月と六ペンス (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (378ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102130278

作品紹介・あらすじ

あるパーティで出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは――。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。

感想・レビュー・書評

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  •  「月と六ペンス」って例えば、「北風と太陽」みたいな寓話だと思っていたけど、違ってた^^。“月“も“六ペンス“も出てこない。解説には、「月」は夜空に輝く美を、「六ペンス」は世俗的な安っぽさを象徴しているかもしれないとのこと。うーん、それと月は男性の天上的な高い理想を、六ペンスは女性の地上的な現実的な理想を表しているのかなとこの小説を読んで思った。
     “六ペンス“が当時どれくらいの価値だったのか気になって色々ググってみたのだが、はっきりしたことは分からずモヤモヤしているのだが、どうも“六ペンス銀貨“というのは特別のものであるらしく、花嫁の靴の中に入れておく風習もあるらしい。
     この小説の語り手である小説家の友人のストリックランド夫人の旦那のストリックランド氏は証券会社に勤めていて、全く面白味のない男だったのだが、ある日突然、妻子を捨て、パリに行ったまま、帰らなくなった。「原因は女に違いない」と思った夫人は、「代わりに行って様子を見てきてほしい」と語り手の小説家に頼む。そこで、語り手がストリックランド氏に会いに行くと、女の気配など全く無く、ボロボロのアパートで常に飢え死にしそうになるくらい貧しく暮らしていた。
    何故、家族を捨ててパリに来たのか聞くと「絵を描きたいから」ということ。「絵を描いたことはあるのか?」と聞くと、「ないが、今習っている」とのこと。「売れるのか」と聞くと、「売る気は無い。とにかく描かなければならないのだ」とのこと。
     そのことを聞いたストリックランド夫人は「女が原因なら許せた。どうせ永遠に続くことではないし、いつか帰っていたときには喜んで許してあげようと思っていた。けれど、女が原因でないなら許せない。もう、終わりよ。」と言って、さっさと見切りをつけて、働き始めた。働くことを恥ずかしいと思っていた上流階級の女性だったのだが、タイピストとして、なかなかやり手で、自分の会社まで立ち上げたのである。
     夫人の「女が原因なら許せた」は理解出来ないが、その後の行動が天晴れ!41歳で今まで描いたことも無い絵の道を極めようと孤独になった男と、上流階級の夫人からキャリアウーマンに変身した夫人。この小説が発表された1919年にしては進歩的な考えではないだろうか?夫人は働かず、しょっちゅう知識人を自分の家に招待する上流階級夫人を気取っていたが、どこかに別の人生を生きたい本能が燻っていたのかもしれない。ストリックランド氏は奥さんに対する愛は「全く無い」と言っていたが、元々天秤の両方の重りのように釣り合いのとれた夫婦だったのではないだろうか。
     語り手にはパリにストルーヴェという友人がいた。ストルーヴェは画家で、自らは安っぽい下手くそな絵ばかり描いているのだが、人の絵を見る目だけは確かで、誰も見向きもしないストリックランドの絵を「傑作だよ。いつかきっと高く売れる」とずっと評価していた。
     また、ストルーヴェは「バカ」がつくくらいお人好しで、困っている人を見ると助けずにいられない。ストリックランドにはいつも虐められているのに、彼が貧乏のどん底で病気なのを知ると、妻の反対を押し切って、自分のアトリエで暮らさせた。結果、妻を取られてしまった。というか、ストリックランドはストルーヴェの妻のことを愛していなかったのだが、妻のほうがゾッコンでストリックランドについて出ていくと言った。あまりにもお人好しのストルーヴェは「愛する妻にあんなボロアパートでひどい生活をさせられない」と言って、二人にアトリエを譲って、自分が出ていった。
     その後、ストルーヴェの妻はストリックランドに捨てられて、自殺をしてしまうのだが、ストリックランドはそんなことで悪びれず、紆余曲折あって、最終的にタヒチ島に行き、「かつて自分はここで暮らしていた」と思えるような素晴らしい環境で、人間の原始からの欲望や生命力を描いたような何とも言えない魅力的な絵をハンセン病で亡くなるまで描き続けた。
     語り手は、ストリックランド氏のストイックにどこまでも美を追求していく姿を信仰者が「神」を求めるのと同じだと言っている。
     同様にストルーヴェの「人間愛」も「神」と同じだと思った。妻に敬遠されるくらい、一途でひとりよがりな愛だが、「報われなくても捧げる」のが「神に対する愛」と同じだと思った。
     ストリックランド夫人のように生まれ変わったように働く道も間違っていない。
     人は仲良く暮らすために、礼儀とかルールとか決まった価値観の中で生きているが、規範の中で上りつめる生き方は本当は魅力的ではない。思い切って突き破ったときに、何かギラギラ、キラキラした艶かしい輝きが見える。
     ストリックランド氏の絵が果物などの静物画を描いてさえ官能的であったのと同様、この小説は官能的な小説だと思う。「歴史的大ベストセラー」なのが分かる気がする。

