偶然の音楽 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102451069

作品紹介・あらすじ

妻に去られたナッシュに、突然20万ドルの遺産が転がり込んだ。すべてを捨てて目的のない旅に出た彼は、まる一年赤いサーブを駆ってアメリカ全土を回り、"十三ヵ月目に入って三日目"に謎の若者ポッツィと出会った。"望みのないものにしか興味の持てない"ナッシュと、博打の天才の若者が辿る数奇な運命。現代アメリカ文学の旗手が送る、理不尽な衝撃と虚脱感に満ちた物語。

感想・レビュー・書評

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  • 女房に逃げられたジム・ナッシュであったが、行方知れずだった亡き父より突然20万ドルの遺産を受け取ることになった。
    消防士を辞め、娘を姉に預けて、家や家財道具一式を売り払いナッシュがしたことは・・・。赤いサーブを買ってアメリカ全土を疾走することであった。
    来る日も来る日も理由もなく当てもなく車を走らせるナッシュ。
    一年経ち、遺産の残りも少なくなってきた頃、ある道端で拾ったのは若い相棒ジャック・ポッツィであった。ポーカーが大得意だと言うポッツィの話に乗せられる形でナッシュはポーカーの大勝負にのぞむ・・・。

    ここまでだけならアメリカン・ニューシネマのノリだなとか、ポーカーの大勝負のくだりになるとハリウッドスター向けのストーリーだなとか、そういう映画的な雰囲気が満載の出だしで、ポール・オースターにしてはエンターエインメント系の映像主体の物語かなと思っていたら、ポーカーの大勝負前後にかけてだんだんとポール・オースターらしいシュールな世界観が満たされてきて、これだよこれ!という感じで期待通りのアンビリーバボーの世界に浸ることができた。(笑)

    次第にあり得るべかざる状況と結果に追い込まれていくナッシュとポッツィ。
    彼らそれぞれの生い立ちの背景に加えて、掴みどころのない大富豪のストーンとフラワーの生い立ちまで掘り下げて印象づけることで、登場人物それぞれの性格描写にメリハリがあり、物語の展開も丁寧に丁寧に進めていくので、冷静に考えれば突拍子もない展開であるにもかかわらず、物語の進行のままに割と素直にその世界に入っていくことができたと思う。
    さらに壁を作る場面では、ナッシュとポッツィ自身の葛藤や彼らの関係や距離感などの心理描写が一層細やかになり、また、2人の大富豪は目に見えない存在となるとともに監督官のマークスの登場、そして次第に明らかになっていくナッシュとポッツィの状況いう心憎いばかりの設定がこれまた面白く、シュールな状況であるにもかかわらず割と現実味のある感覚として自然に受け入れられた。
    シュールな世界の中の主人公たちの細やかな心理描写はオースターの真骨頂というべき得意パターンであり、シュールな中にこそ真実を露呈させ炙り出すことができるというオースター文学の魅力が詰め込まれた作品だったともいえる。
    最後にはミステリアスな状況も生まれ、これもオースターの得意パターンといえるが、今作品では投げっ放し感も半端なく、それゆえ、どう解釈すべきだったのかの人それぞれの余韻も大きい。
    本作品は映画的センスが強く感じられ映画化しても良いのではと思っていたら、解説によるとすでに映画化済みだったのね。

  • 石を積み上げて壁を作る行為が何のメタファーなのかと、
    ずっと考えながら読んだ。
    読後は虚脱、脱力した。
    安部公房の「砂の女」に相通ずるものが少しある気がした。

  • 妻に去られた後、三十年以上会っていなかった父の遺産を得たナッシュは、赤いサーブを購入し、すべてを捨てて目的の無い旅に出た。
    そして十三ヶ月目に入って三日目、夏の終わりの朝、田園風景の中で痩せっぽちでひどい怪我をした青年・ジャックを拾う。
    それは車を走らせ続ける日々の終わりの必然、別の何かがはじまろうとしている予感だった。

    しかし、救済を求めながらも墜落へと突き進むナッシュと博打の天才ジャックの偶然の出会いは、彼らを容赦なく理不尽で閉塞的な空間へと追い遣ってゆく──。


    動くことをやめ、他人と関わり始めた時、人はどのような選択をし、自分と他人の運命を決めるのか。
    『ルル・オン・ザ・ブリッジ』などで著名な八十年代のアメリカ文学の旗手が贈る、明日を望みながら絶望へとひた走る衝動と虚脱感に満ちた男たちの物語。

