ダブリナーズ (新潮文庫)

制作 : James Joyce  柳瀬 尚紀 
  • 新潮社 (2009年3月2日発売)
3.55
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  • Amazon.co.jp ・本 (391ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102092033

作品紹介

アイルランドの首都ダブリン、この地に生れた世界的作家ジョイスが、「半身不随もしくは中風」と呼んだ20世紀初頭の都市。その「魂」を、恋心と性欲の芽生える少年、酒びたりの父親、下宿屋のやり手女将など、そこに住まうダブリナーたちを通して描いた15編。最後の大作『フィネガンズ・ウェイク』の訳者が、そこからこの各編を逆照射して日本語にした画期的新訳。

ダブリナーズ (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • ◆出版100周年。◆ダブリンという街に住む人々の群像。まとわりつく古き良き故国。学校・職業・政党・宗派 …。何につけても存在する「育ち」の階層によってがんじがらめにされる人々。押しつぶされそうになり、自尊心と自意識は閉ざされた自己の内にたぎる。麻痺した者への侮蔑と麻痺していく自己への不安。◆各断片の主体と相似した人物が、他の断片にも登場・配置される。老若男女のかすかな声が重なり合い、荘厳な和声音楽のよう。やがて全ての主体はモブに吸収されていく。あとはただ、ダブリンがあるだけ。
    ◆LIKE: Eveline/A Little Cloud/Clay/A Painful Case/A Mother/The Dead
    ◆岩波文庫結城訳・旧新潮文庫安藤訳・新潮文庫柳瀬訳3冊読み比べ。
    ◆新潮・柳瀬訳は、最も口語的でニュアンス・空気を伝えている。読みやすいけれど、アイルランドの社会的宗教的背景を理解していることが前提とされる。

  • 景色や生活を切り取る短編集。「痛ましい事故 The Painful Case」や「死せるものたち The Dead」が特に好きだった。伝統にがんじがらめで息苦しい。死にゆくものと溶け合っていくさまは圧巻。宗教が強固にある舞台なのに(だから?)、「さいごはみんなしぬ」というような見も蓋もない諦め、受容の視点を強く感じさせる。ダブリナーズ、ダブリン市民、という、題名の通り、「ある場所にいきるひとびと」を描ききることに成功している。すごく愛が感じられる、丁寧な小説。
    (読みやすくていい翻訳なんだけど、翻訳者による解説は、ずっと「俺の翻訳はすごい」「翻訳とはかくあるべき」と言われているようで、ちょっと疲れた。文庫だし僕のような教養のない人も読むから、ふつうに作品解説してくれたほうがうれしいな。というか、なんかジョイスより自分を愛してる感じがして、翻訳者としてどうなんかな、と思ったのかな。あなたが書いたんじゃなく、あなたは読んだんだよ、そんで自分がどう読んだか、翻訳という営みを介して示してくれてるにすぎないんじゃない? いやまあ、余韻がちょっとじゃまされたかなって思ってしまっただけ。そして翻訳自体を疑ってしまっただけ。岩波文庫版も読んでみようか。と思わされてしまった。訳者さんごめん。)

  • 『読んでいない本について堂々と語る方法』の著者ピエール・バイヤールによれば、ジョイスの『ユリシーズ』は、大学教授でも読み通していない類の本である。そのジョイスが書いた『フィネガンズ・ウェイク』は、『ユリシーズ』を上回る難解さで知られている。原語で読んでも難解な本をなんと日本語に翻訳してしまったのが、今回の新訳を担当した柳瀬尚紀その人である。

    新訳ブームで、かつて名訳と謳われていた現代の古典ともいうべき作品が装いも新たに続々と登場するのは、読者にとって喜ばしいかぎりである。言葉というのは生もので、時代が変われば古びもし、味わいが失せもする。そのかぎりにおいて、同時代の言葉で読むことのできる新訳は、若い読者に古典的名作に近づく機会を与えてくれる。近頃ほとんど話題にも上ることのなかった『カラマーゾフの兄弟』が多くの読者を惹きつけたのがその例だ。

