アンナ・カレーニナ(上) (新潮文庫)

著者 :
制作 : 木村 浩 
  • 新潮社
3.73
  • (133)
  • (127)
  • (218)
  • (18)
  • (5)
本棚登録 : 1666
レビュー : 119
  • Amazon.co.jp ・本 (580ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102060018

作品紹介・あらすじ

モスクワ駅へ母を迎えに行った青年士官ヴロンスキーは、母と同じ車室に乗り合わせていたアンナ・カレーニナの美貌に心を奪われる。アンナも又、俗物官僚の典型である夫カレーニンとの愛のない日々の倦怠から、ヴロンスキーの若々しい情熱に強く惹かれ、二人は激しい恋におちてゆく。文豪トルストイが、そのモラル、宗教、哲学のすべてを注ぎ込んで完成した不朽の名作の第一部。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 文学

  • ロシア文学って言葉のイメージとトルストイの風貌からして勝手に難解で取っつきにくい印象持ってたけど、割りと読みやすい。心の襞が書いてある。読み進めて行くごとに、登場人物に対する人物像の理解に深みが増していく。

  • 2017.11.05 『文学入門』
    2017.12.27 世界の文学作品を読む(2018年に向けて)

  • 初めはばらばらだった登場人物がだんだんつながりそれぞれが強い個性を失わずに話が展開する様はさすが文豪と納得。一人一人の登場人物が全員際立っていてそれを1つの話にずれることなくまとまっていて読みながら感心する。上巻なのでまだ話の三分の一しか進まないがボリュームはあるのでたっぷりと楽しめる。

  • 「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである」という世界文学史上、最も知られた警句の一つで始まる重厚な本作こそ、時間のある休暇にはふさわしいと思いセレクト。

    夫婦の不貞という現代にも通用するテーマであるにも関わらず、その心理描写は一瞬たりともだれず、紋切り型の描写は一切使われない点に古典の重みを感じる。引き続き中巻へ。

  • 【No.116】「幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである」「自分の心を占めていた思いが言葉になって語られたのを聞くと、またもや深い満足の紅がその顔をそめた」「今彼の感じた気持は、深淵にかかった橋の上を悠々と渡っていた人が、不意に、その橋がこわれており、目の前に深淵を見出したときの気持に似ていた。その深淵は人生そのものであり、その橋はカレーニンの生きてきた人為的な人生であった」

  • 2017.12.11 読了

  • どうしてトルストイの小説を読もうと思ったのか、もう3か月くらい前のことなので思い出せません。ただ『戦争と平和』は長すぎるのでアンナで妥協、などと適当なことを考えていたことは覚えています。

    舞台は1870年代のロシア。アレクサンドル2世の統治下、農奴解放令の余波、社会主義思想の萌芽、ポーランドやトルコとの不穏な関係・・そんな時代背景。全編を通してなんとなく人びとのそわそわした雰囲気、社会が大きく変わろうとしている兆候を感じます。登場人物政治とか教育とか経済とか信仰とか、お堅いテーマについてなにかと議論しています。

    タイトルにもなっているメインヒロイン、アンナを中心として展開される上流階級のきらびやかな社交の世界。色恋沙汰で揺れ動く男子と女子のお話です。ピュアでこじらせる系のリョーヴィンは現代日本非モテ界においても共感を呼ぶ可能性あり。

    もちろん単純に明るく華やかというお話ではなく、特にリョーヴィンの兄ニコライのエピソードなど、どよーんとしたピースもあちこちにはめ込まれていますが、いずれにしても全体的にはニ長調アレグロのトーンです。

    あとストーリーの最初に登場するオブロンスキーというオッサンは、この小説を通して個人的にイチ押しのキャラクターです。本書そのものは重厚感たっぷりのザ・露西亜文學なのですが、このオブロンスキー氏は絶妙なタイミングでちょいちょい顔を出し、上がりすぎたテンションを緩めるスチームトラップのごとき役目を果たしています。

