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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784102149317
感想・レビュー・書評
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1994年 原題”The gifts of the body”
ブク友さんのレビュー
「重くもの悲しいのに、ラストには生命の喜び、希望を感じとれる清々しい一冊」に惹かれて読んでみました。ありがとうございます♪
この本が書かれた頃はまだエイズの治療法はなかったんだと思う。患者自身も周りの人も来たるべき死を静かに覚悟している。ホームケアをする「私」の目線から描かれるその様子は、患者の気持ちや人生を尊重し、日常を穏やかに保ち続ける姿。
gifts-贈り物という捉え方に心打たれました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
重くもの悲しいのに、ラストには生命の喜び、希望を感じとれる清々しい一冊だった。
エイズ患者のホームケア・ワーカーを語り手とし、彼女と患者らの交流を描いた連作短編集。ストーリーだけを追えば、お涙頂戴の感動物になりかねない。しかし、違った。
家族でのケアとは性質が違う(家族間となれば毛色の違う話になっただろう)。
他人である職としての、ワーカーの目を通すことで出来る寄り添い方。同情心でなく突き放すようでもなく、冷静に病状と最期に向き合う距離感。人間味溢れるワーカーでありながら、前面に出さない患者との向き合い方、患者側の心の動きの表現に魅力を感じた。ケアを受ける人の体は症状により、状態も様々。ただありのままにそこに存在する。だんだん体が不自由になる患者の切なる願いと日常生活、ワーカーの仕事ぶり。体と心が健全でない患者をサポートする本来の理念に触れるようだった。
淡々とした飾り気のない訳文が、よけいに心に迫ってきた。「~の贈り物」の意味。自分の事を自分で出来るありがたみ。次の世代に繋ぎ渡してゆくことを、命をかけ見せてくれている姿。心に潜んでいる気持ちを反芻するようだった。-
kazekaoru21さん
こんばんは、夜分遅くに失礼します。
貴方のレビューを読んで、この本を手にとりました。静かで深みのある内容、生と死...kazekaoru21さん
こんばんは、夜分遅くに失礼します。
貴方のレビューを読んで、この本を手にとりました。静かで深みのある内容、生と死に向かい合う人々の姿、心に沁みました。ご紹介ありがとうございました。2023/07/03 -
koalajさん
こんにちは。
私の拙いレビューを読んでいただき、この作品を手にとられたとのこと。そのように言っていただき、ほんとうに嬉...koalajさん
こんにちは。
私の拙いレビューを読んでいただき、この作品を手にとられたとのこと。そのように言っていただき、ほんとうに嬉しいです。
こんなに重いものを、と思って読み進めたのに、ラストでは晴々(?)と命の重みを教えられたようでした。失われるものと引き換えのもの…ですよね。自分は持っているものを無駄にしていないかって考えさせられました。コメントありがとうございました。2023/07/04
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レベッカ・ブラウンの『若かった日々』(マガジンハウス)を読んだのは約10年前。
だけど、身体感覚の描写が鮮やかで、読んでいる私の感覚までもざわつくように感じたことをよく覚えています。
本書の語り手は、エイズ患者の身の回りの世話をするホームケア・ワーカーの女性です。
患者たちは年齢も性別もさまざま、人によって症状も異なりますが、共通しているのは病が治ることはない、ということ。
できていたことが少しずつできなくなり、ひたひたと死に近付いていく彼らの日々を身近で見守る仕事です。
汗ばんだ皮膚の下で脈打つ鼓動。
近付いたときに感じる息のにおい。
患者の体に軟膏を塗る手の感触。
患者を介護するときの身体感覚を通して、自分が語り手や患者たちに乗り移っていくように感じられました。