    さて、ジョイスの『ダブリン市民』である。同じ新潮文庫の旧訳者安藤一郎氏の解説には次のように紹介されている。「『ダブリン市民』は、十五編の短編から成り、ことごとくダブリンとダブリン人を題材にして、幼年、思春期、成人もしくは老年の人間によって、愛欲・宗教・文化・社会にわたる「無気力」(麻痺)の状況を鋭敏に描いたものである。」

    これに続いてジョイス独特の文学形式である「エピファニー(顕現)」の解説があるが、今となっては、特にそれを知らなくても本を読む上で別に変わりはないように思う。おそらく、当時の読者にとってもジョイスは決して分かりやすい作家ではなかったことから、訳者はジョイス文学について概説的な解説の必要を感じたのであろう。

    翻って現代において、文学上の実験はほとんど出つくした感がある。いわば何でもありの状況下、あえてジョイスについて説明する必要を感じないのだろう、新訳の解説の中で、柳瀬氏は、ジョイスがダブリンを「中風」に喩えたことに続けてこう書いている。「しかしそれについて語り出すと長くなるし、訳者の解説を披露してみたところで読者の楽しみを殺ぐことになるだろうから、ここでは控える。訳者の役割は、あくまでもジョイスの原文を可能な限り日本語として演奏することであって、翻訳を終えた今、むしろそのことについて語りたい。」

    つまり、ジョイスを読むことが「ジョイ(楽しみ)ス」になったのである。『ユリシーズ』もそうだが、数々の謎をはらみ、パズルのように組み立てられ、言語実験とも言語遊戯とも言える「言葉遊び」の横溢するジョイス文学の知的遊戯的側面が表面に浮かび上がってきたのが今世紀のジョイス理解である。

    あらためて『ダブリン市民』が『ダブリナーズ』になった経緯についてふれてみたい。「ニューヨーカー」という言葉や「パリジャン」という言葉があるが、都市名に接尾辞をつけて、そこの出生者や居住者であることを表すことは、英語ではきわめて稀で「ダブリナー」は、数少ない例の一つだそうだ。著者の意を強く感じて『ダブリナーズ』というひびきを残したのであって、「横文字をそのままカタカナ語にして事足れりとする昨今の風潮に流されたのではない」とあえて書いている。

    ジョイスには屈折した郷土愛があったと見える。ニューヨーカーやパリジャンと肩を並べるように題名に選んだ『ダブリナーズ』だが、登場する街はともかく、人物はニューヨーカーやパリジャンに比肩しうるとはとても思えない。安酒場で商売女から金を巻き上げる遊び人だとか、娘を孕ませた下宿人になんとか責任をとらせようとする下宿屋の女主人だとか、ダブリンの猥雑な巷間に住まいする庶民か、でなければ欲の皮の突っ張った小市民や道学者ぶったエセ紳士ばかり。どうにか感情移入できるのは、少年たちくらい。

    新訳は訳者も書いているようにジョイスの原文に漂う音楽性をいかに日本語に移しかえるかという点に専ら意を注いでいるようだ。自身テノール歌手であったこともあるジョイスはオペラの歌詞を作品に引用するのは日常茶飯。ダブリン市民は歌好きなようで、集中にもよく歌声がひびく。ルビを多用したり、太字で強調したり、駄洒落で対応したりと、柳瀬氏ならではの奮闘ぶりが楽しい新訳。ただ、それ以外では、特に現代的な訳には改変されていない。漢字、漢語も多く硬質な印象さえ受ける。二十代のジョイスがいかに名文を操ることができたかというあたりを意識したのかどうか。

    掉尾を飾る「死せるものたち」は、「意識の流れ」の手法を採り入れたほとんど中篇といってよい作品。人当たりのいい教養人をもって任じている主人公が叔母たちの主催する晩餐会で感じるスノビズムを冷静な筆致で暴く一方で、愛する妻の中に消えずにいた昔の恋人の存在に衝撃を受けながらも受け容れていく過程を、詩情溢れる筆で描ききった佳編である。

