- 新潮社 (2021年8月30日発売)
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感想 : 369件
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Amazon.co.jp ・本 (144ページ) / ISBN・EAN: 9784102074022
作品紹介・あらすじ
雨のそぼ降る森、嵐の去ったあとの海辺、晴れた夜の岬。そこは鳥や虫や植物が歓喜の声をあげ、生命なきものさえ生を祝福し、子どもたちへの大切な贈り物を用意して待っている場所……。未知なる神秘に目をみはる感性を取り戻し、発見の喜びに浸ろう。環境保護に先鞭をつけた女性生物学者が遺した世界的ベストセラー。川内倫子の美しい写真と新たに寄稿された豪華な解説エッセイとともに贈る。
みんなの感想まとめ
自然の神秘や不思議さに目を向けることの大切さを教えてくれる作品で、著者の願いが込められています。日常生活の中で、空や風、虫の声に心を奪われる感性を取り戻し、子どもと共に自然を感じながら驚きや感動を分か...
感想・レビュー・書評
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「新潮文庫の100冊」の季節がやってきた。ステンドグラス調のしおり欲しさに、前から気になっていて手に取った一冊。
不思議さに驚嘆する感性ー「センス・オブ・ワンダー」とは無縁の日々だが、空を見上げるだけでもいいらしい。昨夕の桃色の雲に目を奪われたのも一瞬だった。本書をきっかけに、そうした景色に見蕩れるほどの心の余裕を意識して持ちたい。
本編もさることながら、学者、作家ら4人による寄稿も、本書の重要な構成要素になっている。生物学者の福岡伸一先生の寄稿も素晴らしかったが、私には、神経科学者の大隅典子先生による寄稿における以下の解説が印象的であった。
⚫︎「…真っ直ぐな線分にのみ反応する神経細胞が存在することから推察されるように、私たちの脳は自然界に存在する曖昧な形象よりも、人工的でくっきりとした輪郭を見たときに、より強く刺激される性質がある」
⚫︎「…放出される多量のドーパミンによって、むしろ私たちの注意を散漫にする側面があるのだ」
⚫︎「海の向こうに沈む夕日に心動かされたとき、スマートフォンを取り出す前に(後でも)、その情景に身を委ねたい」
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はい、絵本だと思ったら文庫でした!
レイチェル•カーソンのセンスオブワンダー。
この本に執筆している人達によると
「神秘さや不思議さに目を見はる感性」(レイチェル•カーソン)
「ルリボシカミキリの青」(福岡伸一)
「人間の知識ではいまだに説明できない何かを感じ続けること」(若松英輔)
「物語を読むことは、不思議を感じる心、センスオブワンダーを換気することなのです」(角野栄子)
とまぁ色んなふうに解釈できるわけで。
いずれにしても、自然界から私たちが感じる何か言葉にできない感覚がセンスオブワンダーであって、日本人で言えば侘び寂びの心とでもいいましょうか。
…出汁?
私は娘たちにこのセンスオブワンダーを与えられたんだろうか?
