ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

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本棚登録 : 348
レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (660ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102085028

作品紹介・あらすじ

娘時代に恋愛小説を読み耽った美しいエンマは、田舎医者シャルルとの退屈な新婚生活に倦んでいた。やがてエンマは夫の目を盗んで、色男のロドルフや公証人書記レオンとの情事にのめりこみ莫大な借金を残して服毒自殺を遂げる。一地方のありふれた姦通事件を、芸術に昇華させたフランス近代小説の金字塔を、精妙な客観描写を駆使した原文の息づかいそのままに日本語に再現する。

感想・レビュー・書評

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  • 吉田健一の『文学人生案内』第一章「文学に現われた男性像」に小説には女性が華やかに、かつ悲惨に焦点を当てられ中心になって描かれているのが多い、男性には光が当てられてない、 という記事にはわたしは目をひらかれる思いだった。

    吉田氏はこの本の中で「フローベルの『ボヴァリー夫人』」という章で詳しく、文学論のような感想をも書いていてらっしゃるのだけど、第一章のように副主人公の男性ボヴァリー氏については掘り起こしていない。

    ただ、「フローベルは人生など何ものでもなく、充実か虚無かのふたつであると思っている思想のもとに描いた」と結論付けている。

    しかし先の「文学に現われた男性像」に吉田氏が触れられているのは、田舎娘エンマをボヴァリー夫人にするだけのボヴァリー氏ではない、読者に印象付けられる特異な人物なのであるという。

    そう、ボヴァリー氏は脇役ではない、最初から最後まで登場するというだけではない、夢見るばかりで実人生をふわふわ追いかけ、きれいなものが好きで、浮気や浪費を限りなくするエンマ・ボヴァリー夫人を強烈に愛するエネルギーある人物なのである。

    どうしょうもない女性を愛してしまったら、一緒に奈落に落ちるしかない、強い強い男性なのである。だからエンマが破産して自殺してしまったら、抜け殻となり死んでしまう、生ききった男性主人公なのである。

    それで「ボヴァリー夫人はわたしだ」と作者は言ったのだと思う。

  • 本書を読んでいると、妻から「いやらしい!『ボヴァリー夫人』って、いやらしい小説でしょ!?」と言われたのであった。どこから、そういうイメージを抱いたのかよくわからない。情事をこってり描いた映画化作品があったのかもしれない。ちなみに、この小説で描かれる情事らしき場面は、きわめて淡白で間接的な描写にすぎない。
     
     フランス、ルーアン市近郊の小さな村ヨンヴィル。時代は、どうやら1850年頃らしい。ボヴァリーとは、実は若い開業医の名前。その妻エンマそのひとが「ボヴァリー夫人」なのである。乱暴に言えば、エンマは、ファムファタル、そして愚かな女なのであった。
     エンマは、夫シャルル・ボヴァリーと結婚してほどなく、夫を覇気も野心も才能もないつまらない男と感じ、現実を見ず常に夢見がち。別の男性との恋愛だけが、自分を別の幸福に連れていってくれる、と信じこんでいる。村のレオン青年と昵懇になり、次は、隣村の裕福な独身男ロドルフといい仲になる。だが、ロドルフは駆け落ち前夜に遁走。(エンマに飽きはじめ、うんざりしはじめていた。)そういう、男の飽きやすさや、身勝手さずるさはよく描かれている。その後、エンマはレオンと再会。彼と再び恋仲になる。
    面白いのは、夫シャルルは、妻エンマの不義不倫に最期まで気づかないこと。かなりのお人好し、あるいは、単に鈍いおとこなのか。(死後しばらくしてようやく、自室の恋文を見つけて驚愕する。)
     
