冷血 (新潮文庫)

  • 新潮社
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感想 : 255
  • Amazon.co.jp ・本 (623ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102095065

作品紹介・あらすじ

カンザス州の片田舎で起きた一家4人惨殺事件。被害者は皆ロープで縛られ、至近距離から散弾銃で射殺されていた。このあまりにも惨い犯行に、著者は5年余りの歳月を費やして綿密な取材を遂行。そして犯人2名が絞首刑に処せられるまでを見届けた。捜査の手法、犯罪者の心理、死刑制度の是非、そして取材者のモラル-。様々な物議をかもした、衝撃のノンフィクション・ノヴェル。

感想・レビュー・書評

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  • カポーティ

    まず『冷血』を読んだ。事実を調べて書いた「ノンフィクション・ノベル」というそうだが、まったくの創作のようにな構成で、この作家の天才的な魅力に捉えられた。

     一家四人殺し事件の殺された方の立場も、犯人のやむところのない心情も余すことなくつかめる。殺伐たる事件、非道である。しかしカポーティ味付けはファンタジーの様相をおびて、何か人好きのするようなぼんわかしたものが浮かんでくるのである。

     そんな~、何の罪もないひとたち一家4人を殺してしまう犯人達を許してはいけない!と思いつつ 、言ってしまえば情が移ってしかたない。

     しかも、罪のない尋常に暮らしていた、あるいは豊かに暮らしていた被害者の家族達を何も他人に害がないため、罪があるような錯覚もおきてしまう。

     なんだろう?なにゆえに?これは作家の何かなのだ!ろう。考えさせられる。

     「ティファニーで朝食を」はオードリー・ヘップバーンの不思議な魅力と主題曲「ムーンリバー」の印象で忘れがたい映画だった。それなのに原作者のトルーマン・カポーティという作家を意識していなかった。

     原作の中篇作品『ティファニーで朝食を』は映画とはぜんぜんちがう。ハッピーエンドではない。風に吹かれるようにながれながれてもの哀しく終わる。でも、描き方の独特がそこはかとなく魅力なのである。

     一緒に収められている『わが家は花ざかり』『ダイヤのギター』『クリスマスの思い出』の作品もひとつひとつが印象深く、やはり主人公を魅力的に想った。

     つまり主人公の性格描写、心理状態(カポーティの等身大と思う)が気になるのだ。野性味のような自由さ、退廃的な、なげやりな柔軟さ。

     そこで『冷血』。読むまでは松本清張のように実事件に即して、解き明かしたり肉付けしたりして淡々と物語られると思ったのが、違った。むごいのに暗くない、けして解決があるわけではないから明るくはない。

     根源的な「育ち方」、「もの心ついたときの状態」が不如意、不幸だったら、一生に与える酷薄な運命が待ち受けているのではないか!とカポーテーはいいたいのではないか。

     そしてカポーテーの初作品『遠い声 遠い部屋』。これぞゴシックロマン風の少年期もの。現代の恐ーいファンタジージーも真っ青。ゾクゾクッとしながら読んで興深い。自伝もふくまれているらしいからカポーテーの思想もわかろうというもの。

     だからといって許せはしない、身も凍る殺人実事件である。現代でも嫌なことにたくさん同様の事件が起こっているではないか。と、読後感が良かっただけでは終わらない『冷血』。

  •  今から60年前の1959年11月15日未明、米国カンザス州西部の農場で起こった凶悪な殺人事件をもとに書かれた作品です。事件に遭う直前までの被害者たちの日々の暮らし、犯人たちが犯行に至る経緯、事件の発覚、その後の犯人の足取り、逮捕、裁判、そして刑の執行までを、細部にこだわり抜いて描いています。ストーリー自体は少しも複雑ではないのだけれど、いろんな人物 ── 何の非もないのに殺されてしまった4人の親子や僅か40ドルほどの金を得るために大きな罪を犯してしまった2人の男たちに加え、被害者や犯人と何らかの係わりを持つ多くの人たち ── が登場し、互いの関係や様々な出来事がこと細かく描写され、それらが積み重なることによって事件の全体像が生々しく再現されていきます。
     例えば犯人の一人であるペリーについての一節はこんな感じです ── “ディックは1949年型シヴォレーの黒いセダンを運転していた。ペリーはその車に乗り込むと、後ろの座席の自分のギターが無事かどうか確かめた。前夜、ディックの仲間のパーティーで弾いたあと、車の中に置き忘れていたのだ。古いギブソンのギターで、紙やすりをかけ、ワックスを塗って、蜜のような黄色に仕上げてあった ” ── 相棒の車の後部座席にギターが置き忘れてあったことなんて事件の全貌とはなんの関係もなくて、実際のところペリーは、大切にしていたこの古いギターをアカプルコであっさりと盗まれてしまうのです。
     こういった瑣末なことがらが描写され積み上げられることで、登場人物のイメージはどんどん具体化していきますが、それによってかえって訳が分からなくなっていく気もします。音楽好きで愛用のギターを大切にしていたのも、ナンシーを縛りあげた後にベッドカヴァーを掛けてやったのも、残酷にもクラッターさんの喉をナイフで切り裂き顔を散弾銃で吹き飛ばしたのも、同じぺリーなのです。
    “クラッター一家が何かをしたからってわけじゃあなかった。あの人たちはおれを傷つけたりはしなかった。ほかのやつらみたいには。おれの人生で、ほかのやつらがしたみたいには。おそらく、クラッター一家はその尻拭いをする運命にあったってことなんだろうな” ── ペリーはこんな身勝手な、理屈にもならないことをいいます。しかも彼は、自分がクラッター一家を殺したことを「悔いてはいない」というのです。
     くだらない犯人たちの無計画な犯罪で意味なく殺されてしまったことは、被害者たちにとってあまりに理不尽です。でも結局、犯罪やそれにかかわる人間とはこういうものなのでしょう。この異常な事件に魅入られ、これを正確に描くにはその全てを片っ端から文字にするしかない、そう決心したかのようなカポーティの筆致には、執念のようなものを感じます。
     この作品で、カポーティは善悪の判断などは示していません。主観を極力排除して、事実にのみ語らせています。それによって、読者は罪を犯すことやそれを裁くことの意味について自ら考えさせられます。この小説の手法は吉村昭の作品(いわゆる記録文学)に通じるものがあると思います。それほど分厚くもないこの本は、事実に裏打ちされ、ぎっしりと中身が詰まっているので、これ1冊で同じ厚さの他の本を2~3冊読んだくらいの重さを感じました。
     実は短篇集「ティファニーで朝食を」(村上春樹訳。https://booklog.jp/item/1/4105014072)が良かったので、この作品も読んでみました。同短篇集にある「クリスマスの思い出」の煌くような雰囲気とは違う冷たい文章に、別の魅力を感じました。ところで短篇集に収められた「ダイアモンドのギター」に登場するティコという若い悪党には、「冷血」の犯人たちに繋がるものを感じます。「ダイアモンドのギター」は「冷血」のもとになった殺人事件が起こるよりもずっと前に書かれた作品のはずなのに、ちょっと不思議です。

