夕子ちゃんの近道

著者 :
  • 新潮社
3.59
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本棚登録 : 442
レビュー : 98
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103022510

感想・レビュー・書評

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  • 何作か長嶋氏の小説を読んでいるけれど、どれも、語り手は作者本人に見えてしまう(だから『祝福』でいきなりひっかけられたりする)。

    p.41「買わないファンなんて」…すみません。
    p.44「なんと呼ぶかわからないが、靴下やパンツを干せるプラスチック製のもの」…陣野さんが授業で言っていたから、おぉこれか、と注目したが、大江賞の選評で言ってたんだね。
    p.46「物は古びることで価値をまとうけど、ヒトはナマモノなんだから」実はこの本はひとから譲ってもらったんだけど、ここに鉛筆で傍線引っぱってあった。紛うことなく名言だが、チョイスとしてはベタ!
    p.108「ガラスクリーナー」のくだり。「シュッて霧吹きになっているのと、シューてスプレーになっているの」あるよねあるよね。よく伸ばす、など、一番身を以てうんうん頷き読んだシーン。
    p.118~119「正しい鑑賞」「そうじゃなくて、作業の連続を見続けた君と店長が、朝子さんの作品なんじゃないかな」…なんでしょアーにはうれしい表現でもある。
    p.139「部室だと気付く。…だべっている空気」『僕は落ち着きがない』再読したくなる!そうそう、彼女らもコース―、飲んでた!

  • エッセイが面白かったので。
    ゆったりとした気分にさせてくれますが(エッセイじゃあんなに爆笑させられたのに)、続きが気になるっていう展開がなかったので読むのに2週間もかかってしまった。

  • ゆるゆるとした感じが好き☆またパリに行きたいなぁ。

  • それぞれが違うことをしているのに近くにいる。
    その距離感が好きです。
    休日をぎゅっと集めたような心地良さでした。

  • 好き。

    ゆったりとした感じの中に、
    ふいに、泣きたくなるような空気。

    こういう雰囲気を書くの、うまいなーと、思う。
    長嶋有の、こういう空気の本、好きだ。


    『夕子ちゃんはインスタントコーヒーをインシタンスコースーという。
    アイスコーヒーはアイシコースーだ。』
    お気に入り。

  • まぁまぁ。かなぁ。
    描写を頭の中で描くと、なんか、ほのぼの?

  • 読んでいると、穏やかな気持ちが満ちてくる。かと思えば、ちょっと不穏な空気が漂ってきたり、しんみりとした空気が漂ってきたり。日常をなにげなく淡々と過ごしているのと似たような心持ちになる。
    主人公のことはほとんどわからない。最後まで名前もわからないし、なんでこんな状態になったのかもわからない。
    ここで淡々と過ごすことは、たぶんこの主人公の人生の休息であって、その休息中に係わり合っていくひとの自然なやさしさが胸に響く。
    よく映像である、主人公の周りにひとが集まっていくけど、ときがたてばひとりひとりがそこから去っていって、最後は主人公もそこから去っていく、というのが頭の中で再生された。それはやっぱりちょっとさびしさが伴うものなんだけど、この話ではそれぞれがいつのまにか旅立っていて、それがさびしさよりも前向きな感じがした。
    こうやって、なにげなくつながりあえるって、うらやましいなあ。

    (229P)

  • とても淡々とした物語。
    何も起こらないし、何も変わらない。
    でも、ほんとうに?
    毎日はそれぞれ異なる表情や色彩を持っている。
    どんなに平凡に見えても、どんなにありふれて見えても、まったく同じ時間が流れることは二度とないのだ。
    淡々とした中に滔々と流れるやさしさと、くすりと笑えるユーモアのあるあたたかな連作中編集。

  • 深く深く掘り下げていくわけではなく、さらっとした心地の良い人間関係が好き。
    エンタメ小説のように笑わせようとして笑わせるのではない、たまにくすっと笑ってしまうような文体がよかった。
    最後の「パリの全員」がないほうが、綺麗な余韻で終わったような気がする。

  • 短編かぁと思っていたら話しはつながっている。
    古物を取り扱うお店でバイトってしてみたいよ。なんか面白そうな物や人に出会えそうだもんね。
    タイトルには夕子ちゃんと入っているけれど、主人公はこの古物屋でバイトしている人だわ。お店に来る人や近所の人との密接な関係が魅力的。

