博物誌 (新潮文庫)

  • 新潮社
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本棚登録 : 378
レビュー : 44
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102067017

感想・レビュー・書評

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  • ここにあるのは豊富な挿絵が添えられた、詩的な生物観察からなる短文の集まりです。著者は例えば以下のように生き物たちへの愛着を感じさせる視点で表現しており、俳諧の世界観を連想する方も少なくないでしょう。

    蛙「彼女らは、睡蓮の広い葉の上に、青銅の文鎮のようにかしこまっている」
    蝶「二つ折りの恋文が、花の番地を捜している」

    本書には同著者の『にんじん』にあるような、幼少時に受けた辛い経験も多分に影響したことが偲ばれる、著者の人間嫌いな側面も所々で確認することができます。それは例えば次のような心情の披歴としても表れます。

    蝦蟇「人間は、この世の中で、もっと胸糞の悪くなるようなものを、いくらも呑み込んでいるんだ」

    おそらくルナールの没入するような自然と生物への愛好心と、人間を嫌う孤独な心性は表裏を為すものであり、そうでなくては生物への愛着を感じさせる視点と、どこか寂しげな感性を併せ持つ本書独特の味わいもまた生まれなかったのではないでしょうか。しかもそれだけでなく「蛇」にあるような読み手を吹き出させてしまうユーモラスな一面も存在しており、味わい深く豊かな魅力をもつ短文集だと感じます。

    そして、この『博物誌』にせよ、『にんじん』にせよ、ルナールの作品は書名や装いから内容を的確に想像することが難しいため、相応の読者を獲得する機会を損なっているのではないかと考えてしまうところがあります。

  • 何となく手にとってパラパラめくって「へび - ながすぎる。」の一文が目に入った時、これは読むべき本だと思いました。
    ジュール・ルナールが独自の観察眼で身近にいる動物や昆虫について綴った随筆集です。ファーブル昆虫記のような学術的な要素はありません。例えば先述の通り「へび」の項目は「ながすぎる。」この一文で終わりなのです。
    「めんどり」の次にくる「おんどり」の正体、「くじゃく」が待っているもの、「毛虫」と薔薇の関係、「ちょう」や「りす」を表した見事な修辞、「こうもり」が生まれるわけ。
    哀しかったり可笑しかったり厳しかったり優しかったり、こんな文章を私も書いてみたいです。
    訳者あとがきに「訳してはおもしろくないことばのしゃれ」とありました。フランス語が分かって原書を読めればもっともっと楽しめるのだろうと思います。

  • 以前から読みたいと思っていた本書。
    先日読んだ『うたの動物記』(小池光/著、日本経済新聞社)でも書名を見かけたのをきっかけに読み始めました。

    ルナールが身近にある生命をじっくりと観察し、小さなものたちの中にある大きな宇宙を描き出したような文章です。
    個人的にフランス文学の言い回しに苦手意識があるのですが、1つ1つが短いせいか、すんなりと読み進めることができました。

    比喩がなんとも独特でした。
    ミミズを見て「上出来の卵うどんのようだ」…と感じる日本人はなかなかいないんじゃないかな…w

  • 博物学的な本かと思って手に取ったんですけどね。ぜんぜん違いました。

    農村で暮らす作者が身の回りの動植物を独自の表現で書き綴っており、
    その表現の妙を楽しむような趣向になっています。
    ある種の詩集みたいな感じですね。

    とはいえ、荘厳な雰囲気ではなくユーモラスな文体なので、
    独特な挿絵と相まってくすりと笑わせてさせてきます。

    パンチがある訳ではないですが、
    ほのぼののんびり楽しむには良い本です。

  • あまりはっきりとしない記憶の影にこの本の存在があった。
    古本屋で見かけた時に、あぁずっと探していたんだ、と言う喜びがわき上がり、なんの躊躇もなく手に取ったのだが、実際の所私のほしい書籍リストにこの本の名前はない。
    誰かが己の作家生活に影響を与えた1冊、としてこの本をあげていた気もするのだが、それが誰なのかもわからない。
    ともかく謎の多い1冊であるルナールの『博物誌』。



