ティファニーで朝食を (新潮文庫 カ-3-1)

  • 新潮社 (1988年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (266ページ) / ISBN・EAN: 9784102095010

みんなの感想まとめ

魅力的な女性ホリーを中心に描かれる物語は、彼女の自由な生き方や夢を追い求める姿勢が印象的です。映画化された作品では、オードリー・ヘップバーンのチャーミングな演技が多くのファンを魅了し、原作とは異なる展...

感想・レビュー・書評

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  • ムーンリバーの弾き語りも、ショーウィンドウ前の朝食も、雨中の感動のラストも小説には出てこない。

    映画化にあたり、作者のカポーティは不満であったようだが、小説・映画いずれのホリーも魅力的な女性であったことは間違いない。

    小説と映画は違うということは横に置いといて、ホリーは今、どの国を旅しているのかなとポールと一緒に思いを馳せたい。

  • 映画の方はどうですか。オードリーヘップバーンがとてもチャーミングで、私は大好きなのですが。

    • りまのさん
      にゃんこまるさん、おはようございます。
      にゃんこまるさん、おはようございます。
      2020/08/02
    • りまのさん
      皆様、おはようございます。
      皆様、おはようございます。
      2020/08/02
    • りまのさん
      佐藤氏、フォローありがとうございました!
      佐藤氏、フォローありがとうございました!
      2020/08/03
  • オードリーの映画好きだけど、原作とはだいぶ違うらしい。原作読みたい

  • 女の還り着く所は不安(アングスト)の無い落ち着きのある場所。
    この時代の女性における落ち着くことは自由を手放すことなので、その反発象徴としてホリーが輝く。

    誇りと自由を捨てるぐらいなら、皆の前から去るまで。

    短編『クリスマスの思い出』が大好きで、ティファニーよりも好きかもしれない。
    慎ましさの中にある生活の逞しさ。ひんやりした木の香りが心穏やかにさせる。

  • ホリーの真っ直ぐさ、自分に嘘をつかない強さがとても魅力的だった。
    「わが家は花ざかり」は、カポーティのおとぎ話だ。
    幸せなおとぎ話。
    かわいい話だと思う。
    「ダイヤのギター」は、覚えていた。
    若い少年の瑞々しさにひかれ、外の世界を思い出し、憧れてしまったシェファーさんが悲しい。




    1999.4.18
    小説を読みつつビデオを見たのだが、映画はあまりにも原作を変形させているので、面白くなかった。断然、小説の方がストーリー的にも文学的にも内容が深く、良いものであると感じた。この本は今回で2度目だ。前読んだときは、ホリーは自由奔放な小娘で、うらやましいな、くらいに思っていたのだが、今はそれだけでなく、すごいパワーみたいなものを感じるし、ある意味純粋さも感じる。カポーティの描写はすばらしい、と思う。他の短編についても、登場人物が存在を前に押し出してきている、というか、すごく鮮やかに描かれている。改めて、私はカポーティの作品が好きだ、と思う。生き生きしているな、と思うのである。

    2002.8.12
    ホリーの強くてしなやかな生き方が魅力的だ。確固とした自信があって、まっすぐで。こんな人と一緒にいたら、ものすごいパワーをもらえるんだろうな、と思う。でも、結局、彼女が求めているものも、本当の意味では1つ。みんな一人じゃさみしくてつらい。本物がどうしても欲しいのだ。「わが家は花ざかり」は、そんな本物をみつけたオティリーの幸せな話。ものすごくストレートに描いている、と思う。幸せな恋をしている女の人の話。老母なんてへっちゃらなところが、何よりその証拠だ。「ダイヤのギター」は、心の真っ直ぐなシェファーさんの話、だと思う。彼の心は、本当に真っ直ぐ。ティコに、自分にない別の輝きを見出して、強くひかれる。その時、シェファーさんは、ちょっと自分を見失ったのだと思う。いくつになっても何かに憧れる心が、人を動かす。そう思った。「クリスマスの思い出」は、ちょっと切ない。よいものやあたたかいものが、時間とともに変形し、損なわれてゆくのは切ない。でも、どうすることもできない。

