ペスト (新潮文庫)

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レビュー : 185
  • Amazon.co.jp ・本 (476ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102114032

作品紹介・あらすじ

アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。

感想・レビュー・書評

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  • カミュ『ペスト』新潮文庫。

    新型コロナウイルスの感染拡大のニュースに本屋で目にして思わず手に取った古いフランス文学。大概の有名な作品は読んでいるが、この作品は若い頃にも読んだという記憶は無い。

    伝染病の始まりというのは僅かな日常変化なのだろう。1940年代、アリジェリアのオラン市で医師のベルナール・リウーが鼠の死骸を発見したことから物語が始まる。次第にペスト感染者が拡大し、オラン市を封鎖し、ありとあらゆる施設を感染者の待機場所にして感染を封じ込めようとするところはまさに中国の武漢市と同じで、市民が不条理に苛まれる姿も現在の日本の状況と同じであることに驚いた。

    我々の生きているこの時代は阪神淡路大震災、東日本大震災、台風、竜巻、そして新型コロナウイルス感染拡大と死と向き合わざるを得ない自然の猛威を見せ付けられる特殊な時代なのだと改めて思う。

    本体価格750円
    ★★★★

  • 人間性を蝕む「不条理」と出合ったときに人々はどうするのか?どうなるのか?

    「ペスト」という疫病が「不条理」に設定されていますが、それを置き換えても当てはまります。「災害」「戦争」もちろん喫緊の課題「新型肺炎コロナウイルス」にも。

    そのようなわけで再読しました。といってもすっかり忘れていますので、初めて読んだようになりましたけど。

    ノーベル賞作家であり古典ですから当たり前なのですが、ストーリーが半端なく、うまいなあと思いました。リアリズムというか、映像を見ているように描かれ、平明な文章と文脈で淡々と綴られている、文学らしい文学を味わいました。

    アルジェリアのオラン市というところでペストが発生、市が封鎖され、閉じ込められた人々が疫病という困難に立ち向かう人間模様(深刻ですが)に共感します。中世のペスト時代のことは想像でしか分かりませんが、これが書かれたのは1940年代、小説の時代設定も同じで、近代的な状況での災禍なのです。電話もあれば自動車もある文明の都市における非常時の人間たち。

    始めの小さな兆候、次第にわかる状況におびえる市民、行政の不備に怒る人々が現れ、専門家の意見は分かれ、ゆっくりした整備、数字は跳ね上がり、社会生活の不自由、別れの悲嘆、宗教の介入、あきらめと通過への希望。そして絆。嵐が過ぎ去る。地味にとんだ普遍的な文学だと思いました。

    今、に示唆があるか?この描かれた70年前のように、現代の疫病はそんなに簡単ではないという気はします。世界がつながってしまっていますもの。封鎖はあってないようなものですから。カミュさんも真っ青。いえ、予言はしていらっしゃいます。超現代の試練です。

  • 新型コロナウィルスが流行し始めてから、改めて注目されている名作です。フランス人作家カミュ(1957年にノーベル文学賞を受賞)による1947年の作品です。舞台は1940年代、アルジェリアのオランという県庁所在地。4月に突然発生したペストにより、市が封鎖されてから解除されるまでの約9か月間の物語です。ペストという「不条理」(ペストは戦争、災害、不当な権力などに置き換えることができます)に対して、人々の弱さが描かれると同時に、様々な立場の人々が連帯していくさまも描かれています。キリスト教信仰の強い地にあって、神に頼るのではなく、また人間の理性を過信することもなく、ひたすら誠実に、かつ子どもをはじめ弱い立場の側に立つ作者の立ち位置が胸を打ちます。文章は決して読みやすくはありませんが、わずか33歳で書かれたその内容の深さに感銘しないではいられません。

  • 鼠の媒介によってペストが流行し、街全体が閉鎖される中での人々と、医師がペストに立ち向かう姿。ナチスに対抗した人々のレジスタンスの比喩なんかじゃないなと思う。旅先に持ってきた一冊なのだが、飛行機の出発情景が浮かぶ。子供が大泣き大暴れして、親や乗務員が必死に宥めていた。さして大きくもない飛行機で折角の旅立ちに弱った。でも電源を切れと案内されてるのに、ギリギリまで携帯で通話していたオヤジの方がよほど迷惑だった。頑是無い子供にモラルを提示することも出来ない大人。閉じた空間の非日常とは、実は日常にゴロゴロしてる。

