ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

  • 新潮社 (1997年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (500ページ) / ISBN・EAN: 9784102085011

感想・レビュー・書評

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  • 妻は平凡な暮らしに気が狂いそうなほど不幸を感じているのに、夫は妻の気持ちにまったく気がつかないばかりか、これ以上幸せな夫婦はないと思っている。…悲劇だわ。
    エマにとってのシャルルのような、存在そのものがイラつく男って確かにいる。仕事できない、デートもつまらない、ゴミの捨てかたがヘタで、脱ぎっぱなしの服をそのまま洗濯に出すような男。
    そんな存在に対する感情が、気持ちよく辛辣に言語化されていて痛快だった。
    解説によると、フローベールは反面教師的な意味で、エマにシャルルを批判させていたようだ(解釈違いかな? でもそう感じた)
    風雨をしのげる家があるだけ、神に感謝すべき。ごもっともな説教だが、それだけでは救われないのも人間の性。

  • フローベールは前から読みたかった作家の1人だ。

    リアリズム文学と言われるこの作品は悲劇のような気もするが退屈な感じもした。
    人生というものは退屈だ。
    退屈に甘んじることができない人生もまた退屈で平凡なのかもしれない。
    そこにリアルがある。
    それこそが人生の味わいだと思う。
    そこを書いているこの作品はやはり面白い。

  • 真面目なだけが取り柄の凡庸で大人しい青年シャルル・ボヴァリーは医者となり、母親の言いなりに持参金つきの45歳の未亡人と結婚するが、嫉妬深い上に実は持参金は嘘だったこの妻に苦しめられ、しかし彼女は死去。その後、骨折の治療をしたことのある裕福な百姓ルオーの娘エマを見初め再婚する。エマは鄙には稀な美女だったが、ロマンチックな小説を好み夢見がちな性格。

    ボヴァリー夫人となったエマは、ある日夫妻で招かれた侯爵家の舞踏会で豪華な貴族の生活を垣間見、凡庸な夫との生活=現実に嫌気が差すように。すっかり鬱になったエマの気分転換のため夫妻は引っ越す。その町で隣人となった薬剤師オメー一家に下宿している公証人見習いの青年レオンと、エマはやがて惹かれあうようになるが、彼女のプライドやレオンの純情さのせいで一線を越えることはなかった。やがてレオンは勉強のため都会のパリへと去ってしまう。

    またつまらない日常に戻ったエマは、今度は資産家の紳士ロドルフに誘惑される。彼は遊び人ではなから遊びのつもりだが、エマは夫を嫌うあまりにどんどん彼との不倫にのめりこんでいく。一方で夫に難しい手術をけしかけて有名にさせようと画策するも夫は失敗。エマはますます失望。ついにロドルフに駆け落ちを持ちかけるが、もちろんロドルフはドタキャン、あっさり捨てられたエマはまたしても鬱に。

    気晴らしにと夫婦で芝居を観に出掛けたルアンで二人はレオンと再会。すっかり成長したレオンは今度こそエマを落としてやろうと画策、エマはあっさりレオンとの恋に落ちる。ピアノのレッスンと偽り毎週レオンと逢引きする日々。一方でエマは商人ルウルーから高価な品物と次々買い入れ借金がかさんでいる。やがて借金で首がまわらなくなり金策に駆けずり回るが、レオンにもかつての愛人ロドルフにもお金を借りることはできず、ついに彼女は毒をあおり…。

    正直、最初から最後までエマを全然好きになれなくて困った。夫のシャルルが大変退屈な男であることには同情するが、彼はけして悪人ではない。浮気もしないし暴力もふるわないし、医者として真面目に働いて稼いでくれている。確かに大金持ちではないかもしれないが、一家には女中もいるし、乳母もいる。つまりエマは基本的には働かないのみならず家事も育児もしなくてよい身分。現代の働きながら家事育児をこなしている女性たちから見れば天国のような待遇。

