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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784102130087
感想・レビュー・書評
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先日読んだサヴォアの作家グザヴィエ・ド・メースト「部屋をめぐる旅」
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4864882312#comment
の巻末に、モームの『ホノルル』の冒頭で『部屋をめぐる旅』のことが触れられていると言うので読んでみた。
<かしこい旅行者は、空想だけで旅をする。むかしあるフランス人(ほんとうはサヴォア人なのだが)は、「わが部屋をめぐる旅」という本を書いた。実はまだ読んでもいないし、どんなことを書いたものかそれさえ知らないのだが、少なくともこの題名は、私の空想をそそる。こうしたやり方でなら、世界周航だってすぐできるからだ。P155>
モーム、読んでないのかーーーヽ(・ω・)/
そしてこの短編集の3作は、3つとも「人間てさーー」となる、皮肉なラストでございました。
『雨』
南洋の任地に向かう宣教師のデヴィドソン夫婦。デヴィドソン氏は非常に厳格で、今までも道徳や信仰に対するどんな緩みも許さず、教区の人々には罰則を下していた。
雨により船が停まり、乗客は小島に留まる。そんなデヴィドソン氏の前に現れたのは、いかにも身持ちの悪い夜の女。デヴィドソン氏は眉をひそめて女への説教を繰り返す。執拗に、高圧的に。その絶対的な態度こそが彼女を救うと思っている。やがて女も少しずつ神意に傾きかける。だが雨が、降り続くその雨がデヴィドソン氏の理性をかき乱し…。
==厳格。雨。息苦しい。しかし最後は「人間って ずこーー」っとなるような、まああるような、うんうん、男の(人間の)サガってやつだね。
このお話映画化されていますよね。すごく昔にテレビで見たことがある。これはラストの神父と夜の女の場面がもうちょっとわかりやすく表現されてました。でも小説の、それをはっきり書かずに女のセリフ一行で「…あ…(お察し)」となるのがこの短編の面白さでもあるのですが。
『赤毛』
南洋の小さな島ののどかな光景。最初は病気療養だったがそのままこの地にいついた男の家に、太った船長が訪れる。男は船長に、昔終わった美し恋愛の話をする。島の美しい娘と、赤毛でレッドと呼ばれる西洋人の美しい青年が出会い、恋をして、結婚して、だが男は船で連れ去られた。
いなくなった昔の愛しい男をいつまでも待ち続ける女。彼女に恋した自分はこの島に留まった。だが彼女はいつまでも男の影を思っている。
この島が美しくみえるのも、そんな愛があったからだ。
ふと、男は船長の眼差しに気がつく。なぜ彼は初対面の自分を嫌っているのだろう?彼の白髪は、赤毛の名残ではないか。
そこの男の妻が現れる。すっかり太ってありふれた現地の中年女になった、かつての美しい娘。30年ぶりの対面、いよいよその瞬間が訪れ…
==まあモームですからね。人間ってまあこんなもんよね。
『ホノルル』
サヴォアの作家グザヴィエ・ド・メースト「部屋をめぐる旅」のことが書かれているというので読んでみた。
<かしこい旅行者は、空想だけで旅をする。むかしあるフランス人(ほんとうはサヴォア人なのだが)は、「わが部屋をめぐる旅」という本を書いた。実はまだ読んでもいないし、どんなことを書いたものかそれさえ知らないのだが、少なくともこの題名は、私の空想をそそる。こうしたやり方でなら、世界周航だってすぐできるからだ。P155>
モーム、読んでないのかーーーΣ(゚口゚;
私には「部屋をめぐる旅」が理解できなかった_| ̄|○ のですが、多くの作家たちの興味をひいているのは、家の中で世界を巡るということが作家活動そのものだからなのかな。
しかしこの短編の語り手は、空想ではなく実際にホノルルに行く。そして現地で知り合った元船長から呪いのような伝奇譚を聞く。魅力的な現地妻を巡っての三角関係、そして船長は相手の男から呪いを受けて弱っていく。女は相手の男に近寄り呪いを解消しようと…。