夏が暑すぎたり、コロナ禍で与えられなかったものも沢山あるような気がする。
もっと子どもと一緒になって風の音、虫の声、夏の日差し、雨の匂い、感じれば良かった。
でも角野栄子先生が物語を読むのも〜と書いてらしたし、無意識下にセンスオブワンダーを与えられたと信じたい。 -
再読。単行本版の森本二太郎さんの表紙の写真の印象が、あまりに強すぎて、今回の川内倫子さんの写真は綺麗すぎるのが気になり、最初はどうかなと思ったが、次第に、これはこれでいいなと思えるようになってきて、川内さんは、「母の友」の連載でもお馴染みだけど、改めて光の表現が上手い方だなと思う。
『センス・オブ・ワンダー』=『神秘さや不思議さに目を見はる感性』の素晴らしさを唱えた本書は何度読んでも、最初のシーンの、嵐の夜の波飛沫を投げつけてくる海を見て、心の底から湧きあがる歓びに満たされて、一緒に笑うレイチェルと、その甥ロジャー(当時1歳8か月)に、限りない共感を寄せてしまい、そこには知識や理屈で考える以前の(知ることは感じることの半分も重要ではない)、何か本能的な、とてつもない大きな力で満たされた圧倒的なものの存在感を、ただただ実感させられるだけではなく、私たちの知らないものに出会ったことへの歓喜の叫びもあり、そうした世界の神秘さや不思議さを感じられることの素晴らしさは、きっと人生を彩り豊かなものにしてくれるであろうことを、本書は教えてくれる。
また、それに加えて、本書の意義深い点として、1962年に彼女が書いた『沈黙の春』の後に、本書を完成させようとしたが、志半ばに未完となった経緯があり(1967年4月14日、56歳で死去)、その『沈黙の春』が、環境汚染と破壊の実態を世に先駆けて告発したことにより、彼女の先見性を証明した作品であることから、本書は、『破壊と荒廃へつき進む現代社会のあり方にブレーキをかけ、自然との共存という別の道を見いだす希望を、幼いものたちの感性のなかに期待している』といった、『環境教育の必要性』を唱えた作品であることに、改めて気付かされたことが、私にとって大きく、おそらくそれは、現代の方が、よりシリアスに考えなければならない重要事項だと感じ、私たちは生きていることもそうだが、その前に自然に生かされているといったことも、そろそろ実感しなければならないのだと思うが、どうなのだろう。
そして、文庫版だけの特典として、新たに寄稿された四人の解説エッセイが、また興味深い。
まずは、生物学者の福岡伸一さんの、『人間は細胞のレベルでみると、つくりやしくみは酵母やハエと殆ど変わらない』が、ひとつだけ人間が他の生物と異なる点は、『ことさら長い子ども時代がある』ことであり、それが脳を鍛え、知恵を育み、文化や文明をつくることに繫がり、要するに、それらがつくられた始まりは遊び心だったということであり、改めて、『大人になるとやってくる倦怠と幻滅』にも納得のゆく思いとなり、大人になること(色気づくこと)は、どうしても闘争、競争、警戒が優先される喪失の物語なのだと気付くことにより、素晴らしき感性を思い出すきっかけを与えてくれるのは、現代社会の真っ只中に於ける、一服の清涼剤から、一生大切にしていきたい、そうした思いへと変わることを期待しているのだと、私は思った。
次は、批評家、随筆家の若松英輔さんであり、レイチェルの眼差しは、自然科学者というよりも『自然詩人』のそれであることから、文学(哲学)と科学は共存しうる点に興味を覚え、そして、『人間の知識ではいまだに説明できない、何かを感じ続けること、それが人間を真の意味で人間に近づける』ことにより、『もう一つの自己発見の道程』に繋がることの素晴らしさは、この後の大隅典子さんの解説、『微小な生物にそれぞれの生活や世界があることを知ることは、人間を相対化できることにつながる』からも読み取れて、『センス・オブ・ワンダー』には、ある種の恐ろしさや崇高さが含まれることによって、自分自身を見つめ直すことができて、そこで新たに生まれ出るのが、自然への畏怖や敬意であり、そこから自分の立ち位置を考えることは、おそらく自分自身への愛おしさも、より湧いてくるのではないかなと思わせるものがあった。
そして、上記でもふれた、神経科学者の大隅典子さんであり、ここでの、『幼い頃に体験したことは、覚えているという自覚が無くても、脳の中に刷り込まれていると信じて良い』に、とても嬉しいものを感じられたりしながら、特に印象的だったのは、『明瞭でディジタルな刺激だけではなく、曖昧でアナログな刺激が子どもにとって(大人にとっても)必要』であり、今は動画で手軽に世界各地で起こる様々な自然現象を見たり聞いたりすることができるが、私はそれと、実際に生で見て聞くことが、全く同じであるとは思わず、それはあくまでも媒体を通したものしか感じ取ることが出来ないが、実際に見たときには、視覚も聴覚もそこの空気感含めて、より感性が際立ち、更には、その生の存在感を嗅覚も含めた五感全てで、ありありと感じられるだろうし、また、その五感の面白さとして、夜の闇だと
