逃げ道 (新潮文庫)

制作 : Francoise Sagan  河野 万里子 
  • 新潮社 (2001年9月発売)
3.40
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  • 本棚登録 :128
  • レビュー :17
  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102118276

逃げ道 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • サガンの中で一番好き。面白い。
    戦時に農村に逃げるパリ社交界一行と、農村の人々の異文化交流。ラストまで読んでほしい。

  • サガンの作品の中でも少しだけ変わっているというか、珍しいというか、そんな感じの作品だと思う。数少ない人物でのやり取りだけでドラマをつくりあげるひとだと思っていたが、群像劇の様相を帯びている。
    それでもやはり、流れるような文体と冴えわたる心の描き方によって、人物の移り変わりは滑らかで、とどまるところを知らない。
    戦争のさなかやっと見つけた逃げ道。それは、人物たちにとって縁もゆかりもないものだった世界に通じていた。各々が新たな体験と世界を知って、わずか数日の出来事なのにまるでこののどかなひと時が永遠続きそうな、そんな予感さえもある。
    しかし、悲しみの予感が何処かつきまとう。それは、あくまでこの4人は逃げてきたのであって、いつかは去らねばならぬこと、仮初の世界にすぎぬという予感。そして、戦争の影が常にどこかでちらついているからである。結局、逃げ道でしかなかった。常に歩む道があるから、逃げ道はみつかるのである。消えることはないのだ。
    サガンはこの作品を笑ってくれればいいと言った。一見すれば、能天気なスノッブが束の間夢をみて、自らの過ちで悲劇的結末を迎えるというシニカルな笑いであるように見える。それもそうかもしれない。だが、そんな風に簡単に割り切れたら、どれだけよかっただろうか。最後の数行、わずか1ページにもみたない、結末が決定的にこの物語全体の印象を形作っている。はじめから、幸福などこの物語にはなかったのだ。すべては悲しみに裏打ちされた幸福だったのだ。そういう悲しみが待っているから、ひとは笑っていられる。それは大声で涙が出るくらい激しいものかもしれない。けれどどこか、諦めに似た笑いで笑うより他ない、そんな悲しさが溶けている。力のない笑いと言ったらいいのか。そんな笑いなのである。
    サガンにとって、笑いとはそういうものであったのかもしれない。関係とは、単に同じものをみてげらげら笑える、そんな関係ではなく、根本で結局は同じものを見ていなかったり、同じ笑いではない、そんな悲しさから生じる笑いによって惹かれあう関係、そういうものなのかもしれない。
    おそらく、この作品は迷いなくサガンの中で描かれていた構想だったのだと思う。だが、こうした結末を用意するのならば、サガンはもっと考えなければならないことがあったのではないか。それは、この物語を語っているのは、この物語をみているのは一体誰なのか、ということである。
    結末部の唐突さは確かに、この物語に決定的な終止符を与える。そして、そのあっけなさがこれまでの物語をより一層際立てる。スタンダールのようなドラマチックさが生まれる。だが、この物語の観客は、なぜ、この物語を求めたのか。書き手は、長い時を経て身元判明しかできなかった人物の物語を、なぜ今一度明らかにしようというのか。この物語世界を支える存在が見えてこないというのは、結末部のことばからして非常にもったいないように思う。

  • 様々な価値観の世界で生きている登場人物の錯綜を見る。人生は、理不尽な側面を併せ持つ。ただ家族が平和に暮らせていることの幸せを大事にしたいと思った。

  • 読まず嫌いで、ずーっとサガンってべたべたしたラブストーリーの人だと思っていました。全然違うし。なに、この鮮やかな幕切れはっ!? うわ。

    サガンって、かなり根は”女らしい”意地悪さが満載、の人だったんだと思う。

  • 02.3.26

  • 20年ほども前、サガンばかり読んだ頃のことを思い出す(あのころ、書棚の一部は背表紙が新潮文庫のピンク色だった)。遠い、けれども記憶の詳細の鮮明なる「あの年齢」に戻ったような気がした、一瞬、だけど。そして同時に、朝吹訳でないことへの、微かな違和感。

