かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)

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レビュー : 70
  • Amazon.co.jp ・本 (251ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102065020

感想・レビュー・書評

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  •  二作とも狭いコミュニティ内での話で、起きることといえば世間的には取るに足らないことしかなくて、誰も彼もありふれた不仕合せに蝕まれているからこそ、胸に迫るものがあった。

     恋と美しさは人を盲目にする。美しさを求める心は、それ自体で美しく、崇高なものではあるけれど、全てを破滅させてしまうかもしれない。

     チェーホフが以前の小説で語っていたという言葉も印象的だった。「現在の生の儚さ、現世への無常の思想は、人間の叡智の究極の段階ではあるが、それは同時に思索の停止点であり、青年がいたずらにそういう思想に耽ると自分の人生の豊かな色彩が失われ、無意味なものに思えてしまう。」
     辛くてもなんでもとにかく現実の生に向き合って耐え忍ぶことが大事だ、ということがとにかく強調されている戯曲だった。現実を信じれなくなったら破滅する。空想の世界へ逃れようとしても、苦しみは付いて回り、やがて破滅する。向き合って耐えることでしか、生きていけない。

     純粋な美しい感性を持っている、繊細な人間ほど破滅しやすいのが切ないな。結局それは弱さにもなるけど、俗悪さに塗れて大事なことを見失うよりは数倍いいと思ってしまう。トレープレフはそういう意味で一番好きな主人公だった。

     作者の人生観が如実に描かれているから、またなんか考えさせられる…。読んでいる最中は、楽しいけどあまり心に爪痕は残されないかな、と思っていたけど、非常に印象に残る作品だった。手にとってよかった。

  • 帝政末期に書かれた2つの戯曲。描かれているのは、その時代にロシアに生きた人々。両篇共に終始一貫して暗く陰鬱なムードに覆われている。そして、この2作で語られているテーマもいわば同じだ。より分りやすいのは「ワーニャ伯父さん」の方だろう。彼を含めて登場人物たちの誰の恋も報われることはないし、生きていることの意味を積極的に見出すこともできない。ワーニャが語る「新規蒔き直し」が叶わないことは彼自身も観客も知っている。また、「かもめ」に象徴される圧倒的な孤独は、不条理であり、ドストエフスキーとの相通性をも感じさせる。

  • 生きるってことは辛いことだけど
    それを神様に認めてもらうことで救われる
    そんな話、嫌いじゃない

    古典だから難しい話なのかなって思ったけど、そうでもない
    暗く鬱屈とした出口の生活のなかで
    何にも希望を見出すことができない状態

    ただ『神様に「良く頑張ったね」って言ってもらえたら素敵だよね』と
    なんというか、かんというか
    そんな馬鹿な話、あるわけないだろうと最近まで思ってた

    でも冷静になって考えてみると
    神様に限定しなくても
    他の人に自分の存在を認めてもらったときは
    すごく気持ちが高揚する

    結局、人間って、社会的な生き物なんだなと実感させられる
    というか、考え直させられた

  • チェーホフは、中原俊監督、吉田秋生原作「櫻の園」の関連作としてずっと気になっている作家。
    「櫻の園」は高校か大学のころに読んで、しかしあまり記憶に残っていない。
    村上春樹がよく言及していたが、「ドライブ・マイ・カー」での言及に引っ張られて、思い切って読んでみた。
    4大戯曲のうち1,2作目らしい。
    この2作が一冊にまとまっているのは、結構意義深いみたい。
    「絶望から忍耐へ」、「忍耐から希望へ」というチェーホフのモチーフの変容を、この一冊の本が表しているからだ、とのこと。
    また「チェーホフの銃」という伏線回収、無用な要素を筋に盛り込まざるべしという創作のルールについても、今回元ネタに接することができた。

    ■「かもめ」
    女優の母、その恋人の作家、その作家のほうばかり見ている自分の恋人、に終始煩悶するワナビー。
    俺はまだ何者でもないし、何者かになれる自信もない、という状態で、いかに歯噛みするか。
    19世紀末の青年、しかも貴族、という想像しづらい設定なので、簡単にワナビーなどと矮小化するのには一時停止をかけるべきかもしれない。
    が、ここで補助線として引きたいのが、夏目漱石「それから」の長井代助。
    高等遊民の生活感覚は、もちろん2020年の生活感覚とは違うが、チェーホフの150年前にダイブするときに、漱石の100年前を参照すれば、実感の度合いは深まる。
    というわけで、恋人の足元に殺したカモメを投げ出すトレープレフに、終始感情移入しっぱなしだった。……絶望……。

    ■「ワーニャ伯父さん」
    対して本作では、もちろんワーニャへの共感。
    結構な壮年なのに、青年時代の憧れと憧れが踏みにじられた結果たる憎しみを、胸中に醸造している。
    それを溶かす(可能性がある)のは、ソーニャの台詞……やはりここに最もじんときた。
    「仕方ないわ。生きていかなくちゃ…。長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。あちらの世界に行ったら、苦しかったこと、泣いたこと、つらかったことを神様に申し上げましょう。そうしたら神様はわたしたちを憐れんで下さって、その時こそ明るく、美しい暮らしができるんだわ。そしてわたしたち、ほっと一息つけるのよ。わたし、信じてるの。おじさん、泣いてるのね。でももう少しよ。わたしたち一息つけるんだわ…」

