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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784102081044
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
人間の悲しみや愛の深さを描いた物語であり、特にツバメの成長と自己犠牲が印象的です。ツバメは南の国での平穏な生活を目指していたが、幸福な王子との出会いによってその運命が一変します。王子のために尽くすこと...
感想・レビュー・書評
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ナイチンゲールとばらの花
ナイチンゲールが、可哀そうすぎて、忘れられない
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オスカー・ワイルドの全童話集です。恥ずかしながら、英文学に疎い私は有名な『ドリアン・グレイの肖像』とかも読んだことがありません。「幸福な王子」と「わがままな大男」は絵本で読んだことがあったかな。
「童話」とはいえ、人間の悲しみや貧しさから来るえげつなさがかなりあからさまに語られていて、悲しくなります。 -
ツバメのエピローグ
以前、この本の真の主人公はツバメである、と感じたことがある。その思いは今も変わることはない。
これは何の変哲もない普通のツバメが、幸福の王子に出逢って自らの生き方を変え、愛に殉じる物語である。
物語とは、読み手の状況や感性によって、どのようにも変貌するものである。
最初ツバメは南の国を目指して旅をする予定だった。温かい国で仲間たちと、のんびり平和に暮らすつもりだったのだ。毎日何も考えずに、気の向くまま、適当に恋をし、自由に飛び回り、それなりに人生を謳歌していたのだろう。
しかし、王子との出会いでツバメの生き方は一変してしまう。
この世に生きる真の意味を知ってしまったのだ。人生の同じ方向を向いて生きていける誰かと出逢い、お互いの魂に寄り添いながら生きていくということを。だれかと同じ想いを分かち合うことを。
そうは言っても、王子とツバメは結ばれない運命であり、このまま王子の傍にずっといるということは、冬を越せないツバメにとって死を意味する。
少しづつ冷たくなった外気が、冬の訪れを告げる。
仲間のツバメたちが心配して、一緒に旅に出ようと誘う。王子もツバメに別れを促す。王子にとっても、ツバメは誰よりも大切な存在だったから。
しかし、ツバメは王子の傍を離れることはなかった。
例え死期が近づいても、昔いた世界には戻ることができなかった。もう王子と知り合う前ののツバメにはどうしても戻れないのだ。帰る場所はない。王子の隣しか。
だからツバメは死ぬのだ。冷たい骸を王子の足元に転がせて。
死ぬことでしか貫けない愛もある。それは人生の敗北ではない。
さあ、高らかと人生を賛歌しようではないか。
死は恐れるに足らず。
我が愛は心臓を貫いて血を流そうとも、俗に落ちず。
その清廉なる魂をとこしえに君に捧ぐ。
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慈愛など、人間の美しい面を描く一方で、
人間の醜さに対する皮肉的な描写も多かったと感じた。
そのせいで、童話のわりにあまり読んでいて、楽しいとは思えなかった。 -
ワイルドだけど安心して子どもに読める素晴らしい童話。
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オスカー・ワイルド、まとまったボリュームで読むのはたぶんこれが初めて。
「幸福な王子」「ナイチンゲールとばらの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」「若い王」「王女の誕生日」「漁師とその魂」「星の子」を収録。
昔読んだ「ナイチンゲールとばらの花」、トゲに胸を貫かせて泣きながら歌うナイチンゲールの挿絵が忘れられない。
訳がたまに残念。好みじゃないのと、たまにだけど、たぶん単純に(失礼ながら)拙いと思う……。
それでも物語そのものの魅力にはすごいものがあった。ひねくれているかと思えば、その実、愛と賛美はひたむきで、その脆さ儚さ、かえりみない世間の残酷さと一緒に胸に刺さってくる。めでたしで終わってくれない、それさえなければといった締めくくりさえ、皮肉や冷笑よりもむしろ、情から生まれたものなんじゃないかと思われてならない。
読み手がひねくれたのか、今になって読むと、神様が舞台装置的に出現する「幸福な王子」はいまいちな感触。罪も救済もなく、心ひとつに終始する「ナイチンゲールとばらの花」、美と死が緻密に織り込まれた絵画のような「若い王」が特に好き。
「漁師とその魂」は断然、BOOKS桜鈴堂版を推したい。 -
鳥や花や月の声が聴こえます。
宮沢賢治もオスカーワイルドが好きだったかな… -
ある人が言いました。
「私は『幸福な王子』がダイキライなの」
僕は『幸福な王子』を読んで泣きそうになった。
鼻につく宗教観のなかでも、
そこに間違いなく
生き物に大切な感情が
しっかりと根付いているように思えたからだ。
またある人は言いました。
「善いことをすればそれでいいわけ?
