アンの青春 赤毛のアン・シリーズ 2 (新潮文庫)

  • 新潮社
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レビュー : 102
  • Amazon.co.jp ・本 (466ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102113424

作品紹介・あらすじ

16歳のアンは、小学校の新任教師として美しいアヴォンリーの秋を迎えた。マリラが引き取ったふたごの孤児の世話、ダイアナやギルバートらと作った「村落改善会」の運営と忙しいなかにも、"山彦荘"のミス・ラヴェンダーとの出会いや、崇拝する作家モーガン夫人の来訪など、楽しい出来事が続く。少女からひとりの女性へと成長する多感な時期を描く、アン・シリーズ第2作。

感想・レビュー・書評

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  • 読書日:2017年10月22日-10月27日.
    Original titile:Anne of Avonlea.
    Author:Lucy Maud Montgomery.
    小学校の教師となったAnneは私生活でも仕事でも穏やかに過ごしたわけではありません。

    私生活では男女の双生児を引き取った事でMatthewが亡くなった
    Green Gablesに活気が戻りました。
    その様には、初めて此処に来たAnneを思い出しました。
    そして今巻の後半でDianaがFredと婚約する事になり、
    それを知ったAnneの心が少女から女性へと変わった瞬間が一番印象深かったです。
    彼女はGilbertに恋をしているとはっきり自覚してはいませんが、
    この直ぐ後に彼が来て、その時のAnneの反応が顔を赤らめたので、次巻の恋愛模様に期待しています…!

    仕事では、決して自分は子供に鞭を振り上げないと決めていたAnneが、男子生徒に鞭を振り上げた事が衝撃的でした。
    しかしこの事件がきっかけで子供達がAnneを見る態度が少なからず変化が起きたので、時には思い切った行動も必要なのだと感じました。

  • シリーズ1を読んでから1年以上経ってしまったが、続篇を読み始めたら、何故もっと早く読まなかったのかと、やはり後悔した。

    天真爛漫で空想好きな、ポジティブ詩人の「アン・シャーリー」にかかれば、気難しい隣人の「ハリソン氏」も、アンの生徒「アンソニー・パイ」も、双子の片割れ「デイビー」さえも、その素敵な人柄に魅きこまれる。

    もちろん、最初から上手くはいかないけれど、アン自身、人には欠点がある方がより魅力的だということを知っているので、相手を信じ思いやる気持ちや、優しさがだんだんと伝わっていく。その過程が丁寧に描かれていて納得させられるし、ユーモラスに展開する点が多いのも、読んでて明るい気分になって良い。私自身がアンの影響を受けているかのようです。

    マリラの体調は心配だったが、相変わらず、アンとの、お互いタイプの異なる故の、ユーモア溢れるやり取りも健在で良かったし、時折、本当の母親以上の愛も感じられて、ホロリとさせられた。マリラは照れ屋で、なかなか本音を見せないところが、逆に愛らしくて良いのですよ。

    また、カナダのプリンス・エドワード島の自然の美しい描写は、毎回想像するだけで楽しくて、文章でこれだけ美しいと思わせてくれるのは、すごいと思います。

    物語自体は、アンが16歳になり、教師として子供たちとふれ合うことで、空想好きはそのままでいながら、大人へと少しずつ変わっていく、しっかりした一面も持ち合わせていく描写も出てきて、前巻とはまた異なる魅力も発見出来ます。ダイアナとの友情も素晴らしい。

    それに加えて、アンの、「何事も思うようにならないが、悪いことも必ず期待どおりに起こるわけではない。」なんて言葉を読むと、哲学的な響きも感じられて、すごく励まされます。

  • う~ん、赤毛のアンが楽しかったのは、主人公の魅力によるところが大きかったのだけれども、青春時代のアンは、すらりとして美しく、頭がよく、夢見る力を持っており、しっかりしていて、多少あわてんぼうなところはあるにしても、かなり完成された「いい人」だから、さて、読んでいて魅せられるのかと言うと・・・・なぜアンシリーズが読まれたのか考えると、それはもう1作目の赤毛のアンの余韻を、読者がただただ引きずっていたからではないだろうか。この作品だけを読んで、そう面白いと思う読者はなかなかいまいと思うのだ。昔アンシリーズを読破した折には、5冊目あたりでさすがにげっそりした記憶があるが、今回は残念ながら2作目でげっそりきた。読むものがないときには気楽に読めていいのかもしれないが、今は読み終えるのに努力すら感じた。年だな。

