ランボー詩集 (新潮文庫 ラ-1-1 新潮文庫)

  • 新潮社 (1951年10月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784102176016

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  • ランボーの詩集ですね。
    ランボー(1854~1891、フランス生まれ)
    訳は、堀口大学さん。
     『ランボーの文学的生涯は十五歳から十九歳までの数年間におわっているが、その後今日まで数代の詩人たちが彼を先達と仰いでいる。』と、あとがきに記されています。
     まさに、フランスを代表する詩人が、若く早熟であり、空前絶後の詩人ですね。

          「わが放浪」

     僕は出掛けた、
     底抜けポケットに両の拳を突っ込んで。
     僕の外套も裾は煙のようだった。
     僕は歩いた、天が下所せましと、
     詩神(ミューズ)どの、僕はそなたに忠実だ、
     ああ、なんと素敵な愛情を僕は夢見たことだった!

     はき換えのないズボンにも大きな穴があいていた。
     夢想家の一寸法師、僕は道々詩を書いた。
     大熊星(だいゆうせい)が僕の宿、 
     み空の僕の星たちはやさしく衣ずれの音させた。

     路傍の石に腰掛けて、星の言葉に聴き入った。
     新涼九月の宵だった、養命酒ほど爽やかに、
     額に結ぶ露の玉、

     奇怪な影にとりかこまれ、僕は作詩にふけってた、
     ボロ靴のゴム紐を
     竪琴の弦(いと)に見立てて弾きながら、
     片足はしっかりと胸に抱えて!

          「なみだ」

     小鳥からも、群羊からも、村娘からも遠く
     なまぬるく緑に煙る或る午後、
     はしばみの若木をめぐらしたヒースの原に
     しゃがんで、僕は飲んでいた。

     僕に何が飲めたろう、
     あのオアーズの小流れから、
     声もない若木の楡と花もない
     芝生と曇り空の間で?
     タロ芋の瓢から僕が傾け得たものは
     気のぬけた金いろの飲料だった、
     無性に汗が吹き出した。

     こんなざまでは宿屋の看板としても落第だ。
     やがて雷雲が夕方まで空を変えた。
     暗黒な国が、湖水が、竿が、
     青い夜の下の柱廊が、停車場が現れた。

     森の水は処女(おとめ)なる砂に消え失せた。
     吹きおろす天の風は沼に氷塊を投げこんだ……。
     ところがた! 金か貝でもさぐる漁夫のように、
     あろうことか、
     飲む気はすっかり僕から失せていた!

         「永遠」

     もう一度探し出したぞ。
     何を? 永遠を。
     それは、太陽と番(つが)った
     海だ。

     待ち受けている魂よ、
     一緒につぶやこうよ、
     空しい夜と烈火の昼の
     切ない思いを。

     人間的な願望(ねがい)から
     人並みのあこがれから、
     魂よ、つまりお前は脱却し、
     そして自由に飛ぶという…………。

     絶対に希望はないぞ、
     希いの筋もゆるされぬ。
     学問と我慢がやっと許してもらえるだけで………。
     刑罰だけが確実で。

     熱き血潮のやわ肌よ、
     そなたの情熱によってのみ 
     義務も苦もなく
     激昂(たかぶ)るよ。

     もう一度探し出したぞ。
     何を? 永遠を。
     それは、太陽と番った
     海だ。

     力強い感性の発露を感じます。ロマンにも満ちあふれ、迷いなく詩神を召喚し、生きる喜びを謳歌しています。これ程の詩心を、なぜ十九歳で閉じたのか?
     それは、私の仕事ではなく、ランボーの詩を味わう喜びに、うち震えましょう(=^ェ^=)

  • かっこいい詩。
    いつでもカバンに入っている詩集。

  • 情熱と冷徹さを兼ね備えた自由への渇望の詩

    不自由だからこそ、作者は既にこんなにも自由である

  • 美しい日本語で書かれた訳がかっこいい
    ランボーの孤高さがよく現れている
    この訳の永遠の詩で好きになった
    タイトルもかっこいい、「酔いどれ船」「孤児たちのお年玉」とか

  • しびれた。。。16〜17歳で書き上げた詩、そして10代で筆を置き、30代で没したランボー。激情に筆を走らせた生き様に胸打たれた。詩の意味は一見よくわからない。でも、心の底に響く何かがある。夢想家の一寸法師、すごい表現だった。放浪していたランボーにあやかり、私も放浪しようか。絶望にまみれた人生、もがくのではなく流れに身を任せるのもありかもしれない。

  • 中原中也が好きで読破。

    こういう詩が書きたい。
    その一言。

    内容も言葉も最高にいい。

  • ランボー全詩集を買ったので、とりあえず堀口さんの訳を読み直しました。堀口訳はやっぱりクセが強いけど、一度ハマると抜け出せない美しさ、快さがあります。『永遠』は嶽本野ばらさんの『エミリー』で登場していましたね。個人的には『つくり話』とか『黎明』のある『イリュミナシオン』が大好きです。

