停電の夜に (新潮文庫)

制作 : Jhumpa Lahiri  小川 高義 
  • 新潮社
3.72
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本棚登録 : 1967
レビュー : 289
  • Amazon.co.jp ・本 (327ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102142110

作品紹介・あらすじ

毎夜1時間の停電の夜に、ロウソクの灯りのもとで隠し事を打ち明けあう若夫婦-「停電の夜に」。観光で訪れたインドで、なぜか夫への内緒事をタクシー運転手に打ち明ける妻-「病気の通訳」。夫婦、家族など親しい関係の中に存在する亀裂を、みずみずしい感性と端麗な文章で表す9編。ピュリツァー賞など著名な文学賞を総なめにした、インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集。

感想・レビュー・書評

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  • 「あんな女には絶対ならないと言っていた、そんな女になってきた。」

    「すべてがていねいに包まれているこの部屋で、むだ毛処理した膝から上が、やけに丸出しになっている」
     
    ドキリとする箇所が度々あり油断ができない。
    アメリカでイギリスでインドで、ひっそりと暮らす人々のささやく様な生活の一幕。
    インド文化がこんなに濃い物語を読むのは初めてで新鮮。
    どれも薄曇りの空に包まれているようなじっとりとした空気の中、淡々と話がすすむ。
    優しさ、おろかさ、したたかさ、たくましさ。
    人種は関係ない部分もあるけれど、異文化同士の確執や孤独もあり、日本以外で暮らしたことのない私ってぬるい生活なのね。
    暗い結末を迎える話もあるけれど、どれも読後がさわやかなのはなぜだろう。
    みんな何かに区切りをつけて再スタートをしているようにみえるからかな。
    ラストの「三度目で最後の大陸」がホッコリして更に気分よい読後。

    「あの宇宙飛行士は、永遠のヒーローになったとはいえ、月にいたのはたった二時間かそこらだ。私はこの新世界にかれこれ三十年は住んでいる。」

  • 尊敬している年上の友人から勧められ、初めて手にしてから10年近く経った。その間折に触れて読み返しているけれど、少しずつ好きな話や共感する登場人物が変わってくる。

    20代の初めに読んだ頃は、『セクシー』のミランダの取った選択に励まされ、『ピルサダさんが食事に来たころ』の「わたし(リリア)」に自分の幼い頃を重ねた。その後は、表題作の『停電の夜に』がとても好きになり、カップルが迎えるどうしようもないすれ違いに、自身の恋愛を投影して胸を痛めたりもした。

    そして30代に入り、たまたま結婚もし夫のいる生活になったいま、頭から全部読み返すと、それぞれの話の機微がより解像度高く理解できるようになった気がして、嬉しく思った。人の体温のあたたかさと冷たさ、周囲にひとり馴染めないことの哀しみ、異質なものを排除する人間のありふれた残酷さ、一方でそれを垣根なく受け入れる包容力、異国の地でも家族を築いていける人間の強さ。それぞれの短編の人々は誰もがとても人間らしく、だからこそ哀しくて、優しい。

    インドの文化はもちろん、イギリスやアメリカ文化さえもわたしにとっては異文化だけれど、こうして人間同士として相手の感情に思いを巡らすことのできる想像力こそが、ラヒリの小説が引き起こしてくれるものなのだろうと思う。

    編によって一人称、三人称と視点が変わるのも、読むたびに新鮮な視点を楽しめる要因なのだろう。今回、改めて凄さに気づいたのがラストの『三度目で最後の大陸』だった。こんな短い文章で、夫婦の歩んできた人生が垣間見えるほどの厚みがある。ラヒリは長編もいくつか読んでいるけれど、それらの核になるものは既にここにあったんだな、とようやく気付いた。

    最後に。”A Temporary Matter”を『停電の夜に』と訳された小川さんはとても素敵だと思う。これだけで売り上げがだいぶ変わったんじゃないか。そういえば、この本を初めて読んだのは3.11の直後で、日本のあちこちが停電していた頃だった。

  • ロンドンで生まれ、アメリカで育ったベンガル系女性の作者。
    先祖の国から離れた寄る辺なさ、新たな文化の中での違和感や融合、
    そしてそんな背景で暮らす人々の、時には残酷さも現れる人間の心の機微。

