- 新潮社 (2015年9月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784102101100
作品紹介・あらすじ
ロッキー山脈を越え、アリゾナ沙漠を渡り、夜は野営地でテントで過ごしながらカリフォルニアを目指すジョード一家。途中、警察から嫌がらせを受けるも、ひたすら西へ西への旅が続く。希望に満ちて“約束の地”に到着したが、そこは同様な渡り人であふれていた。彼らを待っていたのは、不当に安い賃銀での過酷な労働だけだった……。旧約聖書の「出エジプト記」を思わせる一大叙事詩。
感想・レビュー・書評
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昔の文学は婉曲的な表現が多く、時折関係のない話も挟んでくるからどうも苦手だった。
しかし、現時点で制覇したスタインベック作品は信じられないくらいに書き方がストレート。おかげで今回も、難なくストーリーを追うことができた。
世界恐慌の煽りを受けオクラホマの農地を追われたジョード一家は、仕事を求めカリフォルニアを目指す。マイル表記ではピンと来なかったので距離を調べたら、何と5州をまたぐ2,800㌔…!(ルート66が完成していたから何とか行けたものの、辛い長旅には変わりなかった…)
物語はジョード一家と、彼らと同じ境遇にいた人々の足取りを交互に追う形式。
果樹園の求人ビラを手に現地へ向かえば、募集人数の倍の人間が同じ職を求めて来ている。自ずと路頭に迷う者が出てくるが、秩序を乱す者たちとして現地住民からは「オーキー」(オクラホマ人のことだが軽蔑的な意味合いが込められている)と蔑まれる。
ジョード一家の涙ぐましい流転生活も辛かったが、一番こたえたのは差別する側の人間(現地住民)の実態だった。
労働者達が州に入るまで、現地住民は何不自由ない生活を送っていたという。しかし労働者達の貧困や怒りを初めて目の当たりにし危機感を覚え、やがて"自衛"へと走る。元々地主でもないのに自分達の土地だと主張し、生活を守るためならと武器まで手にする始末。
先住民を追放した開拓時代とやっていることがさほど変わらない。何なら今なお銃社会であるのも、その頃の排他主義が未だにアメリカ人の潜在意識に根付いているからなのかなって。
「ほんとうに生きている民は、あたしたちなんだ。あいつらが、あたしたちを根絶やしにすることなんかできない」
「旧約聖書の出エジプト記を思わせる一大叙事詩」とあらすじに書いてあった。安住の地を目指す点では確かに共通している。
少し残念なのは出エジプト記のように希望が見えなかったこと。開拓時代色の強い、プロレタリア文学にしか捉えられなかったことだ。
怒りに囚われても働く(=生きる)ことさえ諦めなければ、人としての幸せを手にすることができる。
…と、本書の主題である「働くことの尊さ」を考えてみたが、これじゃない感が強い。これは再考の余地ありだな(-_-;)
高校時代、同じ著者の『ハツカネズミと人間』を読んで見事打ちのめされた記憶がある。
ハッピーエンドやサクセスストーリーから程遠く、幸福や成功を希求するほど遠ざかってしまう。今回の展開や結末にもそれに通じるものがあった。
ただ前回と違う点は、そこまで打ちのめされることなく、一家同様最後まで心に根を張り続けられたところ。本当に、こればかりは誰も根絶やしにできない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