それらが研ぎ澄まされることがあり、そこでは視覚が抑えられ、音や匂いに更に敏感になることから、小さな差異に気付きやすくなることも興味深く感じられた。
最後は、童話作家の角野栄子さんで、彼女自身、34歳になって物語を書く仕事を始めて、こんなに好きだったんだと気付いたことにより、『何歳からだって、好奇心を持ち、想像力を育み、創造することができると、信じている』といった思いには、感性を磨くことのみならず、人生に於いても心強い気持ちにさせられ、励まされるものがあった。 -
「沈黙の春」のレイチェル・カーソン。
彼女が、母親を失った甥のロジャーを息子として迎え、彼と共に自然を探索し出会い発見し喜びを見つける。散文的な作品。後書で、未来の私達への手紙の様だと表現している方もいた。
彼女は幼い少年と一緒に行動します。空を見上げて、風を聞き、花を愛でます。知識は押し付けません。そして、私達にも自然に向かうことを勧めます。彼女は大人に知識を求めません。子供達と共に体験して共有することを勧めます。
訳者によるところ「神秘さや不思議さに目を見張る感性」センス・オブ・ワンダー。
柔軟な子供達をその感性で満たしてあげたい。そんな願いの作品です。
私のセンス・オブ・ワンダーとして、生物学者の福田伸一さん、童話作家の角野栄子さんら4人が後書を添えています。川内倫子さんの挿入写真も優しげです。 -
自然を五感で感じることの素晴らしさを、この本によって知りました。
私たちはふだん便利なものばかりに囲まれて生活しているけれど、私たちの住む地球はさまざまな自然に溢れているということを忘れてしまっているようです。
子どもの頃に虫や植物などに触れて遊んでいたことが、懐かしい思い出として蘇ってきます。
何かに導かれるようにしてこの本を手に取ったのですが、海洋生物学者である作者の、美しく偉大なるメッセージに触れることができて、ほんとうによかったです。
書かれてある言葉を読むのではなく、からだで感じ取ることができる。
ゆったりとした気持ちで、心が浄化されてゆくようです。 -
「センス・オブ・ワンダー」=「神秘さや不思議さに目をみはる感性」
読んでいて心の奥まで響く作品。
心の中に広がる自然の大きさに感動する。大人になり見えなくなっていたこの感覚。自然を愛する生物学者の紡ぐ詩的表現は細かい描写を用いずとも直線的に心をつかむ。
何に魅せられたのかは読み進むうちに明らかになった。知ることは感じることの半分も重要じゃない。
一 子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子をはぐくむ肥沃な土壌です。美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります…消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道をひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。
一 人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるでしょうか…地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。
この感覚は中村天風やリチャード・ドーキンスで感じとった自然の雄大さと同じもの。畏怖と感謝の念 -
自分の幼少期のことを思い出し、懐かしい気持ちと少しの切なさを感じた。
題名の『センス・オブ・ワンダー』とは、『神秘さや不思議さに目を見はる感性』とのこと。
小学生の頃はバッタや小さなカエルなら手に乗せることが出来たのに、今は手を伸ばす勇気も出ない。
虫や両生類が苦手な方も多いのでは…。
好奇心や興味よりも、知識が勝ってしまった結果なのかもしれないが、私のセンス・オブ・ワンダーは薄れてしまっているのだろうな。
大人になるにつれ、物事を難しく考えてしまいがちだが、小さい頃はもっと純粋だったんだよなぁと改めて感じる。
傍若無人にならないよう、自由な感性で心の赴くままに過ごすのも良いかなと感じた。
たとえ都市部で暮らしていても、自然と触れ合う機会を作ってみようと思える一冊。-
reyoさん、こんばんは
私も最近図書館で、筑摩書房版を手に取りました
途中までしか読めなかったのですが、
装丁も中の絵も素敵でした~
この...reyoさん、こんばんは
私も最近図書館で、筑摩書房版を手に取りました
途中までしか読めなかったのですが、
装丁も中の絵も素敵でした~
この新潮文庫の装丁も素敵ですね!2026/03/29 -
ベルガモットさん、こんばんは☆
そうなんですよ!