    ★★★

    臨時の措置。復旧作業による五日間の一時間だけの停電。
    インド系の若い夫婦は妻の流産により心が通わなくなっている。
    こんなはずじゃなかったのに。
    身嗜みを調えなくなった妻と、ただ家にいる夫。
    だが最初の停電の日、妻は蝋燭の下で秘密の打ち明け合いを提案する。
    目線を合わせる、手を取り合う、微笑みあう、夫婦の危機は去ったのか。
    そして五日目、夫の耳にそそがれる妻の言葉…
     /「停電の夜に」
    短編集の最初がこれってかなりのインパクト。
    人の心の機微の残酷さを見事に捕えた秀作。
    最終日に夫が妻に伝えた秘密は心に刺さり続けるだろう。


    ビルザダさんは私のうちに通っていた。
    ビルザダさんの家族のいるダッカは独立を求めた内乱で混乱状態。ビルザダさんは連絡の取れない家族の安否を知りたくて、うちにニュースを見に来ていた。
    いつも私にキャンディをくれた。
    私はビルザダさんの家族の無事を祈ってキャンディを口に入れるの。
     /「ビルザダさんが食事に来たころ」
    祖国を離れて案ずる者、残った者、そして異国で生まれ育ったために親の国の情勢が分からなくなっている者…。


    インドで観光客相手の運転手をしているカパーシーは、平日は病院で通訳を行っている。
    彼の車に乗った家族連れ。夫婦はアメリカ生まれのインド人。たまにしか来ないインドは里帰りと言うより観光。
    夫婦の妻は、病気の通訳という仕事をロマンチックと言う。
    カパーシーは夢想する。奥さんともっと関われるだろうか。もう少し時間をとれるだろうか。
    そして観光の合間、家族と少し離れた妻はカパーシーに家族の秘密を打ち明け…。
     /「病気の通訳」


    カルカッタのアパートの階段掃除人のブーリー・マー。
    でまかせであろう昔の栄光を語る彼女は、まるでアパートの門番だ。
     /「本物の門番」


    ミランダはインド系男性デヴと知り合う。
    デヴの妻がインドに帰っている間は毎晩会った。
    デート、食事、散歩、「きみはセクシーだ」という囁き、そしてセックス。
    デヴの妻がインドから戻ってくると、デートも囁きもお洒落もない。ただ日曜日にジャージーとジーンズで会ってセックスするだけだ…。
     /「セクシー」

    エリオットは放課後セン夫妻の家に預けられる。
    夫妻はインド出身。セン夫人はインドにいた頃の魚料理を作る。祖国の家族のテープを聞いて涙を流す。車の運転は苦手。
    国を離れて暮らすことが当たり前であってもなかなか馴染めなく郷愁の想いが溢れる。
    エリオットはそんなセン夫人の家にいるのが嫌ではなかった。
     /「セン夫人の家」
    祖国から離れて過ごす者の静かな郷愁がしっとりと語られる。


    インド系の新婚夫婦。アメリカの新居に引っ越してきた。
    家中のあちこちからみつかるキリスト教の小道具。
    うちはヒンドゥー教だ。飾るなんてとんでもない。だが妻は宗教も含めてアメリカに馴染もうとしつつあるんだ。
     /「神の恵みの家」


    ビビはしょっちゅう発作を起こすし家事は出来ないし引きこもって自分の不幸を嘆くだけだ。
    何人目かの医者は言った。「この人は結婚すれば治るよ」
    ビビの夢想はますます深くなってしまった!
     /「ビビ・ハルダーの治療」
    他の作品と同じようにすれ違いや孤独に進むかと思えば…一応解決したので却って驚いた(笑)