    • 土瓶さん
      Macomi55さん、こんばんは~^^
      この本、最近読みました。
      ストルーヴェは良くも悪くも魅力的でした。ストリックランドよりも。
      ス...
      Macomi55さん、こんばんは~^^
      この本、最近読みました。
      ストルーヴェは良くも悪くも魅力的でした。ストリックランドよりも。
      ストリックランドという男は芸術に憑かれてしまったんだなぁ、と思いました。
      彼の言葉で「水に落ちてしまったら泳ぐしかない。うまく泳げなかったら死ぬだけだ」みたいなセリフが物語ってますよね~。
      2023/07/24
    • Macomi55さん
      土瓶さん
      こんばんは〜!
      そうそう、土瓶さんのレビュー見て「これ、私の積読本で、順番次に回ってくるやつ」と思ってワクワクしてました。
      「水に...
      土瓶さん
      こんばんは〜!
      そうそう、土瓶さんのレビュー見て「これ、私の積読本で、順番次に回ってくるやつ」と思ってワクワクしてました。
      「水に落ちたら…」のセリフは覚えていないのですが、私はあれですよ
      「女は自分を傷つけた男は許せる。だが、自分のために犠牲を払った男は決して許せない。」
      そうかーい?と考えました。確かに魅力的な男にしか傷つけられないですよね。ストルーヴェはブランチのことをあんなに献身的に愛したのに報われないんだなあ、なんて不器用な男なんだ…と切なくなりました。
      2023/07/24
  • 積読本の消化。

    ご存じのとおり、本屋というのは非常に危険な場所です。
    入るだけなら無料のうえに、暑さ寒さ雨風からも身を守ってくれて、最新の本から人気作から企画ものまでずらりと並んでいる。
    これほど時間つぶしに適した施設というのもまあないだろう。
    しかも立地がいい。
    卑怯にも人が通るところをわざと狙って建てている。
    大きな駅の中や地下街にある本屋などには壁や入口すらない。
    入店という、わずかな精神的障壁すら与えてくれない。その隙がない。
    見ると、色とりどりの本たちが並べられており、賑やかなポップやポスターなどが手招きをしている。
    目的地に向かって歩いていたはずが、ふと気がつくと店内で物色をしていたなんて経験をお持ちの方も少なくないだろう。
    その吸引力の強さは最新の掃除機をも凌駕する。
    危険だ。
    入ってしまうと、いつもの闘いが始まる。
    最初は眺めるだけのつもりでいても、いつのまにやら「これと、これと……」という具合に購入予定を立てさせられてしまうのだ。
    その欲望に待ったをかけるのは財布の仕事である。
    もちろん財布はすべてにダメ出しをする。予定外の出費など許さない。
    しかし欲望の方も黙ってはいない。身体のコントロールを奪い、目的物から目を離させず、手に取らせ、足を硬直させてその場に留まらさせる。
    お菓子をねだる駄々っ子のように粘る。
    「ありえない。総額いくらになると思っている」と財布。
    「じゃ、じゃあさ。もうちょっと候補を絞るからさ。いいだろう」と欲望。
    おい。俺を見ろ——と、時計が悲鳴を上げる。時間がない。
    「あああ。文庫。新刊は諦めるから文庫だけならいいだろう。な?」
    「チッ。図書館にもあるだろうが。調べてみな」
    「だからー。そんな時間は……」
    「ああ、もう! 仕方ねえな。2千円までだ」
    「よっしゃー!!」
    文庫3冊を手にレジに並びます。予算は少しだけオーバーしたので財布はむくれます。昼飯は立ち食いの素そばに変更。

