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Amazon.co.jp ・本 (427ページ) / ISBN・EAN: 9784102119013
感想・レビュー・書評
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高校1年の夏休み、
これで読書感想文を書こうとしたら「職員室を混乱に陥れてどうする」と
友人に止められたのでやめた。
代わりに何を選択したのか思い出せない、覚えていない。
作家・詩人・政治活動家でもあったジュネの自伝的回想録。
「泥棒」であることを宿命的にアイデンティティとして身に負った男の
悲哀・惨めさ・滑稽さが、行間から汗のように滲み出す。
養家で空腹に耐えかね、台所にあったリンゴを食べようと手に取ったところを
家人に見つかり「泥棒!」と叫ばれた瞬間、
その言葉が天啓のように頭に鳴り響き「そうか、俺は泥棒だったのか」と納得した少年は、
以来、そうやって生きようと心に決めた――
というイメージが、ずっとこびりついていたが、
幾星霜を経て(笑)久々~に再読したら、そんな場面は存在しなかった。
脳内で勝手に印象を補足・増強していたらしい。
補完の結果、自主的に闇の世界に足を踏み入れた青年の、
貧しいけれど、お気楽極楽自堕落生活……みたいな、
傍目にはみっともなく映ろうとも当人はゴキゲンといった愉快な物語であるかのように、
長らく錯覚していた模様。
何故ジャン少年がリンゴを盗もうとしたと思い込んでいたのかというと、
単純に絵になるからとも、
ジャガイモやニンジンを生のまま皮も剥かずに食べるはずはないからな~、と
考えたから、とも言えるのだけど。
でも、それは恐らく傷だらけで瘠せた感じの、
多分、食べてもあまり美味しくないヤツだったんじゃないかな、
しかも、彼は手に取って口に運ぼうとしたところを見つかってしまい、
盗みを完遂できなかったんだよね、きっと。
あくまで想像だけど、大した値打ちのないものを盗もうとして盗み得なかったことが、
人生の進路を決めてしまったのではなかろうか。
食べ損なった酸っぱいリンゴを求めての窃盗と放浪、
犯罪者未満から正真正銘の盗人を目指す諸国行脚……なんてね。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「こうしてわたしはわたしを拒否した世界をはっきりと拒否したのだ。」
あらゆる意味あいにおいての倒錯者。それがあまりにもきもちよくて、崇高さすらも感じてしまう。すべてが生き生きと 生きて いて、わたしはとても羨ましかったのだった。汚醜にみち、卑猥であったとしても、あらゆる欲望と愛とが迸り、まるでそれをとりこんで咲き乱れる花々のただなかに、たっていたよう(だって彼は常にそうあろうとしていたのだから)。
そしてわたしは泣いている。それらがあまりにも美しく、孤独のうたが聴こえたから。
窓枠の風に軋む音ひとつ、目の前にひろがる黄金の裸麦畑ひとつ、夜のしじまひとつ、彼の思考は驚くべき角度からあらゆる幻想をよびさます。
少年たちの微笑をポケットにいれて、彼はわたしたちとはちがう宇宙を漂っている。そこは空気が足りていますか?押しつぶされそうになっていませんか?彼の孤独が微笑み、星の光の粒となっておちてきて目が眩んだ。わたしのしっているはずの欠片をひとつひとつ拾いあげて眺めてみるけれど、それらはどれひとつとしてわたしの知らないものだった。だからとても嬉しかった。世界がまたひろがり(それはわたしを寛容にする)、それはわたしじしんのなかの世界をも無限のものとする。彼は、彼の世界の聖性に、成功したのだ。
そして大海のように豊潤な慈愛。それは歪でありながらも(歪であるからこそ)、すべてをつつみこむ優しさに満ちるのだ。
「この書物『泥棒日記』は、すなわち、「到達不可能な無価値性」の追求、である」
「愛が大鷹のようにわたしに襲いかかった」
「人間たちから遠く離れた孤独のなかで、わたしは、ほとんど、全身ただ愛であり、ただ献身であった。」
「この透明さへの探求は、あるいは徒労なのかもしれない。それに到達したとき、透明さはたんに休息となるのかもしれない。「わたし」であることをやめ、「あなた方」であることをやめるとき、そのときにもなお存在しつづける微笑は、万物の上に均しくそそがれる微笑であるだろう。」
「孤独はわたしに与えられるものではない、わたしはそれをかちとるのだ。わたしは美への念願によって孤独へと導かれるのだ
わたしは孤独において、自己を確定することを、すなわち、わたしの輪郭を決定し、混淆の状態から脱け出し、わたしを秩序づけることを願うのだ。」
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あらすじを見て、まったく好きな要素が入っていないなあと思いつつ、読んだ。
というか、自伝小説は、正直、苦手
それでも、ジュネ自身に興味があったので読んでみた
全てを包み隠さず誤魔化さず書いているのに、妖しい芳香が文字から匂い立つようだった
退廃的とはまさにこのことか。
フランス文学らしく、突き放したそっけない雰囲気も感じたのも魅力。 -
困難で苦しい汚辱へと導く上昇(彼は堕落をそう呼んだ)を遂行。真の犯罪者は刑において輝くとする。完全な人でなしに出会った眩暈。ジュネ版「罪と罰」みたい。到達不可能な無価値性。監獄は囲繞してくれる城、浮浪者の巣窟は奇跡の庭、乞食生活は澱むほど、不動で透明な湖、唯一な表現は煌めき、盗み、同性愛、悪事の概念を塗り変えられた。16〜30歳の間、刑務所や酒場で探求した美しく不幸な犯罪者達との同一化。サルトルやコクト-、三島が絶賛する文学の秘密は反社会の魅力と数多に惚れ愛することに尽くした寂しさの片鱗に読む。
スリッパを丸める」というスラングを覚えた。「舌を丸めて差し入れながらキスをする」意味。
D.ボウイのThe Jean Genieは、Jean Genet(ジャン・ジュネ)をもじったものだったらしいです。 -