装丁はもちろん、中に挿入されている写真もどれも素敵で、読んでいて癒される思いでしたー♪ベルガモットさん、こんばんは☆
そうなんですよ!
装丁はもちろん、中に挿入されている写真もどれも素敵で、読んでいて癒される思いでしたー♪2026/03/29 -
2026/03/29
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初めてレイチェル・カーソンを読む。
名前を知ったのは高校の授業の副教材的なもので『沈黙の春』をちょっと取り上げられたこと。
レイチェル・カーソンは『沈黙の春』執筆中に癌を発症しつつも完成し、そして最後の本として『センス・オブ・ワンダー』を書いた。死後友人たちが原稿をまとめて、写真家たちの写真を入れて出版した。
読んでの感想は、若干美しさが先立ったと感じたのだけれど、レイチェル・カーソンの遺言のようなものだと思えば世界がより輝いていたのかなあ。
本書では、当時住んでいたメイン州の別荘に夏に遊びに来ていた姪の息子ロジャー(姪が亡くなったあとは養子として引き取る)とともに、海辺や森を散策した時の過ごし方や感じ方を書いている。
センス・オブ・ワンダーは「神秘さや不思議さに目を見張る感性」と訳されていて、エッセイはその神秘さや不思議さを感じた気持ちを書き取っている。
例えばエッセイの冒頭では「嵐の夜の海辺に立ったときに、心の底から湧き上がるあがる喜びを感じた」というようなこと。広大な自然と今ここにいる自分とのつながりとか、自分は自然の中の一部だと感じたとかそんな感じでしょうか。
レイチェル・カーソンは幼いロジャーと海辺、夜の森、雨上がりの森を歩く。子供はすべてが新鮮で驚きに満ちている。子供の経験は大人になっても残る。そして世界への驚異を忘れてしまった大人も、子どもと一緒にまた触れれいい。「感じる」ための機能は視覚が大きいけれど、嗅覚など他の感覚も心に残り、後で思い出すきっかけになる。名前を覚えることは重要ではない。語り口が優しく穏やかで瞬間瞬間の情景が浮かぶようです。
そのため…、本書に収録されている自然を写した写真は…私としては無くてもいい…レイチェル・カーソンの文章を読むだけでいいし、カーソンも「感じるのは視覚だけではない」って書いてあるし…。
そして私としては、日常に目に入る自然の中にも驚きや美しさを改めて感じることはあっても、子供の頃に触れたけどもう触れない虫をまた触れるようになったり、子供の頃は平気で入っていた汚いトイレ(ですらないような場所)を使用できるようになるかというと、なかなかハードルが高い気がする(^_^;)
エッセイは80ページ程度で、後半は翻訳者のあとがき、福岡伸一、若松英輔、大隅典子、角野栄子による「私のセンス・オブ・ワンダー」エッセイになっている。
私は『センス・オブ・ワンダー』だけ読んだのだが、それだと「はい、たしかにそのとおりですよね」としか感想を持てず…やっぱり『沈黙の春』も読もうかな…。 -
【まとめ】
子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。 この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。
生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。
美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。
消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。
わたしはここまで、わたしたちのまわりの鳥、昆虫、岩石、星、その他の生きものや無生物を識別し、名前を知ることについてはほとんどふれませんでした。もちろん、興味をそそるものの名前を知っていると、都合がよいことは確かです。しかし、それはべつの問題です。手ごろな値段の役に立つ図鑑などを、親がすこし気をつけて選んで買ってくることで、容易に解決できることなのですから。
いろいろなものの名前を覚えていくことの価値は、どれほど楽しみながら覚えるかによって、まったくちがってくるとわたしは考えています。もし、名前を覚えることで終わりになってしまうのだとしたら、それはあまり意味のあることとは思えません。
人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけだすことができると信じます。