  • 「時は1940年、フランス中部の農村。戦時下という極限状態の中で、普通なら決してありえない出会いがあった。パリを脱出してきた上流階級のスノッブな四人組の男女、彼らに宿を提供する羽目になった若い農夫とその母親、そして変わり者の青年。全く異なる階級同士の違和感と好奇心が巻き起こした人間喜劇の七重奏。しかしその果てには、思いもかけぬ残酷な結末が待ち受けていた……。」(裏表紙より)

    ものすごく面白かったです。
    個性も様々なフランス上流階級の男女四人が、ドイツ軍に占領されたパリから高級車で集団避難する途中、ドイツ軍の機銃掃射を受けて車は横転炎上、運転手も殺された。四人は通りかかった若い農夫の家に避難し、そこで素朴で逞しい農夫の母、姿は見えず何か叫び続ける寝たきりの老人、巨体の白痴の農夫とともに数日過ごすことになる。素朴な自然の中で、それまでとは全く違う農村での肉体労働や食事や生活をしているうちに、四人はそれまでの価値観や固定観念、見栄や上流気取りから徐々に開放されていく。四人のパリ人と四人の農民達がそれぞれの殻を出て影響し合う様子も、時々ちぐはぐになってしまう様子も、人間味があってすごくユーモラス。そして、最後の展開はあまりに劇的であっけなくて予想を超えていて驚きました!

  • サガンにこれだけのユーモアがあるとは、正直全く期待していなかった。サガンの魅力をふんだんに詰め込み、ストーリーとしての深みを昇華させている。戦争末期、フランスから逃げ出そうとする貴族階級の四人が、ひょんなことから農家に滞在することに。そこで起きるカルチャーショックやささやかな友情に、行きずりながらも永遠を見た愛の誕生。貴族たちは、何もないはずの農家で自己を見つめなおすことにより、新たなる自分を再発見する。個性的な登場人物たちがあふれるように現れるのに、誰ひとりとして力を失わずそれぞれのキャラクターが最大限に生かされる、まさに奇跡のような作品。そしてラストの衝撃。何度読んでも失われないユーモアは宝物と言っても良いほどの絶品。

  • ブリュノーは不幸だったけど、リュースはなかなか幸せだったんじゃないかな。最後の展開、先読みできた。

  • 皮肉、風刺、悪意なのか、単純にすべっているだけなのかよく分からない謎の本だった。パリ陥落を受けて地方に脱出する4人の男女(「パリ陥落という事態において脱出が遅れたのは、ディアンヌにとっては、バイロイト音楽祭の初日に出席できなかったようなもので、とうていプライドが許さなかったのだ」という感じの人たち)が途中で自動車が壊れ、近くの農家で世話になりしばらく滞在するという話で、戦時下の設定が必要なのは最初の脱出と最後のオチだけ、それ以外は登場人物たちは徹底的に自分のことしか考えていない。それは別にいいとしても、全体的に意図的にやってるにしても単純に戯画化されすぎていて、もっと繊細な人物造形の人だったような気がするのだけれど(「つまり…」ディアンヌは急にまじめな声を出した。「農村には、その、一種の暴力のようなものが存在するわけね。都会の人間には想像もつかないような…!」「都会では、車で人を轢くのに忙しいからだろう。つぶす豚がいねえかわりに、あんたらには歩行者がいるじゃねえか」。)しかも中心になる話が、?東北弁(訳)をしゃべる若く粗野な農夫によろめく人妻と、その愛人?というのは91年の本なのにどうなんだろうかと心底思った。笑えるところもあるけれど、ちぐはぐな感じで、もしかしたら単に戦時中フランスはだらしなかった、ということを今さら遠まわしに言うために(遠まわしの必要は全く無いが)書いたのだろうか。最後の、「悲しみや涙のためには、人は、その死者の物語を知らなくてはならない。その背景を、細部を、知らなくてはならない。一方喜びや幸福は、そうしたものを要求しはしない。それらは曖昧なままで、充分に、満足している。」というのはこの物語に限っても普遍的に妥当しない。でもこれも皮肉かもしれないしよく分からない。登水子訳じゃないからというわけでもないと思うが、文にも往時のしまりが無いような。亡くなられているけれど。

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