再読です。ちなみに十数年前の自分がこれを読んでどう思ったかは全く記憶にないです(苦笑)。ジュネの小説はほとんどがある意味私小説と呼べるんじゃないかと思いますが、そのなかでもとくにこれは私小説っぽい印象。そしていつも思うけれど、このジュネの教養(と言っていいのか)は、天才というよりほとんど突然変異だなあと。彼の生い立ちからして、まともに教育を受けられたとは思えないのに、文才というのは学歴とは関係ないんですよね。(お門違いかもしれないけど、最近読んだ本だと西村賢太とかもある意味ジュネ的なのかも)。
ジュネには独自の思想や哲学があって、それは社会一般的に見てけして「善」の側に属するものではないのだけれど、その思想の独自性はもとより、それをキチンと他人にわかる言葉に変換して表現することができるというのは、簡単なことじゃないと思います。
えてして「行動」するタイプの人間は「思索」が苦手で「記録」にも拘泥せず、「思索」するタイプの人間はそれを「表現」するのが不得手だったりしますが、それでも後者がそれを表現する手段を手に入れれば作家や芸術家として成功するのに比べ、前者が表現者として成功する例は稀有なのではないでしょうか。ジュネを突然変異だと思う由縁です。 -
2.8
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2024年12月17日、グラビティの読書の星で紹介してる人がいた。
「うぉぉおぉお!!最寄りのブックオフに!!いた!!おぉおおおお!売ってくれた人ありがとうございます!!!」 -
すごいなー!
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何となく主題は三島と近いはずだが、決定的にジュネは醜悪、破滅、倒錯。美しさがないのが大きな違いだと感じた。10代で読みたかったなあ。
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読みながら『赤毛のアン』を思い出した。親の愛を知らず、人間としての尊厳を無視された子供時代。赤毛のアンはフィクションであるが、自己救済のために妄想や荘厳な言葉遣いに取り憑かれる様、そして文学によって社会へと自己を回復させて行く様が似ていると思ったのだ。そういう社会的傾向があるのだろうか。
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盗み、裏切り、男色、自己実現。訳文も雰囲気出てました。
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異色の出身ジャン・ジュネの出世作。
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どんな人にも美学はある。
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内容紹介
言語の力によって現実世界の価値をことごとく転倒させ、幻想と夢魔のイメージで描き出される壮麗な倒錯の世界。――裏切り、盗み、乞食、男色。父なし子として生れ、母にも捨てられ、泥棒をしながらヨーロッパ各地を放浪し、前半生のほとんどを牢獄におくったジュネ。終身禁固となるところをサルトルらの運動によって特赦を受けた怪物作家の、もっとも自伝的な色彩の濃い代表作。 -
内容は言わずともがな。読んでない方も大体想像がつき、大体その通り。手に取るか、取らないか、そういう本であります。ここまで突き抜けてる本は、個々で好き勝手言おうが思おうが、けして揺らがない、孤高のさみしさがあるね。
自分が感じたのは、どうしてここまで自分の内側のもの「気持ち」「個人的」なものをあからさまにむきだしにしてしまうのか。もう1つは登場してくる女性が鮮烈に勇ましくカラッとしており、泥風呂でもがくような描写が続く中で印象的に感じられて「手に入らないもの」への羨望のように感じられた。 -
泥棒をしながら欧州各地を放浪して半生の大部分を牢獄で過ごしたジュネの自伝。あちこち右往左往する文章のためか最後までのめりこめなかったけどフランスの刑罰制度だとかスラングにはやたらと詳しくなれたり・・・w
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”泥棒.” 群は、滅する.
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1949年発表、ジャン・ジュネ著。泥棒としてスペインやフランスなどを放浪した著者の自伝的小説。社会の底辺に生きる様々な犯罪者達との男色を交えた関係が描かれる。
いかにもフランス文学といった感じの小説だった。文章はゴテゴテしていてきらびやかで、読んでいてクラクラしてくる。犯罪や男色関係の生々しい描写はほとんど見当たらない。むしろ、それに関する美学の説明がこの本をぶ厚くさせている。
犯罪をせざるを得ないがために、価値観を引っ繰り返し、それを極限まで美しくさせようとする。いわゆる犯罪小説の中には、そういった思想をもったものは多くあるだろう。だが、これほどまでに、執拗に哲学的に考察しきって、ほとんど反論できない領域に上ってしまったものはほとんどないのではないだろうか。それもやはり、著者自身が根っからの泥棒で、あくまで泥棒の視点で物事を考察しているからだろう。真似できないオリジナリティーだ。
それにしても、本当に、いつどこで著者は詩的表現を学んだのであろう。普通は、このような犯罪者には学ぶ機会などほとんどないだろう。考えれば考えるほど不思議に思えてくる。 -
「悪いこと」「みすぼらしいこと」を勝利者の優美な文体で綴っているジュネの半生記のような一冊。
「徒刑囚の服は薔薇色と白の縞になっている」この一文にジュネの価値観が圧縮されている。犯罪者になる資格、汚いものへの微笑、、、とてもフランス文学的。
それにしてもこの本を読むと登場人物に同性愛者が多すぎて世の中こんなに多いのかと。笑
著者プロフィール
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