウンドケーキ的なものに
    バターを塗ったもの、みたい。

    他の方もパンケーキにバターたっぷり、とか
    普通のパンにバターを塗ったもの、とか、
    自分なりの『バタつきパン』を表現しておられて面白かった。

  • ちょっとした感情の揺れや、心の動きを見事に文章に表した、繊細な短編が並ぶ。ストーリーはいたって平凡なだけに、描写の巧みさが際立つ。
    (2017.8)

  • ひたすらに弱者の視点から人生を見つめている話。

    ささいではあるが、人生に嫌気が指す原因。今までの自分の人生にはなかったその要素に気づいたときに、人生に改めて出会う。

    人生に潔癖さを暗に求めている点でサリンジャーっぽくもある、と感じた。


    ただし本作の主題は似通っていて単調。
    最初の3編読めば、大体後の話は想像がつく。

  • 女子向けかなと思いました。
    10代~20代の自分であれば酔っていたと思います。
    詩人好きに最適の一冊。
    今の自分には無理でした。

  • 最近では『不機嫌な女たち』が出版されたりして再び注目されているキャサリン・マンスフィールドの短編集。
    
    代表作『園遊会(The Garden Party)』は学生の頃、授業で原文を読んだことがあって好きな作品。
    
    華やかな園遊会のすぐ隣にある貧困と死。恋人の手紙に翻弄される『声楽の授業』のように、喜びと表裏一体の哀しみ。
    表紙のカバーは勝本みつるさんによるものだそうですが、モノクロにバラの赤だけが色づくように、人生に差す光と影をさらっと描写する短編群です。
    
    訳者の安藤一郎さんが解説で「詩的な散文」と評するように、マンスフィールドの文体はポエティックで、語り手がするっと変わったり、風景描写と心理描写が交錯していたりするので、おそらくとても訳しにくい。
    
    授業のときに使っていたテキストをひっぱり出して原文と訳文を照らしあわせながら読んでみましたが、簡単な英語しか使われていないのに解釈しにくい。
    (「パッションフルーツのアイス」が「トケイソウの実が入ったアイス」となっているのは時代だな〜)
    
    マンスフィールドの中では一番長い作品という『湾の一日(At the Bay)』は、避暑地に集う人々を交互に描いたモンタージュのような作品。親交があったというウルフの『ダロウェイ夫人』にもちょっと似ている。無邪気な子供たちと、裕福でありながら人生を諦めているかのような大人たち。
    

    以下、引用
    
    あちこちにある、丸い木杭にーそれは巨大な黒い茸の茎のようだったー角燈(ランタン)が下がっていたが、角燈は、その臆病なふるえる光を一面の暗闇にひろげることを、恐れているようだった、まるで自分だけのためのように、静かに燃えていた。
    
    そうすると、この初めての舞踏会は、結局、最後の舞踏会の始まりにすぎないのだろうか?
    ああ、物事はなんと急に変ることだろう! 幸福は、なぜ永久につづかないのだろう? 永久だって、ちっとも長すぎることはないのに。
    
    「まあ、ああいう男の人は!」と彼女は言った、そして、ティーポットを洗い桶の中に突っこんで、ブクブクいうのがとまってからも、なお水の下に沈めておいた、あたかもこのティーポットも男の人で、水に溺れて死ぬのがけっこうすぎるくらいだと思うかのように。
    
    午前の時間がたつにつれて、あらゆる群れが砂丘をこえてあらわれ、水浴のため渚へ下りてきた。十一時になると、別荘地の婦人と子供たちで海を占領したことになった。初めに婦人たちが着物をぬぎ、水着をつけて、頭をスポンジ袋のようにぶかっこうな帽子でおおった。それから子供たちの服のボタンをはずした。砂丘には着物や靴の小さな山が散らばっていた。飛ばないように足を上へのせてある大きな夏帽子は、巨大な貝殻のようにみえた。この踊り跳ね、笑いあう人々が波の中へ走りこむと、ふしぎにも、海までが違った響き方をするようだった。
    
    「まあ、あんたは、なんてかわいいきれいな体なんでしょう!」とハリー・ケンバー夫人が言った。
    「いやだわ!」とベリルはおだやかに言った。だが、靴下を片方ずつぬぎながら、自分のかわいくて、きれいなことを感じていた。
    
    それなら、どうして、ただの花にすぎないものが? だれがこういうものすべてを造る骨折りーあるいは喜びーをもつのだろう、この際限なく棄て去られるものを……それがうす気味悪かった。
    
    彼女は自分も一枚の葉のように感じるのであった。「人生」が風のようにやってきて、彼女はそれに捉えられ、ゆさぶられた。彼女は行かなければならない。
    
    子供を産むことは、女の当り前の道だと言うのは大変もっともである。だが、それは本当ではない。他人はどうでも彼女自身としては、それが間違っていることを証明できる。子供を産むことによって、みじめになり、体も衰え、気力がなくなってしまった。しかも、二重に耐えがたく思うのは、彼女は子供たちを愛することができなかった。そうでないようなふりをしたって、だめなのだ。
    
    「だれでも死ぬことになるの?」とキザイア。
    「だれでもよ!」
    「あたしも?」キザイアの言い方は、とても信じられないというようだった。
    「いつかはね」
    「でも、おばあちゃん」キザイアは左の脚をゆすって、その足先をふり動かした。それは砂っぽかった。「あたしが死にたくないんだったら?」
    老婦人は、また溜息をついて、毛糸の玉から長い糸をひっぱり出した。
    「わたしたちはみんな、自分の意志などきかれないのよ、キザイア」と老婦人は悲しげに言って、「遅かれ早かれ、いつかはそういうことになるんですよ」
    
    

  • もともとは、「欲望のバージニア」という映画を見て、その原作を読んだら、アンダーソンという作家が出ていて、アンダーソンの短編集やフォークナーの短編集を読んで、海外作家の短編に興味を持ったので、この「マンスフィールド短編集」も買ったのだ。
    フォークナーほど難解でなく、日常生活が描かれているのだが、そこに良さがある。
    他にもスタインベック、サキ、マラマッド、オコナーなど、読みたいと思う短編集は沢山ある。

  • 生きるための古典
    文学

  • この短編集は、同氏の短編集です。

  • 華奢で精巧なガラス玉のような短編集である。大人の世界にとまどいつつ期待を込めながら足を踏み入れる少女、妻の自分に対する愛に確信が持てない夫、ある瞬間にこれまでの人生の意味を突然思い知らされる老人達。1話あたり、5~6頁でしかないものが大部分であるが、一瞬のできごとを丹念に描ききることによって、(醜いものも含めて)そのときどきの言葉にし難い人の思いをあぶり出す。全くもって、名人芸である。3年くらい放置したあげく漸く読んだが、「狐」(山村修)、堀江敏幸(「彼女の背表紙」)が推奨するだけのことはある。最近読んだメイ・サートン(「独り居の日記」)によれば、マンスフィールドは、とても興味深い人物のようなので、評伝などもいずれ読んでみたい。

  • 「園遊会」「若い娘」が飛びぬけてよかった。
    のどかな上流階級の家族をそのままに、のどかすぎるほどのどかに描くと強烈な皮肉になるんだなあ。すごく困難な作品(創るのが)に思えた。

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