    そんな3冊のうちの1冊が本書「月と六ペンス」です。
    どこかで聞き覚えのある意味ありげなタイトル。作者はサマセット・モーム。
    「月と六ペンス。サマセット・モーム」と3回唱えたらもう欲しくなっていました。
    ぱらぱらめくると意外に読みやすそう。新訳版かな?
    とどめは訳者あとがき。

    【文句なくおもしろい。恋愛小説でもなく、冒険小説でもなく、壮大なロマンスでもなく、気の利いたトリッキーなミステリーでもないのに、一気に読者を引きずりこんで最後まで放さない。小説の力そのものを実感させてくれる。小説のおもしろさとは一体なんなのか、その答えのひとつがここにあるような気がする。】

    そんなの目にしちゃったら、もうダメじゃないですか。お持ち帰りするしかないじゃないですか。
    本屋って本当に危険な場所です。

    内容は、齢40を超えて芸術に憑りつかれてしまったストリックランドという男の波乱の生涯を一人称の小説家のわたしが綴る物語。

    モチーフはゴーギャン。
    脇役までも人物がよく書かれていて、特に中盤のストルーヴェは印象深い。後味が残る。正直言うとストリックランドなんていうわかりやすい芸術一直線大バカ野郎よりもよっぽど魅力的。
    ストルーヴェは優れた審美眼を持ちながら、しかし自身は絵葉書程度の凡庸な絵しか描くことができず、いち早くストリックランドの才を見抜き、バカにされながらも彼に親切にするが、結局はそのせいで最愛の妻を取られてしまうことになる。
    その心中は、葛藤は、いかばかりだろうか。

    「月と六ペンス」というタイトルの意味は最後までわからなかった。
    訳者は、月は夜空に輝く美と狂気、六ペンスは世俗の安っぽさと日常を象徴しているのかもしれない——と。
    六ペンスとは約10円。
    最も美しいが触れることの叶わない月の円と、最もありふれていて手垢にまみれている六ペンスの円を対比させているような気が自分にはした。
    その意味はやっぱりわからない。

    • 1Q84O1さん
      受賞のお祝いですね^_^
      受賞のお祝いですね^_^
      2023/07/14
    • 土瓶さん
      「脳内ポイズンベリー」?
      知らない子ですね^^

      焼肉!!
      あざーっす!
      ゴチになりますm(__)m

      受賞とは?(´-`)....
      「脳内ポイズンベリー」?
      知らない子ですね^^

      焼肉!!
      あざーっす!
      ゴチになりますm(__)m

      受賞とは?(´-`).。oOコンナショーモナイモノハワラッテモラエレバソレデヨシ!! フヒヒ
      2023/07/14
    • みんみんさん
      脳内…は漫画笑
      理性とか欲望とかの人が脳内で会議する話?
      脳内…は漫画笑
      理性とか欲望とかの人が脳内で会議する話?
      2023/07/14
  • ゴーギャンからヒントを得たとされる、無名画家ストリックランドの半生を語った作品。作中の「わたし」が、その画家について見聞きしたことを読者に紹介するような作風となっている。40歳を過ぎたストリックランドが、妻や子、仕事や住まいなどを捨てて、いきなり画家を目指して行方をくらますというところが、なんともスパイスの効いた話である。いっさいを捨て夢に向かったその強い使命感に、人間としての生命力や魅力を感じざるを得ない。欲を捨て関わる人間を不幸にするほどの彼の一直線な生き方を、一度は味わってみたい気もする。

  • ハイティーン の頃、今は亡き伯父 に、別の出版 社  の、 月と六ペンス を貰った。     ポール.ゴーギャンという画家を、この本で初めて知った。絵描きの人て個性強すぎ、エゴイスト、多いなぁ、と思った。   ……二十代に、画材売場で勤めてから、少し、考えを改めた。

  • サマセット・モームの古典的名著。

    平凡な夫・父親から突如、絵画への異常な執着に取りつかれ、妻子を捨て、果ては南の島へと渡り、その地で果てた男の一生を描く。語り手は男の知人である作家。

    主人公の画家、ストリックランドには、いくつかの点で、ポール・ゴーギャンを思わせる特徴があるのだが、一方で、いくつかの点で、ゴーギャンとは大きく異なる。また、語り手の「私」も、作家である点などで著者モームを思わせるが、モームが実際にゴーギャンと交流があったわけではない。
    訳者あとがきにあるように、本作は、「ゴーギャンもモーム忘れて読」むべき作品であろう。