  • 主人公ナッシュは、大学を中退して転々と職を変え、ひょんなことで消防士の試験に受かりそれからは地道に務めていた。二歳の時、父は家を出て、現在は母親と妻と娘の三人家族あった。しかし母が脳卒中で倒れホームに預けてからは入院費用のために生活は逼迫し、妻は子供を置いて出て行ってしまった。
    突然訪ねてきた弁護士から父親の遺産20万ドルを受け継ぐことを知らされる。父の死よりも大金が転がり込んだことは晴天の霹靂、彼に無常の喜びをもたらした。
    入院費の滞りを払い娘は仕事柄ナッシュにはなついていなかったので、堅実で子煩悩な夫を持つ姉の元に預けた。

    ナッシュは、残りの金で赤いサーブ900を買う。

    彼は車に乗って目的も無く走りたかった。職場にある有給の残り三ヶ月分を消化すればこの気持ちも収まるかと思ったが、一旦帰ってみるとまだ虫は治まらず、とうとう引っ越すことして退職する。
    そして銀行に残った6万ドルで、彼は今まで縛られていた様々なしがらみから開放されフリーウェイに乗る。
    窓外を流れていく異郷に景色の中では、自分の体から自分が離れていくような気になれた。

    好きな音楽とともにアメリカ大陸を横断し名所見物をし父親がいたというカリフォルニアにも行ってみた。そしてついに残りの金を数え、こういう生活も永遠には続かないことに気がつく、切り詰めてはみたがそんな習慣はとっくに無くなり、出発してから1年と2日、残りは1万4千ドルになっていた。絶望の一歩手前、ニューヨークに向かった。

    途中で満足に歩けない若者を拾った。
    「そのようにしてジャック・ポッツィはナッシュの人生に入ってきた」
    少年のように小さく細身で、殴られた傷のせいで満足に歩けない、服は引きちぎられたようにぼろぼろの姿で、彼は助手席に倒れこんできた。
    ジャックはカードを使ったギャンブラーだった、自分は腕がよくいつか無敵になりワールドカップにも出られると自信たっぷりだった。
    生死の境をさまよう子供を助けたようで目が離せず、ナッシュは残りの金で何くれと世話を焼く。彼は自由と引き換えに、忍び寄ってきたささやかな孤独感に気づいていた。

    ジャックのカードの腕を試してみると、ただのホラではない相当の実力があった。彼は当たった高額の宝籤から投資をはじめ今では富豪になり深い森にすむ二人からカードの招待を受けていた。資金は最低一万ドルはいるという。ナッシュは残りをジャックに賭けてみることにした。どうせ素人の成り上がり者で、いいカモになるだろう、ともはや二人の将来の夢はどこまでも膨らんでいった。

    そして行き詰る様な攻防の末、ジャックはナッシュの起死回生の追加金をすってしまい、1万ドルの借金まで出来る。
    生活資金まですっかり無くしたところに抜け目の無い二人から時給10ドルで、城を解体した石で塀を作ることを提案される。金が無くては出て行くことも出来ない一個の石を積んである山から一つずつ運んで長い塀に積んでいく。

    しかしこの仕事に慣れてくるとナッシュは徐々に心の底に平安を覚えるようになる。
    一方ジャックは、相手の二人をいかさまだとののしり、憤怒の言葉を吐き散らし、ツキが逃げたのはナッシュのせいだとまで言った。
    だが彼も金がなくては行き所も無い、金網で囲われた広い敷地の中の囚人のような待遇に慣れかけてきた。しかし彼一流の処世術でそのときはそういう風に自分をだましてしか生きることができなかったのだ。

    見張りのマークスは一日中脇で突っ立ったまま監視する、雨のぬかるんだ日も雪の日も、ただ突っ立って時々あれこれと指図する、二人は無視することを覚えた。
    そしてとうとう借金を返した日、ジャックはお祭り騒ぎをする。ささやかな生活費は出来た。金網の下を掘り小柄なジャックなら外に逃げられるのではないか。
    しかしその穴を抜けた先には幸せな生活は無かった
    ナッシュのサーブは富豪の二人からマークスがもらっていた。一人残ったナッシュは少しずつマークスや息子や孫にも馴染んでいく。ついにその素ごとからも放たれる日が来たとき、かって自分物のであった赤いサーブを運転をして町に出かける。

    あらすじでも長いが、実に現代のストーリーテラーといわれるように面白い。
    ナッシュという人物。しがらみから逃げて走り回った月日が終わった頃は、帰着する場所を失って、思いもしなかった孤独感を感じるようになる。自由を得たと思ったところが、やはりそれは帰属するものがどこかにあってこその自由であり、糸が切れてしまっては、自立していく強く新しい精神を育てなくてはならない。彼はその手段をジャックという青年の中に見つける。少しの愛着と近親感は生きていけるだけの心のよりどころではあった。
    人をひきつける話術と巧みな生き方を見につけたジャックは彼もナッシュに馴染んではいたがまだ若く、ナッシュの誤算は、ジャックは天才でありナッシュは凡人であったことだろう。