    エボラ出血熱やデング熱に右往左往する世相にコミットする。ダニエル・デフォーの同名作品の引用で始まる。鼠の大量死から最初の犠牲者が出てあっという間にパンデミックとなったペスト。ここに至って当局は街を封鎖する。ソドムとゴモラの故事を持ち出すパヌルー神父の説教を真に受けて疫災が通り過ぎるのを待つ人、それでも自分だけは逃げようとする人。風が更に病気を街中に行き渡らせ灼熱酷暑の封鎖された街で懸命に治療に当たるリウー医師は、別の病気での療養の為に妻を転地させたばかり。

    子供の死さえも神の意思と説くパヌルーを、分裂と矛盾のなかに生きてきたタルーは、とことんまでいくつもりなのだと評する。街から脱出しようとしたランベールはリウーやタルーと一緒に懸命に働いた。タルーが発した臨終の言葉は「悪霊」で殺されたキリーロフと同じ。リウーは嘆いたね。コタールは当に鼠男。ペストが蔓延して封鎖された街で典型的人間のダイナミズムを見て、笑ってられるのも怒ってしまうのも僕らは部外者だと安心しているからで、震災や伝染病や戦争と隣り合わせのリスキーな社会で、安穏は未だに許されていない。現代への警笛の書だ。

  • ようやく、読了。修飾というか説明というか、が、どうにも回りくどく私には読みにくくて、もの凄く時間がかかってしまいました。

    以前から一度は読んでみなければならないような気がしていたのに、フランス文学への勝手な苦手意識で読まず嫌いになっていた本。新型コロナウィルスの世界中での感染拡大が続く今こそ読まねば、と、外出自粛要請を機に挑戦してみました。


    読みにくくはあったけれど・・・。非常時にどう生きるのか、社会全体が試練に直面し、閉塞感しかない中で、何に軸足を置いて自分の行動を決めるのか。価値観もキャラクターも全く異なる数人の登場人物のそれぞれの言動も、街が封鎖され、医療崩壊、死屍累々という中で、パニックになったり絶望したり無気力になったりエゴを剥き出しにしたり、一方でパブや映画館で騒いだり、といった数多の人々の言動も、遅れる行政の対応やそれに翻弄される市井の人々の様子も、まるで今の世の中そのもののように思えて、もの凄く現実味を持って受け止められるものでした。

    主人公の医師は、他の都市で療養する妻を案じながら、ペストが蔓延する街で粘り強く、そして敢えて淡々と治療に奔走します。一方、彼の友人や知人は、それぞれ事情を抱えながら、ある人は積極的に、ある人は消極的な理由で医療体制のサポートに参加します。死と身近に接する中で、自分自身の生き方を見つめたり、制御できない感情に対峙したりと、ペストに向き合っていくのです。どんな人にもペストは容赦なく襲いかかるし、タイミングも選んでくれない。名もなき多くの人々の死に加え、登場人物たちが各々迎える結末とで表される、病魔がもたらす不条理さは、(読みにくさは置いておくとして)ヒリヒリと痛む、そして息苦しさを感じるものでした。
    この小説は、ナチス侵攻をペストという病気に喩えて描いたものだとか。そうだとしたら、いかにそれに抵抗することが困難であったことかがわかる気がします。同時に、理性を持ち、それに何とかして抗しようとした人々が確かにいたことも。医療協力隊の人々は、まさにレジスタンスでした。

    ペストは、なんということもないある日から、あっけなく終息していきます。人々がペストへの勝利に沸き、過去の出来事として意識を塗り替えていく中、主人公の医師が、実はペストは潜伏状態になっただけで、いつまたどこで復活するか分からないものであることを冷静に考えるシーンで物語は終わります。病魔であれ、ナチスのような政治思想であれ、決して完全に消滅してしまうことはない、備えよ常に、ということでしょうか。