    もちろん、だからエマは幸福なはずとは言えないけれど、とにかく彼女は「足るを知る」ということを知らず、常に「もっと幸せになれるここではないどこか、もっと幸せにしてくれる夫ではない誰か」を求め続ける。まあ平たく言えば現実逃避。フローベール自身が「ボヴァリー夫人は私だ」と言ったという有名な逸話がありますが、つまり現実を直視しようとせず現状に満足せず、ひたすら夢想を追い求める心理は誰にでもあるということだろう。もちろん自分にもある。にしてもエマの願望は極端すぎ、そして自己中心的すぎる。彼女には娘がいるのに、駆け落ち計画の実行時に彼女には子供のことなど念頭にない。

    きっとロドルフと駆け落ちしても、レオンとうまくいったとしても、どうせしばらくしたらエマはその生活に不満を抱きはじめるだろう。もっと良い生活、もっと素晴らしい夫を求めて夢見始めるはず。なまじ誘惑されやすい美人に生まれてしまったことも彼女の不幸だったのかもしれない。

    もちろんフローベールは、エマを悲劇のヒロインとしては描いておらず、毒を飲んで死ぬまでにさんざん彼女は苦しむし、死の間際まで彼女の魂は救われることはない。小説としては、不倫しまくる女性の俗っぽいロマンスを扱いつつそれを反面教師に…という体裁なのかもしれないが、むろんこの作品の魅力はそんな表面的な建前の部分ではなく、エマと彼女をとりまく人物たちの詳細緻密な心理描写にあるのだとは思うけれど。翻訳が古いせいもあったかもしれないけれど、正直、夢中で読める楽しい読書、という具合にはいかない1冊でした。

  • よく思うのですが、女性が妻となり、家庭を守るという行為は、外に出て荒波にもまれながら、家庭を同じく守る夫とは対照的な苦痛があると思うのです。
    さまざまな変化を社会という人ごみの中で体験する変化への苦痛と戦う夫と。
    何も変化が無く、単調な家事を繰り返し、黙殺されそうになっている妻。
    対極に居るから「だから男は」「だから女は」と、口論が絶えないんだと思います。
    まあ、根本はそういう所が男女の相いれない原因の一つなのでしょうが、最終的には人間的な性格の問題ですよね。

    大げさにそんな事を言っておいてなんですが、エマは私と違って、外界からの刺激を好む女性で、生活に圧迫されて年をとっていくのが耐えきれない、旅人気質を持っていました。
    だからこその不倫と発狂、自己中心的な自分の理想とする世界を、現実に花開く事が出来ない事へのジレンマは、まるで子供がだだをこねているように見えました。
    時代が違うので、その時の時代の習慣や、当たり前の事を私はよく理解していないのですが、あまりにもシャルルがいい夫でいたので、エマのその自由奔放な生き方が更に浮き彫りになってしまっているように思えるのです。

    やっぱり、死んだ後に、残された人の気持ちを考えるっていうのは難しいんでしょうね。特にエマなんて、絶対にかんがえる暇も、機会も全て死ぬ直前に花火のように、気まぐれに光って後は消えてしまう。
    シャルルの魂を、エマが自ら滅ぼした手でつかんで、引きずり上げてしまい、娘一人が生きる事になりましたが…
    どうか頑張って生きて欲しいです。
    自分自身だけではなく、自分を大切に思っている人も不幸にしたエマ。
    誰かを思う事は、誰かの為に痛みを我慢し、耐える事が必要なんだと思いました。

  • 何はともあれ読み切った。
    何だこの小説、不愉快なやつばっか出てくるな。
    不倫をする人の自分勝手な理論が目白押しである。
    貞淑との間で迷ったりするけど、それも含めて自分に酔っていて楽しそうだ。

