リヴァイアサン (新潮文庫)

制作 : Paul Auster  柴田 元幸 
  • 新潮社
3.60
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本棚登録 : 960
レビュー : 90
  • Amazon.co.jp ・本 (413ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102451076

感想・レビュー・書評

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  • 読了後もすっきりせず、もやもやしている感じなのですが…。
    なんとなく、サックスという人物が、作家にも、女たらしにも、テロリストにも、結局なんにもなれなくて、なんにもなれなかった人の末路というか怖さが味わえた小説でした。

    とにかく出だしと終わりの文章がかっこよすぎる。

  • 「君が他人なしでは生きていけないってことさ」と私は言った。「生身の他人が一緒にいれば、現実世界だけで事足りる。それが一人でいると、架空の人物を作り出さずにいられない。仲間がいないと駄目なのさ」

  • 2月の夜の糸雨のように、冷たく寂寥とした読了感。
    良心的テロリズムを重ねた末に爆死した男と、
    彼の死をつなぐ為であったかのように
    運命的に、唐突に、彼と出会った人々の物語。
    神話的偶然の連なりが生み出す、
    破滅的、悲劇的と呼ぶにはあまりにも空しく寂しい結末。
    男は、「生きる意味」を希求する為にではなく、
    あたかも、「定められた死」に物語的命題を授けるためだけに、
    時として突飛とも思える行動(イデオロギーに依拠するものであれ、
    性的熱情をエネルギーとするものであれ)を起こしていたのだろうか。

  • 自分の心の中をのぞいてみたとき、心の奥底になにかぽっかり空いた穴のようなものがあるのを感じるひとも多いのではないだろうか。自己の存在そのものにかかわるような、そこに触れたくないような根源的な穴。そこに触れることは、あたかも禁断の扉を開けることであるかのような。

    ポール・オースター「リヴァイアサン」は、そのような根源的な空虚と正面から向かい合って壮絶に生きたひとりの天才肌の小説家、ベンジャミン・サックスの物語である。

    サックスの天才たるゆえんは、歴史のなか、あるいは個人の人生のなかの、一見まったくつながりのない、「偶然」の産物に見えるものの背後にある、ある関係性を見抜く能力にあると言えよう。彼にとっては、「偶然はない」のである。すべて、背後にある構造の産物である。いわば、歴史も人間の社会をつかさどるあるひとつの無意識の産物のようなものである、ひとりの人間の人生が無意識によって支配されているように。

    サックスの作品、会話のなかにたびたび現れるモチーフがある。それは「自由の女神」である。それは彼にとって「アメリカ」の象徴であり、個人の精神の「自由」の象徴である。そして、それは同時に「失われたもの」の象徴でもある。彼の最初の作品「新コロッサス」は、アメリカの歴史の数々の表面的な「偶然」の背後にあるものの全貌を明らかにしようとするものであり、同時にそれは「アメリカ」が失われていることへの怒りの表現でもあった。

    「失われたもの」。それはなにもサックスの精神に固有のものではない。すべてのひとの精神の奥底には失われたものの穴があるのであり、サックスの遍歴の物語は、そのまますべてのひとの精神の深奥の物語でもある。

    そんななか、彼の精神の危機がついに決定的に表面化する日が訪れる。「自由の女神」建造百年祭の日。彼はパーティのさなかに、ひょんなことで体のバランスを崩して、四階から地上に転落する。幸い命に別状はなかったが、彼の精神は決定的に何かを失う。転落の瞬間、彼は気づく、自分が死んだことを。自分が間もなく死ぬことではなく、「もうすでに死んでいること」を。自分は、根源的にすでに何かを失った存在であることを。

    以後、彼は「語る」ことを放棄して口を閉ざす。しかし、彼のなかでの葛藤は続いていた。彼は転落の経験を、完璧に正確に、瑣末な点まで余すところなく明確に言語化しようとしていた。転落の瞬間を何度も何度も生きなおしていた。しかし、身体が回復したあとも、彼は「書く」ことを放棄する。
    「これからは『現実』の世界に入っていって、何かをしなくちゃ」
    「たとえば?」
    「わかるもんか! それを思いついたら、君に手紙を書く」

    彼の精神的な危機のなかで、時をともにする三人の女性がいる。妻であるファニー、写真家のマリア・ターナー、そして彼女の親友で女優を目指しているリリアン・スターンである。

    マリア・ターナーの作品は、作品というよりも、生きることそのものであり、自己の存在についての実験である。見ること、見られることに対するほとんど狂気とも思えるドラマである。眼、そこになにか自己の存在の根源に関わるものをみたのだろうか。見ること、見られること、それが人間の存在にかかわるということなのだろうか。彼女はイメージのひとということもできるだろう。