  • ラベンダーさんが今更昔の恋人と結婚する場面なんて、やっぱり物語だなあと思うところ。アンのように、心も外見も清らかな女性になりたいと思った。

  • 1909年 カナダ

    アンの16歳~18歳までのグリン・ゲイブルズでのお話。

    1巻と比べると非常にアンが大人になったなぁと感じさせられる。
    マリラとの会話もアンがまくしたてる様な一方通行ではなく
    ちゃんと女どうしの会話として成り立ってる。

    マリラの遠い親戚である双子を預かる事になるのだが
    この双子の男の子のいたずらっ子具合が半端ない。
    読んでてひぇぇ~と恐ろしくなる。

    それでもめげずに優しく接するアンとマリラは凄い。

    マリラも1巻の頃に比べると少し柔らかい対応になっている印象。
    すっかりアンとは親子の様になっている。

    ラベンダー夫人も可愛い。
    これ今だったらちょっと痛いおばさんになってしまうのかもしれないけれど
    本人が幸せそうにやってて見た目も可愛らしければ
    アリなのかもね~なんて思ったりも。

    しかし18歳なのにすっかり大人っぽい。
    やっぱり16歳でも仕事を持つって結構重要なのかもしれない。

  • ミス・ラヴェンダーのお話が心に残った。若いころささいな喧嘩から別れてしまった人と、なんと45歳で結婚するのだ!
    ダイアナは平凡な男と18歳で婚約。アンは教職を辞め大学へ。ギルバートとはまだ友人関係。

  • デイビーがめんどくさすぎる!
    大人しいドーラとは正反対のデイビーは、各所で騒いでアンやマリラに迷惑をかける。アンもお転婆な幼少期の持ち主だが、アンよりも数段酷い。デイビーは故意にやっているとしか思えないからだ。しかも、怒られても大して悪びれもせず、何かというと教育や躾が行き届かない環境にいた事で同情を惹こうとする。又、それにほだされるアンにもいらいらした。嘘を吐く事が悪いと教えられる環境にいなかったから嘘を吐くのは仕方ないと許してしまえる心境って、どんな心境だ。

    ダイアナの恋にわくわく。
    幼少期に語っていたような夢の中の王子様ではなく、手近でちゃっかり恋人を見つけたダイアナ。アンを差し置いてリア充の仲間入りを果たしていた。手近で見繕っただけあって、ギルバートよりもランクは下がるが、幸せそうなダイアナを見ると顔が綻ぶ。

    ラベンダー夫人も良かった。
    街道を外れた山彦荘に、手伝いの少女・シャーロッタ4世と共に暮らす彼女。夫はおらず、静かに暮らしている。アンとダイアナがある日迷い込んだ事で、外界との風通しが一気に良くなる。何と、アンの教え子の父親の元彼女。既に奥方は亡くなっていたので、ここで一気に昔の恋愛に灯が灯る寸法だ。大人の純愛良いな。結婚式の場面では、少女のように微笑むラベンダー夫人の笑顔が脳裏にくっきりと再生された。

    こんなに恋の嵐の巻なのに、何をしているギルバート(笑)
    私は、イケメンのギルバートと美しく成長したアンの恋物語を期待していたのに。それはどうやら次回作以降に持越しらしい。

