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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784102202128
感想・レビュー・書評
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おもろかった
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再読
今年、阪神が情けなくシーズンを終えたので思わず読みたくなった。
勝てないチームを応援し続ける悲哀と喜びが、爆笑とともによくわかる。こうしたひねた物の見方になるのって好きなんだなぁ。勝てないとわかっていても応援せざるをえないもどかしさ。いいよねぇ。 -
人や物を好きになることを人間に課せられた呪いや病の一種かのように捉えるホーンビィの狂信的アーセナル愛が炸裂した自叙伝です!
思えば自分も映画が好きなんですが、単にそれは面白い、楽しい、好きだからとかいうものではなくて、自分の生活や人生の中心にいつしか据えられてしまったものだからというのもあり、時に休日を映画を見に行くこと前提でスケジューリングしている自分に心底気味の悪くなる瞬間があったりします。
今作はアーセナルに人生を同化させすぎてしまった男の悲しくもおかしいエッセイで、好きな物を語っているはずなのにどこか陰鬱な雰囲気が漂っているのがとても面白かったです。
ちなみに今作はファレリー兄弟によって映画化されていますが、そちらはボストン・レッドソックス狂信者の男と結婚適齢期に悩む女のラブコメで全くの別物といっていい作品でした。どちらも好きですが、映画化の方にホーンビィの色は感じられないのでご注意を。 -
ここ最近、某掲示板のプロ野球実況に張り付いた生活を送っているので、かなり共感のいく小説だった。特に、「フットボールに興味のない知り合いがアーセナルという名前を聞いて僕のことを思い出してくれるなんて素晴らしいじゃないか」というくだり(306-7)は、のちの具体例と相まって的確にファン心理を代弁している。
以下気になった箇所。批判能力が芽生えると物事を素直に楽しめなくなる(38-9)、執着は精神に敏捷性を要求する(127)、就活しない(173)、フットボールとエンターテイメントの違い・たとえば「高いチケットを買いながらスターが出てこないことを願う演劇ファンなんて、この世にいるだろうか」(210)、志を同じくする人がいるんだということを恋人に知ってもらうことで無実を証明されたような気持ちになること・「ほらね、世界の破滅みたいな気持ちになるのは僕だけじゃないんだよ。これで僕が不機嫌なのもちょっとはうなずけるでしょ?」的な気持ち(259)、父と監督(266-7)。 -
知ってる選手ほとんど出てこなかった。満足度4
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サッカーのこと、ましてやイングランドのサッカーじじょうなども全くわからないけれど、かなり可笑しい。笑える。
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この人のアーセナル愛、痛いほどわかる。上質のフットボールエッセイであると同時に、11歳〜35歳までの24年間の自分史でもある。
サッカー観戦とプライベートの予定がかち合ったときの葛藤(本当は葛藤なんかしてなくて、どう断るかを考えてるだけだけど)とかメチャメチャ共感できた。
昔読んだよりいまよっぽど刺さった。
ずっと本棚にいれときたい一冊。 -
J 20年目に読みたいシリーズ。23シーズン、アーセナルを見続けてきた「ぼく」の自虐的なサポーター日記。イギリスの村上春樹という雰囲気で、ある種のハードボイルド小説だと思う。
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サッカーのワールドカップが始まったので久しぶりに手にとってみました。
アーセナルの熱狂的サポーターである著者の自伝的小説でデビュー作。
主人公がアーセナルの過去の試合に絡ませて半生を語る形式がユニーク。
スポーツファンだったら試合結果に一喜一憂する気持ちがわかるはず。 -
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ガナサポの友人に薦められて読んだ本。
サッカー好きなら必読の本。 -
著者の記憶力に驚嘆。少年の描写が良い。
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Nick Hornby のファンになったのは、
About a boy と How to be good を読んでから。
Fever pitch は自伝的な要素が強く、
ひいきのフットボールチームを追いかけて、
勝敗に一喜一憂する模様が記されている。
同時に、英国のフットボール事情にも触れ、
アーセナルやプレミアリーグにも興味をもった。
フットボールが人生なのか、人生がフットボールなのか。
一途で、思い入れが強く、子どもっぽくて、チャーミング。
おかしくて、切なくて、著者の人となりを見た気がした。 -
ある特定の狭〜い界隈で話題となった作品(本作品ではありません)から著者を知りました。
で、気になりだすと、いろいろなところで彼の名前に気がつきました。
あ、あれあれ。ああ、へええ。て感じで。
特に、(実は好きな)ヒュー・グラント出演の映画、などなど。
ひとつのことを熱狂的に考えることはよくありますが、
それを年単位で続ける・行動する段になるとまた話は別ですね、と、改めて思う話。 -
[要旨]
「なぜなんだ、アーセナル!」と頭を抱えて四半世紀。熱病にとりつかれたサポーターの人生はかくも辛い。すべてのスケジュールは試合日程次第。頭のなかでは自分とチームとがこんがらがっている。人生設計なんて立てられたもんじゃない。そんなひどい生活だったけど、ぼくには見えてきたことがあった―。英国で百万部を突破し、WHスポーツ・ブック賞を獲得した鮮烈なデビュー作。アーセナルにとりつかれてミリオンセラー作家となった男の魂の記録。 -
もう最高w
これがデビュー作で,いきなり100万部超えるとか,母国はフットボール愛が違うわー.