地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。
●訳者・解説者コメント
・レイチェル・カーソンは、地球の素晴らしさは生命の輝きにあると信じていた。地球はあらゆる生命が織りなすネットで覆われている。その地球の美しさを感ずるのも、探求するのも、守るのも、そして破壊するのも人間なのである。彼女は、破壊と荒廃へつき進む現代社会のあり方にブレーキをかけ、自然との共存という別の道を見いだす希望を、幼いものたちの感性のなかに期待している。
『沈黙の春』が、いまなお鋭く環境汚染を告発しつづけているのと同じように、『センス・オブ・ワンダー』は、子どもたちに自然をどのように感じとらせたらよいか悩む人々へのおだやかで説得力のあるメッセージを送りつづけてくれるだろう。環境教育の必要性が叫ばれているいま、この本に託されたレイチェルの遺志は、多くの人の共感を得ると信じている。
・人間にはひとつだけ、他の生物と人間が異なることがある。サルとでさえ大きく違っている。それは何かと言えば、人間には、ことさら長い子ども時代がある、ということである。
これはいったい何を意味するのだろう。
大人になると、つまり性的成熟を果たすと、生物は苦労が多くなる。パートナーを見つけ、食料を探し、敵を警戒し、巣を作り、縄張りを守らなければならない。そこにあるのは闘争、攻撃、防御、警戒といった、待ったなしの生存競争である。対して、子どもに許されていることはなんだろう? 遊びである。性的なものから自由でいられるから、闘争よりもゲーム、攻撃よりも友好、防御よりも探検、警戒よりも好奇心、それが子どもの特権である。つまり生産性よりも常に遊びが優先されてよい特権的な期間が子ども時代だ。
なかなか成熟せず、長い子ども時間を許された生物(つまりヒトの祖先のサル)が、たまたまあるとき出現した。彼はあるいは彼女は、遊びの中で学ぶことができた。遊びの中で発見することができた。遊びを介して試すことができたのだ。そしてなによりも、世界の美しさと精妙さについて、遊びを通して気づくことができたのだ。センス・オブ・ワンダーの獲得である。もともと環境からの情報に鋭敏に反応できるよう、子どもの五感は研ぎ澄まされている。これが人間の脳を鍛え、知恵を育み、文化や文明をつくることにつながった。こうして人間は人間たらしめられた。これが私の仮説である。
・レイチェルがロジャーに伝えようとしているのは、単なる知識ではなく、全身に響きわたる経験である。そうした理知の壁を貫き、「いのち」に直接注ぎ込まれた出来事は不朽のものとなる。そして、幼いロジャーの心中でゆっくりと育まれ、必要なときに開花し、そっとこの世界の秘密を解き始める。そのことを彼女は熟知していた。
・「物事はこういうふうに進化していってほしい、発展していってほしい」という「人の願い」が、想像力や人間特有の力を削いでいっている気がしてなりません。人の願いに、合理性や効率といったものがくっついてくると、危ないという気がします。
でもその進化は、止められないとも、私は思う。だから、それを超えていく力を子どもたちに贈る教育ということを考えないといけないと思うのです。
この『センス・オブ・ワンダー』という作品も、子どもたちが、人々が、見えない世界から何かを感じてほしい、贈りものを受けとってほしいという「願い」にあふれています。 -
幼い頃、島で生活していた時のことを思い出した。
私の生活は、センスオブワンダーにあふれていた。
島なので、海もそこにあり、木々もそこにあった。
海には貝やカニや魚、溝にはザリガニ、木々には虫や鳥。虫かごとアミを持ってお宮へ行き、家から水着のまま浮き輪を持って海へ行き、全部が当たり前だと思っていた。
とても贅沢な幼少期の経験だったのだと気づく。そして、大好きな祖母を思い出した。 -
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世界的ベストセラーらしく、評価もよいこの書をaudibleで発見したので聴いてみたら、2倍速で20分で終わる短さなことにまず驚いた。
でもこれは紙の本の方がいいのかもしれない。
蝶や草花の絵があるらしいので、絵を眺めながら穏やかな気持ちで読む本なのだと思う。
内容は、正直当たり前のことしか言ってないと思ってしまった。