最後の最後で「人間ってーー」というオチ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
湿気をたっぷり帯びた雨模様の南国の妖艶さが人を少しずつ狂わせる。理性を超えた残酷で無常な顛末は痛快ですらある。
「赤毛」の最後の一言にはゾッとした。
『月と六ペンス』しかり、南国で狂気に取り憑かれる話はなんて面白いのだろう。 -
翻訳もの、特に古い作品には取っ掛り難さがあるような気がしているが、本書は非常に読みやすかった。
「雨」世界短篇小説史上の傑作と言われる本作。
登場人物も少なく特徴があり、風景や会話の丁寧な描写と相まって、情景や空気感まで、怖いくらい切迫して感じられた。
ずっと続く雨、耐え難い暑さ、階下の喧騒、二夫婦の会話、何から何まで息苦しいのだ。
個人の確固たる信条や信仰や価値観は本来の存在意義と反比例し、その世界や考えをどんどん固く、狭くしていく。本人はそれに気づかずそれはあたかも疑うことなく当然で、自分も苦しんでさえいるのだと思っている。
そのベースになっているものが宗教であるから尚厄介だ。
読んでいれば描かれていない部分で何が起こっているかは大体想像が着くが、どんな結末が用意されているのかが気になった。
こう来たか、という思いと、またそこできっとこういうやり取りがあったのだろう、あの選択すらデイヴィドソンのエゴが溢れるほど感じられ、それぞれの立場の人間の業を感じ、また息苦しくなった。
多くを語りながら大事な部分は全て読み手に委ねる手法。
息苦しいのに何度でも読みたくなる。
「赤毛」本作も早々に色々と分かってしまう作りなんだけど、恋がもえあがる時とその後の落差がいかにも現実的で、また、色々語ってて恥ずかしいのもとても面白い。
「ホノルル」自分の体調もあるのかもしれないが、微妙だった。
けれど最後の最後に、前二作同様の雰囲気はあった。
時代的に仕方ないとはいえ、全編を通じて人種差別的な表現が散見され、なんとなく嫌な気分になった1冊。 -
サマセット・モームの短編集。
3作品とも南国が舞台とされた作品。
それもあってか全体的にムシムシ、ジメジメした嫌な熱が張り付いているような印象を受ける。
さすがに本書が短編小説史上屈指の傑作と言われると首を傾げてしまう。
確かに面白いが、サマセット・モームなら長編のほうが個人的には好みだったかも。
収録されてる作品では個人的に『ホノルル』が一番好みだった。
呪術的で怪奇な出来事が起こる驚きと、ラストの落差と皮肉には笑えた。 -
モーム初の短編。かなり期待していただけに残念。個人的な意見だが、とにかく訳がイマイチ。まったくリズムに乗れない。ストーリー自体も奥行きがまったく感じられなかった。
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南洋の島のジメジメした雨の描写と人間の心理描写のシンクロが見事。鬱屈とした不快感が読み手にまで感染したほど。しかしサスペンスタッチのストーリーテリングの出来映えもあり大いに楽しめた。
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「品」とか「恥」とか、という話だと思った。
宣教師、デイヴィドソンと
商売女、ミス・トムソン。
頭が良く正義感にあふれ、
神を後ろ盾に世直しに燃える聖職者と
脛に傷持つ淫らな娼婦。
社会的地位にモノ言わせ、彼女を
強制送還しようとするデイヴィドソンと
家族に合わせる顔を持たず
必死に異国へ留まらせてと嘆願するトムソン、
どちらが恥を知る者だろう。
聖書にのみ真実を求め、神の名の下に
無学な娼婦を憐れみ説教する宣教師と
ない知恵を絞ってあの手この手で
涙ながらに他者に救いを求め続ける商売女、
どちらが品を失した者だろう。
雨は、高き者にも低き者にも等しく注ぐ。
鬱々と。
衝撃のラスト。
彼女が娼婦に身をやつした過去は、
きっと故郷に、家族にある。 -