  •  ボヴァリー医師の妻、美しいエマが、姦通を重ね、虚栄に溺れ、借財に追われ身を滅ぼす話。目の前の誘惑に負ける、強欲で愚かなエマ。遺された者のことを考えない、身勝手で卑怯なエマ。でも、およそ500ページにも及ぶ彼女の半生を辿ると、同情してしまう自分もいる。
     エマは根から倫理に反した人間ではなかった。ただの夢見がちな少女だった。親や周囲に決められた結婚だったが、夢を見るだけに止まっていた。参事官の演説中、ロドルフがエマを口説く場面では、その行間にエマ(天使)とエマ(悪魔)の会話が隠れているみたい。彼女の葛藤が見事に現れていた。そして、彼女の人生の転落へ扉が開かれる印象的なシーンだった。一度身を持ち崩すと転がるように破滅の道を進む。夫が仕事で失敗し、自尊心の痛打をうけたときには、操正しくしたことを後悔すらする厚顔ぷり。
     シャルルもシャルルで、エマの不貞に一切気がつかず(死後ロドルフからの手紙を見つけてもなお疑わないほどに現実から目を背けていたのだろう)、エマに理想を押し付けていたんじゃないかな、と思う。でもシャルルが全きの悪人でないところにこの物語のやりきれなさがある。
     結局はエマの周りの人は誰一人幸せにならず、現実を生きる薬屋オメーと悪商人ルウルーだけが成功を収める。対比が痛烈。

     現代だって、有名人の不倫なんてどーーでもいいことを第三者が鬼の首を取ったようにやいのやいの言うんだから、この小説が発表された19世紀には問題作扱いされるのは当然とも言える。裁判にまで発展し、そこで作者が発した「ボヴァリー夫人はわたしだ」という言葉はあまりにも有名。この言葉の裏にあるのは、「誰の心にもボヴァリー夫人がいる」ってことなのかな??????????

  • 面白かったー!

    話の内容としては美人な妻が夫とのありきたりな生活に飽きてしまい、不倫を繰り返すと言う
    単純なお話なのですが、もう描写が凄い!

    細かくて丁寧で、それでいて飽きない。
    長く読まれている理由がわかります。

    ボヴァリー氏、滑稽ではあるけど、愛すべき人だと私は思うけどなぁー。

  • 先生が「男子はこれ読んだら結婚したくなくなるぞ~」とおっしゃっていたので、おもしろそうだなと。

  • 古典なので当然ですが、話の筋は実に古典的な不倫モノです。しかし精緻で目の前に情景を広げさせ、人物を浮かび上がらせる描写が光ります。恋する乙女のまま妻となり、結婚の理想と現実の落差と凡庸な夫に苛立ちを覚え、背徳に身を崩す作中のエマが実に人として最低で、実体のある生々しい存在感を放ちます。今では凡庸といえる筋書きでも文章で読者を離さない作者(翻訳者も含めて)のテクニックに驚くばかり。好きか嫌いかではなく、凄いと感じる作品でした。趣味で小説を書く人はもちろん、読むだけの人でも一度触れておいて損はないと思います。

  • いいひとなんだけどすごくつまらない人っている。
    善良すぎて毒気がないというか。
    そういうひとと結婚したら退屈だろう。
    エマのように、刺激が欲しくなって、
    異常な量の贅沢な買い物に走ったり、
    舞踏会に繰り出したり、不倫愛に狂ったり。
    そういう気持ちもわからないではない。

    けれど人生のほとんどは舞踏会とか熱い恋愛で
    構成されているわけではなく、
    生活で構成されているわけであって。
    その生活を人々は愛し、あたたかな気持ちを持つ。
    そういう気持ちがわからないと
    ずっと現実逃避を続けることになるのかなと思った。