  • 463

    2017年では97冊目

  •  『アンナ・カレーニナ』はトルストイの作品であり、言うまでもないがロシア文学の代表作の一つである。文学好きなら読んだことはないにしろ、名前は知っているであろう。トルストイの『戦争と平和』程は長くないが、それでもかなりの量があり、読み終えるだけでも一苦労である。

     この作品を私は二週間近くかけて読み終えた。そして、読み終わった際の感想として自分の心を覗いてみると、中々に複雑な気持ちをこの作品に対して抱いていることに気づく。すなわち手放して賞賛しようという気持ちはないし、駄作として唾棄しようというわけでもない。私はこの作品に 対して賞賛の気持ちを持っているのか、否定の気持ちを持っているのか、中々自分でも判断しづらいものがある。
     
     『アンナ・カレーニナ』という題名である以上、やはり主人公は夫人アンナである、と考えてもいいだろう。彼女は恋愛のない結婚生活に嫌気がさし、不倫へと走り、やがて駆け落ちをしたり、離婚を申請したりする。ここを沿っていけば、一つの不倫物語としてこの作品を読み取ることができ、そういう一側面を持っていることは間違いのない事実である。
     しかしながらこの作品を読み終えた者は、この作品が単なる不倫物語ではないことは、当然ながら気づくはずである。もう一人の人物レーヴィンが登場して、彼もまた結婚をおくることになる。そして単にそれ だけでなく、彼を通してロシアの農業問題、政治問題についてや、道徳問題についても多々言及され、それにより物語は単なる不倫物語として片付けていいものではなくなってしまう。この作品をアンナの不倫物語として取り扱う場合、これらの要素は別に読み飛ばしても差し支えがない。しかし、どうもそういうわけにはいかなさそうだ。この作品を正しく評価するにあたってはこういった要素も鑑みないといけないのではないだろうか。
     なんでもこの作品は当時の社会情勢を細部に至るまで書きつくそうという意図を持って書かれたらしい。それが作者の自発的な意志なのか、それとも社会の要請なのかはわからないが、やはりどうしても無視できそうなものでは間違いない。
      しかし作者の真意が何であれ、また学問的にはどのようにこの作品がとらえられていようが、私はこの作品内における農業問題、政治問題、道徳論については、退屈を覚えたことを素直に告白しなければならない。まあ当然といえば当然なのかもしれない。この文学が成立した時代や場所と私が生まれ育った環境は違うのだから。それ故私はこの作品内の作者の描こうとした情勢・思想的なものについて殆ど記憶に残っていない。私がこの作品を読んで印象に残っているのは、結局アンナの不倫とそれを取り巻く人間関係である。アンナの不倫が最終的ににどのような結末を迎えるのか、という社会的な興味ではなく個人的な興味を持って、結局この作品を追っていた。情勢・思想は一応一通 り読んだが、私が仮にこの作品を再読する場合、おそらく読み飛ばすだろう。
     
     ではこの作品が不倫物語としてはどうなのか、と聞かれたら、面白いとは答える。しかしながら述べたようにそれはあくまで物語の一側面である故、どうしても不倫物語として消化不良が目立つ。結局夫との関係子供との関係もはっきりとしたエンディングを迎えなかったし、アンナ亡きあとのウロンスキィに関する描写もどこかあっけない。どうにも読み終わって私はやきもきさせられた気持ちを抱くことを申し上げねばならない。それにこの作品は長い。壮大であるが、それ故読むのに骨が折れる。その長さを読み終えたことによって相応の報酬があったか、と聞かれれば、私は否定はしないものの、かといって肯定しようという気にも中々なれない。結局のところ私はこの作品の感想を聞かれたら、賞賛も非難の声も挙げず、沈黙を強いられることにになるだろう。

全119件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

一八二八年生まれ。一九一〇年没。一九世紀ロシア文学を代表する作家。「戦争と平和」「アンナ=カレーニナ」等の長編小説を発表。道徳的人道主義を説き、日本文学にも武者小路実らを通して多大な影響を与える。

「2004年 『新版 人生論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

トルストイの作品

アンナ・カレーニナ(上) (新潮文庫)に関連する談話室の質問

アンナ・カレーニナ(上) (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする