呪われた腕: ハーディ傑作選 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (404ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102108062

作品紹介・あらすじ

19世末の英国ヴィクトリア時代。風が渡る荒野(ヒース)とハリエニシダの茂る田園風景の中で、運命に翻弄される主人公たち……美しい若妻ガートルードの腕に残された呪いの痣をめぐる悲劇的な人生を描いた傑作「呪われた腕」、妹の婚約者との密やかな愛の葛藤を綴る「アリシアの日記」他、「妻ゆえに」「幻想を追う女」など珠玉の全八編を収録。村上柴田翻訳堂シリーズ、復刊第一弾!

感想・レビュー・書評

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  • モーム「お菓子とビール」に出てくる”巨匠”、ドリッフィールドのモデルと言われているトマス・ハーディ。
    長編では映画化されている「テス」(ロマン・ポランスキー監督)「日陰者ジュード」などは名前を知っていますが、過酷な人生は読むのがキツそう(この年だとあまりキツい人生は読みたくない…)なので短編を読みました。
    短編ですがやっぱり厳しい人生が展開されていました。一つの話の中で「六年が経った」「この事件があってから数十年後のことだった」などと時間が経てゆくので、まさに短編一つ一つに人々の人生が圧縮されています。田舎町の出来事が多いのですが、荒野の針エニシダ、茂った草、広い草原のなかに一本の道、などの情景が印象的です。
    それぞれの登場人物は平凡な人生ではあるけれどその中で「愚鈍なる運命に翻弄され青ざめきった」(解説より)結末を迎えます。
    イギリスの文学を読んでいると階級社会の閉塞感、女性の生きづらさを感じます。しかしそれらは現代日本でもこんなことあるよね…と思うものもあります。
    (「お菓子とビール」はこちら。
    https://booklog.jp/item/1/4003725050

    『妻ゆえに』
    故郷に帰ってきた船乗りシェイドラックは、エミリーとジョアンナという女性と親しくなる。最初はエミリーに惹かれたが、ジョアンナがそれを奪い結婚する。
    何年も経ちジョアンナは自分のつまらない嫉妬でシェイドラックを奪ったことを後悔する。エミリーは資産家と結婚し、両家の暮らしぶりには明らかな差が出ていたのだ。
    …まあいつどこの時代でも友達との生活に差がつき虚栄心の争いのようになることはありますが、この時代のイギリスにおいてはことさらに階級や資産の格差や教育による将来性の決定は大きなものだったのでしょう。最後まで嫉妬と虚栄を捨てきれなかった女性の話。

    『幻想を追う女』
    マーチミル夫人は一見恵まれた生活をしていたが、価値観の違う夫との生活に鬱屈を感じていた。マーチミル夫人は手慰みに詩作をしていた。そして詩人のロバート・トルーの作品に惹かれていた。彼女は自分の身元を隠してトルーに手紙を送る。トルーとはすれ違いが続き、マーチミル夫人は一方的な思慕を募らせる。
    …現代だと、SNSで一方的に繋がっている相手に想いを寄せて溢れちゃって…という感じかな。
    しかし最後のオチが相当不快です。夫婦は相手を理解する必要などなく自分だけの世界に生きた結婚生活を送ります。その皺寄せを被ったのは一番弱い者で、将来も暗いものしか見えない。もうこの夫婦がただただ不快。

    『わが子ゆえに』
    牧師のトワイコット氏の女中だったソフィは、先妻の死後思いもよらずに牧師の後妻になった。だが上流身分に嫁いだソフィはその階級に馴染むことができずに孤独を深めるだけだった。そして一番辛いのはわが子ランドルフから自分の洗練されなさを恥ずかしく思われていることだった。
    トワイコット氏の死後、ソフィはかつて自分に求婚した、だが小さな仲違いで別れた庭師のサムから再度の求婚を受ける。ソフィは思う。自分には馴染めない上流社会の片隅にいるより、自分と同じ身分のサムと結婚することが幸せなのだろう。しかし一端の紳士でいることが何よりも重要な息子のランドルフは、母が下衆で田舎者の下流階級の男などと結婚するなどとは断固として許さなかった。
    …いわゆる玉の輿婚したところで、付け焼き刃の上流さはすぐに剥がれてしまうその苦しさ。当時の階級社会では上流社会から外れることはまさに針の筵だったのだとは思うけれど、現代感覚では「開放してあげてよ!」と思ってしまう。

    『憂鬱な軽騎兵』
    田舎の町でフィリスは、名門の一端であるグールド氏からの求婚を受ける。
    長引くばかりの婚約中に、フィリスはドイツから駐留してきた軽騎兵のマテウスと知り合う。
    石塀越しにひとときを過ごすだけの逢引。厳しい父と頼りのない婚約者に挟まれるフィリスと、酷い扱いの軍隊が耐えきれないマテウス。ある時マテウスはフィリスに駆け落ちを持ちかける。
    …フィリスがマテウスと会った石塀を家の2階から見た時の『ふと気がついてみると、あまり足しげく通ったためか、塀の隅の草だけがきれいに踏みにじられ、塀の上からのぞくため足場にした踏石の上には、庭土の跡がはっきりと残っていた。自分の来た跡が昼間こうまで歴然と見えようとは思わなかった』という描写が、いかに二人が互いにまっすぐに向かっていたがが現れていて、美しく切ない描写。

    『良心ゆえに』
    中年のミルボーン氏は、かつて女性に求婚したが彼女とお腹の子供を捨てて消えた過去があった。仕事を引退したミルボーン氏はかつて捨てた女性を探す。今ではフランクランド夫人と名乗っている彼女は、娘のレオノーラを育てて一定の社会的立場を作っていた。
    フランクランド夫人を訪問したミルボーン氏は、「かつての結婚の約束を果たすことが、我々の良心の問題であり、約束履行の問題だ。私達が結婚すれば娘の結婚にも有利になる」と訴える。最初は全く相手にしなかったフランクランド夫人だが、良心と娘の結婚を出されては断ることはできなかった。
    …しなくて良い余計なことを何故するんだろうと思ってしまいますが、キリスト教社会の小説や映画では「約束」が非常に大事に書かれています。

    『呪われた腕』
    ローダ・ブルックは、地主のロッジの最初の妻だったが息子を共に追い出されて牛の乳搾りの仕事についていた。ロッジ氏は新たに若くて美しく溌剌としたガートルードを妻に迎える。
    ガートルードは、ローダのことは全く知らずに彼女とその息子に親しみを覚える。
    ある夜ローダは、人影に襲われる夢を見て、その人影の腕を掴み追い払う。
    そしてその翌日ガートルードの腕には、他人に掴まれたような痣が浮かぶようになった。
    …この話はかなり印象的ですが、説明が最小限に抑えられています。ローダが何故このような生活をしているのか、ガートルードが占い師に見せられた情景は何だったのか、そもそも本当に呪いなのかなどは書かれません。しかしそこに緊張感と、お互いに意味のわからない運命に陥った二人の女性の閉塞感が感じられます。
    描写としては、ローダとガートルードが占い師を訪ねるために、二人で草原の中の道をただただ歩く場面は目に浮かぶようでした。この時のローダはの心境や如何にと思います。

    『羊飼の見た事件』
    ある晩羊飼いのミルズ少年は、地主の公爵が妻に言いよる男を殺す場面を見てしまう。
    公爵に見つかったミルズ少年は「決して誰にも言わない、その代わりに生活の援助を受ける。だたしもし口にしたらすべての援助を失う」という誓いを立てさせられる。
    数十年後、公爵の執事となったミルズは、かつての殺人を目撃した別の人物がいることを知り…。
    …夜の草地の情景が印象的です。月明かり、針エニシダ、丘の影。


    『アリシアの日記』
    アリシアは綴る。妹キャロラインとその婚約者シャルルさんとのことを。
    アリシアは、自分と妹がいつか一人の男に愛されて、自分たち姉妹は隣同士で葬られるのではないかと感じる。
    …愚かな選択ばかりしてしまった人たち。しかし他に生きようがないからどうしようもない。

  • 村上柴田翻訳堂だからって全て買うこともあるまいと、図書館で借りて来たのだが、最初の一編で、「これは、買うべき本」(これから死ぬまでに何度か読むだろうと確信)と、すぐに買った。
    長編は名作でもなかなか通して再読はできないが、短編集はさっとどこでも読める。だから素晴らしい短編集は本当に貴重。そんな短編集を20冊くらい持っていると人生の豊かさが増す。これはまさにその一冊。
    オースティンより後の作家だから、オースティンの登場人物のように結婚までにあれこれ悩み、やたら手紙を書くことは同じだが、もっと人生そのものを描いている。運命や社会に翻弄されたり、狂おしい情熱をもてあましたりする様は、『ワインズバーグ・オハイオ』に似てるなと感じた。コルム・トビーンが好きなのもこういう雰囲気を持っているからだと思う。
    『テス』や『ジュード』の作者とは知っていたが、この二作は映画で見ただけだったので、まあ暗い話だろうとは思って読んだ。しかし、もちろん明るいとは決して言えないが、暗いという言葉だけには収まらない。言葉が貧困で申し訳ないが、どの時代のどこの人間でも普遍的に持っているものが感情に溺れずに書かれている。また、解説で村上柴田両氏も言っているが、風景描写が本当に上手い。自分もハリエニシダの茂みの中の羊飼い小屋から覗き見してる気持になった。(「羊飼の見た事件」)
    最初の「妻ゆえに」は友人の恋人を奪い、恋愛では勝利したが、結婚後は経済的格差で苦しむ話で、現代でも十分ある話だし、「わが子ゆえに」は逆に格差婚で上流階級になった小間使いが、夫の死後子どもに遠慮して自分らしくいきることができず苦悩する話で、これも現代にある話。
    表題作の「呪われた腕」からあとはもう、読むのをやめられす、イッキ読み。まあ、本当に上手い作家なんです。書き方、視点、端折り方がもう、読者を惹きつけずにはおかない。
    苦い後味の残る作品ばかりではあるが、本当にいい小説を読んだという満足感がいつまでも心に残った。

  • 私の好きな短編小説とくれば、まずはモーパッサン。そしてトマス・ハーディ。ハーディは、若い頃「テス」に大感銘し、この短編集を含めて、多くの作品を読んだ。
    長編が冗長に感じられるモーパッサンと異なり、ハーディは、長編も短編も素晴らしいということになるのだが、そもそも尺の長さが違うだけで、基本が同じ。緊密なプロットで物語が築き上げられている。街の大聖堂も村の小さな教会も建築物としては同じということか。(ちなみにハーディはもともと建築家である)
    視点はまさに神のごとし。
    なのに重くない。豊かな自然とその中で生きる人々の話を丁寧に織り上げている。
    ただ、あまりにも不幸な偶然が重なりすぎやしないかと指摘されることも多いが、そこは、運命に翻弄される小さき人たちを描く昔ながらの手法ということで。

    さてこの短編集だが、当然、20代で読んでいて、近年、電子書籍にもストックしてあったが、村上柴田翻訳堂の取り組みに共鳴し、再購入。シリーズの早々にハーディが選ばれたことに感激ひとしお。巻末の村上×柴田解説セッションだけでも、再購入の甲斐があった。

    短編集の中の作品群は、甲乙つけがたいが、恋愛ロマンとして、「幻想を追う女」、「アリシアの日記」をお薦めします。

  • 運命という大きな力を前にして、どうすることもできないちっぽけな人間の生き様が描かれた短編集。恋愛絡みの悲劇ばかりで、「傑作選」とあるようにどれも傑作だった。

    悲劇は好きではなく避けてきたけれど、ハーディの描く悲劇はなんというか、人間の「覗き見趣味」を満足させてくれる。現実では巻き込まれたくない事件ばかりだけれど、遠くから見るぶんには楽しめるというか。恋愛や結婚の教訓も得られる。

    最後の、村上春樹と柴田元幸の解説セッションも良い。
    「村上柴田翻訳堂」シリーズ、他も読んでみたくなった。

    「妻ゆえに」
    「幻想を追う女」
    「わが子ゆえに」
    「憂鬱な軽騎兵」
    「良心ゆえに」
    「呪われた腕」
    「羊飼の見た事件」
    「アリシアの日記」

  • トマス・ハーディの作品は現時点で『テス』しか読んだことがない。悲しい悲惨なストーリーだった。

    この短編集もとても面白かった。再読したくなる。
    面白かったというのは不謹慎かもしれないけど。
    どれも不幸な話ばかりだからなぁ…

    『妻ゆえに』
    船乗りジョフリに先に気に入られた友達エミリーから、船乗りのことをそれほどいいとも思わず、奪ったような感じで結婚したジョアンナ。
    しかし、あまり金持ちでもなく、不満。
    そのうち、エミリーは金持ちと結婚して目の前に住んだ。
    ジョアンナはそんなエメリー家族を見て嫉妬する。
    ジョフリは漁業に出てひと稼ぎするが、それでもエミリー家と比べて少なく、不満。
    息子たちと行って来ればもっと儲かるとジョフリ。
    ジョアンナは、息子たちまで!どんな事故があり帰れない場合もあるのに。と迷うが、行ってきてと答える。
    結局、何ヶ月たっても帰ってこず、エミリーの世話になるが、待っても待っても誰も帰ってこず…

    嫉妬する気持ちはわからなくもない。
    偶然とはいえ、目の前にかつての友達が裕福にしてるんだから。それも、友達から恋人を奪ってまでしたのに。
    なんというか、格差が出ると惨めな気持ちになると思う。
    しかも、夫となったジョフリの優しさなどにも気付けず、裕福になりたいという気持ちだけに占領され、ジョアンナは不幸になった。

    『幻想を追う女』
    家族で海水浴に行き、ある宿を見つけた。
    その部屋のひとつに詩人が滞在していたが、家族の邪魔になるだろうとしばらくいなくなった。
    エラは、その詩人に会ったことがないのに、次第に恋をしていた。
    しかし、詩人はある日悲しみのため死んだ。
    自分を理解してくれるような女性が現れてさえいたら、違っていたかもと。
    エラは、私が助けられたのかもしれないのに!と悲嘆に暮れる。

    もし、2人が会っていたら良かったのかもしれない。でも、もうわからない。すれ違いが多かった。
    ペンネームが男の名前だったため、手紙のやり取りもそっけなかった。最初から女だと言っておけば、また違った結果だったかもなぁ。
    エラは後悔だらけである。

    『わが子ゆえに』
    ソフィは裕福な娘ではなかったが、牧師と結婚して、息子も良い学校に入り牧師になる。
    父親の牧師が死んだ後、むかし知っていた庭師サムが現れ口説かれる。
    息子に話すが、そんな庭師などと結婚は許さないという。
    ソフィは、なぜ結婚したらダメなのと…

    もう息子は独立してるのだし、お母さんが再婚しても良かったと思うが。
    息子のためにそれをやめたソフィ。そして死んでしまった。サムもこれから頑張って実行に移して、ソフィを幸せにしようとしてたのに。


    『憂鬱な軽騎兵』
    戦争中に出会った男女。
    男は一緒に逃げようと言うが、女は父親からも止められ、逃げるのも難しいし断った。
    男は友人と脱走するが捕まり処刑される。

    どうしようもない、悲劇。
    逃げなければまだ未来はあったのかな。


    『良心ゆえに』
    フランクランド夫人は、ミルボーンとの間に娘がいた。
    ミルボーンは結局結婚せず裏切ったので、フランクランド夫人は娘フランシスをひとりで立派に育てた。
    若牧師の恋人コープもできたころ、ミルボーンが現れる。
    古い友達として。
    コープはフランシスが時折ミルボーンに似ていることから、抵抗を感じるように。結婚前にできた子という事実がわかったから。
    結局、ミルボーンは反省して離れ、夫人とフランシスに財産などを分配した。
    その後、フランシスはコープ牧師と結婚できた。

    この物語だけ、まぁ仕方なかったのかなという程度で、夫人も娘も幸せになったからよしとしよう。


    『呪われた腕』
    牛の乳搾りをする女ローダ。
    ロッジ旦那はガートルードと結婚することになっているが、ローダとロッジの間には息子がいる。

    ローダはモヤモヤしていた。
    ローダはある日、ガートルードの腕を掴んだ恐ろしい悪夢を見る。

    そして、現実にガートルードの腕に掴まれたような痣ができ、悪化していく一方だった。
    気味が悪いのでロッジ旦那も心が離れていくようだった。

    解決方法は、死んですぐの人の顔に患部を押し付ければ治るというものだった。

    ガートルードは、処刑された人が出たら実行しようとし、ある日現実になった。
    そして、押し付けた時、ロッジ旦那とローダが見ているのを目にする。
    その処刑された人は、2人の間の息子だった。
    (息子は冤罪だった可能性がある。たまたま現場にいただけ)
    ガートルードは結局その後死んでしまう。

    ちょっとホラーなストーリー。
    まさに呪われてる。
    それにしても、ガートルードは被害者なのに。
    ロッジ旦那が1番悪いだろう。呪われるべきはロッジだ。


    『羊飼いの見た事件』
    公爵の殺人事件を目撃した少年ミルズは、公爵から口止めされ、公爵の家令として働くことになった。
    ずっとミルズはそのことについて黙っていた。
    しかし、この事件を目撃したのは羊飼いの老人だった。
    老人が死ぬ前に牧師に話した。
    公爵は牧師の口をふさいでやると言っていたが、夜夢遊病のようになり、階段で足を踏み外して死ぬ。
    公爵が死んだので、ミルズは物語った。


    『アリシアの日記』
    旅先で妹に恋人ができたが、手紙の中の話だけで、相手についてよくわからない姉。
    実際に会うことになり、恋人は姉を好きになる。
    姉も抵抗していたが、好きだった。
    妹は知り、病気に。
    なんやかんやと姉と恋人はややこしい案を作り、元気付けるために偽の妹の結婚式を行う。
    みるみるうちに元気になり、恋人と姉には不都合な状況に。本当に結婚する必要が出てきた。
    恋人は水門のところで死亡。
    過失だろうと言われているが、姉は自殺だと思っている。
    妹はその後別の人と結婚した。

    これも悲劇だわ。
    手紙の流れで、その恋人が姉とくっつくだろうとは思っていたが、こういうのはややこしくなる。
    姉妹で…となると、厄介。

  • いやぁこんなに面白いとは。しばらく積んでいてすまなかった(本に対して)
    ハーディは短編がこんなに巧い人だったとは知らなかった。巧さが19世紀的で、偶然や運命による人生の成り行きは面白いんだけど(他の方が書いている「呪われた腕」の六条の御息所っぽさなど)、「できすぎ」で現代作家はこういうオチはつけられないだろうが、オチを読ませるためではないストーリーテリングがある。
    「テス」の作家だけあって女性をあれこれひどい目に合わせるし、暗い結末が多いのだが、このように「物語」を読ませる小説は大好き。

  • 「村上柴田翻訳堂」の1冊。「MONKEY」での村上と柴田の翻訳小説対談でハーディに言及されており興味があったため、購入。いやいや、面白い!村上によると「風景」がよいとのことだが、ストーリーも面白い。物語の「骨」みたいなものがよくできている。夢見る夢子さん的な有閑マダムや、ただ裏切りものでいたくない男とが出てきたり、六条の御息所的なホラー的な話が出てきたり、どれもこれも面白い。その人が持っている個性というか、枠というか、持って生まれた性格・思考・タイプから帰結するところの人生・哀しみみたいなものを描いているのがどの短編にも共通するところか(柴田が村上の「トニー滝谷」との共通性を挙げていたがそんな感じ)。オースティン以来、物語が面白い海外文学が読みたいと思っているのだが、次何よもう・・?

  • トマス・ハーディと言えば、
    私が大好きな小説ベスト10に入る
    モーム作「お菓子と麦酒」のドリッフィールドのモデルとされる人物。

    多分その影響で張り切って「テス」も買ってきたけれど、
    目下挫折中。
    (どこまで読んだかと言えば牧師さんが村人に話しかける場面、って
    はじまって5ページくらいだから、挫折ではなく「まだ読んでいない」で
    良いのではないかい?)

    そのことを映画好きの人に話したら「『テス』は読むものじゃなく
    観るものだよ」なあんて言われてますます遠のくばかり…

    そんな中、噂の「村上柴田翻訳堂」でこちらの短篇集が出たので
    興味をそそられ読んでみました。

    まあ、本当に、見事なまでにどれもこれも悲しくって暗いのだわ。

    「モームさんならここでユーモア的に思わずニヤッとしてしまう
    展開にしてくれそう…」と折々考えてしまった。

    でも一方、ひたすら陰鬱で救われない話、と言うのも
    案外好きな私なのです。

    大体どの話も無駄に遠慮していることから
    不幸を引き寄せている、と言った印象。

    特に「わが子ゆえに」は私も自分自身不思議なほど感情移入して
    「もう…、思い切って良いんじゃないの?!」と。
    主人公の見栄をはる息子を憎みながら、
    本当に大事なことに気付く、って言う…。

    最後に載っている柴田さんと村上春樹(呼び捨て)の
    対談でも「テス」を読んでいないとお話にならないみたいだし、
    この勢いで読んでみるかな。

  • 地主の元へ嫁いできた若く美しい妻は、それと知らずに地主がかつて子供を産ませた乳搾りの母子と仲良くなるけれど、その女性の無意識下の嫉妬が呪いとなり若妻の腕に痣が・・・というホラー仕立て(?)の表題作はとても面白かった。一種の恋敵であるところの二人の女性の、そのどちらもけして悪人ではないのに、奇妙な因縁に巻き込まれてしまって双方被害者でもあり加害者でもあり・・・とても気の毒。

    妻の浮気を疑う公爵の秘密を見てしまった羊飼いの末路「羊飼の見た事件」も、舞台になるのがケルト人の遺跡なあたりに独特のゴシックテイストがあり好きだった。姉妹が同じ男性を愛してしまう三角関係の「アリシアの日記」は、語り手の姉アリシアが実は腹黒で叙述トリックかなんか仕掛けてあったらもっと楽しかったのに。

    基本的に、ハッピーエンドの話がひとつもないので、とくに前半の数作は、こんな奥さんと一緒になると大変だよね!こんな子供に育っちゃったら失敗だよね!みたいな、なんか駄目な家族の見本市みたいな話が多くて、あまり良い気分になれなかったのだけど、村上春樹と柴田元幸解説対談を読んだら、ハーディは結末(筋書き)よりも細部がいいみたいなことをおっしゃってたので、なるほどそう読めばよかったのかと思いました。