  • 何故か「クリスマスの思い出」→「わが家は花ざかり」→「ダイヤのギター」→「ティファニーで朝食を」と読んでいったので、カポーティへの印象がコロコロと変わっていったけど、全部面白かった~

    特に「クリスマスの思い出」と「ダイヤのギター」が好き!肝心の「ティファニーで朝食を」は何故か人物描写が全く頭の中で再現できなくて、よく内容をおとしこめられなかった…私に読むのはまだ早いということなのか、根気がないだけなのか……

  • 映画版でA.ヘプバーンの演じるキュートなホリーを想像して読み進めましたが、「あれぇ?映画とはイメージが違うかも!」と思ったのが正直なところです。

    もっとはすっぱな感じで、年齢不詳。何をしているのかちょっとわからないけど、日々刑務所にお天気を伝えに行く女性がホリー。かすかにノワールな香りを感じながら読みました。話としてはミステリでもなく、恋物語というのも違うような、フシギなお話です。最後の大騒動で、ホリーの部屋に乗り込んだ男性が踏むガラス瓶の描写があまりにもリアルに痛そうで、そちらをよく覚えています(笑)。

    私の感じでは、若い頃のジャンヌ・モローのようなフランス女優さんがいいように思います。確かに、有名な「ティファニーで朝食を食べるようになっても」のくだりはヘプバーンのほうが似合うように思いますが(笑)。いずれにせよ、"Miss Holiday Golightly, travelling"というネームカードを出す女性…このかっこよさは素敵すぎです!

    翻訳は少しクラシカル。今ではすっかり有名になり、注がなくても読める固有名詞に注がふってあるのが時代の流れを感じます。

    • Pipo@ひねもす縁側さん
      kumakuma10さま:

      こんにちは、お運びありがとうございます。ユーザー名がちょっと面倒くさいので、Pipoとお呼びいただいて結構...
      kumakuma10さま:

      こんにちは、お運びありがとうございます。ユーザー名がちょっと面倒くさいので、Pipoとお呼びいただいて結構です。本棚、拝見いたしました。幅広く、しかも丹念に読んでいらっしゃって、素敵だと思いました。

      この本はずいぶん前に読みましたが、先日読んだ『女子とニューヨーク』にホリーが大きく取り上げられていたので、隣に並べ直してみました。原作を読んでも、やっぱり、田舎のアメリカ娘でなくて、アメリカに流れてきたヨーロッパ出身の女性っぽいイメージがついてまわるような気がします。ホリーに振り回されて終わる、ちょっとダークなファンタジーのような気もするのですが、彼女の「誰でもない感」と軽やかさがやっぱり魅力的ですね。村上訳も読んでみようかなと思います。

      だらだら読んだものの感想をだらだら書いているだけの雑な本棚ですが、お気軽にお運びいただければ嬉しいです。
      2012/09/07
  • ホリー・ゴライトリーを愛している。
    これは完全に女性に捧ぐ、自由と孤独の物語だ。カポーティ女性の気持ちが分かりすぎるだろ。