「雨」男は豚か。いったい何があったかは想像するしかないが、やはりそういうことなのかな。しかし、素朴な人々に自分たちの価値観を押し付ける宣教師たちの姿、本当に悩ましいなあ。印象に残った一文「長い結婚生活の経験から、彼は最後の言葉を妻に云わせておくことが、平和を齎す最上の方法であることを体得していたのだ。」なるほどなあ。心に留めておこう。
「赤毛」レッド本人かなあとか全然思っていなくて、普通に素通りしそうになって、ちょっと戻って読み直した。そりゃ30年とか経てばみんな変わるよな。いや、そうでもないか。僕は、あまり変わらないな、と言われることが多い。服も十分着られる。(お腹が出て一旦入らなくなっていたけど、スクワットをし出したおかげでまた入るようになった。)昔の服は太めが多くて着たいとは思わないけど。変わったのは髪の毛の本数かな。前から見るとあまり変わらないけど、上から見るとずいぶん変わったということやな。
「ホノルル」うーん、その奇妙な話に入っいくとおもしろくなってきたのだが、オチの真意がよくわからない。まあ、奇跡を起こす愛の力と思っていたのに、その女はとっくに他の男と出て行ってしまったという、なんか間の抜けた感想がおもしろいのかなあ。呪いとかそういうものは源氏物語にも出てくるし、そういうこともあるのだろうなあ。そういうことを感じられなくなったというのが問題なんだろうなあ。
それにしても船で島を巡るというのはどんな感じなんだろう。僕は考えただけで気持ち悪くなってくるのだけど。それに、島があるということが分かっていたとしても、見えないものを目標に進んでいくというのも恐ろしいものだよなあ。 -
『雨』
雨が静かに物語を支配した。
いかがわしい階下の女性。
彼女の排除に乗り出す神父。
見守る夫妻たちの言動が怪しくも不快に。
次第に陰鬱な疑問が文脈に漂い、読者を不信へと。
短編とは云え、
上下巻を読破した様な重々しさは例えようがない。
原因はやっぱり雨だったのかな。
『赤毛』
船長が島に上陸し、ある赤毛の男の話をする。
珊瑚・クリーク・日没など風光明媚な島の自然を湛えた《おとぎ話》は、宛らアダムとイブを彷彿とさせる。
それは次第に時が侵食する儚い世の習わしを切々と説いた。
皮肉な結末を批判できない自身に夥しい嫌悪を覚えた。 -
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★★★2021年3月★★★
2020年~2021年にかけて2回読んだ。
『雨』は短編史上輝く名作と言われている。
僕がまず思ったのは、神父のデビットソン
「こういう人いるね」というもの。自分が絶対的な正義だと信じ込み一切の妥協をしない人。しかもそれで決定権を持っていると厄介だ。
太平洋の島に足止めされた一行。
降りしきるというか、洪水のように流れるような雨。
劇的なこの効果。雨の意味するものは何か。
最後のシーンはだいぶ肝心な部分は読者の想像次第だが、
神父が過ちを犯したのは間違いないだろう。
真面目一筋で頑固な人間は案外もろいものだ。
僕はこの小説を読んで、そんなことを考えた。 -
「月と六ペンス」で有名なモームによる短編が収められた作品。
①雨
世界短編小説史上最高の傑作とされる。主人公は宣教師、狂信的な布教に燃える。彼は任地を赴く途中、検疫の為に南洋の小島に上陸する。彼はある女性の教化に乗り出すが・・・。
ミステリとホラーが混在した物語になっているような印象を受けました。ホラーは幽霊とかではなく人間としての底知れぬ悪の怖さ。あの変わり様・・・。
②赤毛
昔恋人を拉致された美しい女性がいた。そしてその女性に恋をした男がいた。彼は彼女にその男のことを忘れて貰うために必死に愛した。しかし彼女は変わらない。しかし時がたって2人は結婚する。そんなある日に船がやってきて・・・。
赤毛の男と恋をして女性と結婚した男、そしてその女性。この3角関係に近い構造は現代に通じるものがあります。オレはなぜ結婚したのだろうか?変わり果てた女性を見て男は言います。決して悲しい恋の結末だけを描いていない浪漫なムードが漂う恋愛作品。
③ホノルル
かしこい旅行者は空想で旅をする・・・という哲学チックな出だしで始まる。カラマーゾフのアリョーシャの名前も登場する。舞台はホノルル。ここにはいろんな出会いがある、そう東洋と西洋の出会いの場所がホノルルである。私はそこで誰と出会うのか?