    対照的に、リリアン・スターンは本能にまかせて生きるタイプの女性である。彼女が内面に抱えた何かが、幸福、優美さ、動物のような活気となって表面に現れる。自分のルールにしたがって自由に生きる女性。

    言葉に根源的な空虚さを見てしまったサックスは、マリア・ターナーとの写真=イメージをめぐる営みのなかでかろうじて危機をくぐりぬける。「キュクロプス」。「木曜日のサックス」。

    やがて、サックスは再び執筆をはじめ、大作を手がけ始める。著者は彼に会って気づく、彼が「何かものすごいもの」をつかみつつあることを。「ものすごい、忘れがたい本」をものにしつつあることを。しかし、その作品「リヴァイアサン」も結局執筆が放棄され、未完に終わるのである。

    その後、サックスは完全に消息を絶つ。いったい、何が起こったのか?

    ある日の夕方だった。彼は近くの森の中を散策しようと出かけ、そこで作品について夢中になって考えるうちに夜になり道に迷う。目が覚め、翌日彼が経験したことは、幻想だろうか? いや、それは「現実」としか表現できないものだ。彼は思いがけない殺人を犯してしまうのである。彼の頭のなかにとどろき渡る恐怖。彼は、彼自身にももはや理解できない「真の偶然」に出会うのである。彼が殺したのは、実はマリア・ターナーの親友であるリリアン・スターンの夫、左翼運動家の男、かつてのサックスと同じ理想を共有する彼自身の分身とも言える男だった…。

    サックスはある意味、ついに「現実」に出会ったとも言えよう。彼は「失われたもの」を取り戻すことができたのだろうか? 彼が見ていたものは何なのか?「失われたもの」の象徴、「自由の女神」。「手紙」。その後、「自由の女神の小さな模型」が爆破される事件が相次ぐようになる。そしてサックスの爆死…。

    最後に、ポール・オースターの作品にしばしば現れる「死者を語る」ということが、いったいどのような意味を持つのか、窺い知ることができる一節を引用しておこう。
    「僕が自分をディマジオに捧げている限り、僕は彼を生かしていることになる。いわば僕の生を彼に与えるのであって、その引き換えとして、彼が僕の生を僕に返してくれるんだ」

    この作品、物語の細部が抜群に面白いので、興味を持った方はぜひ読んでみてください!
    「色彩ダイエット」かー (笑)

  • むーん。重い。
    「必然的偶然」と呼ぶべき連鎖によって引き起こされる
    悲劇(時には喜劇)……という筋立ては作者お得意、
    といった感じで、例えば『ムーン・パレス』も
    そういう展開の作品だったんだけども、
    こちらは主人公の性格――割りと前向きで
    物事を良い方に捉えようとする傾向がある――のお蔭か、
    悲惨な印象を受けず、カラッとした読後感が得られた訳だが、
    今回は……むーん。重い(笑)。
    何人もの人物達の、それぞれ一筋縄では行かない人生に
    付き合わされてしまった気分になっているから、か。
    いや、間違いなく面白かったですが。

  •  失踪した友人を探すというミステリ仕立てのストーリー展開は『鍵のかかった部屋』にかなり近い。主人公がこの本の書き手という設定になっていて、オースター作品の中でも語りが上手く、それだけでも読ませる。

  • 映像がはっきり見えて来る系。

  • それなりの長さはある。読ませはする。
    しかし、物足りない。
    二人の作家の交友、創作について、恋愛劇、現代アート、女神像の爆破。
    いくつもの糸をサックスの死に集約しようという思惑が、
    結果的に「もったいぶり」となって、ただの「お話」、「出来事の羅列」になってしまった印象である。
    語り手の「傍観者」性、「書斎から動かない」性が物語を平板にして、硬直化させている。
    映画にしたら面白いかも知れない。

  • 自由の怪人(ファントム・オブ・リバティ)という自由の女神のみを破壊するテロリストの後半生を親友である作家が語るお話。

    裏表紙の粗筋から想像する話とは全く違った。サックスがテロリストになってからの行動が描かれるのかと思っていた。しかし、そういう部分は最後に少し語られるだけで、本書のほとんどは「私」がサックスと知り合って、テロリストになるまでのことが語られる。

    前半の200ページまでは一体「私」はサックスの何を書き残しておきたいのかわからず、全く先が読めなかった(人によっては退屈と思ってしまうかもしれない)。しかし、サックスの落下事故から一気に物語が加速して一気に最後まで読み終わった。

    面白いけれど、よくわからないというのが正直な感想。「本というものが、書かれたあとも生きつづけるとすれば、それはあくまで、その本が理解されえない限りにおいてなのだ。(P64)」ってことだろうか。

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