    エンマは度を越したバカ女だ。相手をほんとうに愛しているのではない。現実逃避のよすがとして、恋愛関係に夢見心地になっているだけ。哀れで痛々しい。不倫のために小都会ルーアンのホテルにしけこんだり、衣装や宝飾品を購入するうちに莫大な借金を背負う。その額8000フラン。(いかほどの金額?)もはや、自身はもちろん、夫の開業医のしごとも、すべてを破滅させる巨額の負債。転落の途を転げおちてゆく。だが、それでも、エンマはその厳しい現実を直視しようとしないのであった。

    エンマの独白
    『自分は幸福ではない、一度だって幸福だったことはない。いったいなぜこのように人生が充ち足りないのだろう…(後略)』p513(3部6章)
    同時に、愛人からもかく評される、
    ロドルフの独白
    『ああいう女に道理を分からせることがはたしてできるというのか!』p362(2部13章)

     単なるファムファタル、というよりも、実生活の現実を見ず、ありもせぬ幸福を幻視しつづけることの愚かさを感じた。
     物語は、悲劇的な結末に至る。なのだが、エンマの通夜や葬儀の過程でも、終始滑稽な場面や描写がつづいてゆく。これは悲恋や悲劇でなく、むしろ喜劇なのではないか。私はそう感じている。

     そのほか、印象に残ったのは、周囲の人間たちの俗物さ。とくに村で薬局を営むオメーという薬剤師。愚鈍気味のシャルルをそののかし、“最新医術”として、脚の調子の悪い村の男に手術させる。功名心のためだ。だが、不幸にも手術は失敗、脚は壊死となり、男は片脚切断の憂き目に遭う。しかも麻酔無しで脚を切られる。なんとも可哀想な男だ。薬剤師オメーは、その後もさらに虚栄心にとりつかれ、低劣で俗な論文を書きちらかすのであった。
     終幕、エンマの悲劇が終わったあとも、しばらく、オメーのその後について描かれるのが興味深い。エンマの物語として幕は降りないのであった。
    この小説は、人間の俗物さ、愚かさが主題なのでは?というのが読後の感想だ。

     ちなみに、薬剤師オメー氏は“おなじみ”レジオンドヌール勲章を授与される。トルストイ「戦争と平和」の話中でナポレオンが授与するレジオンドヌールはなにやら権威を感じさせた。だが、オメー氏の授与で、私のなかで同勲章の権威はガタ落ちとなったのであった。

     翻訳に関して。訳者は「自由間接話法」に限りなく忠実に訳したという。主語や話者が、はっきり区別されないまま、文中で自在に転じてゆく。そのため、小説を読みなれていないひとには、この訳は読みづらいかもしれない。

  • 翻訳が馴染まないと思って読んでいた。解説に、著者と同じ読点を使ったと書いてあり納得。原文の雰囲気を取るか、日本語にした時の自然さを取るかは難しいところだ。ボヴァリー夫人も、もう少し落ち着いた口調の方が合うのではとか、物語以外のことをたくさん考えてしまった。海外文学は翻訳で登場人物のパーソナリティも全てが変わる。他の翻訳も読んでみたいと思った。

    鹿島茂の本に、ボヴァリー夫人は3人いる、と書いてあった。そういえば、初めの方に何人もボヴァリー夫人がいて混乱した。シャルルの母、最初の妻、後の妻だ。この3人が凡庸なシャルルを成功させようとする物語という見方もあるという論に、本作の深さを感じた。

  • ネットで、「高校生・大学生が読むべき本」のリストに入ってて興味を持ったから読んでみた。

    文体に慣れるまでめちゃくちゃ時間がかかって挫折しかけた。
    前半はどうでもいい描写がやたらと長い…
    1/3読んでも難しくて止めようかと思ったけどやっと話が進み始めてなんとか最後まで読めた。
    一文の中で主語がころころ変わっていく。
    慣れてくると癖になる。