    彼女は常に「所属」の匂いから逃げている。
    アメリカの田舎では、家族に属することを求められる。
    ニューヨークでは、何者かであることを求められる。
    だがホリーは、どこにも固定されない。
    猫に名前をつけないという有名な場面が象徴的だ。
    名づけは所有の始まりであり、固定の始まり。
    彼女は何も所有しないし、何からも所有されないままでいる。
    それは強さであり、同時に孤独でもある。
    ホセとの結婚のくだりは、とりわけ印象深い。
    ホリーは彼を愛していたと思う。
    だがその愛は特別な一点集中のものではない。
    主人公にも、農場の夫にも、麻薬王にも向けられていたのと同じ温度の愛だったように感じる。
    ではなぜホセを選んだのか。それはブラジルに連れ出してくれるから。
    訳者あとがきに完全同意である。
    結婚は「あなたを選ぶ」という行為ではなく、「どこかへ行くための手段」だった。
    もし結婚が順調に進んでいたら、ホリーは当日に逃げていたのではないかと思う。
    映画から逃げたときのように、「私は全然やりたくなかった」と言って。
    誰かの妻としてブラジルに行く未来が確定した瞬間、それはもう彼女にとって逃げるべき“所有”になるから。
    だからこそ、結婚が破談になり、ひとりでブラジルに向かうという結末は、あまりにもホリーらしい。誰かと行くブラジルではなく、ひとりで行くブラジル。

    これが孤独だと言われるかもしれないが、私はこれでいいと思うし、自分もそうありたい。
    ホリーの幸せは「居場所を得たとき」ではなく、「どこに居場所がなくてもいい」と思えたときだと思う。所属の外側で、 曖昧なままで、それでも自分が消えないと知ったとき。

    この作品は、時代によって読み方が変わる名作だと思う。
    発表当時、多くの女性読者は「所属している立場」から読んだはずだ。
    だからホリーの孤独を悲しみながらも、自由に懸想しただろう。
    現代は逆だ。所属が揺らぐ時代に、孤独の側から読む。ホリーは憧れではなく、同志になる。

    どちらの読みに対しても、自由は常に孤独と隣り合わせだと、この物語は静かに突きつける。
    ホリーは幸福を約束されない。だが彼女は、自分で選び続ける。

    選択の連続を、誇りに思えるホリーでいてほしい。
    選択の連続を、誇りに思える自分でいたい。

    ----
    そして始まる「ダイヤのギター」感想
    あまりに好きすぎた・・・・・

    この短編を、私は完全に恋愛小説として読んだ。

    あの脱獄計画、あれはどう考えてもラブレターである。
    ティコの刑期は二年。待てば出られる。脱獄に賭ける必要などない。それでも彼は計画を立てる、「自由」よりも、「あなたと一緒に自由になる自分」を望んだからだ。
    ティコは十代、若さの特権がある。
    未来は無限で、愛する人と一緒にいて「幸せな自分」を求め、すべてを賭けることができる。
    ティコは、自分の未来に賭けた。
    「あなたが僕を選ぶなら、すべてを賭けてもいい」という賭け。
    一方でシェファーさんは、白髪の多い年齢である。
    シェファーさんの愛はすでに「相手の幸せを願う」ものだったのではないか。
    シェファーさんは、「お前が幸せになるなら手伝ってやる」とは思えたはずだ、愛する相手の幸福には賛同する。だがそこに自分が存在しない、自分の幸福に対しては本気になれない。
    若さが賭ける愛と、老いが見守る愛。
    どちらも本物でありながら、すれ違ってしまう。

    ティコは、シェファーさんが脱獄計画に乗っているものの、本気ではないことを分かっていたはずだ。それでも賭けた。「それでも一緒に来てくれるなら」という願いで。
    そして脱獄の最中、シェファーさんは気づく。自分の脱獄が本気ではなかったのだと。その絶望。
    同時に、やはりな、とどこかで分かっていたティコの哀しさ。

    だが、そこに恨みはないと私は思う。
    ティコは、彼が踏み切れなかったことを責めない。せめて一歩、彼が踏み出してくれたから。
    美しかった思い出を胸に、彼は自分のいるべき世界に溶け込んでゆくだろう。
    そしてシェファーさんの中では、一生消えないダイヤの煌めきを持った思い出になる。
    他の人からはガラスに見えても、シェファーさんにとっては一生ダイヤ。