自己犠牲で幸福を感じろなんて
それは嘘の善性だわ」
その嘘の善性に、僕は心を衝かれているのだろうか。
たとえそこが重く澱んだ湖の底であっても
屈辱や悲惨を忘れるために
陽の光を感じることがあったって、
いいと自分は思いたい。 -
社会風刺にあふれ、哲学的な示唆に富んだ童話集。子供の頃読んでいたら怖かったと思うので、いま読めてよかった。不公平で非情な現実をしっかりと写し出しているので、愛や憐れみなど純粋なものがより透き通って見える。表題作が特に好き。あたたかい気持ちになった。
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表題作「幸福な王子」がうろ覚えだったので読みたくて手に取りました。
あとがきも参考にして。
身を捧げてまで尽くす王子とつばめはとても美しい描写なのに対し、市長や市議会議員たちの行動はエゴで醜く感じられた。
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幼い頃に読み感動し、深く心に刻まれた本の一つ。その頃本を読む習慣は全く無かったと思う。しかしこの本だけは、何回も読んだように思う。そして何度も泣いた。
王子も燕も可哀想で泣いた。
しかし今回は泣かなかったが、爽やかで、静かな感動を覚えた、
宮沢賢治を思った。銀河鉄道の夜やよだかの星等を思い出した。
自己犠牲という言葉が浮かぶ。
王子も燕もカンパネルラも可哀想と思う人は多いだろう。
しかし彼らは、まさに幸福なのだ。
自分の幸福は、自分の思考、行動、感性で決まるものなのだ。
そういった意味で彼らは、幸福だったと思う。
60歳を過ぎ、生きる意味、価値自分の使命を考えるようになった。
人々の為につくすことが、自分の幸福になるということを実感するようになった。それが自分の幸福、使命だと。
幸福な王子は、本当に幸福だし、燕も幸福だと心から思えた。 -
AZUKIさんも影響を受けたというワイルドから。おそらくだが、「Happy swallow」はここからきていると思う。
アンデルセンの童話と同様、最も著名な童話。表題作をはじめ、ワイルドのすべての童話がおさめられている。
’愛’というものに裏打ちされた作品が多く、その残酷さ・美しさ・畏れというものがくまなくちりばめられている。やっぱり愛というものはそういうものなんだなと。
作品の多くから、キリスト教が連想される。しかし、そうじゃなくても愛はひとりでできるものではないから、空回りも多いし見ていてつらくなる。愛するなら身をもって、そうじゃなければ真実(ほんとう)ではないような気がする。 -
幸福な王子
小学生の頃に道徳の教科書で読んで以来の再読
幸福な王子と聞けば尊い自己犠牲の物語というのが一般的だと思う。しかし、個人的にはとても腹立たしく悲しい物語であると感じる。
物語で幸福な王子はボロボロになりながらも、貧しい人々を自己犠牲の精神で救っていく。しかし当の市民たちは王子の優しい思いやりの気持ちを顧みることはない。そして最後には、もはや美しくないのだからもはや役に立ちはしないと像を炉で溶かしてしまう。
見返りを求めない自己犠牲は何よりも尊く美しいものである。しかしその優しさに漬け込むような街の人々に怒りを覚えた。と同時に現世で報われなかった王子とツバメが可哀想で悲しかった。
またこの物語は心の成長も示唆しているように感じる。
序盤にツバメは葦に恋をして他のツバメと行動を共にしない。つまり恋という自分のための行動を軸に生活していた。しかし、町で幸福な王子と出会うことで、他者のために行動するように変わっていく。そして最後には目の見えない王子のそばにいることを選ぶ。
他者(王子)の優しい心に触れ自分のためから他者のために変わっていく心の成長が美しい。
現実世界でもそういう円環が生まれていけばいいと思う。
体中が金で輝き華やかな装飾があるから幸福な王子なのか
体中がみすぼらしくても心が貧しくないから幸福な王子なのか。
物語の最後に王子の心臓は炉に入れられても溶けなかった。心臓は豊かに生きていた。
貧しい人々も王子とツバメによって前向きな気持ちを取り戻すようになった。
真に幸福なのは心が貧しくないことだと思う。 -
ワイルドは言葉を、単にその音のために使うことに専念するようになった っていうあとがきが面白い。確かに、やたら装飾過剰なものが多いなと若干読み飛ばした。
幸福の王子がやっぱり素敵でとても好きな話。愛とは与えることだ〜
「すばらしいロケット」あなたの愛する場所こそあなにとっては世界。なるほどこの世界はとても美しいや by小さい爆竹
「王女の誕生日」悲哀は子を産まぬ花嫁ではあるが自分は美よりもそれを愛している
「漁師とその魂」あなたはご自分の恋人からなんの喜びも得られないでしょう。あなたは臨終のときにこわれた器に水を注ぎ入れる人と同じです。自分の持っているものを捨て去りながらその代わりに何ひとつ与えられていない。 -
童話の皮を被ったダークファンタジー短編集。『王女の誕生日』における小人とか、もう辛すぎて読むに耐えない。『ナイチンゲールとばらの花』がめちゃくちゃ良い…
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これが童話か…童話……なんかこう…聖書というか、なんか教訓的でも子ども向けハッピーエンドでもない話が多くてアーー!となりました。
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童話でも子ども向けでなく。
寓話は大人にもビターでわたしは泣く。
調和の取れたエンドばかりじゃない。
君にはならばワイルドを。
そこに幸せは転がっていないから。
君が転がった先は幸せであってほしい。
転がり傷つきまわりも巻き込んでしまって。
それでも君は幸せか。
ともあれ僕は君の幸福を祈る。
通勤快速でワイルドを読みながら、祈る。 -
オスカーワイルドの社会や教会に対する皮肉なのか
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