  • 町はずれにある西洋アンティークの店・フララコ屋を舞台とした読み切り7編からなる連作短編集。古道具屋や骨董屋を舞台にした作品というと川上弘美さんの『古道具 中野商店』を思い浮かべるけれど、お店の周りに集まる人々のなぜか淡々とした様子はこの作品にも通じるようだ。骨董屋に集まる人々は、実利を求める肉食系のギラギラタイプは少なく、どこかしら草食系の変わった雰囲気を持つ人が多いのかもしれない。実に魅力的なこれらの登場人物たちと「僕」とのやり取りが、7つの物語となっている。最後まで読み通すと、フラココ屋は主人公である「僕」を含め登場する人々にとっての、大事な舞台装置「仮の巣」だったことがよく分かる。フラココ屋は新しい世界へ踏み出していくための孵卵器の役割を担っていたのかもしれない。長嶋さんの実父(長嶋康郎氏)が経営する古道具屋での様々な出来事が参考になったことは想像に難くない。

  • 大して何事も起こらない中の、この空気感。

  • 2009.8.14

    『ねたあとに』を読んで、もっと長嶋さんの作品を読みたくなって
    借りた本。連作短編集
    人と人との関わり方なんかが、『ねたあとに』に通じるモノがある
    感じ。
    最初から最後まで、「僕」について詳しくは語られず、名前も出て
    こない。

    骨董品店フラココ屋でバイトをしながら、その二階(ほとんど物置)
    に居候する「僕」の日常なんだけど、そこに登場する、店長、大家さん、
    買わない常連客で初代居候の瑞枝さん、大家さんの孫で美大生の
    朝子さん、よく似た妹で定時制高校に通う夕子ちゃん、相撲好きな
    フランス人のフランソワーズ・・・みんなそれぞれに変わっていて
    おもしろい。


  • メモ2007.6

  • 長嶋さんの小説の、会話が好きです。それから、うまくかちっとはまる言葉を捜しているんだけどなかなかみつからない、そんな感情やものごとをそのまま文章にしてしまうような表現がとても好きです。なんだかうまく言葉にできないんだけれど、あーそれわかる、私も知ってる、みたいな気持ちになる。

  • すーっと入り込むことができる本です。 骨董屋さんに集まる人たちのおはなしです。

  • 高校の図書館で読みました。文庫化したら買います。
    長嶋有っぽい作品だった記憶。

  • 読んでいてのんびりするのがいい。あまり誰もいじわるでないのもいい。

  • どう足掻いても好みなのだ。細くて濃紺のペンを使っている女子、自分と友だち以外にも一人発見。

  • <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103022515/yorimichikan-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/21BDT8RM1KL.jpg" alt="夕子ちゃんの近道" style="border:none;" /></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4103022515/yorimichikan-22" target="_blank">夕子ちゃんの近道</a><br />(2006/04/27)<br />長嶋 有<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103022515/yorimichikan-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table>
    <blockquote><p><strong>アンティーク店フラココ屋の二階で居候暮らしをはじめた「僕」。どうにも捉えどころのない彼と、のんきでしたたかな店長、大家の八木さん、その二人の孫娘、朝子ちゃんと夕子ちゃん、初代居候の瑞枝さん、相撲好きのフランソワーズら、フラココ屋周辺の面々。その繋がりは、淡彩をかさねるようにして、しだいに深まってゆく。だがやがて、めいめいがめいめい勝手に旅立つときがやってきて―。誰もが必要とする人生の一休みの時間。7つの連作短篇。</strong></p></blockquote>
    物語り全体に漂う なにか寂しげで地面からほんの少し浮かんだままのような心もとなさは、フラココ屋のアルバイトで二階に居候している「僕」がどこの誰ともわからないことがいちばんの理由だろう。いつでもどこへでも行ってしまえる不安定さを、しかしフラココ屋の店長は危ぶむでもなく大事な仕事を任せているのが不思議でもあるが当然であるようにも思えてしまう。
    フラココ屋というちっとも儲かっているようには見えない古道具屋が、普通に暮らしながらもそれぞれに寂しさを抱えている登場人物たちをゆるく束ねていて、安心させられる。
    タムラフキコさんの装画が物語の雰囲気をとてもよく表わしていると思う。
    切なく寂しく、それでいてほっとあたたかくなるような一冊である。