家族愛、個々の成長物語、現代社会にも通じる資本主義の罪、仲間。色々なテーマで考えさせられる素晴らしい作品だと思う。
労働者の権利がない時の究極はこの世界だと思うと恐ろしい。
ルーシーの嫌な感じも実際、子どもはこんなもんだよねと思う。 -
読み継がれている名作でありますから、いろいろの示唆があるんですね。
ある家族の生きざまを通して、人間社会の仕組みに翻弄され、艱難刻苦に向わせられ、なお襲い掛かる天災災害の非情なる仕打ちにどうするのか!というようなすごい物語のように思われるのだが、読めば読むほど、この家族それぞれの身勝手さは腹立たしいほどで、精神性の崇高さを感じれば感じるほど、人間の生態の愚かしさもくっきりと浮き上がってくるのが面白い。
まず、「お母」が家族集団13人の中心なのはわかる。しかし、殺人を犯し、刑務所から仮出所のトムという次男もしょうがないが、まあ骨がある。おじいさんおばあさんは旅の難儀さに死んでしまい。はかなげな長男は何考えてるのか、旅の途中で行方不明に(家族はあきらめてしまうのだ!)、長女(16)は若くして結婚、ふたりとも夢る夢子さんで妊娠中に夫に逃げられてしまう。三男は浮気性でふらふらしているし、次女(12)と四男(10)はいたずら盛りで手に負えない、「お父」は空威張りの他人ごと、「お父」の兄ジョンはアル中の役立たず、おまけに元「説教師」の他人も加わって、それぞれが勝手なことを言い、やってしまって艱難辛苦の旅を余計に複雑にさせる。「なんでそこでそれをやってしまうのぉ~!!」と「お母」の気持ちに感情移入してしまうが、「大丈夫だよ、なんとかするから」と、おおらかなのか!?偉大なのか!?その「お母」が何とかしてしまうのが、おかしいようなほっとする救いのような、そんな読み方もいいかなと。この頃の、いや、ずっとそうだったけど、我が家族集団でもそんなふうなんだよね。 -
登場人物が生き生きとしており、読んでいて元気が出た。
最後のシーンがとても好きだ。神々しい光がスポットライトのように当たっているような、そんな終わり方で心に残った。 -
20世紀初頭の資本主義の矛盾、世界恐慌「前夜」のアメリカにおける下層階級の悲惨な状況がありありと描かれている。
経済の矛盾、不景気の予兆は下から現れるものなのでしょうか。
ところで、ストーリーから外れるが厚切りのベーコンを焼いてその脂をパンにつけるところが、とても美味しそうで、読後厚切りベーコンにハマってしまいました(笑) -
なんという結末だ!
この結末を創造できることがスタインベックという作家であることならば、やはり時代を超えた名作を生み出す力は生半可なことではないと、改めて衝撃を受けた。
上下巻合わせて1000ページ近いこの物語は、20世紀初頭の世界恐慌を背景として、英雄や悪人を描くのではなく「当時の大多数の人々」を題材にした、読みやすい、しかし壮大なドラマ。
ここで登場するいくつもの事柄は、いくつもの連想を呼び起こす。
まずキリスト教的な宗教観、そして当時の政治経済と社会的構造の矛盾、社会主義思想、アメリカという国の成り立ちに係る歴史的因果などなど……。
さらに、
これらが、一国の事情や特別な宗教観とどまらず、世界のどの国や地域にもあてはまり、かつ、過去のことではなく現在そして近い将来に起こりうるとして、恐ろしさすら感じてしまう。
そう……誰でもが「お父」であり「お母」であり「トム」「アル」がいて、その逆も、また敵対する立場にもなりうる。
「シャロンの薔薇」は、希望、不安、後悔、絶望、救済が、常にすぐそばにいることを表す。「ケイシー」は迷い、ボヤキ、沈黙し、叫ぶ……。
そしてこのエンディング!