    舞台弱者。
    その道の人からは今更と言われるかもしれないが、ぺちゃくちゃお喋りと、罵り合いと、負の感情がぐぐーっと高まるような会話の中で、ちらっと見える高貴さが、儚く提示され、儚さゆえに即座に敗れたり、裏切られても輝いたりして……。

  • 『かもめ』の途中までの段階で、女優の息子で若くて自分の文士としての才能を認知されたい人物と、才能を認められる流行作家との対比がまず出てきていて、前者のむきだしの苦悩と後者の隠された苦悩についてがなるほどなあと思いました。人物のタイプとして違うのだろうけれど、打って出たい気鋭の若者とはえてしてそういうもので、世に出た創作者はそういうものだったりする、というようなスケッチのように読めた。さらに、ニーナという若く美しい女優志望の女性の転落があり、作者は人生の苦味を無慈悲にも盛り込んで、そこでその魅力的なキャラクターがどう考えるかに賭けているように読めました。つづく、『ワーニャ伯父さん』。女性の登場人物、エレーナに、ソーニャに、どちらもすばらしい。アーストロフ医師に対するソーニャのセリフがまたよかった。破滅の影の中に足を踏み入れ気付かず苦悩していると、そっと優しく正しい言葉で道を照らすのです。博打とか酒とかに手を染めても、「あなたはだれよりも立派な方です」と言ってくれて、「どうしてご自分でご自分を台無しになさるの?いけないわ、いけませんわ、後生です、お願いですわ」なんて返されたら、たいがいの男は大きな感謝とともに自分を顧みて自らを正そうと発起するんじゃないかな。

  • 『ワーニャ伯父さん』の最後のソーニャの言葉がとても感動的でした。
    少し飛躍しますが、ゴッホやミレーが農夫を描いたのは、彼らの生活の苦しさを表現するためではなかったと思います。むしろ、大地に足をつけて一日一日を生き抜いていくことの先に、なにか神々しいものがあるということ。
    『ワーニャ伯父さん』の主要登場人物たちは農民ではありませんが、これに近い印象を受けました。

  • 「ワーニャ伯父さん」のみ読了。
    崇拝していた大学教授セレブリャーコフへの資金援助のためにこれまでの半生を捧げてきたワーニャ伯父さん。いまでは教授にも、これまでの自身の人生にもすっかり幻滅している。
    片思いに苦しむ姪のソーニャ、既に夫への愛情を失った教授の妻エレーナ、世間的には成功者に見えるアーストロフや教授も、登場人物はみな心に生きることの報われなさを感じている。
    終盤、教授と妻が去った屋敷で帳簿をつけるワーニャとソーニャ(帳簿は収支を合わせるものである)。生きることのつらさを嘆くワーニャに、死後の天国での報いをソーニャが説くのは、そういったおとぎ話を持ち出さない限り、われわれの人生の苦しみの収支は合わせられないということであろう。

  • NHKEテレの100分de名著で取り上げられているので読みました。
    番組では集英社文庫の沼野さん訳が取り上げられているけど、私はあえてこちらを。

    短編が2つ。どちらもヒーロー・ヒロインは出てこない。みんな自分勝手で非倫理的な人物。そんな人々がひたすらワイワイガヤガヤものを言い合う。

    でもさ、これって私たちの日常と同じじゃない? そう思わせる何かがある。
    かもめの副題が「四幕の喜劇」だが、そういう意味では確かに喜劇だ

    近いからこそ人はすれ違うのかもしれない
    でもそれを悲観するでもなく、
    だからコミュニケーションをこう変えるべきとか大上段から言うわけでもなく、
    あとは自分で考えてね、と私たちに手渡してくれるのがチェーホフの誠実さなのかもしれない。

    個人的にはワーニャ伯父さんの方が、私の個人的な体験に近いものがあり
    胸をズキズキさせながら読んだ。
    ラストの「でも、仕方ないわ。生きていかなければ」にはとても勇気づけられた。
    典型的なヒロインじゃない、ソーニャの言葉だからこそ胸を打つのだろうと思う。

  • 青空文庫で「かもめ」を読む。青空文庫の登録の仕方がわからないので、ここに記録。チェーホフの文章は素敵だ。でも「かもめ」はややぼくにはつらかったかも。再読必要。

  • 「ワーニャ伯父さん」を読みながら昔観たルイ・マルの「42丁目のワーニャ」を思い出していた。あれはいい映画だった。
    「かもめ」もそうだけど、田舎の退屈な暮らしに闖入してきた都会人との軋轢を描いている。どちら側の気持ちもわかるがやはり今はワーニャ伯父さんに共感してしまう。

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