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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784102095027
みんなの感想まとめ
物語は、13歳のジョエルが未知の父親の元へ旅立つ過程を描き、成長と喪失のテーマを深く掘り下げています。ジョエルは、周囲の同年代が次第に大人になっていく中で、自身もまたその変化を受け入れざるを得ない葛藤...
感想・レビュー・書評
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カポーティは23歳にして自分の最期の姿をはっきりとみていた
美しい少年も、桃肌で身体の弱い中年男も、突然泣きわめく女も、男の子に生まれたかった女の子も、雪のみたかった黒人も、みんなカポーティ自身だった
何にでもなれるけれど、何ものでもない。私の想像を超える想像力で、想像の限界をもみていた -
表現や比喩が美しすぎて一文一文が凄まじく濃厚。ページを閉じるとその物語のできごとはフッと頭の中から消えて日常で思い出すことはないのに、また開くとすぐにその世界に呼び戻される。気づくと登場人部のいる場所が変わっていたり場面が展開していたりするけど、その度自然に想像できるのが不思議。かと思えば、1回サラッと読んだだけじゃわからなくてもう1回しっかり読んだときに思い浮かべられる幻想的な世界もあり。1つの情景を表すのにこんな風に言葉を使って、例えて、表現することができるのか。カポーティはこれを書いたとき22才だったらしい。紛れもなく天才
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混乱と絶望と滑稽さに満ちた素敵すぎる世界観。ジョエルの目を通して見る恐ろしくも美しい世界の片鱗をまざまざと描く、カポーティの恐るべき文才。ストーリーというよりも、世界が本当に素敵です。ただの日常なのでしょうが、カポーティの見ている世界を見てみたく思いました。
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読んでいて風景の描写が酷く美しくて(特に嵐のくる場面)郷愁的で、本当に温度や匂いや光やその縁を感じる文体にぐいぐい引き込まれて一気に読んでしまった。
邸、生死がはっきりしない人々、会えない父親など、不気味でほこりっぽく、でも水の中を泳ぐような空気感に少しわくわくもする。
時が止まったような空間で、登場する女性たちが生き生きしていて私は大好きだった。
特に色眼鏡をかけて半ズボンのベルトループに親指を引っかける旋毛曲がりのアイダベル。
その3以降から夢なのか幻想なのか現実なのか、詩的な印象が強くなり、今までスラスラと心に美しい(物悲しい)情景と、本当にそこに生きていたのではないかと思えるほど生々しく想像できた人物たちは霧散してしまい上手く読み込めなかった。
私はまだ子ども時代を引きずってしまっているからか。 -
少年が大人へと成長する過程を、アメリカ南部のヌーンシティにたたずむ怪しげな屋敷を舞台に描いた名作。
知人にすすめられて読んでみました。実は初カポーティ。
なんとなく海辺のカフカを読んだときのような気分でした。
主人公のジョエルをさしおき、そのまわりの人物たちの個性がまあ強いこと。
寝たきりの父親、不気味ないとこのランドルフ、暴走少女のアイダベル、その他にもたくさん。
暗くて閉塞感のあるその土地とその人物像が相俟って、とことんゴシックで不思議な世界に魅了されました。
われわれは常にたくさんのものを愛さなければならない、という一節が心に響く。 -
1948年発表、トルーマン・カポーティ著。父からの手紙を頼りにアメリカ南部の町、ヌーンシティーを訪れる13歳の少年ジョエル。そこから更に馬車に揺られ到着した父の住む屋敷。そこは外界から隔絶され、過去にしばりつけられた人々が住む、幽霊屋敷のような場所だった。ジョエルはそこに住む姉妹のうち妹のアイダベルに惹かれていき、その果てに破滅的な幻想世界に囚われ、そこから脱出した時、自分が大人になったことを知る。
非常に詩的で美しい小説だった。カポーティの作品は「ティファニーで朝食を」だけ以前読んだことがあったのだが、正直あまり面白くなかった。しかしこの小説はそれとは全く異なった雰囲気を持っている。
まず比喩表現がすばらしい。午後の光の退廃的な雰囲気、廃墟や荒れ果てた庭の泥臭い匂い。単純に描写するだけで伝わらない抽象的な部分をうまく掬い上げている。まさに「濡れた文体」といったところだろう。しかし描写がジメジメしているわけではなく、むしろ幻想的でキラキラしている。こういったところに、少年の純粋な目で見た世界、という雰囲気がよく出ている。
そして時折に飛び出てくる哲学的な考察が鋭い。一見気づきにくい配置のされ方をしているが、よく注視すると小説全体の暗喩になっている。こうした文章はともすると説教臭くなりがちだが、それを大人のキャラクターに語らせたり幻想性でぼやかしたりして作品の雰囲気に馴染ませている。おそらくかなり気を使って書いたのだろう。