    私はインドを離れイギリスで学んだ。仕事はアメリカで見つかった。
    一度インドに帰り、妻をもらった。
    アメリカでの下宿の女主は百歳を超えたミセス・クラフト。
    彼女は私が最初に交流したアメリカ人だ。
    彼女との決まりごとのような六週間。
    その後は妻とのあらたな生活。
    そしてそれから三十年。
    最後にして三番目のこのアメリカ大陸で自分は骨を埋めるだろう。
    私は特別なことをしたわけではない。だが祖国から旅をして多くの人を知り、一歩一歩進んできた行程を振り返ると、想像を絶する想いがするのだ。
     /「三度目で最後の大陸」
    短編最後の締めくくりに相応しい作品。最後の2ページ分文章が素晴らしいです。

    P218
    息子の目の中には、私が地球の裏まで飛び出したくなった時の野心が見て取れる。わずかな年月のうちに、息子は大学を出て、自分の力で道を拓いていくだろう。でも私は、こいつには生きている父親がいて、しっかりした母親がいるではないか、とも思う。息子が落胆したとき私はいってやる。この俺は三つの大陸で生きたのだ。おまえだって越えられない壁があるものか。
    あの宇宙飛行士は、永遠のヒーローになったとはいえ、月にいたの他はたった二時間かそこらだ。私はこの新世界にかれこれ三十年は住んでいる。なるほど結果から言えば私は普通の事をしたまでだ。国を出て将来を求めたのは私ばかりではないのだし、もちろん私が最初ではない。それでも、これだけの距離を旅して、これだけ何度も食事をして、これだけの人を知って、これだけの部屋に寝泊まりしたという、その一歩ずつの行程に、自分でも首をひねりたくなる。どれだけ普通に見えようと、私自身の想像を絶すると思うことがある。

    • だいさん
      この作品は男と女で感想がかなり違うんじゃないかな?
      以前読んだ時には 愛は長く続かないト 感じましたヨ
      この作品は男と女で感想がかなり違うんじゃないかな?
      以前読んだ時には 愛は長く続かないト 感じましたヨ
      2016/03/15
    • 淳水堂さん
      だいさん

      おお!男性からの感想ありがとうございます!
      表題作は、”言葉”と言う意味では妻→夫より、夫→妻の「肌は黒と言うより赤だった...
      だいさん

      おお!男性からの感想ありがとうございます!
      表題作は、”言葉”と言う意味では妻→夫より、夫→妻の「肌は黒と言うより赤だったよ」がグサーーーーっときたのですが、
      男性だとどうなのでしょう。

      不倫の話は、男性側は失ったもの無いわけですからねえ、これも男女感想違うのかな。
      2016/03/15
  • この作者の本は初めて。
    非常に密度が高く、濃厚な作品が集まった短編集だなという印象を持ちました。
    短編は読後、目次を見返してみた時に印象が薄い作品があるということが間々ありますが、今回はそういう作品がありませんでした。
    それだけ、どれも質が高い作品であったということだろうなと。
    個人的には「ビビ・ハルダーの治療」と「三度目で最後の大陸」が気に入りました♪
    あとは訳者あとがきの「男女の出逢いもまた理解と誤解が交錯する異文化の接触」との言葉も印象的。

  •  本作は、恐らく文庫が出た頃、書店で平積みされているのを見かけ、ピューリッツア賞、デビュー作などのPOPの文字に惹かれて一度読もうとしたものだった。
     あの時、読んでなくて良かった。多分、また苦手な翻訳ものとして、途中で放り投げていただろう。

     今回は、『ロゴスの市』(乙川優三郎著)でとりあげられていたことも踏まえ、著者のジュンパ・ラリヒの素性、生い立ちなども多少知識を入れた上でのことだったので、話がそこはかとなくスパイシーな香りを放つのも納得の上で読み進めた。

     どこがどうとは言えないけど、緻密な描写(訳者は”あとがき”で「肌理(きめ)細かい文章」と表現)は嫌味がなく、そしてインド人というルーツから見た独自の視点や感覚などが、クスっとさせられたりハッとさせられる。

    「ピルザダさんが食事に来たころ」の登場人物が、「ああ、またサンキューか」とぼやく。なにかとサンキュー、サンキューのアメリカ、
    「この国で死んだら、きっとサンキューと言われながら土に埋まるんだろうね」
     こうした感覚は、純粋なアメリカ人では持ち得ない感覚じゃないのかな、なんて思いながら読んだ。

