ある微笑 (新潮文庫)

  • 新潮社
3.63
  • (36)
  • (56)
  • (89)
  • (5)
  • (2)
本棚登録 : 521
感想 : 46
  • Amazon.co.jp ・本 (152ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102118023

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • サガンです、世界的な超ベストセラー『悲しみよこんにちは』後の二作目。
    わずかに残っていた手持ちの、日焼けして活字印刷も薄い、古い古い文庫本。
    1952年前半初版、翻訳も朝吹登美子さんで1956年。

    そうですね、わたしの思い込みかもわかりませんが
    島本理生さんの作品からの連想ですね。

    すごく若くして(10代で)注目され、恋愛のみを書いているような
    なにともなく生活感が希薄な、それでいてシニカルな感じの文章。

    というわけで、実に60年ぶりに読みました。

    ストーリーは
    語り手ドミニクはソルボンヌ大学の学生(20)、恋人とのツーショットも絵になるようにほっそりとして素敵、と自分で言うようなお気楽さ。ひょんなことで彼ベルナールの叔父リュックに紹介されたのが始まり。その40男の落ち着いた魅力に惹かれ気味の彼女。そして叔父夫婦ともども仲良しになるも、リュックから「気軽に付き合わないかい?」とこっそり囁かれて度肝を抜かれるが、次第に引き寄せられて・・・パリの空の下で、カンヌで、ドミニクは若さではない人生経験の重み、渋みに魅せられて、それを愛情に変えてしまいそうになる、いやもう戻れないのではと困惑していくのである。

    サガンの筆はこの通俗的なストーリーに不思議に洒落た感性を盛り込むところが才能。『悲しみよこんにちは』よりも若さを惜しむ文学性が色濃くあると思う。
    無謀が続くわけではないとわかりつつ、果敢さ、臆病さ、好奇心、諦念に向き合う若いうごめきをさらっと描き出している。

    う~ん、当時わかっていたのかなあ~。

  • 主人公のドミニックが、元彼の叔父「リュック」を愛していると気が付くところがハイライトだと思った。
    ドミニックが、この恋愛を受動的でなく、自分の自発的な動機による能動的なものとして捉えた瞬間がこの小説の感動の中心だ、と僕は理解し、感動した。
    似たような感覚を最近の作家の作品でも感じた記憶がある。辻村深月のデビュー作「冷たい校舎の時は止まる」(2007/8/10講談社文庫)の脇役=生徒会副会長の桐野景子が失恋を実感する瞬間だ。失恋した、と悲しむのではなく、失恋をしたことによって自分が苦しんでいる、と認識し、失恋で自分が苦しんでいる事に衝撃を受ける感覚を表現したシーンだ。(と書いて心配になったので十年ぶりに読み返してみた。第十二章「スカーレット」。少し違った(^_^;)

    つまり、自分の感覚に耳を傾け、自分の心の声を聞く瞬間である。

    自分の欲望を知っている人とは、恋人としても、友人としても付き合いやすい。逆に、自分の欲望を認識せず、何をするにも、他者に理由を求める人とは付き合いづらい。
    この違いは、一人旅ができる人と、一人で旅行出来ない人の違いだと思う。
    僕は
    「え? 俺、一人で旅行に行ったこと無いよ。」
    と言う人を知ってる。
    一人で何処にでも出かける人と、一人では出かけられない人との間には、実は大きな溝がある。でも、一人旅をしない人は、その溝を知らない。
    一人旅が出来ない人と旅行に行くと、とても不愉快で面倒な事になるが、その一方で一人旅が出来ない人は、その不愉快の原因を他者に求めて、そのつじつま合わせ(自分への言い訳)が非常に上手く、自分にその責任があることを(自分自身に対しても)巧妙に言いつくろって認めない。
    実際のところ、一人旅が出来ない人というのは、自立の能力が無い、と言うことなのだろう。
    Strength is ability to stand alone.
    中学か高校の英語の例文(日本人と対比して、アメリカ人が一人前の大人に必要な能力を述べたせりふ)だが、
    僕は、「日本人だから、独立心が低くて当たりまえ。」とは思わない。
    ドミニックが大人の女への扉を開いた鍵は、一人前の大人として、社会で人と対等に付き合うために必要な鍵でもあると思う。ただし、必ずしも誰もが手にする鍵ではない。一生その鍵を持たずに終える人もずいぶんといるのだろうと思う。でも、僕は付き合うなら、この鍵を持っている人と付き合いたいと思う。
    ドミニックはこの小説で語られる一年で、魅力的な大人へと変貌を遂げたと思う。