    でもエマは逃避しきって終わったから
    それはそれでいいかと思う。
    哀しいけれど、一貫性があって、
    やりきった感のある人生。あっぱれ。

  • 旦那(´・ω・`)カワイソス小説。

  • 理想と現実の格差によって人生が破滅する物語。
    理想と現実の差は誰しもがもつ。どう生きれば幸福になるのか。重いテーマだな。
    初めて読むフローベール。その描写が圧巻!
    こういうのはやはり原書で読みたくなるね。読めないけど。

  • なんでもない描写が好きだったりする。

  • 退屈な夫の生活に嫌気がさし、不倫を重ねて、身を滅ぼす夫人の話。死ぬまでに読むべき1000冊の本のリストにあって、友人が話題にしていたので読んでみました。

  • 2部までは読むのが少々しんどかったが、3部はすらすら読めた。主人公のエマも勿論愚かだけど、夫も不倫相手も出入りの商人も隣人も俗物ばかり。最後は低俗な薬剤師オメーと俗悪な商人ルウルーだけが幸運に見舞われ、残りの人々は哀しい結末を迎える。これが人生か!となんとも遣る瀬無い。

    エマが無駄遣いに歯止めが効かなくなるのはあり得る事だと思うが、愛人に去られた後何ヶ月も寝込むというのが解せない。男目線でそうあってくれたら可愛いのかもしれないが、普通の女は1週間もしたら過去は水に流して未来に目を向けるのではないか?

    確かにこの時代の主婦は仕事もないが、家事や育児すら自分でやらず、夫の仕事も発展がないとなると将来の希望も持てなくなるかもしれない。ある意味気の毒ではある。

  • ボヴァリー夫人がもしもほんの少しだけ物事の見方を変えていたら、ずっと幸せだったのに。
    彼女は誰も自分のことを心からは愛してくれないと思っていたけれども、本当は間近にいたのに。
    ロドルフの様な男の人って本当にいるだろう。
    勉強になった…

    2015/6/3

  • 『ボヴァリー夫人』は、ギュスターヴ・フローベールの小説。田舎の平凡な結婚生活に倦んだ若い女主人公エマ・ボヴァリーが、不倫と借金の末に追い詰められ自殺するまでを描いた作品で、作者の代表作である。(Wikipediaより)
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    古今東西、男性に入れあげて破滅する女性の話はたくさんあるけれど(もちろんその逆も)、この作品が名作として現代に残っているにはそれだけの理由がありそうですね。

    一つにはやっぱりセンセーショナル感。
    もちろん現代の私たちから見れば、その表現はむしろ生ぬる~い!よく分からな~い!かもしれないのですが、当時はその内容を巡って裁判になったことからも分かるように、相当刺激的!

    今でもやっぱり昼顔妻とか人妻の不倫と言うと話題になりますもんね。
    それが1856年当時であればなおさら。

    この主人公のエマと言う女性、相当に夢見がち。
    そしてなかなか現状に満足できず、いつも何かを求めてしまっている...

    そんなあなたにはこの本をおススメします(笑
    前もこんな展開あったな(笑

    「置かれた場所で咲きなさい」(笑

    にしても、借金が増えていくさまがリアルで恐ろしい。
    金貸しのルルーと言う人物が出てくるのですが、
    この人がまた女性の興味ある衣服や雑貨も扱っていて、
    「御入用でしょうから」なーんて言いながら
    さりげなく商品を置いて行ってまた借金を膨らませる。

    怖いわ―Σ(||゚Д゚)

    でもエマは贅沢を止められない...
    お金持ちの家に夫婦で遊びに行けば、
    どうして私はこんな生活が出来ないんだろう?と羨み
    夜を明かしてダンスに励む。

    年下の男性と会うときには、そこそこの場所でないと満足しない。
    (彼はそれほどこだわっていないようだけど)

    旦那様の働いたお金で贅沢な逢引きを重ねたあげく、
    それでも足りずに旦那様に内緒で借金して...

    で、最後は自殺ってΣ(||゚Д゚)

    結局心も体も満たされず...
    寂しいままで人生を送ったエマ...