現代では非認知能力の大切さを知識として知っている親はたくさんいると思う。
自分も意識的に子どもを外に連れ出して自然と触れさせたし、その疑問や感動に気づけるための声かけもしてきたので、新しい気づきは得られなかった。
こんな感想の人を見たことがないのでaudibleで聴き流しすぎたのかと不安になって、再度聴いてみたけどやはり同じで。。
作者の家は海辺に近い林の中にあるらしく、そんな大自然の中で得られる感性には到底敵わないなと思う。
でもワンダーは自然だけでなく、科学、技術、芸術、音楽、生物、物理学など何からでも生まれると思う。
家の中や街の中にも発見はたくさんあるし、自然はなくても子どもの感性が豊かになるように親もアンテナを立てて発見することが大事だと思う。 -
『もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性」を授けてほしいとたのむでしょう』
まるで詩のような文章で、自然を描いてる
子供が小さい時に出会いたかったです
『美しいものを美しいと感じる感覚』
『自然にふれるという終わりのないよろこび』
子どもには自然に五感でふれて知って、感じてほしい
福岡伸一さんや、角野栄子さんなどの解説エッセイも豪華。
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『センス・オブ・ワンダー』を読んでまず感じたのは、これは自然について学ぶための本ではなく、「感じる力」を失わずに生きることの大切さを教えてくれる一冊だということだった。
本書は、海洋生物学者であり『沈黙の春』の著者として知られるレイチェル・カーソンが、自然と向き合う喜びについて綴ったエッセイである。夜の森を歩くこと、雨の音に耳を澄ますこと、海辺で貝殻を拾うこと。そこには壮大な自然描写や専門的な知識が並ぶわけではない。むしろ、日常の中にある小さな驚きや美しさに目を向けることこそが、人を豊かにすると静かに語りかけてくる。
この作品が描いているのは、自然保護の必要性だけではない。知識は感動のあとからついてくるものであり、何よりも大切なのは世界を見て「なぜだろう」「美しい」と心を動かされる感性なのだということだ。私たちは大人になるにつれて、物事を理解することや効率よく答えを見つけることを優先するようになる。しかしカーソンは、名前を知らなくても、理由が分からなくても、まず驚き、感動することに価値があると語る。その考え方は、情報を集めることばかりに慣れた現代だからこそ、いっそう新鮮に響いた。
印象的だったのは、本書が子どものための本であると同時に、大人のための本でもあることだった。子どもはもともと「センス・オブ・ワンダー」を持っている。だから本当に必要なのは、その感性を育てること以上に、大人自身が失ってしまった感性を思い出すことなのかもしれない。読んでいて何度も考えたのは、日々の忙しさの中で、私たちは世界を「見る」のではなく「処理する」ようになってはいないかということだった。季節の移ろいや風の匂い、木漏れ日や雨音に足を止める時間は、決して無駄ではなく、自分自身を取り戻す時間でもある。
ページ数は決して多くない。それでも、一つひとつの言葉には静かな説得力があり、読み終えたあとも心に残り続ける。自然の中へ出かけたくなるだけではない。普段見過ごしていた景色をもう一度見つめ直したくなる。その小さな変化こそが、この作品の何よりの魅力なのだと感じた。
『センス・オブ・ワンダー』は、自然を愛するための本ではない。世界に満ちている小さな驚きや美しさに気づく感性こそが、人を豊かにし、生きる喜びの源になることを教えてくれる作品である。読み終えたあとに残るのは、自然への憧れだけではない。今日という一日の中に、見逃してしまっている「驚くべきもの」はまだ残っているのではないかという静かな問いだった。
#2026年28冊目 -
リアルじゃなくてもリアルを感じ取れた気になってしまう現代人が読むべき本だと思う。海や森の息遣いが聴こえてくる。レイチェルカーソンを初めて知った。本に出会えば出会うほど、無知なことを実感する。
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表紙、写真、言葉が美しい本。
4人の方のエッセイがいずれも興味深くお得な本です。
「センス・オブ・ワンダー -
夏の休暇に本屋さんでたまたま出会った。美しく優しい表紙にひかれ、思わず手にとった。
