ティンブクトゥ (新潮文庫)

制作 : Paul Auster  柴田 元幸 
  • 新潮社
3.63
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本棚登録 : 474
レビュー : 57
  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102451137

作品紹介・あらすじ

ミスター・ボーンズは犬だ。だが彼は知っていた。主人のウィリーの命が長くないことを。彼と別れてしまえば自分は独りぼっちになることを。世界からウィリーを引き算したら、なにが残るというのだろう?放浪の詩人を飼い主に持つ犬の視点から描かれる思い出の日々、捜し物の旅、新たな出会い、別れ。詩人の言う「ティンブクトゥ」とは何なのか?名手が紡ぐ、犬と飼い主の最高の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 飼い主ウィリーとの絆に泣き、壮絶なミスターボーンの犬生に最後涙してしまう。
    なんでこんなに犬の気持ちがわかるのだろう、ポールオースターという人は。
    いや理解しているわけではないのかも知れないが、犬のあんな行動やこんな行動は本当にこんな想いの表れなのかもしれないと思ってしまう。
    しんみり、ほっこりしてちょっと切ない犬ストーリー。

  • これはティンブクトゥ(西アフリカ・マリの交易都市)を舞台にした物語か、あるいはその地に向かう旅を題材にした物語だとばかり思って購入。実際は、まったく期待を裏切られたのだが。ただし、その期待の裏切られ方は、けっして悪いものではなかった。これは、犬の視点から語られるアメリカ版"I am a dog."の物語なのだが、全編を通して独特の哀しみがつきまとう。彼は言う。「求められていると感じられるだけでは犬の幸福は成り立たない。自分は欠かせないという気持ちが必要なのだ」と。遥かな地ティンブクトゥに行けたと信じたい。

  •  犬目線で進む小説〜。下手したら一気に子どもものファンタジーの世界に飛んでしまうけど、そんなことにならない安定ポール・オースター作品☆
     飼い主と犬の別れのシーン。最後にたった2行、お互いが触れ合うシーンがあるのだけれど、その2行に泣かされました。あまりの切なさに。。。

  • 数あるポール・オースターの名作の中でも、私が最も好きな作品の一つ。好きすぎると安易に語れない性分なのですが、ちょっと思うところあって、敢えて今更レビューしてみます。

    頭のイカレた不遇の中年詩人に飼われる、なんでもない雑種犬ミスター・ボーンズ。
    このミスター・ボーンズが物語の主人公です。犬が語り部となる寓話的作品ですが、ユーモラス且つ緻密に書かれているのでとてもリアル。

    まずこの作品が素晴らしいのは、「犬かわいい」の話じゃないこと。いや、結果的に「犬かわいい」というのも間違ってないんだけど、主題はそこにはなく、主従関係にあるヒトと犬を描きながらも読後感として強く残るのは、愛、自由、創造、無常感といった、ヒト個人が一生で体験し得る最もミクロな「生きる意味」であり、ひいてはオースターの個人的な社会風刺であるということ。

    物語はミスター・ボーンズの目線で語られます。人格を与えられた動物をモチーフにした物語は、たいていメロドラマティックです。
    それは普段もの語らぬ動物への幻想に加え、ヒトとは異なるライフスパンを持つ哀れな小動物への憐憫とか、所詮家畜や愛玩動物という生命体的ヒエラルキーといった(普段目を逸らしている)ヒトの驕りをつきつけられるとこと自体に感情を揺さぶるドラマ性があるからでしょう。でもこの物語は違う。

    犬目線は、ある意味神目線なんです。メタ目線というか。いうなら漱石の「吾輩は猫である」の犬×アメリカ版というか。
    ミスター・ボーンズの目で感性で言葉で語られるのは、ゆるぎない愛と信仰心(忠誠心?)を媒介した、人間性、人間社会の矛盾。

    作品を堪能するにあたって差し障りの無いので言ってしまうと、飼い主の詩人はもちろん、世に何も残さないまま野垂れ死にするわけです。が、この物語の真価はその先にあります。自分の世界の中だけで自由に生きた詩人と、無償の愛と友情でつながれていたミスター・ボーンズ。その主人亡き後、ミスター・ボーンズはかつて主人とはまた違う、様々な孤独を抱えた人たちに出会います。物語は淡々と進み、新たな人々との出会いの中でミスター・ボーンズはかつての主人との愛と友情を深めながら最期の地、ティンブクトゥを目指します。その道中に、ほんとうの幸せのあり方を見出しながら・・・。

    虚栄心や矛盾に満ちた現世に比べ、本当の自由と、ただの研ぎ澄まされた愛情だけが導く場所、ティンブクトゥ。気持ちいいほどピュアなんです。

    ちなみに訳もウィットに飛んでいて素晴らしいので、ぜひpaperbackと読み比べてみるとユーモア溢れる言葉遊びが堪能できます!