    ストリックランドは堅実な暮らしを営んでいた株式仲買人だった。夫人は作家や芸術家の「追っかけ」を趣味としており、語り手の「私」も作家仲間の紹介で彼女と知り合った。夫のストリックランドを見かけたことはあったが、大した興味も持たなかった。ところが、そのストリックランドが突然失踪したとの噂を聞く。夫人には「もう、家にはもどらない。わたしの心は変わらない。」と簡単な書置きがあったのみ。女と駆け落ちしたとの見方が大勢を占めていた。夫がパリに行ったと知った夫人は、「私」にその様子を見てきてくれるように頼みこむ。

    こうした顛末を綴る冒頭の数章はどちらかというと退屈なのだが、「私」がパリに着いてストリックランド失踪の真相を知るあたりからギアが上がる。
    ことは単純な惚れた腫れたの話ではなかった。ストリックランドはただただ、絵を描きたかったというのだ。その話を聞いて、安心するかと思いきや、案に相違して激怒する夫人。
    このあたりが最初の山場である。人情の機微を描いてぐいぐい読ませる。

    次の山場に登場するのは、そこそこ「売れる」絵を描くけれども、職業画家以上にはなれないお人好しで滑稽な画家、ストルーヴェ。何かとストリックランドの世話を焼くストルーヴェだが、病に伏したストリックランドを家で看病したばかりに、ストルーヴェとその妻に思わぬ悲劇が訪れることになる。

    最後の山はストリックランドが南の島に渡って後のこと。「私」との交流が途絶えた後のことで、証言を組み合わせてその日々が綴られる。

    ストリックランドという男は粗野で嫌な奴である。教養もあまり高くはなく、付き合っておもしろいわけでもない。しかし、その作品は「本物」の輝きを示す。
    よき家庭人であった前半生から、突然、芸術に取りつかれる転換点が何だったのかが書かれていないため、どこか人物像にちぐはぐな印象も受ける。だが、あるいは、このあたりを書き込まないところも、モームのたくらみのうちであったのかもしれない。

    全般にこの物語には、かっちりと描きこまれ過ぎない「余白」がある。
    ストリックランドだけでなく、悲惨な結末を迎えるストルーヴェの妻も実のところ、何を考えていたのかよくわからない。
    「私」のいささかシニカルな人物観察を通じて、物語は進む。その陰に、「私」が見落としたドラマもまたあるのかもしれない。そう思わせる余地がある。
    メインストーリーのほかにも様々な人物の人生の点描がある。
    個人的には、夫に捨てられた形だが最終的にはそこそこ満足が行く生活を手に入れたストリックランド夫人、不毛の島を見事な農園に作り替えたブリュノ船長のエピソードに魅かれる。
    どこかいびつさも感じるストーリーだが、このある種異様な物語をモームに想起させる何かが、モデルとなったゴーギャンの絵にはあったということだろう。そのあたりもいささか興味深い。

    本作がロングセラーとなった理由の1つには、タイトルの秀逸さもあるだろう。
    つまるところ、月とは何か、六ペンスとは何か。
    訳者はあとがきで
    「(満)月」は夜空に輝く美を、「六ペンス(玉)」は世俗の安っぽさを象徴しているのかもしれないし、「月」は狂気、「六ペンス」は日常を象徴しているのかもしれない
    としている。
    地上にいるものには手の届かない月と、日常的に手にする硬貨と。どちらを求め、どちらに重きを置くかは人それぞれだろう。
    生活に汲々とすることが卑しいか、けれども月を美しいと見ることばかりが高尚なのか。
    それぞれの「月」、それぞれの「六ペンス」、そしてそれぞれがどちらを選ぶのか。すべては読者にゆだねられる。

  • 6ペンスが幸福の象徴なら月は何を意味するのかな。ロンドンはウエストミンスターでの生活と妻を捨て、四十過ぎの男は姿をくらまし…

    感情には理性のあずかり知らぬ理屈がある(引用)と。
    それにしてもエイミーによる装飾的という評価には悲しみをも感じる…
    うーん、一気読み!面白かった。