なんてやさしさに満ちた文章なんだろう。大事にしたいもの、忘れずにいたいものを思い出させてもらった。 -
Audibleにて。「子どもにどのように自然に触れさせるか?」これから世界を知っていく子を持つ親として、いま読んでおくことができてよかったと思える1冊だった。
本書を読む前は、都会に住んでいると、ザ自然な場所はなかなか無く(あっても作られた自然なことも多い)、スマホ、テーマパークなどの人工物なエンタメが手軽で確実に楽しめるコンテンツで育ってもらうんかなあとやんわりと思っていた。そんな考えでは、子どもを自然に触れさせる機会を作れないままだったのではないかと思う。
今回、本書を通じて知った表題の「センスオブワンダー」(という自然の神秘や不思議に目を見張る感覚)で自然を観察し感じ取ることの意義と、親としてどのようにその体験を与えていくかの術は目から鱗であった。この感覚を子どもにとっても、自分自身にとっても大切にしていたい。「自然の感じとり方」を学べた。
まず自然は決して都会には無いものではない。いつもの散歩路にある植物や鳥や昆虫、部屋に置いた植物など、身近なものからも誰もが触れられるものであると気付かされた。本書で著者と甥が共に、海や森、植物、鳥や昆虫、岩石や月を観察し、神秘や不思議さを感じ取るまでの具体的な経験が描かれる(それを表現する言葉や文章がまた素敵で良い)。自然には子どもの感性を刺激するたくさんの発見が隠れていることを知る。その際の親の在り方として、一緒に楽しむということが大事。親は教師のように色んな知識を持っている必要もないという。子どもと共に観察し、美しいものを美しいと感じるようなそんな感覚を分かち合うひとりとして接するだけで良い。一緒に世界に浸るというスタンスが大事なのだと思った。 -
自然への敬愛に満ちた一冊。
通説ではあるが、大人になるにつれ感性が鈍ると明言されるとやはり悲しい、、
童心を忘れず、何気ない日常に溢れている自然の神秘に目を凝らし、耳を傾けるようにしたい。 -
カーソンの『センス・オブ・ワンダー』に美しい写真を添え、さらに4名の方の本書にまつわるエッセイを収録した文庫本。
冒頭、甥のロジャーと共に、真っ暗な嵐の夜の海岸に立つシーンから引き込まれました。
おだやかな日も荒れた日も、自然を全身で感じ、その神秘に、驚異に、心を動かされる体験。
私自身の中にもそんな思い出の断片が積み重なっているからこそ、本書の内容はすんなりと心に浸透してひたひたと幸福感をもたらしてくれました。
「知る」ことよりも「感じる」ことを大切に。
さまざまに感情が動いたことからつながる知識はしっかりと身につくから。
美しいものや不思議なものに目をみはる感性は、一生持ち続けていたいものだと思いました。
寄稿されたエッセイも1篇1篇、『センス・オブ・ワンダー』を大切にされてこられた方々の想いが伝わってきます。
特に、神経科学者・大隅典子さんの「私たちの脳はアナログな刺激を求めている」は現代のテクノロジーを取り入れつつ、子どもたちのセンス・オブ・ワンダーを育むことに言及されていておもしろかったです。 -
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持続可能な社会を子どもたちに。環境問題の嚆矢となった『沈黙の春』の著者レイチェル・カーソンが遺した名作『センス・オブ・ワンダー』待望の文庫化...持続可能な社会を子どもたちに。環境問題の嚆矢となった『沈黙の春』の著者レイチェル・カーソンが遺した名作『センス・オブ・ワンダー』待望の文庫化|株式会社新潮社のプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000303.000047877.html2021/08/25 -
注目新刊:レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』新潮文庫、ほか : ウラゲツ☆ブログ
https://urag.exblog.jp/...注目新刊:レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』新潮文庫、ほか : ウラゲツ☆ブログ
https://urag.exblog.jp/241194270/2021/09/20
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