実に心に余韻を残し、噛みしめることのできる終わり方だ。 -
久しぶりに名作文学作品を読んだが素晴らしかった。圧倒的。
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労働条件や食糧不足に悩まされながらもジョード家が行き延びるために戦う物語。トムが主人公的な立ち位置ではあるが、彼だけでなく、父母、ジョンおじさん、シャロンの薔薇、アルといった複数のキャラクターが均等にフォーカスされ、成長していく。
オクラホマからカリフォルニアまで移動する様は、「荒れ野」と言う聖書を連想させるようなワードや、聖書をときどき引用することから、「出エジプト記」に重ねることができる。
もっとカジュアルに例えるならば映画「スタンド・バイ・ミー」にて、子供たちが長い道のりを歩いていく大冒険に似ているとも言えなくない。 -
やはり名作はスゴい!実地調査に基づくルポルタージュ的内容を、出エジプト記を思わせる壮大な小説にまとめるという筆力に圧倒されました。聖書を思わせる逸話もちりばめられ、人類愛につながるラストに涙が止まりませんでした。
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上巻に続き、仕事を探して放浪するジョード一家。上巻よりもさらに過酷な状況になり、正直読んでいて絶望を感じるほど。ただトムがお母から離れる時の情景とラストシーンは、印象に残った。あとお母に砂糖を工面した店番がよかったねー。社会に絶望しても、人に絶望しなければよりよい社会を築けると思う。
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夢を求めて西へ。しかし、あまくはない。数々の困難を体を張って耐えていく。トムだけでなく家族皆が、自分が貢献できることを考え、何をすべきか自覚するようになる。自分のことから、家族のことへ、そして家族を越えて困ってる人へ目を向けるようになった。2020.7.19
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終盤は、家族の苦難に読むのが辛くなった。気が休まるのは、子ども達の無邪気な姿と、質素だけど美味しそうなお母の料理。
社会の搾取に対して、人は団結して抵抗すべきと思うが、それが大変難しいことを痛感する。現代の日本に置き換えても、それは同様だし、更に難しいかもしれない。
トム・ジョードとジム・ケイシーは、個人的に印象深いキャラクター。複数の印象に残る言葉を発しているが、それがキリスト教的宗教観を背景とするものなのかは知識不足のため分からない。聖書を読んでみたくなる。 -
そこで終わる⁈という終わり方。象徴的。
お母が一家を切り盛りしてることからも、つまり強いのは女。出産まではめそめそしていたロザシャーンが、最後に母になる。母は強い。飢える人を直接救えるのは母である女しかいない。
トムの最後の台詞は、キリストか神のもの。人が愛をもって集まるときそこに神はいる。
ジョンおじがロザシャーンの子を流すときに言う台詞も印象的。資本主義の闇、格差社会の構造的な巨悪を富める者が認識するには、最も無力な人間の無惨な死が雄弁なのかもしれない。
近代の資本主義の負の側面が描かれる一方、虐げられた人々の結束や社会形成の中で、自主的で民主的な自由の可能性、人間という社会的な生き物の希望的な可能性を感じた。 -
カリフォルニアに向かう途中でのおばぁが亡くなるところからの下巻。人が死に至る程の過酷な旅路の先にある現実が更に凄まじい。一緒にいた家族が、伝道師ケイシーがバラバラになっていく。
根底にあるテーマ、家族愛、隣人への思慮、労働の尊さ、労働組合の必要性、経営者の苦悩や不安。その中でたくましく生きる家族。特にお母の存在が大きい。シャロンの薔薇にはいつもイライラさせられたが最後のシーンは感動もの。
家族の行く末が気になる。
タイトルに何故葡萄と付くのか疑問。 -
故郷を離れ苦労の末にたどり着いたカリフォルニアでは、他所から流入した労働者家族が仕事を求めていた。不当に安い賃金でも働かなければ飢えるしかなく、集団で抵抗しようとすれば弾圧される。
一方で、熟れた果実が儲けにならなくて潰される。
そんな中でも人々は助け合い、声をかけ合って生き延びようとする。
この後、ジョード一家はどうなったのだろうか。当時のアメリカにはこんな家族が大勢いたのだろうな。 -
重厚な物語。1920年代、銀行や地主に追い詰められた農民たちは、手にした作業員募集のチラシにすがり、カリフォルニアに25万人もの人々が大移動した。しかし、そこにも同じ社会構造・格差があった。絶望の中でも生き抜く家族の姿を描いている。
ジョン・スタインベックの作品