  • ひととひととがつながりあっていてかつそれだからどうでもない、っていうことはすごくいいことだとおもう だれもつながっていることからはどうにもならない すきなようにささえあったりられたりしているけれど どうにもならないということはほんとうにどうでもよくて これをよんだからってどうにもならないのが好きだとおもった それはカフェでよむポップだけれどもそれだけじゃなくて、どうにもならない<BR>
    もちろんここでも書くけど、この人の良さはその視点がいいとか、書くのがうまい、ということではなくて、だいじにしているというところだとおもう<BR>
    ことばにするとくだらないうすっぺらい(ということばさえすでにくだらなくうすっぺらい)ようなことだけど、永田もえが大島弓子に、ファンタジーは感覚のリアルがそのファンタジーの境目っていったけど、でもほんとにそういうことだとおもう とあることばにこころがきりとられて、そちらのせかいにいく、ということがつまりはなんかいい、こころにそうというようなことになっていくようなきがする
    <BR>
    そんなことをかいてさらにかくけど、このあたらしいかんじ(大事なことはのほうず・ことばにはしない・かといって行間にかかれてもいない)は共感でもない(これジャージの二人にも言える)
    <BR>

  • 『ジャージーの二人』以来。

    大江健三郎賞受賞作。受賞記念の対談をネットで検索して読み、それがとてもおもしろかったので手に取った。

    骨董屋の2階に間借りしているアルバイトの僕。オーナーの周辺や大家家族に起こる日常のあれこれを綴る。

    作風の「ゆるさ」が特徴。




  • 「ジャージの二人」以来、結構、気に入っている作家になっている長嶋有。なんかなにげないのに、じーんと心に残る。普通じゃないけどな、登場人物は…楽しかったですね。全体的に。30代の男女が、化粧品で凄い想像をする。ここ、一押し。なんていうか、ふと思い出し笑いしちゃう感じ。私はー、瑞枝さんが、よかった。普通だけど、いろいろと弱いのか強いのか分からないところが、現実味があって。あと、心に残った言葉が「寂しい人は最初から寂しい」そうか、そうなのか、だから、あいつは…って当てはまる出来事、人物がちらほら…

  • アンティーク店フラココ屋の二階で居候暮らしをはじめた「僕」。どうにも
    捉えどころのない彼と、のんきでしたたかな店長、大家の八木さん、その
    二人の孫娘、朝子ちゃんと夕子ちゃん、初代居候の瑞枝さん、相撲好きの
    フランソワーズら、フラココ屋周辺の面々。その繋がりは、淡彩をかさねる
    ようにして、しだいに深まってゆく。だがやがて、めいめいがめいめい勝手に
    旅立つときがやってきて―。誰もが必要とする人生の一休みの時間。7つの
    連作短篇。第1回大江健三郎賞受賞

  • んでこう古道具屋の話っておもしろいかねぇ

    人が持つ、やさしさ、さみしさ、はかなさ、いっぱい詰まってる!


    って、こんなの前にも書いたような…

    おもしろいから、あえてナニも書かないことにしよう。

  • モラトリアムにいる人が今の状況を延長したくなるような本。
    最後あたり,我慢できなくてポロっと出た,自分の書きたいこと,みたいな文がたくさんあった。

  • いくつかの章があって、最後から2番目の「僕の顔」の章。ここが凄くよかったです。音楽の強弱記号が一気にフォルティッシモになったようなかんじで。
    連続ドラマを本で見てるような気持ちで読んでいたので、読了後は寂しかった。
    有さんはの書くものは、エッセイより小説の方が好きだな・・・。

  • こんなふうにして暮らしてみたい。

  • モラトリアム青年が古道具屋で出会う人たちとの交流を描く連作短編。前半は何事も起こらないストーリーで長嶋有っぽいなと思ったけど、後半は事件が次々起こってドキドキです。

  • 噂にきいてたけど本当に名前でないんだ。最終章(書き下ろしを除く:「僕の顔」)でよくもまぁあんなにカッコよくまとまるなぁ!それまでのなんともない話が、この章で一気に大切なものにみえる。夕子ちゃんの近道。…余談ですが、ヨーロッパにおける階の数え方の違いを自分が忘れていることに驚いた。

著者プロフィール

長嶋有
一九七二年生まれ。二〇〇一年「サイドカーに犬」で文學界新人賞、翌年「猛スピードで母は」で芥川賞、〇七年の『夕子ちゃんの近道』で第一回大江健三郎賞を受賞し、〇八年には『ジャージの二人』が映画化された。一六年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞受賞。その他の小説に『パラレル』『泣かない女はいない』『ぼくは落ち着きがない』『ねたあとに』『佐渡の三人』『問いのない答え』『愛のようだ』『もう生まれたくない』『私に付け足されるもの』、コミック作品に『フキンシンちゃん』、エッセイ集に『いろんな気持ちが本当の気持ち』『電化文学列伝』『安全な妄想』等がある。

「2019年 『三の隣は五号室』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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