     文庫本に短編が9編。どれもけっして長くはないのだけど、濃度は低くない。芥川賞作品一篇読むくらいの咀嚼時間を要した気分。
     とはいえ、どれも大きな起承転結があるわけはなく、たった一言、たった一行、この部分を言いたいがための、詳細な描写(”肌理細かい文章”)の積み重ねだったんだなぁと思う話が、実に多い。

    「病気の通訳」では、住所を記したメモが大空に舞っていくシーンであり、「セクシー」は、男の子がセクシーの意味を「知らない人を好きになること」と言うシーンだ。遅々として読み進まない感じのが物語が、そうした箇所に来たとたん「あぁ、ここかぁ」と、胸のつっかえが取れるように心地好い安堵感に包まれる。

     かの国でどういう作品が過去評価されて、また今人気を博しているのは全くしらないが、こうした作品を見いだして、デビュー作であろうと賞を与える慧眼が素晴らしいんじゃないかと思った。「これは素晴らしい作品だよ」と言われて手にしている身とは雲泥の鑑識眼だと思う。すごい。

  • 本当に好きなものは繰り返し読む。ジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』と『その名にちなんで』はワタシにとってそういう本だ。好きすぎてなぜこんなに好きなのか考える。原書を読めないので、翻訳者に委ねるけれども、それでも世界のどこかでジュンパ・ラヒリさんが今も小説をこつこつ書いていると思うと、ふわっと幸せな気持ちになるくらい好きだと思う。
    『停電の夜に』『三度目で最後の大陸』『神の恵みの家』が特に好き。普通の人たちの日常を普通じゃなく切り取る方法を考える。普通に生きていても人生はずーっと全うなだけじゃなくて、気持ちが揺れ動くこともたくさんあるわけで、もしかしたら、そうしたことはつまらないことではないのかなと思った。昨日好きでも今日好きとは限らないとかそういうこと。同じことがずっと続いていくのが人生とは限らない。なぜかそんなことばかり考えてしまうのです。

  • アメリカで暮らすインド系の人にスポットライトを当てた話が多い。アメリカとインドの狭間で生きる人々の切ないような、寂しいような、それでいて暖かいような不思議な感情が描かれている。それと同時に、文化の違いとかは関係なく自分が日々の生活の中でふと感じるような、少し冷めた目で自分の取り巻かれている状況を第三者的にみている瞬間に似たものが描かれている本。

  • 「停電の夜に」はねぇ、「アイラインは木炭でもなすりつけたようになってる」とか、「こんな女にはなりたくないと思っていた、そんな女になってしまった」とかそこしか覚えてない!

    でも、「三度目で最後の大陸」のまるでとみちゃんみたいなオバアのねぇ、「完璧!いい人を見つけたね!」には未だにうるみます。そんな心細さは、サリンジャーの「グスコーブドリ」とか長渕剛?知らんけど、と共通なんじゃないかなぁ。

    それがね、直接、はいこうです、っていうんじゃなくて色んな状況や心の動きから描き出されているのが、とってもいいね!私もね、ついめかしこみすぎる時はあって、この話を思い出しますのよ。ああ、だいすき。

  • 「あっけない」
    人と人を繋いでいたものは、何かのはずみであっけなくこと切れてしまう。そんな、ちょっとせつない話が多い。
    かわいい女の人が多いなと思えた。『停電の夜に』のショーバみたいに自立している女性も出てきたが、むしろ世間知らずの他愛ない女の人達が印象に残る。
    妻帯者と知って一人の男を好きになってしまった女、お嬢様育ちで自分一人で買い物さえはばかる夫人、子どもの頃から難病のため社会経験の乏しい女‥‥皆特に強い女ではないが、直向きに生きていて好感が持てる。
    哀しい話が多いなか、最後の『三度目で最後の大陸』はうっすら希望が見えて、ほっと胸を撫で下ろして終わることができた。

  • 行ったことのないインド(にまつわる話)が、遠い夢物語にも、目の前で起こっている様にも感じられる。全く違う習慣、生活の話なのにすんなりと入ってくる。翻訳もとても良いのだと思う。一つ一つの話が違った面白さがあり、またきっと読み返す。

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