    題が天才すぎないか。

  • 映画は観たことがないが、表紙が可愛くてジャケ買い。村上春樹訳と思ったら違った。買い直そうかな。
     表題作よりも大好きなのが『クリスマスの思い出』。おばちゃんと少年の友情がとても温かく、お金がなくても素朴なクリスマスを楽しんでいる。2人とも他人を思いやる心をしっかり持ち合わせており、切ないラストにも関わらず、読後は優しい気持ちになれる。クリスマスのお話の中でダントツ。
     もちろん、短編ほか2編も良い。表題作は嫌いではないのだが、どうしても印象が薄い。ホリーのようなタイプは同性だとイライラするが、異性には魅力的に映るものだろうか。ホリーと同じく何者にも縛られない飼い猫が、ちゃっかり安住の地を見つけていたことにはクスッと笑えた。


  • “「そりゃ、人間てやつはどんなものにも慣れてくるもんさ」
    (中略)
    「あたしはちがう、どんなものにも慣れるってことないの。そんな人間がいたら、死んだほうがましなくらいよ」”

    ホリーは何よりも束縛を嫌い、可愛がっている猫にも名前をつけない。目の前に差し出される映画スターとしての道やたくさんの男性たちからの献身や寵愛、夫との安定した暮らしにおさまらない。「自分の自我というものを失いたくない」というポリシーを貫き、自由と幸福を求めて彷徨う。

    『ティファニーで朝食を』の原作は、映画のようなハッピーなラブロマンスではない。むしろ、安住することなく、自分らしく人生を渡り歩いていくタフな一人の女性の物語に感じる。

    新潮文庫の文庫本には表題作のほかに『わが家は花ざかり』、『ダイヤのギター』、『クリスマスの思い出』の三作も収録されている。 いずれも表題作に劣らず少し皮肉で苦味の効いた、だけど不思議と心に余韻が残る魅力的な短編になっている。

    新潮文庫からは村上春樹による新訳版の『ティファニーで朝食を』も出ている。どちらの訳本も読んだが、どちらかといえば龍口直太郎の古風な旧訳の方が雰囲気があって好きなので引用文は龍口訳で書かせていただいた。

  • 若い頃に読み、ホリーの奔放さ、自分勝手さにイライラとした記憶があり、あまり好きになれなかった。
    翻訳独特の言い回しもその当時は好きになれなかった記憶がある。
    20代半ばに改めて読んでみると、ホリーを可愛いと思えた。

    ミス・ホリデー・ゴライトリー 、トラベリング
    好きなフレーズ。

    ホリーみたいな女の子って今の時代もいる。
    好き嫌いを主張できる潔さと、裏表のないサバサバ感、色んな事への執着のなさ、、その中で見え隠れする脆さや危うさ.....男の理想が詰まった様な女の子
    を、演じるホリーが愛おしく感じた。

    女に嫌われる独特のこの性質をカポーティーはよく取られていると、感心してしまう。
    周りの女性達がモデルだと聞いたことがある。
    観察力が鋭すぎる。

    オードリーに決まった時に、すごく嫌がったとどこかで見た。
    実際、映画はオードリーの清純さの為か、ホリーが辛さをさらけ出しハッピーエンドになる。
    小説は最後までトラベリングなホリー。
    そのホリーのが好きだ。小説の様に夢を壊さないホリーでいて欲しい。

  • # ティファニーで朝食を
    いなくなったホリーを懐かしむ。
    ホリーは出自からして恵まれておらず、なんとかして自分の居場所を作ろうともがいていて、そのエネルギーは内側から出ているっぽいところはいいんだけど、どうみても成功するとは思えず、ニューヨークを発ったあとは不安しかなくて切ない。語り手とジョーは、信憑性が薄くとも彼女の消息を聞けて少しは安心したのだろうな。