だからでしょうか、本書を読んでいる間はいつも以上に心が敏感になっていて、気を緩めるといろいろな感情があふれて泣き出してしまいそうな疼きが消えませんでした。
ああ、この本を読むことができてよかった。 -
AIDS患者の支援をしているヘルパーの日常のお話
1994年刊行の連作短篇小説
以下、公式のあらすじ
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食べること、歩くこと、泣けること……重い病に侵され、日常生活のささやかながら、大切なことさえ困難になってゆくリック、エド、コニー、カーロスら。私はホームケア・ワーカーとして、彼らの身のまわりを世話している。死は逃れようもなく、目前に迫る。失われるものと、それと引き換えのようにして残される、かけがえのない十一の贈り物。熱い共感と静謐な感動を呼ぶ連作小説。
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まだ効果的なHIV治療薬がなかった頃
患者の身の回りの世話をするボランディア団体に所属する「私」
死期が迫りくる患者との交流
そして、「私」が受け取る様々なもの
それは物理的な「物」ではなく、受け取る側の感受性によるもの
解説で訳者も言っている通り
「エイズ患者を世話するホームケア・ワーカーを語り手として、彼女と患者たちとの交流をめぐる、生と死の、喜びと悲しみの、希望と絶望の物語」
と物語を要約できるけど
この概要だけで「そういうのパス」「それってちょっと」と避けてしまうのはもったいない物語だった
多分、これは人の尊厳の物語なのでしょうね
特定の病気だからとか、死期が迫っているのが明らかという事情とは関係なく、人と人がどう交流して何を受け取るのかというのが重要な事に思える
まぁそれはそれとして、終末ケアの距離感として適度な感じなのはよかった
患者にしても多種多様で、一般的にイメージする患者然としていない
何だろう、精神的な強さを持つ人が登場人物に多い
でも、一番精神的にタフなのは主人公の「私」なのではなかろうか
好むとと飲まざるに限らず、いずれ最期の瞬間を迎える患者と日々向き合うわけで
自分には出来そうもないと感じる
そんな環境だからこそ響く言葉があるな
ヌグムシュー なんて最たるものでしょうね -
死の床についた人と最期の生をサポートする女性を描いた連作短編集。
死に行く者から生者に手渡される贈り物の数々。
生きること、死ぬことを静かに考える。
マーガレットから主人公に発せられた言葉が深く刺さった。 -
すごく良かった。
題材はエイズと死とホームヘルスケアエイドという一見お涙頂戴になりそうなものなのに、全く悲しみを脚色してないところが好感が持てた。
この本の中には悲しみは悲しみとして死は死として寸分違わぬ重さで入っている。
主人公は大きな感情の起伏を見せないけどでも彼女が悲しんでいるのも疲れているのもすごくよく伝わってくる。
そしてこの本の登場人物たちは何故こんなに愛らしいのだろうか。
最後の章には涙腺が緩んだ。
死を覚悟している人は美しい。 -
エイズ患者のホームケア・ワーカーと患者たちの日々を描く物語
というと、訳者あとがきにもある通り「正直いって陳腐な物語」という印象を持ってしまいがちだけれど、全く違う。本当に良い本だった。数年か数十年か経った後で、また読み直したいと思う
柴田元幸訳の本を初めて読んだけれど、言葉のチョイスや訳し方がかなり好きだった。これからたくさん読みたい -
エイズ患者とのお話。
いかにも訳本という感じで読みづらかった。
興味深い内容もところどころあり、手を止める時もあった。 -
前情報を何も得ず、どこかページを開いて「読もう」と思う人が読んだらいいと思う本。
訳者あとがきで「この本がとにかく読んでもらわないと魅力がわかってもらえない本だ」と書いている通りだなと思う。
図書館で何気なく手にし、最初の2ページ立ち読みして、借りて、読んで、バスの中でハンカチ片手に読んで、レベッカブラウンのほかの本を図書館で予約しました。 -
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【本の内容】