    ※収録作品
    「妻ゆえに」「幻想を追う女」「わが子ゆえに」「憂鬱な軽騎兵」「良心ゆえに」「呪われた腕」「羊飼の見た事件」「アリシアの日記」
    解説セッション:村上春樹×柴田元幸

    • 淳水堂さん
      yamaitsuさんこんにちは。

      こちらも読みました。
      まさに皮肉な人生や奇妙な因縁に巻き込まれて、悪いわけではないのに、被害者でも...
      yamaitsuさんこんにちは。

      こちらも読みました。
      まさに皮肉な人生や奇妙な因縁に巻き込まれて、悪いわけではないのに、被害者でもあり加害者でもあり、気の毒としか言いようがないような短編。
      この時代の作家では、ヒュー・ウォルポールやヘンリー・ジェイムスは現実を幻想譚で書き、トマス・ハーディやサマセット・モームは現実を突き付けるような印象でした。

      読書って関連関連で続いていき、読みたい本が増えていくばかりですね(^_^;)
      2020/01/21
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、こんにちは!(^^)!

      トマス・ハーディ、せめて『テス』に挑戦しようかと思いつつ、私も読まずにきてます…

      こちら短編集のせい...
      淳水堂さん、こんにちは!(^^)!

      トマス・ハーディ、せめて『テス』に挑戦しようかと思いつつ、私も読まずにきてます…

      こちら短編集のせいか、あまりハッピーな話がなくて、後味の悪さではウォルポールといい勝負ですよね(苦笑)

      モームの登場人物は、いやな奴だけどなんやかんやで憎めないことが多い(アルロイ・キアも私にはそうでした)印象なので、後味が良いのが魅力なのかも。

      ほんとこうやって芋づる式にどんどん読んでしまうのが読書のだいご味でもあり、積んだ本が減らなくて困る原因でもあり…(苦笑)
      2020/01/21
  • ハーディーは おんな という生きものが嫌いなのだろうか。おんなの、自由気ままな嫉妬深さや強情が?? ミソジニーというのでもなくて、なんというか、感情的で美しく謎めいた、哀れな生きものとして捉えているようにおもった。まぁ実際、まちがってもいないのかも。
    だからなんだかついついイラッとしちゃうことも否めないのだけれど(あとがきで村上氏と柴田さんが「フェミニストが読むと腹を立てるかもしれない。」と語っていて笑っちゃう。とくにフェミニストというわけでもないのだけれど。)、わたしもハーディー中毒になってしまったみたい。なんだかじぶん(おんな)というものをわかってほしくて、言い争いになってしまう、めんどうな恋びとみたいに。

    「憂鬱な軽騎兵」がすき。あの塀の下の泥にまみれた石塊が、いまもどこかでじっとりと息をひそめているようにおもえるから。人生における不条理の、ひとつのしるしみたいだから。
    堅く編まれた髪。仄かに照らされた壁の走り書き。月光をせおった三石塔。水門の下に浮かんだ躰。そんなふうに、ハーディーの短篇のなかのいくつもの「シカタガナイ」の表象が、ぽつりぽつりと置かれつづけてゆく。それは、シカタガナイため息の雲路の果てへと、どこまでも。

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著者プロフィール

Thomas Hardy 1840–1928
イギリス南部ドーセット地方の石工の家に生まれ、22歳でロンドンに出て建築事務所で働く。その後作家に転じ、そのキャリアの前半約30年間で『ダーバヴィル家のテス』をふくむ15篇の長編小説、短編小説集4篇、後半約30年間で叙事詩劇『覇王たち』と948篇の短詩を発表して、ヴィクトリア朝時代最後の大小説家にして詩人となった。神の見えない時代に文学の存在意義を探り、みずみずしい感性によって20世紀のモダニズムの先駆者となり、D・H・ロレンスやフィリップ・ラーキンなど後世の作家に多大な影響を与えた。

「2023年 『恋の霊 ある気質の描写』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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