  • 堀口大學訳が難しすぎてとても全貌を理解できてはいないのだけど、言葉を追いかけるだけでも快い。
    「みなし児たちのお年玉」が特に印象に残った。
    中也の訳も読みたいな。

  • 再読。やっぱりランボーのインパクトはすごい。実質詩作をしていたのは16~19歳の数年のみで、37歳で他界。まさに早熟の天才。あっさり詩を捨てて放浪しちゃうあたりもまた、自分の才能に拘泥しないことこそ天才の特徴なのだろうと思わされる。

    有名なのは「永遠」だけど、こちらは個人的にゴダールの「気狂いピエロ」の字幕のイメージが堀口訳よりも強いかも。好きなのは「イリュミナション」のあたりかな。あと、情景描写や観念的でなく物語性の強い初期の作品も好き。

  • 抽象的表現が多いので、理解するのに何度も読む必要がある。あとがきの解説を見ながら読むと、短い文に深い意味が込められていることに気づけた。

  • 言葉が
    とても魅力的です。
    後期の方が好みかな。

  • いま一般的な書店に置いてあるランボーといえば、
    やはり新潮文庫の堀口大学訳だと思う。
    光文社新古訳が出ているとすれば、
    あの小ぎれいな光文社コーナーに並んでいるかもしれないが、
    それでもやはり(近所の書店を見ると)新潮文庫の品ぞろえはうっとりするほど。

    なので、光文社新古訳の発売前は、
    なおさら新潮文庫の天下だったのだろうから、
    現在ランボーを語る方々の多くは、この堀口大学訳を読んでいるはずで。
    わたしにとってはその点も価値がある、堀口大学訳のランボー詩集。

    特筆したいのが、ほんの1ページと1行で終わる「あとがき」。
    わたしは昔、このあとがきの表現が素晴らしいから、
    (失礼な言い方だが)この訳者を信用できる、と思った 笑

    たとえば。
    「大ランボーは冒涜と敬神、純と不純、
    地獄と天国のおのおのに片足ずつを踏み込んで立つ。
    彼にあっては、足は人間の土地を踏み、
    胸は神秘の天上に接し、頭部は予言の星に触れていた。」
    詩的にオシャレな言い回しが、分かりやすく並んでいる。
    正直、ランボーの詩よりも、ストレートに感心できてしまう 苦笑


    ランボーの詩は本当に、言葉に強靭な力がある。
    “才能”というにおいが、読み手を強く刺激し続ける。それは、分かる。
    詩はそういうものだ、と言ってしまえば、納得せざるを得ない。

    ただ、言葉がたくさん組み合わさっているのに、
    その言葉単体も、その文章全体も、何を指しているのか分からない。
    といった現象が多々起こる。

    無論、最初はわたしの読解力不足だと思った。
    しかし堀口氏による「鑑賞ノート」によると、
    ランボー研究家たちの意見も、相当割れている作品が、実に多いらしい。
    そのばらつき加減が、驚くほどの大きさで。


    となると、こちらの読み方も忙しくなってくる。
    たとえば「精霊」という作品。
    ・キリストを早期して書かれたもの
    ・精神の多産性も対する賛歌
    ・ランボーの自画像
    ・地球上に充満している生命力を書いたもの
    という4つの意見がある。

    だから、こちらとしても、4つのイメージを
    しっかりと浮かべて読まずにはいられなくなり、
    結果、「精霊」を4回読むことになる。

    それで、わたしとしては、「精神の多産性も対する賛歌」
    がしっくりくるけどなぁなどと考えたりもするので、
    とにもかくにも、自然とじっくり味わってしまうのである。

    そこで、特に印象的な作品をいくつか並べると。
    「なにがニナを引止める」

    (これね、たぶん回文風のつもりはないのでしょうけど、
    そこが原語で読めない切なさ。
    もしこれが日本人詩人の作品だったら、
    ナニとニナをかけたことにも意味があるでしょうに)
    まあ、そんなことはいいとして、この作品の最後の一行が、もう強烈!

    それまで8ページ以上に渡ってずっと、
    もろ19世紀のフランスの恋人っぽい会話(彼氏→彼女へ)で、
    ここにおいでよ、といった意味のことを語り続け、
    そうして突如出現するラスト!!

    ――彼女  だって会社はどうするの?

