アンの想い出の日々(下) 赤毛のアン・シリーズ11 (新潮文庫)
- 新潮社 (2012年10月30日発売)
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感想 : 26件
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Amazon.co.jp ・本 (496ページ) / ISBN・EAN: 9784102113523
作品紹介・あらすじ
ある日、古い教会で行われた結婚式。結婚行進曲が演奏されるなか、花嫁、花婿、ふたりの両親、友人たち……居合わせたそれぞれの想いが交錯する。そして、ブライス家に大きな影を落とした、アンの息子ウォルターの戦死。アンに似て詩の創作を愛した青年を亡くした悲しみを、残された家族はどう見つめるのか。人生の光と影を深い洞察で見据えた、「アン・シリーズ」感動の最終巻。
感想・レビュー・書評
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もうじき読み終わるこの本
たしかに
いままでのアンシリーズとは違う!
暗くてシャープな小編の数々
こんなに斜めに、意地悪く人間を見ていたのか
やはり作家魂はあった!
というのは失礼か
アンシリーズは10冊と思っていたのも
一冊目の『赤毛のアン』は傑作
まあ読み返すのは『アンの青春』までかなぁ
とも思っていたわたし
だから
お気軽で楽しければいいのよ
の、わたしの意識を変えたこの著作が
本国カナダでも作者死後67年後の
2009年になって日の目をみ
日本語に訳されたのが2012年の11月で
はじめて『赤毛のアン』を読んでから
58年後にやっと遭遇したのだった
という因縁めいた時代の隔たりはどうでもいいが
なかったものが現われたのには
ちょっとセンセーショナルにして意味深長
モンゴメリの最後(亡くなりかた)の謎も含めて
作家と言うものは、、、精神がおかしくなっても仕方ないのか
感慨深し詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
今までのアンシリーズと違い詩が多いです。詩からアンの家族やアボンリーに対する愛が伝わってきます。
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ついにアン・ブックス読破⋯。2023年の12月から読み始めて長い付き合いだった。アンの話ではない巻がシリーズの半分くらいを占めているので、もっとアンの話が読みたかったな。やっぱり1巻と2巻あたりが好き。気が向いたら図書館にある1巻の原書でも読み直そう。アンに会おうと思ったらいつでも会えるんだから。
2025年現在、赤毛のアンシリーズが色々と日本でも盛り上がってますね。ゲーム、アニメと出てきたけど、やっぱり原作を読むのが正当かな。 -
およそ20年ぶりのシリーズ再読に加えて、『想い出の日々』初読。年齢を重ねたからこそより「家族を築こうとする人々」への感情移入が増して、特に一作目は何度も涙した。人生の豊かさが濃縮された前半に対し、後半は戦争という世情や人の世のままならなさに対する作者のやるせない想いがより強く滲んでいる感じもしたが、それがまた人の歩む歳月を感じさせる。私の読書人生始まりのシリーズであり、生涯大切な作品。
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第一部では幸せに満ちていた、ブライス家の語らいも、
第二部では、ウォルターを偲ぶように、哀しみに包まれています。
本当に、優しくて、美しい魂の持ち主だったウォルター・・・私は大好きでした。
あのアンに孫がいるというのも、物語とはいえ、時の流れを感じます。
本書の訳者、村岡美枝さんが、既出シリーズの伝説の訳者・村岡花子さんの、お孫さんというのも感慨深いですね。 -
アン一家は噂話にでてくる程度だったりで、アンの周りの("虹の谷・友達・めぐる人々"に比べるともっと広範囲な)人達についての短編集。
訳が村岡花子さんでなくお孫さんの村岡美枝さんということで、言葉のところどころにちょっとアレ?って感じはあったけど、訳者の時代背景も違うし、アンが生きてる時代も違っているので仕方ないのかな。
アン一家が車に乗ってるという文に、一瞬固まりました! -
「赤毛のアン」は中学時代 全巻を友人と回し読みした事があり
懐かしくなってこの本を読んでみました。
半世紀以上前に読んだ本の後のシリーズで 名前を忘れていた人も
あったけど 懐かしかったです。
本文は アンと息子のウォルターの詩と家族の感想に挟まって
短編が入っている形式。 -
赤毛のアンのシリーズを夢中になって読んだのは、中学生の頃だったか。大人になり子供が出来て読み返した時、「アンの夢の家」まではなんとか楽しみながら読めた。しかし、「虹の谷のアン」で、胸が苦しくなり、「アンの娘リラ」は、とうとう読み返すことができなかった。ウォルターの死が、小説の中の出来事としても受け入れられない事だった。自身がアンと同年代となり、感じ方が違ってきたのだろう。この本も短編小説は、読めたが、詩の部分は、読めなかった。永久に無理な気がする。
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これを赤毛のアンのシリーズで出版されたのは、なんか違う感じがする。
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前半は上巻と同じく、詩とブライス家の人々の軽い会話と短編。
1/3程読み進め、第二部に入るとウォルターが戦死した後の設定になり、詩もブライス家の人々の会話も重く暗いものとなる。
短編に登場する人々は従来と同じように偏屈な老人であったり純情無垢な子供であったり恋する女性であったりするが、従来作品のように微笑んで読める出来事では少なく、心の奥深くのタールのように暗く淀んだ心理を描きだしたものが多く感じた。
明るく快活な女性像を描くモンゴメリの作風にしてその裏面のような本書作品に、本書原稿を出版社に届けた直後に自殺したモンゴメリの心理を映しているのだろうと思わずにいられない。
幾多の大戦の時代を迎え、明るい気持ちでいられない時代を憂えたのか、自身の分身であるアンも年老い時代の波に飲み込まれてしまったことを憂えたのか。
それとも遺作という思いがそのように感じさせているのだろうか。 -
子供の頃、母が全巻を買ってくれました。何度も読み返した大好きな本です。
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ブライス家がちらちらっと出てくるのや詩の合間の会話が好き。
プリンスエドワード島に住む人々がいろいろな方向から描かれてる。
これがアンシリーズの最後かと思うとあとがきまできっちり読んだ。
もう一度赤毛のアンから読み直したいなあ。 -
あとがきにもあったが、今回の作品はモンゴメリらしくない。下の後半から2部に入るが、それはアンの息子ウォルターが戦死した後という設定である。そのため、悲しみの詩がほとんどだ。合間の短編小説には、引き続きアン家族の話題が出る程度で本人たちはあまり出てこない。しかも、アンの孫の世代の話も出てくる。今回の作品でアンシリーズが終わってしまうことは残念だが、シリーズ11巻をすべて一気に読み返したら、またプリンスエドワード島の風景を想像させ新鮮な気持ちに返ることが出来るだろう。
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「あるつまらない女の一生」が一番気に入りました。
話と話の間に挿入されるブライス家の会話が好き。 -
詩はあまり得意ではないので、読み飛ばしました。
詩と詩の間のブライス家の会話が良かったです。 -
アンも年を取っていくんだなぁと思いながら、詩を読むとまだまだ赤毛のアン時代を感じさせてくれる気がします。でも、同じ名前で孫が出てきたりすると、どっちの話?と思ってややこしかったです。
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アンシリーズ11(下)。上巻に引き続き、アンの周りの人々を描いた物語。赤毛のアンシリーズを読み返したくなった。
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