食べること、歩くこと、泣けること…重い病に侵され、日常生活のささやかながら、大切なことさえ困難になってゆくリック、エド、コニー、カーロスら。
私はホームケア・ワーカーとして、彼らの身のまわりを世話している。
死は逃れようもなく、目前に迫る。
失われるものと、それと引き換えのようにして残される、かけがえのない十一の贈り物。
熱い共感と静謐な感動を呼ぶ連作小説。
[ 目次 ]
[ POP ]
最初はただの淡々とした日記なのかと思っていた。
だけど、ホームケアワーカーの私は全力で「普通の生活」を守っていた。
HIVに感染された人たちは、「私」にとって大切な人間になりかけると、はかない贈り物を残して、旅立っていく。
そんなことの繰り返しに彼女も力尽きかける。
人が亡くなるのを看取ると「アウトテイク」と呼ばれるカウンセリングを受けるが、どれだけ周りが配慮をしてくれていても、心に大きく開いた穴はふさがらない。
でも人は生きているだけで、存在するだけで大きな力を発揮する。
それは例えば、リックが用意したシナモンロール、コニ―の優しい気遣い、マーガレットのおびえのない強さ。
人間の尊厳を静かに描ききって、読後なにか力がわいてくるような、そんな連作集だ。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
談話室で薦めて頂いて読了。
翻訳ものは久しぶりだったので、最初は違和感みたいのを感じたけれど、第1章を読み終わる時には涙が。
人ってどんなに苦しい時でも、誰かに喜んでもらえると幸せを感じられるのかもしれない。
生きてるって凄いことだけれど、どうやって生きるかが大切だと思った。-
レベッカ・ブラウン=「家庭の医学」なので、どうしても二の足を踏んでしまう。でも
「誰かに喜んでもらえると幸せを」感じられるような話でしたら読...レベッカ・ブラウン=「家庭の医学」なので、どうしても二の足を踏んでしまう。でも
「誰かに喜んでもらえると幸せを」感じられるような話でしたら読んでみたい。。。2012/04/05 -
nyancomaruさん
私は図書館で借りて読んでみました。
死を前にした人々と関わる話なのですが「さぁ、泣いてください」みたいなもので...nyancomaruさん
私は図書館で借りて読んでみました。
死を前にした人々と関わる話なのですが「さぁ、泣いてください」みたいなものではなく、淡々としていて逆に私には染みました。
(病気で)自分自身で出来ないことが増えても、大切な人を喜ばせたい、ということは一種の希望だと思う部分がありました。
好みに合うといいのですが。
2012/04/05 -
「死を前にした人々と関わる話」
そうなんだ、、、「大切な人を喜ばせたい」と言う言葉に押されて再チャレンジしてみようかな。「死を前にした人々と関わる話」
そうなんだ、、、「大切な人を喜ばせたい」と言う言葉に押されて再チャレンジしてみようかな。2012/04/07
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エイズのホームケアワーカーである語り手と、その患者との交流を描いた物語。
・・・うーん、ちょっと気が乗らないなと思いながらも読んでみたら素晴らしかった。
テレビのドキュメンタリーなんかによくある
押し付けがましい陳腐な感動に終わらないのは、
限られた瞬間瞬間を愛おしむような、微細で丁寧で穏やかな、
淡々と、でも切実な、時と感情の描写のおかげだ。
命が息づいて、体と心が触れあい擦れあうことの痛さや暖かさ。
そしてふとそれが離れたときの涼しさ、冷たさ。
それが具体のたしかな重みを伴って心に沁みこんでくる。
「誰かが死ぬと、いつもそこに穴がひとつできた。
穴はいつも人々の真ん中にあった。」
この言葉に触れてはっとした。
自分の体験が喚び起こされ、解き放される。
死んだときだけではない。いのちは誰のものであれ、
どんなものであれ、いつでも人々の真ん中にあるものなんだ。
それをほんとうに実感できたら、たくさんの人にとって
素晴らしい救いなのではないかと思う。 -