    息詰るゲームの折、ナッシュはジャックの邪魔にならない位置で見守っていたつもりが、トイレに立ち、ついでに屋敷の中を歩いて住人の持ち物を盗んだ、それはジャックの命がけの気迫をそぎ、負けという運命に落とし込んでしまった出来事だったのだ。ジャックは酔った勢いでそのことに怒り狂っても、ナッシュは一向に理解できなかった。

    ナッシュは環境の中から次第に生きる安寧の芽を見つけていく。だがジャックはそうは行かなかった。
    遺産が手にいる時期がもっと早かったがナッシュの生き方はもっと違ったものになっていただろうし、ジャックも関わることもなくそれぞれの人生を生きただろう。


    いや、なんと言ってもポール・オースターという作家の掌のうちで感じ思うこと。
    それが多いくて溢れるほど、実に面白く意味深い作品だった。

  • ★★★★★★車中ラジオから流れる弦楽四重奏曲のアンダンテ。クープランの「神秘的な障壁」という曲が出てくるが、自らはどこへも行き着かず、ただ空虚さを際立たせる。小説の中心となっているのが「石を積んで壁を作る」という古代や中世奴隷のような極限状況。そのなかで相棒のポッツィは次第に精神に変調を来たし、ナッシュも平静を保とうとしつつ次第にバランスを見失っていく。見張り役となっているマークスも異様な存在感を醸し出し、それらが奇怪なコントラストをなしている。また、トレーラーハウスで聴いたモーツァルトとヴェルディのレクイエム。そしてクープランからサティまで聞かせて、オースターは敢えてワーグナーの名前をはずし、既成概念に捕われることを否定する。作品中で言及される具体的な名前にもそれぞれ特別な象徴的意味を匂わせるが、オースターはそのような期待を裏切るかのように沈黙を貫く。そして、物語は突然、予期せぬまま終わる。やがて物語全体が人生そのものの比喩として考えられ、やり場のない虚脱感を覚え、ほとんど奪われるように訪れるこのカタストロフィはあまりに衝撃的。堅牢なディテール、ニュアンスに満ちたエピソードにもかかわらず全体としては不可解なプロット。しかし、ストーリーテリングの上手さや心理描写の的確さはさすが。息苦しさを覚えるほど閉塞的な状況ながら、次が気になって読むのがやめられなくなる。オースターは他にも、この世から自分の存在をきれいに消し去ってしまいたいという欲望を持つ主人公を描いている。冗談めかしていうナッシュの台詞が印象的―「望みのないものにしか興味がもてなくてね」

  • いやあ面白かった。主人公の心象風景がさくさくと変わるのに違和感なく読める。それがこの著者の神髄なのではないかとさえ思う。暫くオースターにはまりそう。

    • アテナイエさん
      yasu2411さんのレビューを拝見して嬉しくわくわく感が戻ってきました! 私もオースターの面白さにはまって、気づくとあらゆるものを読み漁っ...
      yasu2411さんのレビューを拝見して嬉しくわくわく感が戻ってきました! 私もオースターの面白さにはまって、気づくとあらゆるものを読み漁ってしまっていました! 
      どうぞ至福の時をお過ごしくださいね♪
      2017/06/14
    • yasu2411さん
      コメントありがとうございます。本当に暫くはまります。
      コメントありがとうございます。本当に暫くはまります。
      2017/06/15
  • 人生に行き詰まるとアメリカ人はとりあえず車を走らせるものらしい。
    主人公が目的もなく車を走らせ続ける所がいかにもアメリカ的だと思った。
    日本人は部屋に引きこもるか、車を駆っても島国だからすぐ崖にぶちあたって昼ドラ展開もしくは演歌になる。
    車というのは要するに動くひきこもり空間なんだなと。アメリカ人は引きこもるにしてもエネルギッシュで大仰だなぁと。
    相方のポーカー師ポッツィがとても魅力的。
    ジャック・ポットという名前と小柄な体躯、跳ねるように生き生きとした肉体のリズム、それらからトランプに描かれた道化師のような印象の男だと思った。
    主人公ナッシュを人生の賭けに誘う為に現れた道化師、それがポッツィのこの物語において与えられた役割だと思う。
    感想を一言で言うなら男性版「テルマ&ルイーズ」という感じ。
    最後にはポッツィと主人公ナッシュ二人ともにとても憐憫の情を覚える。
    この小説のラストはぼかされていて、ナッシュとポッツィともに結局の所どうなったのかの判断は読者にゆだねられている。
    私はなんとなくポッツィは生きていると思う。

  • 偶然というのは止めることはできない。
    なりはじめた音楽のように。

  • それまで何となく避けてたオースターなんですが、最初にコレ読んで一寸吃驚。袖擦り合うも多生の縁て感じで。

  • 何もかもなくして、破綻したときほど「ありたい」姿がより透けて見えてくる>

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