作者はフットボールに取り憑かれたらどうなるのかの生き字引.
こんな人が,それぞれのクラブに無数にいて,フットボールという社会を形成してるんだろうね.
作中の「アーセナル」といまの「アーセナル」の乖離は作者的にはどうなんでしょ.気になる… -
週末の約束はサッカーの試合日程次第、人生はアーセナルと共にある。イギリスには掃いて捨てるほどありそうな話ですが、そんな熱狂的アーセナルサポーターである著者の自伝的小説。なんと処女作なんですね(そしてやっぱり駄目人間)。サッカーが労働者階級のスポーツであって、日々の生活の憂いを忘れるために入れ込む、という気持ちが痛いほどわかる気がします。でも負けると辛いんだよ、とほほ。
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これ小説じゃないです。
アーセナルファンの作者の自伝ですね。
しかもこれが処女作!!
面白すぎ!!!!
フットボールファンの端くれである自分にも気持ちが良く分かる作品でした。
昨シーズン、CL決勝にアーセナルが勝ち進んだがやっぱり作者はスタジアムで観戦したのだろうか? -
とんでもなく面白い本だった。
題名の「プレミア・ライフ」の「プレミア」はイングランドのプロフットボール(サッカー)リーグである「プレミアリーグ」のことだ。熱狂的なアーセナルサポーターである筆者が、11歳の時、1968年に初めてハイバリーのスタジアム(アーセナルのホームグラウンド、今は移転している)でアーセナルの試合を観戦し、「フットボールと恋に落ちて」しまって以降、1992年1月までの、足掛け24年に渡る「アーセナル・フットボール・エッセイ」とでも言うべき本である。
短期間であるが通っていたイギリスシェフィールドの大学での、私の英語の個人レッスンの先生は大のサッカー好きで、地元シェフィールドユナイテッドのサポーターだった。私もサッカーバカであったので、レッスンの中でよくサッカーの話をしたものである。シェフィールドユナイテッドは、現在はプレミアに所属しているが当時はその下のリーグに所属し、プレミアへの昇格争いをしていた。かなり良い線にいたのであるが、順位は一進一退。ある日のレッスンで、それを私がからかうと彼は「だいたいイングランドでは、フットボールという言葉を使い、サッカーという言葉は使わない。サッカーという言葉を使うお前はアメリカ人みたいだ。お前はイングランドに来ずにアメリカで勉強すべきであった」と訳の分からない怒り方をし始めた。理不尽ではあるが、一応先生なので融和策をとらざるを得ず、私はその場でシェフィールドユナイテッドのサポーターになることを誓わされてしまった。以降、私はユナイテッドのホームスタジアムのブラモールレインに通うことになった。
観戦初戦は敗戦、観戦2戦目も敗戦。このあたりで、また彼と衝突してしまった。「お前がスタジアムに来た試合は全部ユナイテッドは負けている。お前はもうスタジアムに来るな」というのが彼の言い分。確かに、その年のユナイテッドは24チーム中の7位とか8位くらいにつけていて、そんなに弱いチームではなかったわけで、そんなチームがホームで連敗するのは、あまりありそうなことではなかったのは確かである。が、私もその時には、すっかりイングランドの「フットボール」のとりこになり、「自分のチーム」であるシェフィールドユナイテッドを応援することに、はまってしまっていたので、観戦をやめるわけにはいかなかった。しかし、その次に観戦した試合はなんとか引き分けたものの、4試合目の観戦試合は、またも負け。彼とはすっかり険悪な関係になってしまった。ことほどさように、フットボールファンは、フットボールに関しては、(私も含めて)本来的には心が狭い。
この本も、筆者の狭量さが本当に面白い。筆者にガールフレンドが出来、その彼女が幸運にもアーセナルの大ファンとなってくれた。幸運を喜ぶ筆者であったが、ある日、彼女と、将来2人の間に子供が出来た時にどうするか、という話題になったとき自分の間違いに気がつく。子供がグラウンドに来れるようになるまで、1人は観戦、1人は家で子守を「交代で」担当することを彼女から提案された筆者は、アーセナルファンを妻に持つことの間違いに気がつく。なんとかしないといけないと悟った筆者は、ある日、アーセナルが負けた後、思いっきり機嫌を悪くするのである。最初は同調していた彼女であるが、あまりの機嫌の悪さに、つい「たかだかフットボールのことじゃない」という態度を彼に示してしまう。これを待っていた彼は「君には分からないんだよ!」と勝ち誇りながら叫び、「一家における最大のアーセナル狂」という位置づけを獲得してしまう。実に共感できる話だ。 -
2006.6読了
ニック・ホーンビィの作品
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