    ジュール・ルナールとはフランスの作家である。
    彼の代表作は『にんじん』。にんじん色の髪の毛をした少年の話だった気がするが、実はそちらは読んだことがない。
    どういう人でどういう本なのか、何もわからぬまま本著を読んだ。
    内容は小説ではなく、いわばちょっとしたコラム、それも身近な事物に対して言葉を綴ったものである。
    動物の扱いが多いので、勝手にシートン動物記をイメージしていたのだが、そんなものとはほど遠いフランス人らしいエスプリに富んだ筆者の生活的視点に即した小話集である。
    読み始めて非常に詩的だな、と当初は感じていたのだが、読み進めて行くうちにそうでもないかもしれない、とも思った。なんだろうか全体的にイマイチ入り込めないところがどうもあったのだ。ものの見方が日本人には縁があまり無い表現が多かったのかもしれない。


    『孔雀』の”釘付け”も好きだったが気に入ったのは連作めいた『鶸の巣』、『鳥のない鳥籠』、『カナリア』。
    特に『鳥のない鳥籠』はとても好き。こういった話を書く人なら次は『にんじん』に手が伸びるのも遠くはないだろう。


    軽いのに超したことはないがここまで軽いとさすがに拍子抜けする。
    とはいえ、”易しい”だけではなく、久しぶりに詩なんて読みたくなるような”優しい”一冊だった。
    牧歌的とも言えるのやもしれないな。

  • 請求記号 954/R 27

  • 19.10.20
    詩的。丁寧に切り取った一瞬と、緻密な擬人化で、こんなに細部を見つめられらのかと恐れ入る。

  • どこかの書店員さんの書評でオススメされていたので読んでみた本。
    散文というか随筆というか…。
    身近な生き物を独自の目線から美しい文章で表現し、綴られている。
    言葉とリズムが優美で何度も眺めてしまう。
    長い表現もあれば、一行しかない表現もある。
    原文はわからないだけに、訳者の語彙力に魅了される。
    現代書にはなかなかない美しいことばが詰まった本なので、たくさんの人に堪能してほしいな。

  • 表紙がすごく綺麗。内容も興味深そう。

  • ブック・オフでジュール・ルナールの『博物誌』(新潮文庫)を買ってきました。
    ひょっとしたら持っているのではという疑問がわかないわけではありませんでしたが、
    えいっ100円だということ購入してしまいました。こんなことしょっちゅうあることです(⌒-⌒;)
    で、家に帰り本棚を調べあげるとやはりありました、でも、岩波文庫版でした。
    まず翻訳者が岸田国士(1974年出版)と辻昶(1998年出版)と違い、
    また原本の出版社の違いで、話の項目数も岩波文庫がだいぶ多いようです。
    さて、ジュール・ルナールといえば『にんじん』という作品でお馴染みの方も多いでしょう。
    その彼が田舎住まいをしていて、身の回りにいるアヒル、猫、うさぎ、ロバなどを
    簡潔な文章の中に的確にその動物たちの様子をうつしとっているのです。
    新潮文庫版の岸田国士の訳はさすが明治生まれの人だけあって、
    少し言葉が硬いですが大変わかりやすい良い文章だと思いました。
    あっ、そうそう彼の次女が女優の岸田今日子なのです。
    所で、この2冊の本のもう一つの違いが、挿絵にあるんです。
    岩波文庫はあの大画家ロートレック、そして新潮社版はなんとボナールなんです。
    しかしながら、新潮社版はボナールの他に明石哲三という画家の絵も含まれており、
    注書きが無いため、ボナール作品と明石氏の絵の区別がつかないのです。
    これは困ったことです。
    実は、昨日3冊の古本を買ったのですが、パソコンで調べると、
    すべて持っていることになっています。でも、うち1冊は本棚のどこにあるかわかりません。
    そして、いつもながら思うのですが、古本屋さんにはあれだけ沢山の本があるのに、
    どうして、よりにもよってダブって買ってしまうのだろ~、不思議で不思議でたりません。

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