    なかなか思うように読み進められず、苦しみながら読んだ中でも、いろいろ心に刺さったところがありました。再読すればまた違う箇所が刺さるのかもとも思います。

    備忘を兼ねて、抜粋します。

    「リウーは身をゆすぶった。そこに、毎日の仕事のなかにこそ、確実なものがある。その余のものは、とるに足らぬつながりと衝動に左右されているのであり、そんなものに足をとどめてはいられない。肝要なことは自分の職務をよく果たすことだ。」
    「この先、何が待っているか、こういうすべてのことのあとで何が起るか、僕は知りません。さしあたり、大勢の病人があり、それをなおしてやらねばならないんです。そのあとで、彼らも反省するでしょうし、僕もそうするでしょう。しかし、最も急を要することは、彼らをなおしてやることです。僕は自分としてできるだけ彼らを守ってやる、ただそれだけです。」
    「僕は、災害を限定するように、あらゆる場合に犠牲者の側に立つことにきめたのだ。彼らのなかにいれば、僕はともかく捜し求めることはできるわけだーーーどうすれば第三の範疇に、つまり心の平和に到達できるかということをね。」
    「ちょっと沈黙があった後、リウーは少し身を起こし、そして心の平和に到達するためにとるべき道について、タルーには何かはっきした考えがあるか、と尋ねた。『あるね。共感ということだ。』」

  • アルジェリアでペストが流行し、街が隔離、閉鎖される、という設定の小説。第3者の目線で記録体で記述されている。
    戦争の体験を背景に、ペストはそれらの隠喩として書かれた作品のようだが、新型コロナの言われる今の状態ではペストをそのまま、感染症の脅威として捉えることに実感が湧く。
    極限状態の中、悲観的な考えを持つ者、無根拠に楽観論に走る者等、今の世相にも合う部分があり、人間の本質は今も昔も変わらない、と思わざるを得ない。

  • なんだか人々の反応が、今世界で起きていることとあまりにもぴったりきすぎて驚いてしまった。カミュの洞察力がすごすぎる(←ボキャ貧。。

  • カミュの代表作のうちの一冊。
    原題:La Peste
    NHK、Eテレで放送中の「100分de名著」で取り上げられていた。

    災厄の始まりは小さなものだった。
    ネズミの死骸、それは一般の人は気にも留めない小さな予兆。
    しかし、市内全土に広がっていくのに、多くの時間は要らなかった。
    恐怖と、悪と、戦うこととは一体どういったものか。
    理不尽なことと向き合うこととは。
    物語は淡々と綴られていく。
    どんなに悲惨な出来事であっても、どんなに不条理な出来事であっても、生きている我々は歩みを止めてはならない。
    ペストと、戦い、抗うのだ。
    ペスト=悪があることを知り、それを思い出し、友情を知り、思い出し、愛を知り、思い出し、それが唯一の、我々がペストに勝ちうる方法なのだ。
    「知識と記憶」(431頁)だけが。

    なぜならペストは死ぬことも、消滅することもないからだ。
    「人間に不幸と教訓をもたらすために」(458頁)それはあるのであり、たとえ一度は恐怖から逃れられたとしても「この嘉悦が常に脅かされている」(同)ことを忘れてはならない。

    我々は、理不尽な恐怖に直面した時、何をなすべきか?
    いやそもそも、それが来る前に何ができるのか?
    私たちにできることはそう多くはない。
    過去の災厄を、今まさに来んとするそれを、見なかったこと、なかったことにして忘却の彼方に追いやるのではなく、正面から対峙し、ありのままを認めなければ、後手に回った対策は何の意味もなさない。
    そしてそのことだけが、ペストに立ち向かう方法なのだ。

  • 不条理なこの状況、人間はどうあるべきか。新型ウイルスが猛威をふるう2020年のいま、この書にわたしたちの救いはある。終息に向かうまではこの書を片手に。

  • 新型コロナウイルスが猛威をふるう現在、この小説がまさに旬でしょうと思い、読みました。なかなかおもしろかったです。が、思ってたのとはちょっとちがってたかも。ペストが流行って、まちが封鎖されてしまって、いろんなひとは困るし、絶望的な状況も多数生まれる。でも、なんだか、現在の私の周囲にたちこめている閉塞感のほうが息詰まり度は高い気がして、むしろこの本のほうが、みんな昼間は出歩きまくってお酒飲みまくって、映画館もいっぱいになって・・・、なんて、なんだか楽観的に感じられたりしました。私の読み違えでしょうか。あと、やはりなんかだらだら長いのね。描写。フランスって、哲学もそうだけど、なんだかダラダラ長いよね。それがフランスの知識人の文章の作法なんでしょうか。なかなかついていけません。【2020年2月23日読了】

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