やっと読み終える。途中から読むのが嫌になってしまった。面白くないとかじゃない。嫌になったのだ。エイズ患者の人の世話をするボランティアをしている体験を書いている。一つ一つの話に何故贈り物という題名が憑いているのかわからなかった。世話している患者とのふれあい、そしてその症状はだんだん悪くなっていく。いずれは訪れる「死」、その途中の人たちの様々な形での人生、少しでも快適に暮らせるように世話していく中で通じ合うもの、お互いに打ち解けていく人たちは必ず別れが待っている。それが嫌になってしまう。彼女自身「死」を看取ったり仲良くしていた相手がホスピスで終焉を迎えようとしているとき疲れを感じ逃げ出したくなる。「死ぬのって、救いになりうると思う」そう患者から聞かれたとき彼女は「思う」と答える。私もそう思う。多分彼女はそれまでずっと自分の病気と戦い続けてきた人を見続けているのだから私の思うとはだいぶ意味合いが違うだろうが、「救い」になることは確かにあると思う。希望を持ち続け闘病している人たちがやがて以前見た人たちとおなじ道をたどっていく、その虚しさ、絶望感、何度も繰り返し感じる喪失感と無力感、・・・。彼女の所属する団体の事務局にいた人が発病する。「辞めようか」と思い出した彼女にその人は言う。休みなさい。戻りたくなったら戻りなさい。少し違うかもしれないけれど、老人病院やがん患者などもホスピスで働いている人たち、そこに入りたくて待っている人たちはたくさんいる。障害者の施設にしてもそう。空きが出来るという事の意味はみな同じだろう。そこで繰り返し繰り返しみる別れ、休むことが出来る人はいい。生活のために働き続けなければならない人たちはどうやってそれに対処していくのだろう。親しくなり心が通じ合えば合うだけ終焉は最善のものにしてあげたいと思うだろう。だけど、そこに見送ったという満足感は在るのだろうか。辛くなる、感情を殺し、なるべく希薄な関係でいたいと思うようになるのではないだろうか。彼女はその後に「家庭の医学」を書いている。そこで自分の母親を看取っている。いろんなことを考えながら読むうちに嫌になってしまった。彼女が「贈り物」と感じたことを私はなかなか感じることが出来ない。
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まだエイズが不治の病だったころの、終焉に向かっていく人の身体と心を扱うということにフォーカスを当てたショートストーリーの連作。(HIVは学生の頃によく聞いたワードだがなんとなく避けてきたワードで知識が乏しく、世界で初めて患者が報告されたのが1981年と歴史が浅いことを今調べてみて知った。)ヘルパーの患者の扱い方、肌の感覚、体感と感情の描写がメインのため、"不治の病"という言葉からくる重さや鬱陶しさは感じず、もちろん登場人物は亡くなってしまうのだけど、辛さの中にどこか清らかさのある胸のすくお話だった。
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身近には見聞きしたことのないエイズ患者のさまざまな物語。自身では映画のフィラデルフィアやライオンの食事を思い出す程度。一気に読み終えた。
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江國香織さんのエッセイに登場し、ずっと読みたかった本。タイトルから幸福な話だと想像していたが非常にシリアスだった。どうしようもないことに対して人はなんとか折り合いをつけようと、自分を納得させようとするけどある程度納得できる材料が必要だと思う。時間だったりその間したいことができる体力気力だったり。コニーの言葉は自分を説得する意味合いもあるけど実際にきちんと幸せだったのだと思う。まだ想像の域を出ないけど。
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優しくて、哀しいけど温かい。
また読みたい。 -
病人だからといって、誰かより劣っているわけではない。自分でご飯を食べられなかったり歩いたり出来なくても、人と人は対等。介護やお世話をしているこちら側が何かをしてあげている思う気持ちは、傲慢だと感じさせられた。自分の残された生を色んなことが出来なくなった体でも堂々と生きる、この本に描かれている患者達に敬意を感じます。
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