    どんどん破滅に向かって行くのが、なんだかもうそれでいいような気になってくる…
    みんな自分勝手で、娘が一番可哀想。

  • でたらめな父親と、気位の高い母親にふりまわされて
    シャルル・ボヴァリー氏は自分では何もできない男だった
    親の言うまま勉強して医者になり
    親の言うまま資産ある中年女を嫁にとった
    しかし患者の家で出会った若い娘と恋におち
    初めて自らの意思を持ったシャルルは
    熱愛のさなか妻が急死する幸運?にも恵まれ、これを成就させるのだった
    この第2の妻が、物語の中心人物エンマ・ボヴァリー夫人である

    シャルルは自分の意思を達成したことに満足していたが
    エンマはすぐに幻滅を味わった
    彼女をおそう退屈は、ただの退屈ではない
    娘だった時分、小説を読み過ぎた彼女にとってそれは
    自尊心を貶め、つまらない女であることを強要する暴力の日常であり
    そして彼女はその凡庸さに仕える自分を被害者と信じていた
    自分ではなにも決められないという部分で
    実はエンマもシャルルも似たものどうしだったが
    ただ曲がりなりにも巡ってきたチャンスを掴み
    自己実現を果たしたシャルルの余裕に対し
    エンマはわけもわからず焦れていた
    美しさは人並み以上だったので、不倫の相手に恵まれるが
    相手との温度差にも気づかず、真剣にのめり込んでいく始末
    悲しい人だった
    夫の凡庸さを軽蔑することで自意識を保ち
    また自分を高めようとショッピングにのめり込み、散財を重ねれば
    あとは破滅への道をまっしぐらに突き進むのみであった

    エンマのそういう有様は
    ひょっとするとあり得たかもしれない若き日のシャルルの
    人生の可能性でもあった
    その運命を分けたのは神のみわざか作者の意図か

    少なくとも語り手は、観察者の立場を逸脱しないよう配慮している

  • 世界十代小説2冊目。ありもしない究極の恋愛を追い求めて身を滅ぼした女性の話。途中退屈だったので読み進めるのが困難だった。多分当時のフランスの宗教観だったり政治を知っていると面白いんだろうなー。

  • 解説でフローベールが取り入れた新しい文体ということを意識して訳されたということを理解しましたが、やはり読んでる時は読みにくいなあ…とずっと思ってました。革新的な文体故に評価されているのだとしたら、翻訳するとその彩度は失われてしまうわけで、素晴らしさを掴みきれない。難しい。
    ボヴァリー夫人は浮気気質だし…夫の金を間男の為にも嘘をついて使い込むあたりもアホ女としかいいようがない。好きにはなれませんでした。

  • どうも自分の世代には「エマニュエル夫人」という強力な存在があって「夫人」と書かれたタイトルにはとても躊躇してしまう。
    エンマはとにかく少女のようにロマンスを夢描いていた。その目的のために周囲の人間を利用するが、人間とは人形と違い、息をして頭で考えて自分の意思があるから、思い通りに事は運ばれず自分の描いた悦楽に浸れないと、当然自分は主役ですから、「自分は世界一不幸」となる。周囲の人間だって都合があるのだぞ。思春期にしっかりエロスを消化しないからだぞ。相手の肩書きとかがない時代の恋愛とエロは必要。

  • どうしようもない女性の話。真っ当で愛情深い夫を退屈で凡庸だと軽蔑。夫は安定した稼ぎがあるのに、この人でなければ自分はもっと裕福な暮らしができたはず、と自惚れ。そんな女性の話でも一応の格調を保っている。文章の美しさもさることながら、女性の一途さ故に。ただ物語のような恋愛をひたすら求める様は、哀れだけども純粋である。
    高評価にしたのは、主に話の筋から。予想はできながらも終結はやはり圧巻である。それと上記にみるような、低俗さと高貴さの絶妙なバランスから。
    しかし、男性には不評かもしれないと思う。この女性は完全に恋愛脳で、メンヘラだからだ。

  • 2018/02/26-03/14

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