  • ジャーナリズム、ノンフィクションについて興味が湧き、読んでみました。
    殺人事件について書かれたものですが、被害者家族の日常や周囲の人との関係などが加害者と同程度にかなり詳しく書かれているのが印象的でした。
    小説ではないので、登場人物の心の中は出てくる発言やエピソード等の情報から想像するしかないのですが、豊富な情報によって心情がより伝わってきました。
    長いですが、映画のように臨場感がありあっという間に読み終わりました。

  • カンザス州の片田舎で起きた一家4人惨殺事件。被害者は皆ロープで縛られ、至近距離から散弾銃で射殺されていた。このあまりにも惨い犯行に、著者は5年余りの歳月を費やして綿密な取材を遂行。そして犯人2名が絞首刑に処せられるまでを見届けた。捜査の手法、犯罪者の心理、死刑制度の是非、そして取材者のモラル―。様々な物議をかもした、衝撃のノンフィクション・ノヴェル。

  • 名作と言われるものは、やはり名作だな、と。

  • 1ヶ月近くかけて噛みしめながら読んだ

    事実は小説よりも不条理だ

  • 感情を一切挟まず、
    淡々と、事件の発生から犯人の死刑執行までを記録したドキュメンタリー小説。
    センセーショナルな事件そのものを鮮明に書いたというより、
    その事件に関わった全ての人間(犯人も含め)の人生が描かれている。
    本当に何でもない…何でもない一日、何でもない会話、何でもない場所、
    それらが写真のように事細かに描写されており
    映像を見る以上に目の前に事実を強烈に突きつけてくる。
    「一家殺人事件」のただ一点のみで人々が交差し、
    そしてまた別々の道を歩んでいく。

    最後の1ページだけが、一縷の光のようである。

  • この本の感想を蛹に求めたのは、完全に僕の過ちだったと思う。
    「異常な人間が異常な殺人を犯すんじゃないんだよ。異常な人間がまともに生きている場合だってあるし、その方が遥かに多い。例が俺の目の前にいる」
    そう言って、蛹は言いたいことは言い終わったというように、煙草を咥え、火を点けた。煙を、ゆっくり吐き出す。
    「そういうものかなあ」
    「あんたがどう考えていようと構わないけれど、あんたが異常な人間であることは知ってるし、まともに生きていることも事実だろ」
    酷い言われようだ。

    この世界に存在するものは、すべて己の理解のもとにあると考える人間は、たぶん、少なくない。ある種の法則、理屈、屁理屈など、何らかの筋がとおっているべきだという風な。
    己の理解を超えて存在するものはいくらでもあるはずなのだけれど(僕に関していえば、通貨危機とか量子力学とか、目の前にいるこの青年とか)、しかしそれが認められない場合は、以下の二通りの対処方法のいずれかを取ることになる。矯正か末梢。つまり、己の理解できる範囲に引きずり込むか、己の視界から消すか。

    「殺人は、他者の人格の否定だ。他者の人格を不可逆的に破壊する行為だ。けれどもその前に、異常性の否定という形で、彼自身が否定されている」
    蛹はそう言って笑う。
    「つまり、あるがままに見てほしいという、もっとも純度の高い欲求は、もしかしたら、異常だと認められている者ほど強いんじゃないかな」
    愉快そうに、笑う。
    「それは」
    お前のことか?
    とは、聞かないでおく。
    僕は、本を閉じた。

    理解できなくとも、愛することはできるし守ってやることもできる、と、僕は思っていたけれども、そういうものでもないのかもしれない。

  • 冷血なのは誰か。

  • 実際の事件の取材によって書かれたせいか、なんでもない登場人物達が下手なフィクションよりも生き生きと、個性的に描写されていることが印象に残った。特にインタビューに基づいていると思われる、作中人物による長台詞は、最初は聞き手たる作者の影が見え隠れするものの、読み進めていくうちに作中人物が自分に直接語りかけているような妙な生々しさを感じた。

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