解説によると一種の民間伝承を素材にしているとのこと。しかし民間伝承を深く知らない私は普通のホノルルでの物語に感じました。個人的に日本人の描写がまたw
お勧めは「赤毛」です。私は「雨」よりも考えさせられる小説でした。最後のどんでん返しがまさに今も続く男と女の恋愛を示しているようで、随分前の作品なのにやっぱり男と女のこの部分は変わらないようですね。
次は「月と六ペンス」を読んでみたい。 -
”雨”に出てくるようなキリスト者、私も実際に何回かあったことあるけど、人間のあらゆる反応を神との関係で説明して納得する感じ、できれば関わりたくないな。
3作品とも、オチに向かってじわじわと話が展開していたことが読後にわかり、短編としてのまとまりはさすが、と思わされた。 -
短篇小説の最高峰とも言える作品。
降り続く雨に閉じ込められて、人間の本性が剥き出しになる様が面白い。蒸し暑い夏に読むのが合う。最後をどう読み解くかは、様々。ただ、人間は自然には逆らえないのだと思う。 -
人間ってこんなもんだ、という話し。
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モームから小説手法を学ぼうと思い、手に取った。
…しかし、学ぶものはなかった。オチありきという小説手法に異議はないが、オチを効かせようとするあまり、前振り部分がすべてであって、これにほとんど意味もなければ共感もない。10ページ程度の短編ならともかく、これでは暇つぶしにしかならないと思う。読解力がないと言われればそれまでだが、、本書が短編の教科書と唱われる理由がわからない。
◆雨
全編を雨が覆う、そのこと自体は成功しているし、文学的な雰囲気もある。そのことは否定しない。しかし、話の展開があまりにも浅薄で、一体何のための物語なのだと思わせてしまう。これが長篇であり、主人公の人格が徐々に押し曲げられた結果であるというのなら、意外とされる結末もありだろうが、「ああ、そう」のひと言で終わってしまう。
◆赤毛
「雨」以上に貧相な話だ。結末は半ばほどでわかったが、わかってもわからなくても、この短編の品質は変わらない。オチありきの話であって、それ以外に何もない。
◆ホノルル
ハワイにはカフナ(祭司、呪術師)がいて、相手に呪いをかけることができるとされた。だからこの話のなかで呪術がキーワードになるのは理解しても良い。しかしそれが結局、船長を助けるためのものではなかったというシニカルな結末に誘われるのだとすれば、一体筆者はこの物語で何を告げたかったのだろう。人生は皮肉によって成り立っている、ただそれだけのための埋め草だとしたら、彼こそ存在の皮肉ということになりかねない。
散々な物言いとなってしまったが、モームを読むことは当面ないと思う。 -
「雨」が、これまで読んだ小説の中でもか最高に良かった。簡潔な衝撃のラスト!
大人になって、久しく体験していなかった読書の悦びを感じた。
もっと早く出会っていればと思うけど、10代の頃に読んでても理解できなかったかも。 -
深い余韻をもたらす『雨』は、情景描写とストーリーの内容とのリンクがとても上手くいっていて、それがそのまま登場人物の心情描写にもなっている。進行の合間に、一見関係の無いようにさりげなく、身体的特徴や人々の理性を徐々に奪っていく南国の重苦しく憂鬱な雨の様子が語られ、それが不吉なクライマックスを予感させます。
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『雨』『赤毛』『ホノルル』 の南国短編3話を収録している。全体的に物語における表現力や構成力が高く、読者は著者から与えられる言葉を拾いながら想像力を駆使して読み解く必要がある。
『雨』は、最後の発言で主人公同様に読者も「一切がはっきりしたのだ」。最後まで読んでやっと物語が掴めるという感覚だ。そうなると頭は物語を遡りながら場面場面であぁそういう意味だったのかと気付く。
自身としては、世間的な評価の高い『雨』よりも『赤毛』の方が好みだ。話題にあげている本人の目の前で、美化した妄想を垂れ流したあげく幻滅までするのだが、妄想はロマンティックでとても美しい。それが事実であったのか妄想なのか当事者たちから語られることはないが、紛れもなく愛があったことは事実だ。秘匿されたことでより奥行きと余韻が残る。
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