  •  第1巻が面白かったので、正直少しがっかりした。これ以降もシリーズが延々続くが、モンゴメリ自身も途中から飽き飽きしていたと聞いたことがある。出典は不確かだが、その説がさもありなんと思える第2巻だった。それなりに面白いが、第1巻からの期待が大きすぎたのかもしれない。
     初対面のマシューに機関銃のようにしゃべり続けたあげく急に押し黙ったり、リンド夫人に暴言を吐いたり、クラスメイトを黒板で叩いたり、登校を拒否したり、「それが悪いことだなんて思わなかったの」と言っては突拍子のないことをするのがアンの素敵なところだった。うっとりして自説を披露するアンに鋭い突っ込みを入れるマリラが小気味よく、そこが面白いところだった。持ち前のユーモアを明るく披露することを謹んできた厳格なマリラがアンの調子に巻き込まれ、段々と変化していくのもサイドストーリーとして空想の余地があってよかった。
    成長して、教師になり、そそっかしさや空想力は残るものの、天真爛漫で破天荒なアンの魅力はかなりなくなってしまった。双子の世話をしたり、皮肉屋のハリソンさんや寂しさを湛えるミス・ラベンダーの話に大人しく耳を傾けたり、改善委員として活動したり、すっかり優等生の常識人になってしまったので、小説全体もアンを規範とした人生指南のような雰囲気が出てしまったように思う。残念なことに、「楽天的に、勇気をもって、崇高な理想を掲げて人生に立ち向かうべし。嫉妬心や見栄は捨て、地道な仕事に取り組むべし」という説教物語の色が濃くなってしまった。
     マシューの死で少女時代の物語は第1巻で美しく完結していた。続編はない方がよかったと思うが、ある限りはがっかりしつつ読んでしまうのが読者の悲しい性なのかもしれない。

    第1巻は掛川恭子訳、第2巻は村岡花子訳で読んだ。圧倒的に掛川訳の方が好みだった。一人称が掛川訳では「わたし」、村岡訳では「あたし」である。また、村岡訳では少女たちが「〜しちまった」といった話し方をする。農村部の素朴な人々の言葉遣いを翻訳するにあたり、翻訳当時は一般的な表現だったのかもしれないが、どうも慣れなかった。終始「あんた」「あたし」「しちまった」ならまだよいが、「なのよ」「ですわ」も出てくるので、不自然に思えて気になってしまった。
    村岡訳は完訳ではないそうなので、完訳の掛川版か松本版(未読)で第2巻も再読したい。

  • 〝けっきょく、一番、幸福な日というのは、すばらしいことや、驚くようなこと、胸の湧きたつようなできごとがおこる日ではなくて、真珠が一つずつ、そっと糸からすべりおちるように、単純な、小さな喜びを次々にもってくる一日一日のことだと思うわ〟(276p)

    アンの物語に流れている幸福感が凝縮されている言葉だなと思った。
    何気ない日々の幸せを十二分に受け取り、味わえるアンが大好き。

    アヴォンリーで小学校の先生になったアン、ポールをはじめとする児童たちや双子のドーラとデイビーとの奮闘ぶりが面白く。特にデイビーの奇想天外で先が読めない行動発言に笑った。
    アンがポロポロ泣いてしまうシーンにハッとしたり。怒るよりよっぽどまっすぐ伝わるのかな。
    ミス・ラヴェンダーのお家のシャーロッタ4世、私の中のイメージでは「かぐや姫の物語」の侍女なのです…なぜと自問中…(笑)

  • 双子を預かることになったマリラとアン。
    読んでるだけで白目になりそうなほどいたずらの度がすぎる、双子の片割れデイビー。彼にに対する大人たちの寛容は参考にはなるが、もう一方の片割れである良い子のドーラが気の毒に思えて仕方ない。ちょうどメイがねんねすぎてサツキに同情し、まるちゃんが要領が良すぎてお年ちゃんに同情するような具合に。
    また、ポール・アービングやミスラベンダーなど、高校生の頃に読んだ時はなんとも思わなかったことが面白かった。
    アンのお気に入りの生徒であるポールに、正反対の性質であるデイビーはヤキモチを焼くのだが、それについて
    「デイビーはデイビーだから可愛いのよ。違う人を同じに好きにはなれないわ」
    と言うアンの説明もなかなかよかった。
    それにしてもよくお菓子を焼く人たち。

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著者プロフィール

●L.M.モンゴメリ
1874年カナダのプリンス・エドワード島に生まれる。1905年「赤毛のアン(Anne of Greengables)」を下記翳、1908年刊行、一躍人気作家になる。著作は「アン・シリーズ」10冊をふくめて21冊と詩集1冊がある。1942年逝去。

「2014年 『赤毛のアン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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