  • 「月と六ペンス」、有名な作品であるということは前から知っていたし、通っていた京都の大学の近くに同名のカフェがあったので、いつか読みたいとは思っていた。
    最近、職場のフランス人に勧められ、遂に読み始めた。
    まず、今まで読まなかったことを後悔するくらい良かった。

    100年も前に書かれた古典海外文学ということで、読み始めるまではかなり身構えていたが、金原さんの訳は非常に読みやすく、かなりサクサクと読めた。
    ミステリーでもなければ、ロマンスでもなく、ストーリー自体はドラマティックではない。
    けれど、作品の中にグイッと引き込まれ、主人公である天才画家・ストリックランドの奇抜さに魅了される。
    自分には全くない考え方や生き方だとは思いつつも、ストリックランドに共感する場面が意外と多く、不思議な気持ちになった。
    書き手である「わたし」(モームではなく)の考察、洞察、芸術作品に対する批評、皮肉やワードセンス、全てが秀逸で、物語に緊張感を与え、読者の想像力を掻き立てている。

    ストリックランドという画家が架空の人物であるとは信じられないくらいにリアルな描写。
    彼の作品を見られないことが残念でならない。
    人並みだけれど、芸術作品への興味がグッと湧いた。

    次の週末は美術館に行こう。

  • エンタメ小説のように面白い。

    ところが、主人公ストリックランドが、すごく嫌な奴なんですけど…。
    その嫌な奴がどんな結末に辿り着くのかを見届けてやろうと読み進めたが、意外にも最後は、心を揺さぶられるハメになってしまった。

    類まれな才能は、狂人と紙一重。
    人を寄せ付けず、世俗から離れ、波瀾万丈、
    ストイックな生き方であればあるほどに、奥深い芸術が生まれるのか。
    サマセット・モームが凡人の私に、そんな激しい特別な世界を見せてくれた。

    ※ちなみに訳者は金原瑞人氏。(金原ひとみ氏のお父様)とても読みやすかった。

  •  この小説の魅力は、テンポよく大胆に展開するストーリーの面白さ、個性的な登場人物、そして人間に対する作者の深い洞察でしょう。

     ストーリーは決して快いものではありません。語り手の「私」による人物評は、辛辣であったり皮肉に満ちていたり、あるいは人間の心の不可解さを感じさせるものばかりです。登場人物はお世辞にも素晴らしいとはいえない人たちばかりで、なかでも人を傷つけて平気なストリックランドの生き方にいたってはやりきれなさを感じます。そして読者の心に最後に残るのは、「人間とはいったい何なのだろう」という思いでしょう。

     ところが、ただ自分勝手なだけに見えるストリックランドの生き方に何故か心惹かれていることに気づきます。それは、彼が世間の賞賛や批判、社会的な成功といったことに一切関心がないからでしょう。まるで「川に落ちた者が必死に岸にはい上がろうとする」かのように、彼は取り憑かれたように絵を描き続けます。物語の最後では、ストリックランドとイギリスに残された彼の妻や子供たちを比較してより人間らしく生きたのはストリックランドの方だと、語り手の「私」は感じているようです。

     中野好夫訳で一度読んで、とても面白いけれど少し文章が硬いなあと感じ、改めて金原瑞人訳で読みました。金原瑞人訳はとてもこなれていて、特に会話などいきいきとしています。翻訳者の作品に対する深い思い入れを感じます。他にも土屋政雄訳、行方昭夫訳などいろんな翻訳があるようです。それだけ評価の高い作品だということでしょう。機会があれば英文でも読んでみたいです。

     例えば夏目漱石など日本の古典作品は、仮名遣いを改めた版が出されることはあっても表現自体に手を入れることは許されないでしょう。しかし、外国の古典作品は異なる訳者が新訳を出すことで何度でも生まれ変わることができて古びることがないのです。これは素晴らしいことだと思います。

  • 何ひとつ不自由のない生活をしていた主人公は、ある日突然画家として生きていくことを決め、妻子を捨てて社会のルールの外を行く。周囲の人々を傷つけてもお構いなし。
    彼がなぜそんなことになったのか。それはどこにも書かれていない。一読者としては想像するしかないのだけれど、あまりに取り付く島がなさ過ぎて、どうしたものか。
    それでも気持ちは悪くない。それどころか、ルールの外にここまで突き抜けていくと、不思議なほどに清々しい。こんな小説もあるんだなという発見。と言うか、これぞ小説?

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