この小説のテーマは「少年の成長」だとよく言われるようだが、私には何だか少し違うように思える。「少年が大人になる」のと同時に結局「大人は根本的に少年性を心から切り離すことができない」と言いたいのではないだろうか。だから最後ジョエルは屋敷に戻っていくし、過去の自分という少年の幻影を振り返ることしかできない。そうしておそらく年老いた少年モドキとして生きた幽霊となる。この小説を書いた後の著者の末路を考えると、彼がそれを体現してしまったとしか私には思えないのだ。 -
カポーティ大好き人間の僕なのですが、内容をほとんど覚えていません。なんとなく読みずらかったのかもしれない。なんか、どこかの家へ遊びに行く話だったかなぁ、違う作品とごっちゃになっている可能性が大いにあります。
これ、けっこう難解な本でした。カポーティの処女長編っていうんでどんなのかなと期待してたんですが、これって、文壇への挑戦ですよね。そんな気がする。個人的には「草の竪琴」のほうが好きです。わかりやすい。 -
繊細。まさに。でも二回読んだけど、あんまり内容が記憶に残ってないんだよね。印象というか、後味がすごくいいんです。
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13歳の少年が父を探し求め、世間から隔絶されたアメリカ南部の田舎町で過ごすひと夏の話。詩的な文体と周囲の奇妙な大人たちの存在が、不思議で不穏な雰囲気を醸している。過去の記憶に浸り停滞している大人たちと、大人の世界に恐れを抱きつつ成長していく少年との対比が、切なく心に残る作品だった。
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成長物語、哀しい囁きみたいな
モチーフがやや混乱気味の感じもあるが、カポーティの作品と、最後のああ!という読み味が本当に好きだ。周縁、暗く、寂しい…子どもの魔法 -
【本学OPACへのリンク☟】
https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/725281 -
詩的でリズムのある描写、散りばめられた暗喩表現、個人的にはすっかり惹き込まれ、一気に読み切ってしまった。原文や村上春樹訳ももちろん読んでみたいけど、私はこちらの翻訳もかなり好きだった!
何か不穏なものを常に秘めていた「大人」という存在が、少年の視点から捉えられ解かれていく。
幻想に生きる大人たちの奥底にあるもの。
それらは愛されたい不安に怯え、怒らないでと訴える少年と何が違うのか。
子供じみた欲求や不安、無力さは大人になっても変わらない。
「みんなそのうち、きっとよくなりますよ」
信仰は孤独な大人たちを慰め、寄り添う。
それらに気付く時、彼は少年だった自分をもう一度振り返る。
最後に好きな箇所
「昔ながらの雑草のあいだをさっと吹き抜けてゆく秋の風が、悲惨なビロードの子どもたちと、男らしい髭を生やした彼らの父親たちのために嘆いたーー昔のことだ、と草は言った、行ってしまった、と空は言った、死んでしまった、と森は言った、だが世の移り変りを嘆く哀悼の唄は、夜鷹にまかせられた」 -
津村の読み直し世界文学の1冊。アメリカの白人の子どもがいろいろと親せきをたらいまわしされ、田舎に引っ越してきたという想定である。そこにはアフリカ系アメリカ人のお手伝い、自分のいとこ、叔母、近所の双子の姉妹などがいる。アメリカの田舎を描いた小説である。
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過去最も相性の悪い作品だったかもしれぬ
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ジョエルの純粋さと美しい情景が胸に沁みる。
作品の中で沢山の恋や愛が出てくる。イライラとして自分を守ろうとするために相手を傷付けたり、反対に少しの事に気を使って相手を傷付けないようにする繊細さがとっても綺麗だった。少年時代の小さな出来事が世界の全てに思えるような感覚が羨ましくて懐かしかった。自分の幼少期はもっとひねくれたように思うので、ジョエルが失敗しながら根は正しく真っ直ぐに成長していくのが眩しかった。
世界は厳しいって言い続けるミス・ウィスティーリアや、自由奔放なアイダベルなど、魅力的なキャラクターが沢山。 -
父親を探してアメリカ南部の小さな町を訪れたジョエルを主人公に、近づきつつある大人の世界を予感して怯えるひとりの少年の、屈折した心理と移ろいやすい感情を見事に捉えた半自伝的な処女長編。戦後アメリカ文学界に彗星のごとく登場したカポーティにより、新鮮な言語感覚と幻想に満ちた文体で構成されたこの小説は、発表当時から大きな波紋を呼び起した記念碑的作品である。
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私には難しい内容でした。情景描写や登場人物の個性は感じられたのですが、、、。わかる人には良い作品なのだろうな、と残念な気持ちになりました。再チャレンジいつかしたいです。
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