  • 1956年に書かれた小説でありながら現代に生きる私が読んでもその感覚に共感できるのはサガンの筆がきちんと愛に翻弄される普遍的な女性の心を描き出しているからなのだろう。洗練されている。
    この人の言葉はいやらしくなく、乾いている砂浜みたい。クールだ。

  • 私の記憶を揺さぶるひとつの小説。

    結局突きつけられる現実は、
    彼は私を愛していないということ。
    決定的であり理解のできない事実だから、
    諦める以外に方法はどこにもなかった。

    散々泣きじゃくった後に湧き上がる、
    ある種の微笑みは、
    自分がまた着地したことによる、
    客観的な過去の自分への嘲笑であり、
    求められたことへの満足との
    二重の意味を持っている気がする。

  • 明晰、ただ明晰と言っても本当に本当に明晰だと思う。普通こんな風には書けない。サガン全般に言えること。
    まだ二作目ということもあってかなりその色が濃い。物語を引っ張るのはただ一人の女の感じたこと、考えたこと。もちろん、力強い展開や繊細な表現抜きには語れないが、特に奇抜でない設定の中に生きるただ一人の女からみた景色がどうしてこんなにも新鮮にうつるんだろう。
    それはすべて彼女の明晰さから来ている。そしてその明晰さは若い女性が持つには残酷すぎた、そりゃあ少し倦怠感も感じるだろうよ。

  • 人生にすでに倦怠している若い女性が、恋に執着する。
    他になにも知らないからこその執着心なのだと思う。
    恋は、他のものがすべてくだらなく思えるくらいの魔力はあるんだけど、なにか持っているかいないかで、恋の意味合いは全然変わってくると思う。

    相手の方が恋愛について上手で、楽しんでいて、
    ドミニックは、若いからこそ、恋に飲まれて一人で苦しんでしまう。
    ロマンティックだけど、当の本人の苦しみは凄まじい。
    自分は世界で一番相手を想っているのに、相手にとってはなんてことない出来事ってすごく悲しい。ほんとうに孤独だ。

    フランソワーズが「私はあまり若くないでしょ」っていう言葉を絞り出すように言った場面が印象に残った。

  • 超サガン的。やっぱり女の子はややこしい。

    タイトルの「ある微笑」はたぶん最後の微笑みのことだと思う。彼からの電話を受けて鏡を見た自分に浮かぶそれは、「少女」のものではなく、一人の「女」のものだったのかもしれない。独占できない恋に苦しみ喘いだ一年ののちに、彼女は孤独と倦怠に熟してしまうのだ。

    「恋愛関係が出来たら、こんな風に一つのメロディーとか、一つの香水とか、何かの標識を将来のために選ばなければならないのさ」(p.82)

  • サガン2作目。いつごろ読んだか?

  • 古本

  • 「私は自分に言った。『ほら、私はリュックの傍にいる、かれの横にいる、腕を伸ばすだけでかれに触れる。私はかれの体を知っている、かれの声も、それから寝姿も。かれは本を読んでいる、私はちょっと退屈している、不愉快じゃないわ。もう少し経ったら私たちは夕食に行くだろう、それから一緒に寝るだろう、そして三日経ったら、私たちは別れるのだ。きっと、かれが現在のようであることはもう決してないだろう。けれど、この一瞬は今此処にあるのだ、私たちのために。私はそれが恋なのだか、それとも気が合うということなのだか知らない。でもそんなことは重大ではないのだ。私たちは孤独だ、お互いに。かれは私が私たちのことを考えていることを知らない、かれは本を読んでいる。でも私たちは一緒にいる、私は、かれが私に対して持っている暖かさと無関心さとを感じている。六カ月して、私たちが別れてしまったあと、この瞬間の思い出が甦って来るのではない。そうではなくて、他の、自分の意思に反した、下らない思い出が……。それにしても、きっとその瞬間こそ私がかれを一番愛する瞬間なのだろう、私にとって、静かな、そして心を引き裂くような人生が私を甘受する瞬間……』」

全46件中 1 - 10件を表示

フランソワーズ・サガンの作品

ある微笑 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×