    ※邦訳読んだら絶対、「え?これ原作どういう表現なの!?」って気になってしょうがないこと間違いなしw
    "一人のドライバーが窓から顔をつき出して「ジンジャーエール」だか「死んじまえ」だかに聞こえる言葉をどな(った)。 "― 118ページ
    訳者は柴田元幸さん。さすがです。

    そういうわけで、派手なドラマやお涙頂戴のメロドラマにつかれた大人にぴったりの一冊です。

    ふわあああ。わたしもティンブクトゥに、行きたい。

  • ミスター・ボーンズは犬で、主人を亡くした後新しい住処を探している。
    犬の話は基本的に犬が死んだりするお涙頂戴系が多いからつらくて読まないのだけど、この作品は、あっ人間の方が死んで犬が頑張る話か!と思って買った。非常によかった。
    ポールオースターは初めて読んだけど、たんたんとした文章で、主人公が感動している場面すらたんたんとしていて、それがよかった。

  • ミスター・ボーンズは、飼い主ウィーリーにとって唯一の友。話すことはできないが、人間の話・気持ちを理解できる犬。ウィーリーは昔から肺を患っていて、いよいよ死がそう遠くない状態にある。ウィリーとの最後の時、ウィリーとかつて過ごした日々、ウィーリーのいないこれからの日々が、ミスター・ボーンズの”人間的”視点で語られていく。
    幸せって何だろうな、生きるってなんだろうなということを違った視点で考えられる作品。もちろんストーリーも読み応えアリ。

  • 犬の物語。犬の視点を通してお話が進んでいきます。過度な誇張も装飾もなく、しっかりと犬目線。ポール・オースターの物語を読んでいる時は、いい意味でテンションが下がります。静かにテンションが下がったまま読み進んで、読み終わった時に、すーっとするわけでもなく、静かに心の中にしみこむように残ります。

  • この本の惹句に「犬と飼い主の最高の物語」とあるが、単なる犬を主人公にした小説ではない。犬のミスター・ボーンズは高い知能を持っているが、犬という形に生まれたことで制約を受けている。一方、飼い主のウィリーは文学について高い志をもってはいるものの、人間として重要なものが欠落している。つまり、これは人間の頭脳と知性を持った犬と、犬の脳みそしかない人間の話なのではないか。そんな思いを抱きつつ読み進めると、いろいろなことが腑に落ちる。犬の呼称に「ミスター」が付いているのもそのひとつ。
    『リヴァイアサン』では読者の想像をかきたてる部分が今ひとつだったが、この『ティンブクトゥ』では見事にかきたててくれた。これまで読んだオースター作品の中では『偶然の音楽』がベストと思っていたが、本書もそれに匹敵する。

  • 2010-6-30

  •  久々に読むポール・オースター。
     紆余曲折の人生を歩んできた詩人のウィリーと、その飼い犬ミスター・ボーンズの物語。
     ミスター・ボーンズ目線で物語は進む。
     物語の大半は飼い主ウィリーが亡くなった後、犬であるミスター・ボーンズがどのような思考、どのような態度、どのような志でこの世を生き残ろうとし、記憶と夢の狭間でどのような世界に導かれ、どのような結末を迎えるのかが描かれている。
     淡々としているようであり、いつものポール・オースターらしく哲学的、論理的でもあり、余計な感傷はそぎ落とされているのだけれど、知らぬ間に心の琴線に触れてしまう物語である。
     犬好きでなくても、たまらない魅力を持った作品だと思う。
     悲しい物語と捉えることもできるが、たまらなく幸せな犬の物語だと捉えることも出来ると思う。

  • 淡々と書いてあるけど、感傷的にならずに読めるわけもなく、この終わり方もまた、私にはきつい。
    犬といつも一緒に行動出来ない人間としては、安閑とは読めないラストシーンだった。
    小説は仕方が無いとは思うけど、当たり前の変哲のない犬の生活語ったものって、無いのかしらん

  • 暖かい,平穏な生活を求める,ミスター・ボーンの様子が,とても痛ましく,哀しい

  • 「ミスター・ボーンズは知っていた。 ウィリーはもう先行き長くない。」
     そんな一文から始まる。犬と人間の物語。

    ホームレスのウィリーと、むく犬の「ミスターボーンズ」。ふたりは、アメリカ、東海岸の街(ワシントンや、ボルチモア が出てくる)で暮らしたり、放浪したりしていた。
    ウィリーはやがて世を去り、ミスターボーンズは、ひとり放浪の旅を続ける。“新らしいパートナーはしっかり選べよ” と言い遺したウィリー。ボーンズは、放浪の先々で、新たな人々と出会う。
    中国料理店の息子ヘンリー少年と出会い(裏庭で親に内緒でこっそり飼われ、やがて追い出される。)。パイロットの妻と子供たちの裕福な白人家庭に保護され、つかのまの穏やかな日々。
    しかし、ボーンズは、そうした日々の合間にも、ウィリーの思い出を回想するのだった。