    彼女はどうなれば満足だったんだろう。
    愛されて、ちやほやされて、でもそれだけじゃ足りなくて、
    おいしいものを食べたり贅沢な服を着たり、
    素敵なベッドで眠ったり、
    朝まで遊び明かしたり、
    そのあとは専用の馬車でゆっくり帰ったり、

    そんな生活をしたがっていたのだろうけど。
    実際それに近いところまで行ってると思うんだけどねぇ...

    この人はきっと、どこまで行っても満足できずに
    次を次を求めてしまっていたんじゃないだろうか。

    そしてだからこそ、悲劇的な最期がある意味約束された人生だったのではないのかな...

    最初から最後まで、哀れな旦那さまを支えているのか馬鹿にしてるのか分からない、薬屋オメーの存在も気になりますね。

    最後は自分で望んでいた通りなんだか賞をもらってましたよ。

    フローベルはこのオメーを露悪的に書いたように言われているようですが、むしろエマと対比して、より現実的なものを求めたオメーが最後に成功すると言うのがこの作品の最後に言いたかったことなのかも...とも思ったり。
    深読みしすぎ?

    何も知らずにずっとエマを愛し続ける旦那様が、
    なんだか哀れで愛おしくて、そして苛立つ存在でした(笑

    最後まで知らなければ...
    と、どうしても思ってしまう。

    恋愛や贅沢にはまりやすい女性への、教訓として
    この本を閉じましょう。

  • 何が素晴らしいのかオレには理解できなかった。

  • 想像したよりもずっと楽しんで読めた。
    エマはゾラのナナのような根っからの奔放な女性では無かったように思う。では誰が犯人か?夫であるボヴァリー医師その人だろう。社会的に高い立場にいながら(この職を得ることが出来たのも母のお陰なのだが)、誰からも尊敬をえられず、その自らの立場にも気づかず、何とか起死回生を狙った手術のただ一回の失敗に自信を無くし、あげくに最後まで妻の不満や不貞にも気づかない愚鈍さ。エマは結婚という契約に縛られながら、自分を決して満たすことのない夫から離れ、女としての憧れや夢を外の愛人達に求める。結果、期待は裏切られ、最後には自滅へと至る。無知と田舎者特有の富や贅沢への憧れ故に悲劇的な最後を迎えざるを得なかったエマだが、決して彼女のせいだけでなく、彼女を取り巻く男達のだらしなさが彼女を追い詰めたのかもしれない。

  • なに不自由ない生活を送ってきた一人の女が不倫の恋に身を焦がしやがて破滅していく様を、淡々と、そして詳細に描写していく。
    ボヴァリー夫人は、バカな女といえばまあバカな女ではある。物語にあるような恋愛に憧れ、身の丈に合わない不倫をし、分不相応な享楽を得て、結局は恋人には棄てられ全てを失い死ぬ。誰かに騙されたわけでもそういう運命であったわけでもない。自らそうした破滅に向かっていく。それはあまりにも不用意で擁護の使用がないほど愚かな姿。
    でも、それはまた、どこにでもいる平凡な女の姿(男でもいい)でもある。多少なりとも空想的であったり、無い物ねだりをしたり、後先を考えずに行動したり、それらは決して特異なことではなく、ことの大小はあれ誰にでもあり得る。その誰にでもありうるそれが重大な罪となる時代性において、その自由な姿勢は必然的に破滅を選ばざるを得なかったわけだ。

    そういえば、蓮實重彦が、30年以上書く書くと言い続けてた「ボヴァリー夫人論」をいよいよ出すらしい。

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著者プロフィール

1821年生まれ。19世紀フランスを代表する小説家。主な作品に、本書のほか『ボヴァリー夫人』『聖アントワーヌの誘惑』『サラムボー』『三つの物語』『紋切型辞典』『ブヴァールとペキュシェ』など。

「2010年 『ボヴァリー夫人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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