    # わが家は花ざかり
    ホテルでチヤホヤされて働くよりも、厳しくとも慣れた暮らしがいい。なんでだろう。

    # ダイヤのギター
    刑務所に慣れきっているようでいて、実は脱獄できるものならしたかった自分に気付いたものの、脱獄に失敗し、ちょっと惨めになる。周囲に合わせて、ちょっといつもの自分とは変えて無理してみたのに、結局自分は仲間に入れず恥ずかしい思いをするという感じは覚えがあって、痛い。

    # クリスマスの思い出
    年の離れたいとこ同士、家族からははみ出し物扱いされ、一文無しに近かったが、なんとなく仲良く温かかった日々の思い出。こういう感じ、別の話でも読んだことがある気がする。なんか好き。

  • どの邦訳を読むかによって海外作品の印象は大きく変化します。
    こちらの作品には、「2008年 村上 春樹」「1968年 龍口 直太郎」版があります。もちろん、初読するなら村上版をオススメします。68年では使われていなかった言い回しを含め、少々わかりにくい部分があるのです。文中に注釈が入るのもちょっと読みにくいです。
    村上版では、瀧口版の良さを崩さずに今の人にもわかりやすく邦訳してくれています。会話はとくに気を使っているのを感じます。
    他に、瀧口版ではフレッドは弟なのに対し、村上版では兄。映画に合わせたのでしょうか?
    抜粋しますので、比べてみてください。
    下記
    http://books117117.blog110.fc2.com/blog-entry-5087.html

  • 一度読んでみたくて、古本屋さんで発見し購入。DVDも観た。原作と映像で違うところもたくさんあった。オードリーヘップバーンがとっても美しかった…!

    話の内容事態は、一回では完全に理解できなかった。というか、そもそもホリーのキャラが奔放すぎて、理解が追い付かなかっただけなのかも。
    機会があれば、村上春樹翻訳のほうも読んでみたいなー。

  • 映画とけっこう違う展開を見せて驚く。
    そりゃ、カポーティもいろいろ言いたくなる。

    でも、これはこれでいいと思う。
    ホーリーの自由さは変わらない。大筋は確かに一緒。

    次は村上春樹の訳で読んでみようか。
    けっこう会話文が???と思うシーンがあったので。

  • 表題作はもちろん素晴らしい。余韻に浸ってしまい、次の収録作読むまで日が空いてしまった。『クリスマスの思い出』短いが優しい気持ちになれた。

  • 無名小説家の私、自由奔放な彼女。ティファニー、鳥かご、弟、猫。
    かなり好きな類の小説でした。(ちなみに映画は未見)
    表題作以外の短編もよかったので、カポーティの他の作品も読んでみよう。

  • 草子ブックガイドつながりで、「ダイヤのギター」のみ読了。結末は、各自が手に取って、と紙の向こうから訴えかけられて、実際に手にとらせてしまう、物語の魔力を感じる。草子ブックガイドには。さて、結末は手に取った。シェファーさんはどんな思いでティコの残していったダイヤのギターをなでていたのだろう。いっときの夢など見せるな、せっかく忘れかけていたのにと思うか、それでもまばゆい思いをさせてくれたことをなつかしく、どちらかといえば気分よく思うだろうか。後者だと思いたい。自分もそうありたいという思いもこめて。たとえ、自分だけひっくりかえって逃れられないと悟ったときに、相手の目の中に、はなから自分とこの後をともにするつもりなんかなかった、と悟ったとしてもね。

  • 原作と映画は全然違う物語。
    オードリー・ヘップバーンがとても美しいので、
    あれはアレで良いけれど、やっぱり原作の方が好き。
    女主人公のホリーがよりワイルドだから。

    人生は孤独で、みんな自分だけの場所を探して旅してる。
    多分あたしはティファニーを見つけた。
    だから、もう『いやな赤』の気持ちになっても大丈夫・・・と
    時々自分に言い聞かせる。

  • 表題作だけ読みました。物事がとてもシンプルに描かれていて、とても良かったと思います。

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