    最初に読んだときは、目を疑いました 笑


    つぎ。
    「戦禍」
    ――神さまが、(中略)讃美歌の節にゆられて、居眠りをしてござるとは、
    しかも、お目々のさめるのは、戦死者の母親たちが、
    苦悩にうちひしがれながらも、古ぼけた被り物の下で、涙にくれながら
    手巾(ハンカチ)に包んできた賽銭を、捧げ奉る時に限るとは。

    これは、分かりやすいし、表現は斬新だし、内容は深いし、わたしは好き。
    わたしだったら、

    「もう一度探しだしたぞ。
    何を? 永遠を。
    それは、太陽と番った
    海だ。」(永遠)

    より、ランボーの代表作にしたいくらい。


    「大洪水の直後」では、太陽のことを、“「神」の印章”と表現している。
    他にも“重なった海”“ジャコウ草の茂る砂漠”といった、
    独特の表現が出てくる。
    いずれも、きちんとイメージしてみると、とても味わえる表現。

    詩は、読みこむと本気でハマってしまう、
    いわば中毒性のあるものだと思うが、
    ランボーに関してわたしは、
    ランボーを描いた映画「太陽と月に背いて」を
    (ビデオでだけど)何度も観たことが、読解の助けになっている。

    レオナルド・ディカプリオ演じるランボーが、
    とても天才詩人の魅力たっぷりで、
    (わたしはこの映画で遅まきながらレオ様に興味を持ち、
    写真集なども買ってしまった記憶がある 苦笑)

    この映画をおもしろいと感じたわけではないのだが、
    とりあえず、ランボーに対する親近感(←図々しいにもほどがある 笑)
    がわいてくるし、
    非常に風変わりなランボーの生きざまを、
    ある程度、理解するのにも役立つ映画だと思う。

    それから、例の「永遠」の一節が、
    見事に効果的な使われ方をしている点も、いい。

    あ、あの映画の原作、クリストファー・ハンプトン「太陽と月に背いて」を
    今度買おう! と思って、いったい何年たったことか・・・苦笑

  • 永遠の恋人、ランボー。
    (狂おしいほど
    一方通行)

    傲慢と繊細の天才が
    時代を青ざめさせた一冊。
    有名な『永遠』も大好きですが、
    どの詩も胸に突き刺さる
    言葉ばかりです。

  • おかんの実家にあったやつ。
    何気なく読んでみたらハマった。
    訳も良い。

  • 難解。フランス語圏の人ならわかるのか?
    すっと入ってこないというか・・・きっと感性が合わないのでしょう。

  • ZIPでの能年玲奈ちゃんのストーリーを見ていて(ホットロードの時の)、好きそう!と思って購入。

    私には難しすぎました。

    途中からは、意地の一気読み…なんとか、無理やり読了。

  • 埴谷さんも言及し、中原中也も訳を手掛け、一度は読んでみたかったので。
    フランス語の原典を読んだわけではないので、日本語の性質によるものかわからないが、埴谷さんと非常に似ていると思った。
    論理を超えたその先にあるもの。一見すると支離滅裂で、ランボー自身も言っているが、狂気じみている。理解なんてとうていできやしない。あらゆるものを拒絶しているかのように見える。
    だが、彼の描くそれこそが、あらゆるものをすべて包み込み、ただひとつの真実だけがそこに存在する。言葉の錬金術によって挑もうとするも、歴史を水平ではなく、垂直に立ち上がって見てしまった。そんな彼が筆を折ったのは、その存在を超えたものを描くことがどうしたってできないとわかったからではないだろうか。彼がひとの理解を拒むのは、ひとり早くも真実をわかってしまったからだと思う。誰よりも乾いた砂漠の中、愛を求めて。まさに彗星のごとくである。
    幼少期や育ちうんぬんで、影響されるような詩・ことばを彼は書いてなどいない。たしかに彼の初期と呼ばれる作品は、形式張っていて、窮屈そうなところがあり、そういうところをうかがわせる。だが、進むにつれて、破綻している逆説的な、あの彼なりの文体を獲得している。そうでもしないと書けなかったのだ。酔いどれ船はその萌芽だと感じられた。
    ダイナミックなのに、静的。情熱的なのに、冷淡。満たされているのに、渇望する。19歳という若さでわかってしまった彼にはこの世は本当に生きづらかったのではないだろうか…君の音のない叫びが聞こえてくるよう。

  • ブックオフ池袋、¥105.

  • 天才詩人の代表作をまとめた贅沢な詩集。どの詩も若い作者のみずみずしい感性で熱くたぎり、またリズミカルで耳に心地よい。大意が捉えられない作品が多過ぎるけれども天才の作品を読むに限ってはそもそもそんな穿った見方は必要なさそうである。

  • 難しいですね…
    色々な人の解釈を調べて、何度も読み返しました。それでもわからない。
    社会背景から理解して、原文から自分で訳していかないと、頭の悪い僕には…
    ただ、美しいものと醜いもの、明るい未来と埃っぽい現在。勉強になりました。

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