    とかくジョイスといえば難解さ故に敬遠されがちな作家だが、若書きの『ダブリナーズ』には、初々しさとアイロニカルなユーモア、それにダブリンの街とそこに暮らす人々に寄せる裏返された愛があふれている。新訳をきっかけにぜひジョイスにふれてみてほしい。

  • ダブリンに暮らす人々の日々を切り取った短編集。

    どんよりとした曇り空の日、紫煙がたゆたうパブの片隅で、カウンターに向かいじっとワンパイントエールを眺めている、そんな雰囲気が漂う。

    煙が目に沁みます。

  • 全体を通じて、どことなく閉塞感が漂う作品でした。その理由を考えてみると、まずどの短編も時間と空間が限定されていること、それから、登場人物(のうち、特に成人)が、時間や空間を超えていく人生を心の片隅で思い描きながらも、実際にはそうではない生活を送っていること、ではないかと思いました。それをごまかしたり、何となく受け入れていったり、何となく忘れていたりしながら月日が流れていく、そういう人生を結局多くの人が送りながら人生を終えていく、そんな連なりが最後の短編においてネガティブではない空気感で感じられ、ほんのり感銘的でした。

  • 北アイルランドを舞台としたスパイ小説の中で「ジョイス」「ダブリナーズ」という合言葉があって知った本。短編集だけど一編ごとにわかりやすいオチがあるわけではないので、初め短編同士がつながってるのかと思った。ダブリンの人々の生活を淡々と緻密に描きつつ、登場人物の気持ちの移り変わりが主題になっていて、充分解釈できないながらも読み応えがある。味わい深い。これがありなら現代の東京の生活も同じように描くのもありかなと思った。好きなのは「二人の伊達男」「下宿屋」「死せるものたち」。

  • アイルランドの民族主義やアイルランドとイギリス、大陸諸国との関係などの時代背景を理解した上でなければすんなり読み進めることが出来ない短編もあるが、前半の子供を主人公としたものについてはそのような心配は不要。芥川の短編を思わせるものがある。

  • 翻訳読み比べその3。
    タイトルに何となく新訳ブームにあやかった感があり読みやすいかと思っていたが、読んでみるととにかく解説が無くて不親切な印象。
    少なくとも「Dublinersってどんな話なんだろう」と思って手に取るべき一冊ではなかった。
    訳者の柳瀬氏はジョイス研究の第一人者とのことで、もしかしたら
    「ジョイス愛好家が『柳瀬訳ダブリナーズktkr!』ってテンションで読むための本」なのかもしれないが、それなら気軽な文庫本というスタイルではなく、本当に興味のある人だけが手に取りそうな、ちょっと近寄りがたいゴージャスな装丁にしといたら良かったのでは。

  • 本当に素晴らしい短編集だ。読むのは2度目。1度目には分からなかったことがたくさんある。3度目が楽しみだ。

    リリカルな文章。抑えの利いた表現。淡々とした結末。ダブリンという哀愁あふれる街。本当にジョイスは素晴らしい。翻訳の妙はぼくにはまだうまく理解できていないが、あとがきにその執念ともいうべきこだわりがかいま見られる。翻訳って本当に大変な作業ですものね。

  • ダブリンという街の横顔ではある。
    けれども、これでダブリンが分かるというふうでもない。

    そこに人がいる。
    細かいニュアンスはすくい逃してしまうけれども、
    どこにいても人人はこんな感じであったろうとも思う。

    田舎の中心としての、
    ルサンチマンを引き受けざるを得ない場所のありとあらゆる処で
    主人公になり損ねたような人物ばかり溢れかえっている。

    そうした諸々が、けれども実際にはそれでも感銘を与え
    人に賞賛させるようなことがあるとすれば、
    それは単にそのキャラクターにかかっていたのではないのだ。

    ごく慎み深い、人生への敬意を感じる。

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