    優しかったウィリーのことを思い続けるボーンズ。
    生活はきつかったけど、彼との放浪は楽しかったなあ、とか、彼は自分の人格を尊重し、信頼してくれたなあ、と思うのである。
    人と犬の関係なのだが、ペットとして愛でるものとは程遠い。“お前はそんな生き方でいいのか?” とか、“誇りを持って生きろ” と問うような。ふたりは、そんな、哲なる対話をするのである。

    犬とヒトの友情をしっとりと描いて泣かせる小説…。
    そんな期待感を抱いて読み始めたのだが、期待値を上げすぎたかもしれない。

    ただ、終章は、切なさが少しばかり胸に迫った…。 
    ウィリーに会いたいという思いをいよいよ募らせるミスター・ボーンズ。“ウィリーは未知の土地「ティンブクトゥ」に旅立った” そう考えるボーンズは、彼に会いたくて会いたくて、彼のもとへ旅立とうとするのだった。

  •  詩人である飼い主ウィリーの死を目前に、賢い犬のミスター・ボーンズは回想する。そして彼の死後、新たな飼い主を求めて彷徨い歩く物語。ミスター・ボーンズの聡明な視線、人を信じる気持ちが、とても強くて美しい。最後は愛するウィリーの待つティンブクトゥにいけたと信じたい。
     オースターと云えばミステリ小説の要素があるイメージだったが、そういう意味では異色の本作。しかし、哲学的な観念は健在。

  • かわいらしいわんちゃん写真の表紙と、興味のあったポール・オースターということで購入。
    猫ブームに押され気味の犬諸君、わたしはわんちゃんも応援しています。

    詩人ウイリーの相棒はミスター・ボーンズ。犬だ。
    ウイリーの死後のミスター・ボーンズを犬目線で描く。

    まとめるとこれだけ。
    とても単純。

    この本は、犬目線の物語で想像されがちな、犬らしい仕草に溢れた犬好き大喜びなかわいらしい物語、ではない。
    ミスター・ボーンズは人間と同じように考え行動している。でも犬だから言葉は話せない。犬としての行動を読ませるのではなく、あくまでミスター・ボーンズは犬の姿をした人間なのだ。そこが犬目線の物語ではあっても、この作品が他と違う点。
    飼い主と犬というより男と男。
    相棒を亡くしたひとりの男の物語という感じがする。

    こう書くと男と犬の友情物語という感じがするがそれだけではない。
    ウイリーが行き倒れになり恩師ミセス・スワンソンと再会するところをミスター・ボーンズはハエとなって見ていたりする。
    こういう不思議なところがポール・オースターらしいのかもしれない。オースター初読みなのでよくわからないけれど。

    ところで、タイトルの意味だが、これは作中できちんと書かれている。
    わたしは最初、犬の名前だと思っていた。

    ミスター・ボーンズが新しいやさしい飼い主の元で幸せに平穏に暮らすというありふれた結末を期待しつつ、そういう終わり方はしないのだろうとわかって読む。
    単純な物語だけに何回か読み重ねると思いも深まってくるように感じた。

  • 前半のユダヤ詩人の視点は面白かったけど犬の視点で語られると割とどうでもよくなってしまう

  • 使われている言葉や表現が私には汚くて受け入れがたく、なかなか物語に入り込めなかった。。

  • 放浪癖のある主人とその飼い犬の話
    読む前には、主人と犬がどう生きていくのか、或いは主人が死んでしまった後、犬がどう生きていくのか、といったことを描いた犬好きに感動を呼び起こさせるような内容の本なのかと思ったが、実際は違った。
    読み手が予想するような出来事は上手く避けるように書かれていて、したがって読み手の予想はことごとくシカトされ、新たな展開を上書きすることで読ませているように感じた。
    犬に対しての心理描写は上手く書かれていて、多分作者の人は犬が好きなんじゃないだろうかと思った。
    こう書くとそこまで面白そうに見えないかもしれないが、おそらくこれは小説に求めるものの違いからくるものだろうと思う。この小説は、技巧的な、つまり読ませる小説であり、私の求めている読み込む小説ではなかったように感じた。

  • 多弁症の主人ウィリーを持つ、ミスター・ボーンズ。
    多弁症ってすごいなぁ。そじが喜ぶから真似してずっと1人で喋ってるけど、言葉ってそんなにひっきりなしに出てこない…

    話の中でも喋りが多すぎて飽きた。

    酔歩する男並みに話が思ってたよりも長くて違う方向性だった。

  • 第11話(11月17日放送)で、カフェ・シャコンヌで真琴が読んでいるのが、犬の目線で放浪の詩人と社会を描いたこの本。教え子・根岸の父のリストラ問題からの連想……というわけではないでしょうが、著者オースターが描く人間や社会の「残酷さ」と、その中に確かにある「優しさ」について、真琴は考えているのかもしれません。

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